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第23話 小さな奇跡

20180215 更新1回目

       ※




 フィーが泣き止むまでの間、俺は彼女の傍に寄り添っていた。


「……エクス、傍にいてくれてありがとう。

 もう大丈夫だから。

 ごめんね……ボク、今日は泣いてばかりいるな」


 落ち着きを取り戻したフィーは、照れたような笑みを浮かべる。

 瞳はまだ赤いが、その表情は晴れやかなものだった。


「話してくれてありがとう、ニア。

 お父様から、口止めされていたんだよね……」


 忠義に溢れたこの従者が事実を隠し続けてきたのは、主の身を守る為なのは間違いない。


「……はい。わたくしは陛下の命に背きました。

 フィリス様のお辛い気持ちを知った上で、嘘を吐き続けておりました。

 裁きを受けても仕方ないと考えております」


「裁きなんて、そんな必要ないよ。

 ボクの為にしてくれた事は、ちゃんとわかってるから」


「ですが……」


 ニアの表情は苦渋に歪む。

 これまでフィーを騙し続けていた罪悪感。

 自分自身の咎に、ニアは堪えきれないのだろう。


「いいの! ニアの辛かった気持ちを全部わかるとは言わない。

 でも、ニアがボクの事を想ってくれていた気持ちは、ちゃんと伝わってるよ。

 ニアの気持ちにボクは感謝してる」


「だとしても、たとえこれがフィリス様を想っての行動だったとしても、それでもわたくしは……自分が許せないのです……。陛下から計画を聞かされてから8年間もの間、主を謀るような行動を取り続け、事実を知りながらも、何食わぬ顔でお傍に使えていた自分が……」


 どうやらニアにとって、忠誠を誓った主君を裏切るという行為は、想像を絶する以上の罪の意識を生んでいたようだ。

 このままでは、ニアは頑なに自分を許そうとはしないだろう。


「今のニアに必要なのは、自分を許す為の罰か……」


「……エクスさんのおっしゃる通り、わたくしは罰を欲しています。

 罰をいただけないのなら、自らこの身にナイフを突き立て――」


 メイド服の中からナイフを取り出すニア。

 って、おい!? なんでメイド服の中にナイフが入ってんだよ!?


「あ~~~もう! わかった、わかったよ! 罰がニアの心を救う為に必要だっていうなら……」


 慌ててニアを止め、フィーは考える。

 どんな罰を与えるべきなのかを。

 そして、直ぐに答えを出した。


「ニア――これは本当に酷い罰だ。

 これからの人生……キミに対する大きな障害になる。

 それでもいいんだね?」


 重々しい声音と共に、フィーはニアを直視する。


「……覚悟しております」


 主に向けられた視線に忠実なる従者は頷く。

 どんな恐ろしい罰でも、彼女は素直に受け入れるだろう。 


「いい覚悟だ。なら、罰を与える

 ――キミは今日から、ボクの命令に絶対服従すること」

 

「ぜ、絶対服従……?」


「不服なのかい? 早速、ボクの命令に逆らうの?」


「そ、そのようなことは! かしこまりました。

 わたくしは生涯、この命が尽き果てるまでフィリス様に絶対服従すると誓います」


 言葉と共にひざまずき、ニアは罰を受け入れる事を誓った。

 そんなニアを見て、フィーは直ぐに口を開いた。


「なら、最初の命令だ」


「なんなりと……」


 ニアは跪いたたま顔を伏せ続けている。

 だから彼女は今、フィーがどんな顔をしているか気付いていないだろう。


「ちゃんと自分を許してあげること――いいね?」


「っ!?」


 その命令に、ニアは思わず顔を上げた。

 予想外の命令だったのだろう。


「……フィリス様」


 ニアの目に、悪戯っぽく、でも優しい笑みを浮かべたフィーが映る。


「命令、聞いてくれるよね?」


 主からの慈しみに溢れた命令に、ニアの目からは一筋の涙が零れた。

 だが、彼女は直ぐに主からの命令に応じる。


「……それが――わたくしの親愛なる皇女殿下――フィリス様のご命令であるのなら」


 ニアの言葉に、フィーは嬉しそうに頷いた。

 これはフィーだからこそ出来た――頭の固すぎる従者の罪を解く、たった一つの冴えたやり方だったように思う。


(……とりあえず、一件落着だな)


