第28話 生徒会室での一幕
20180219 更新1回目
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――キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン。
鐘の音が響いたのと同時に、本日の授業も終了。
教室内は解放感に満ちた声に包まれた。
「エクス、帰るよ」
そんな中、焦燥感に満たされたフィーの声が聞こえた。
彼女は大慌てで俺の右手を引っ張る。
「どうしたんだ? そんなに慌てて?」
「いいから」
「わ、わかった」
俺は言われるままに立ち上がった。
「待ちなさい、エクスくん」
「うおっ」
今度は左手を引かれた。
振り返ると、ニースと目が合った。
俺に何か伝えたいことがあるのだろうか?
「会長、ボクとエクスは今すぐ帰りたいんだけど?」
「フィリス様、それは冷たいんじゃないかしら?
折角同じクラスになったのだから、もっと親交を深めましょう。
勿論、あなたは帰ってくれてもいいけれど?」
「専属騎士を置いて、貴族生徒が帰るわけないでしょ!」
フィー、それは逆じゃないか?
それだと、俺がフィーに守ってもらうみたいだぞ。
「お二人とも仲がよろしいですわね~。
わたしもエクスくんの奪い合いに参加したいですわ」
「なっ!? セレスティア様! この男のどこがいいのです!」
「ガウルよりもずっといいですわ」
「んなぁっ!?」
ガウルは愕然とした表情を浮かべている。
しかしガウルも成長していた。
足をガクガクと震わせているものの、セレスティアの暴言になんとか堪えたようだ。
「キミと比べるなんて、ボクのエクスに失礼だ」
「全くね。比べ物にならないわ。後、あなた誰?」
「かはっ!?」
しかし、フィーとニースのダブルパンチにより、ガウルをノックアウト。
相性の悪い姫様方かと思ったが、目を見張るようなコンビネーションだった。
「……フィリス様……この場で騒ぐの互いにメリットがないわ。
とりあえず、生徒会に移動することを提案したいのだけれど?」
「生徒会に?
まさかとは思うけど、またボクたちを生徒会に誘うつもりなの?」
そういえば、前に生徒会役員が俺たちを勧誘しに来たっけ。
「また? 私は二人を誘おうと思ったことはないのだけれど?」
「どういうこと?
この前、序列12位の騎士とその貴族生徒が、生徒会に入れって迫って来たんだ」
「……? リン、何か聞いているかしら?」
「先日行われた会議の件が関係しているかと」
守るべき貴族生徒の後方に待機していたリンが、その質問に淡々と答えた。
「会議? 何かあったの?」
「フィリス様とその専属騎士を生徒会に誘えないか? という会議です。
最終的な決議では、ニース様は面白くなる方で構わないと答えておりました」
「……そ、そうだったかしら?」
ニースは全く身に覚えがないと首を傾げた。
「はい。
その為、生徒会役員は独自で動くことにしたのだと思います」
その会議により、アーヴァインたちは行動に出たわけか。
たが、カーラが無理強いするような態度に出たのは、ニースの認識していたところではないようだ。
「……そ、そうだったの。
フィリス様……その節は、私のせいでご迷惑をお掛けいたしました。
申し訳ありませんでした」
自らの非を認め、言い訳することなく会長は謝罪した。
食堂で俺に感謝を伝えた時もそうだったが、彼女はしっかりと『ありがとう』と『ごめんなさい』が言える子のようだ。
『いいかエクス、誰かに優しくしてもらった時はありがとう。
悪いことをしてしまった時は、ごめんなさい。
この二つをちゃんと言える男になるのだぞ』
ルティス曰く、こういう当たり前の事をしっかりと出来る事が、人生では大切なのだそうだ。
「そ、そんなに謝ってもらわなくても大丈夫だよ。
なら、ボクたちは生徒会に入らなくていいんだね?」
「構わないわ。
無理強いすることではないもの」
これで俺たちは今後、生徒会の勧誘を受けることはないだろう。
「生徒会の勧誘などとは別に、私はエクスくんと話したいことがあるわ。
それと、渡しておきたい物もあるの」
渡し損ねた物と言われ、俺はシャツのボタンに手を掛けるニースの姿を思い出した。
ああいうのは、男にとっては目の毒でしかないのだが……。
「ぼ、ボクたちはキミに付いて行かないからね!」
「あなたの意志はともかく、エクスくんはどう?
