第24話 穏やかな学園生活
20180216 更新1回目
※
――ちゅんちゅん。
小鳥の囀りが聞こえた。
瞼の上に陽射しを感じる。
「ぅ~ん……」
もう朝か……。
休日を終えて、再び学園での生活が始まろうとしていた。
(……起きるか)
朝特有の気怠さに負けそうになりつつも、なんとか目を開く。
「おはよう、エクス」
微睡ながら、俺はその声に目を向けた。
べッドの上で膝を抱えたフィーが、優しい眼差しで俺を見つめていた。
「フィー、おはよう。
起こしてくれてもよかったんだぞ」
「ううん。エクスの寝顔が可愛かったから、ずっと見ていたくなっちゃった」
きゅん。と、胸が締め付けられる。
フィーのちょっとした言葉、その仕草が、全て愛おしく感じる。
この気持ちの正体がなんなのか、俺はもう気付いていた。
「もう少し眠る? まだ時間は大丈夫だよ。
時間になったらボクが起こしてあげる」
「魅力的な提案だが、起きようかな。
学園に行く前に、寝惚けた頭を覚ましておきたいからな」
「そっか……」
フィーは少し残念そうだったが、俺の提案を受け入れてくれた。
そして俺は身体を起こして、ベッドを下りる。
が、立ち上がった瞬間、いきなり手を強く引かれた。
思わず態勢を崩してベッドに倒れ込む。
すると――ぱふっ。柔らかい感触が俺の顔を包み込んだ。
(……なんだ?)
目を開くと、
「っ!?」
飛び込んできたのは、白く柔らかな二つの果実。
「これで目が覚めたかい? ボクの専属騎士?」
顔を上げてフィーを見る。
ニヤッと笑ったフィーが、そのまま優しく俺の頭を包み込む。
人肌の温もりと柔らかな感触は、微睡みを一瞬で吹き飛ばしてしまう。
「抵抗しないんだ?」
蕩けるような甘い囁き。
「っ!?」
「エクス、これ好きでしょ?」
言って再び、柔らかな果実が押し付けられた。
「~~~~~~」
フィーのその小悪魔っぷりに、俺はもうたじたじであった。
※
「ふふっ、これから毎日あ~して起こしてあげる」
「頼むからやめてください」
現在、ニアが朝食の準備を始めてくれている。
その間も、フィーはやたらとご機嫌だった。
「本当にやめてほしいの?」
正直言えば、イヤではない。
ただ、精神が、理性が、辛いんです。
「これを毎日続けられると……」
「続けられると?」
純粋に疑問だったのか、フィーはちょんと首を傾げた。
う~言いにくい、言いにくいが……ちゃんと伝えておこう。
「……俺はフィーに、ひ、ひどいことをしてしまうかもしれない……」
後半の方は、とても小声になってしまった。
羞恥心はあるが、これもフィーの為だ。
「ひどいこと……? ――あ~そういうことか」
最初は俺の言葉の意図がわからなかったのだろう。
だが直ぐに気付いて、小悪魔が魅惑的に笑う。
「エクスはボクのこと、襲いたくなっちゃってるんだ」
「……っ」
そうです。
その通りです。
魔界育ちですが、男なんです。
「だったら、我慢しないでボクを襲って」
フィーの言葉に俺は心を奪われる。
ダメだ……このままじゃ、いつか本当に……。
「フィリス様、エクスさん、朝食の準備ができました」
ニアの言葉で、俺はなんとか難を逃れた。
「ありがとう、ニア」
テーブルに色々な食事が並べられていた。
朝食しては随分と豪勢だ。
食事を取ろうと俺は椅子に座る。
「エクス、いっぱい食べてね」
ポフッ――と、フィーがなぜか俺の膝の上に乗った。
「あの、フィーさん。
お座りになる場所が違うんじゃないでしょうか?」
「今日からここがボクの指定席さ」
そこは席じゃなくて膝! お膝だよフィーさん! 誰でも知ってる常識!
「お二人とも、昨夜はお楽しみでしたね」
「うん。昨日のエクスは逞しくて、とっても素敵だった」
「なんの話!? 昨日は快眠だったんですけどね!?」
俺の突っ込みに、フィーとニアは笑った。
ちなみに快眠だったのは本当だ。
ここ数日、ルティスとの戦いやら、特大の魔界玉を消し飛ばしたりで魔力を大量消費していたからな。身体も疲れていたのだろう。
それから食事を終えて、俺たちは学園に向かった。
※
教室に到着すると、セレスティアとガウルが俺たちの席に近付いてきた。
「おはようございます。お二人とも」
「フィリス様、おはようございます。
貴様のほう朝から随分と疲弊しているようだな」
「ガウル、お前は観察力があるんだな」
「ふん! 当然だろ! 僕は1年の首席騎士だぞ!」
「『元』首席ですけどね」
すかさず元を誇張するあたり、セレスティアは容赦ない。
「せ、セレスティア様、ご安心ください。
休日の間、僕は身を粉にするような地獄の特訓を重ねました。
必要とあればこの男に再戦を挑み、今すぐにでも勝利してみせましょう!」
「キミ、少し身の程を弁えたら?」
「申し訳ありません、フィリス様。彼はナルシストなので」
姫様たちの手加減のない猛攻に、ガウルは膝を突いた。
既にハートはボコボコでライフは0のようだった。
「ところでセレスティア、今日は何の用なんだい?」
「フィリス様……?」
何かに驚いたように、目を丸めるセレスティア。
そんな彼女を、フィーは訝しむように見つめる。
「なんだい?」
「光栄です。
初めて名前を呼んでくださいましたね」
「え……? そう、だったかな?」
フィー自身は意識していたわけではないのだろう。
「フィリス様が名前で呼でいるのは、わたしの知る限りだと2人だけ。
エクスさんとニアさんくらいでしたわ」
確かにそうだ。
フィーは基本的に空いてのことを『キミ』と呼んでいる。
今思えばそれは、他者との距離を保つ為……だったのだろうか?
「……たまたまでしょ。
名前を呼ばれたくらいで喜ぶことじゃないよ」
「それに、なんだか雰囲気が少し、柔らかい感じになったと言いますか……。
もしかして休日に何かありましたか?」
「……べ、別に、キミに話すようなことじゃないよ」
「あら? またキミなどと他人行儀な!
どうせならセレスと呼んでくださいませ」
「……ひ、必要ないでしょ?」
友達は必要ない……と、フィーは言っていたけど、もしかしたらこの日から少しずつ変わっていけるのかもしれない。
折角の学園生活だ。
フィーがもし、信頼できる友人を持てたなら俺は嬉しい。
嬉しそうに頬を緩めるセレスティアと、それに戸惑うフィーの姿を見守りながら、俺はそんなことを思った。
「……ぐっ、ぼ、僕もいつか名前で……」
密かに野心を燃やすガウルだったが、
「それはないよ」
「おこがましいですわよ」
グハッ――と、ガウルは口から血を吐いた……気がした。
そして今日も、穏やかな学園生活が始まるのだった。
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