 抱きしめ合う二人の笑顔を見守りながら、俺はフィーとニア、主従関係以上に強い二人の絆を感じた。

 後は……そうだな、もう一つ。


「なぁ、ニア。

 フィーの母親と弟は元気なんだよな?」


「はい。どちらもご壮健でございます。

 居場所に関しましては、限られた者のみしか知らされておりません」


「居場所は知ってるのか?」


「……存じ上げております。

 万一があった場合、微力ながらわたくしも駆け付けるようめいを受けておりますので……


「……ニアは随分と多くの命令を受けてるんだな?

 あ……もしかして……あの念話テレパスの相手は……?」


 俺は寮の裏であった出来事――ニアが手鏡のような魔法道具マジックアイテムを使い念話テレパスをしていた時の事を思い出した。


「もう隠す必要はございませんね。

 あれはわたくしの父です。

 何か変化があった際のみ、こちらの状況を伝えています」


 そしてニアの父から、皇帝に伝わる……と言ったところか。

 皇帝からの信頼も厚く、ただのメイドとは思えない。

 実は強かったり……は、ないか流石に。


「ニアの家系は代々、皇帝専属の侍従じじゅうなんだよ。

 だから皇帝――お父様からの信頼も厚いんだと思う」


「なるほどな。皇帝の頼れる相棒みたいなもんだ」


「相棒は大袈裟でございます。

 親族の中では、わたくしは不出来なほうなので……。

 ただ、末の娘ということもあり、強く存在を認識されてはいませんでした。

 だからこそ、フィリス様のお傍に置かれたのだと思います。

 どこにでもいるメイドの一人……であれば、王城から消えたとしても違和感はありませんから」


 皇族たちからすれば、ニアは数多くいるメイドの一人……のような扱いだったわけか。

 王城と言えば、多くの侍従が居そうだもんな。

 魔王城うちですら、モンスターメイドたちがうようよしてたわけだし。


「何にしてもさ……本当に良かった。

 すごく驚いたけど、お母様も弟も元気でいてくれたなら、それだけでボクは嬉しい」


 それだけで……と、フィーは言うが。


「なぁ、フィー。

 母親と弟に会いたいんじゃないのか?

 居場所がわかっているなら、直ぐにでも……」


「会いたいよ。

 出来る事なら直ぐにでも会いたい。

 言葉だけじゃなく、お母様のご無事をこの目で確認したい。

 まだ顔を見た事のない弟に会って、キミのお姉ちゃんだぞって伝えたい」


 フィーの心は間違いなく揺れている。

 自分の気持ちをは必死で抑えているのだろう。

 なら、俺はフィーの想いを叶えてやりたい。


「だったら、行こう!

 どんなに遠かろうと、俺がお前を連れて行く!」


 だが、強く望んでいる事のはずなのに、フィーは左右に首を振る。


「ありがとう、エクス。

 でも……もしボクがそんな我儘を通せば、お父様のしてくださったことが無駄になってしまう。

 お母様や弟に危険が及んでしまう可能性だってある」


「エクスさん、わたくしもフィリス様の考えに賛成です。

 居場所を教える事は構いません。

 ですが……お会いになるのはやめるべきです……」


 二人が心配する気持ちはわかる。

 だが、


「誰にも気付かれなければいいんだろ?」


「そ、それはそうだけど……」


「なら大丈夫だ!」


 全く問題ない。


「え、エクスさん、一体、何を根拠に?」


「根拠は……そうだな。今の状況かな」


「「今……?」」


 俺は左から右に手を動かす。

 周囲を見てみろという合図だ。

 俺、フィー、ニア――3人以外誰もおらず、雑踏すらも聞こえない世界。

 その瞬間――フィーの顔がぱっと輝いた。




         ※





「ここ、だよな……?」


「うん。ニアの説明通りならここだと思う」


 重力制御グラヴィティを使い、山頂にある小さな村に辿り着いた。

 ここに来たのは俺とフィーだけだ。

 ニアは一足先に学園に戻っている。

 もしかしたら、フィーに気を遣ったのかもしれない。


長閑のどかな村だな」


「うん……住民が少ないんだろうね」


 町中を歩いていても、俺とフィーの姿に気付く者はいない。

 気配消しの魔法を掛け存在感を消し去っている為だ。

 考えてみれば、もうフィーが母親と別れて8年も経っているんだよな。

 8年も経つと流石に容姿も変化してるよな?