私に色々と、聞きたいことがあるんじゃないかしら?」
そう言われて思い当たるのは一つしかない。
「勇者のことか?」
「ええ……聞きたいわよね?」
なぜニースが勇者と関係があるのかはわからないが……。
「フィー……話を聞いてもいいかな?」
「……勇者って、エクスのお父さんの事なんだもんね」
「一応、そう聞いてるんだが親のことは何も知らなくてな。
出来れば情報が欲しい」
「わかった……。
でも、ボクも一緒に行くからね!
会長がエクスに何をしてくるか、心配で仕方ないもん!」
フィーは本当に心配そうに俺を見つめる。
彼女のことを、随分と不安にさせてしまっているようだ。
俺の気持ちは決して、揺らぐことはないのだが……。
「じゃあ行くか」
「ええ、行きましょうか私の勇者様」
「キミじゃなくて、ボクのエクスだから!」
フィーとニース、二人に左右の腕を取られて教室を出たのだった。
※
「あんっ……だ、ダメよ、エクスくん……。
んっ……そ、そこは、ちがっ――あっ……」
「す、すまん……痛かったか?」
ダメだ。なかなか上手くいかない。
俺とニースの初めての共同作業は困難を極めていた。
「う、ううん、平気よ。
いいの、エクスくん……このまま来て、そうゆっくり――あっ、入って、あなたのが入ってくるっ!」
「ちょっと会長! さっきからなんなんだよ! その芝居がかった甘い声!」
フィーの叫び声に、俺たちは手を止めた。
「私は真面目にやっているだけなのだけれど?」
「板に釘を打っているだけで、なんでそんなエッチな声が出るんだよ!」
俺たちは今、学園の備品修理を手伝っていた。
ニースが板を押さえてくれている間に、俺が金槌で釘を打つ。
ボロボロになった木製の椅子に板を張るだけの作業なのだが、これが意外と難しい。
――ボキッ。
「あっ!? すまん。また力加減を間違えた」
「あああんっ、激しい! 激しいわっ、エクスくん……!」
確かに激しく過ぎた。
椅子を叩き割ってしまった……。
「キミ、エクスのこと明らかに誘惑しようとしてるよね!」
「そんな風に思うのなら、フィリス様は淫乱なのではないかしら?」
「いんら――なに言ってるんだよ!
ボクはちゃんと処……っ!?」
フィーは慌てて言葉を止めると、ちらっと俺の顔を見た。
何を言おうとしたかわかってしまい、俺も反応に困る。
「ふぃ、フィリス様、あなたやるわね。
まさかここで処女アピールをするなんて……」
「途中で止めたのになんで言うの!」
真っ赤になるフィー。
俺は女性同士の会話に、全く口を挟めそうにない。
「ならば対抗して、私は処女ビッチアピールをするわ。
エクスくん、私はあなた専用処女ビッチよ。
あなたの為ならどんな変態的なプレイにも対応させてもらうわ。
……出来れば応相談で」
「ボクのエクスを穢すな!」
ダメだ。
全く会話に付いていけない。
ここは話を変えるべきだろう。
「し、しかし、物を直すというのは難しいな。
壊す方は得意なんだが……」
ちなみに魔法に関しても、俺は壊す方は得意で治す方は苦手だった。
回復魔法なんて全く使えない。
ダメージを受けても直ぐに自己再生してしまう為、覚える必要を感じたこともなかった。
「……そもそも、こういう備品の修理は生徒会の仕事なの?
依頼を出して、職人に修理してもらったほうがいいんじゃない?」
「これは私の趣味よ。
エクスくんと一緒に、その趣味を堪能していたの」
「急ぎじゃないのなら早く本題に入ってよ!」
生徒会の仕事だと思ったら、趣味だったらしい。
だがこういう経験も悪くない。
俺もいつか壊すより、作る方を学んでいきたいな。
「フィリス様はせかっちなのね。
……わかったわ。
そろそろ本題に入りましょうか」
「……すまない、ニース。
壊してしまったこの椅子なんだが……」
「大丈夫よ、エクスくん。
……――我は癒す、あるべきものを、あるべき姿へ戻したまえ」
詠唱を追えると、椅子が温かな陽射しのような光に包まれた。
そしてゆっくりと、壊れる前の形を取り戻していく。
「物を直す魔法か?」
「ええ、大婆様――私の家族から教えてもらった魔法なの。
魔法書には載っていないから、系譜魔法になるのかしら?
子供の頃から色々な魔法を教えてくれたんだけど、その中でも私は治すことと直すことが得意なのよ」
「俺とは逆なんだな」
「つまり私とエクスくんは、互いの足りないところを補っていける仲というわけね」
「むぅっ……。
ま、魔法で直せるのなら、最初からそうしてればよかったじゃないか」
「フィリス様、それは違うわ。
自分の手で苦労して直すからこそ、楽しいんじゃない。
それに、最初に言ったけれどあれは私の趣味だから」
魔界も人間界もそうだが、人々の生活に魔法は大きく貢献している。
なんでも魔法で出来るからこそ楽が出来る。
が……ニースの言うように、たまには苦労して何かをするという事があってもいいと俺は思う。
苦労する事で理解できることもあるからだ。
まぁ、常にそうであれとは思わないが……。
「さ、それでは本題に入りましょうか。
エクスくん、まずはこれを受け取って」
ニースはボタンを取り、シャツを開くと自分の胸の中に指先を入れた。
「んなっ!? キミ、また!?」
「落ち着きなさい。
大切な物だから身につけていただけよ」
そう言って、ニースはネックレスを取り出した。
シャツのボタンを外していたのはこの為か。
「エクスくん、これを受け取ってほしいの」
続けてニースは、ネックレスから取り外した何かを俺に差し出す。
「これは……結合指輪?」
「ええ。私の勇者様に渡す為に……ずっと取っておいた物なの」
勇者に渡す為……?
「あなたのことを、私はずっと待っていたの。
1年生の頃から、ずっとね」
「どういうことだ?」
「言葉のままよ。
この学園に次代の勇者が訪れることを、私は子供の頃から聞かされていた。
あなたこそ私の運命――」
聞かれていた? それは俺の父親からということか? ニースは一体、何を知ってるんだ?
「勇者様……あなたを愛しているわ」
艶っぽい眼差しに潤んだ瞳。
ニースはゆっくりと俺に近付いて来る。
「ちょ、ちょっと!」
慌ててフィーが、間に割って入ってきた。
「なにどさくさに紛れて告白してるんだよ!
エクスはボクの専属騎士なんだよ!
もう契約だって済ませてるんだ! 結合指輪だって渡してる!」
「……フィリス様、お願いがあります」
「なんだよ?」
「契約、破棄しましょう」
「しないよ!」
「あなたにはもっと相応しい人がいるわ!」
「ボクにはエクスしかいないから!」
「それは思い込みよ。
ほら、あのガウルくん? とかいいんじゃないかしら?」
「絶対ヤダよ!!」
きっと今、ガウルが聞いていたら戦闘不能になっただろう。
とりあえず俺は、勇者についての話を詳しく聞きたいんだが……。
「あ、あのさ……ニース。
もう少し勇者の話を――」
俺はなんとか話に割り込もうとした。
「ニース様……結合指輪をエクス殿に渡す前に、某は確かめたい事がございます」
だが、同時に後方からリンの声が聞こえた。
「……何かしら?」
「勇者の――エクス殿の実力です」
「確かめる必要などあるかしら?
エクスくんは選定の剣を抜いたのよ」
「某も、エクス殿が次代の勇者であると疑っているわけではありません。
しかし、勇者である事と実力が伴っているかは別の話」
リンから強い敵意を感じる。
彼女の目は――お前にニース様を任す事はできない。
そう訴えていた。
そもそも俺は、ニースの専属騎士になるつもりはないのだが……。
「ニース様にご許可をいただけるのなら、某はエクス殿に、決闘を申し込ませていただきたい」
序列1位との決闘か……。
つまり勝てば、俺は学園の序列1位になるんだよな?
なら円卓剣技祭で、円卓の騎士に挑戦する権利を確実に得られる事になる。
「……フィー、この決闘を受けてもいいか?」
「エクスは序列を上げて、円卓の騎士に会いたいんだよね」
「ああ、勇者の話を聞きたいからな」
「わかった。なら、ボクは構わないよ」
俺のお姫様は承諾してくれた。
後はニースの許可を得られれば……。
「リン……それであなたが納得できるなら、やってみるといいわ」
その言葉にリンは頷く。
互いのお姫様の許可を得て、俺たちの決闘は行われる事となった。
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