 フィーは母親の事がわかるのだろうか?

 うちのルティスみたいに、どれだけ時間が経っても同じ姿とかなら、間違えようもないけど……。


「……フィー?」


 ふと、フィーが足を止めた。

 その視線は一点を見つめる。

 向かう先には、薄紅色の髪の女性がいた。

 そして、俺でも直ぐに理解できた。


「お母様……」


 あの女性がフィーの母親――ティア皇妃であることを。

 親子というのはやはり似るものなのだろう。

 髪の色だけじゃない、雰囲気も似ていた。

 凛々しく気品があり……そして、笑った表情が何よりそっくりで……。


「レヴァン、そんな慌てないの」


 フィーの母が笑顔を向けた先に、一人の少年がいた。

 まだ幼い――だが、その切れ長の瞳が、どこかフィーに似ている。

 元気の有り余った、やんちゃそうな少年だ。


「……ボクの弟……レヴァンって名前なんだ」


 温かい笑みを浮かべるフィー。

 でも、その場から彼女は動こうとはしない。


「行かないのか?」


「……二人の元気な姿を見られただけで、満足しちゃった」


 間違いなく安堵はあったのだろう。

 だが、満足……というのは違う。


「いいのか?

 魔法を使えば、誰にも気付かれず二人と話すことが出来るんだぞ?」


「お母様だけならともかく、レヴァンはまだ子供だから。

 もしかしたら、ボクと会った事を誰かに話してしまうかもしれない。

 あの子はあんなにも小さいんだもん……」


 恐らく、それで二人が危険に晒される可能性は低いだろう。

 だが、万が一の可能性だとして、フィーはリスクを残したくないようだ。

 たとえそれが、愛する母と弟に会わないという選択になったとしても。


「エクス、ボクはもう決めたから」


 フィーの心に迷いはない。

 二人を見つめるフィーの横顔は、美しく、カッコ良く、気高くすら見えた。


「……レヴァン――もっと大きくなれよ、強くなれよ、辛いことがあったって負けない子になるんだよ」


 その言葉は届いてはいない。

 フィーにだってそれはわかっている。

 でも、それでも、


「――お母様を、よろしくね」


 口にしたくなるくらいの想いがあったっていい。

 言葉は届かなくても、言葉にすれば想いだけは届くかもしれない。

 そんな奇跡が起こるかもしれない。

 だから俺は――心の中で祈った。

 どうかフィーのこの想いだけは――二人の心に届きますようにと。


「……――?」


 その時、風が吹いた。

 優しく温かい風が――まるでフィーの想いを伝えるように。

 フィーの母は風で揺れる薄紅色の髪を抑えた。

 そして、何かを感じたのかこちらに振り向く。


「……お母様?」


 目が合った気がした。

 でも、それは本当に一瞬で、


「……おかあさん、どうしたの?」


 唐突に踵を返した母の服を、レヴァンが引っ張る。


「……懐かしい声が聞こえた気がしたの」


「こえ……?」


「……ええ。大切な、とても大切な……」


 ティアは、思い出したのかもしれない。

 いや、きっとこれまで、フィーを忘れた事なんてないのだろう。


「おかあさん?」


「……ごめんね。さ、行きましょう」


 寂しそうに笑うと、フィーの母は大切な守るべき一人の少年に手を伸ばした。

 少年は嬉しそうにその手を取る。

 そして二人は手を繋ぎ歩いて行く。


「……届いた、のかな?」


 フィーの顔に戸惑いの色が見えた。

 でも、奇跡は起こった。


「ああ、きっと届いた」


 少なくとも俺はそう信じてる。


「……そっか。うん、そうだったらいいな」


 フィーは柔らかな笑みで二人の背中を見送る。

 それは小さな奇跡だったけれど、俺たちの心に温かい想いを残してくれたのだった。

ご意見、ご感想をお待ちしております。


休日も終わり、次は学園編に戻ります。

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