第22話 嬉しい涙
20180214 更新2回目です。
町の人々が空を見上げている。
「今のは……なんだったんだろうな?」
「オレたちは……夢でも見てたのか?」
「でもよ……なんで、また太陽が出て来てんだ?」
こんな会話をしていた。
まるで天変地異のようだった出来事も、きっと直ぐに人々の記憶からは消えていくことだろう。
まぁ、暫くはこの話題が続くだろうけれど。
――バタバタバタバタバタ。
多くの雑踏が混じる中で、一際大きな足音が聞こえてきた。
「フィリス様~~~~~~!!! ご無事ですか! 先程の爆発でお怪我は!?」
その足音の正体はメイドのニアだ。
「ボクは大丈夫、怪我はないよ。
エクスが守ってくれたからね」
「ご無事で何よりでございます!
エクスさん、本当にありがとうございます!」
深々と心配性のメイドが頭を下げて、安堵したように深く息を吐く。
フィーの無事を確かめるまで、不安でたまらなかったのだろう。
そして、ニアがフィーを大切に思う気持ち偽りはないと思う。
「ニア……少し前に俺が言った事、覚えてるよな?」
だが――だとしたら何故、ニアはフィーを黙すような事をしているんだ?
「そ、それは……」
「フィーの母親の墓地……その棺の中には何も入ってないんだろ?」
「っ……どうしてそう思うのです?」
「魔力だよ。
他の墓地からは何も感じなかったのに、フィーの母親の墓地からは、明らかに異常な魔力の波動があった」
どんな魔法が使われているのかはわからなかったが、あれだけの魔力を内包しているのは驚きだ。やはり人間界にも相当な使い手はいるらしい。
それと、実はもう一つ理由がある。
他の墓地からはまぁ、色々と匂っていたのだが、フィーの母親の墓地は何ら匂わない。正直、棺の中には何も入っていないんじゃないか? と、思わざるを得なかったのだ。
魔族界の嗅覚選手権で優勝経験のある俺が、そう感じたのだから間違いない。
「……」
ニアは俺たちから顔を背けた。
この態度は、俺の発言が事実だと物語っている。
いくらでも嘘は吐けたはずなのに、適当な発言で誤魔化すつもりはないらしい。
となると……話すわけにはいかない理由があるのだろうか?
「ニア……。ちゃんと、ボクの事を見て」
名前を呼ばれ、二アは背けていた顔をフィーに向けた。
幼い頃から共にいる侍従を、主である少女が直視する。
その揺らぎのない直向きな眼差しを受け、ニアは複雑な表情を見せた。
「……あのお墓が偽物っていうのは、どういうこと?
ニアは何か知っているの?」
その声は、悲哀すら感じさせるものだった。
だがフィーは決して怒りを向けたりはしない。
ただ、静かにニアを見つめる。
「答えられないこと……?」
静かに、困った顔でフィーが紡いだ言葉。
その瞬間、ニアは堪えきれなくなったように、口を開いた。
「皇帝陛下……どうかお許しください。
わたくしはもう……フィリス様を謀るような真似はいたしたくないのです」
それは、苦渋の決断だったのだろう。
だが決意を固めたのか、ニアの瞳には強い光が宿った。
「わたくしは……わたくしは――フィリス様に隠し事がございます」
「それはお母様のことで、なの?」
主の言葉に対して、ニアは静かに、だがしっかりと頷き。
「フィリス様……どうかお願いです。
この話をする前に、どこか人気ない場所に移動させていただけないでしょうか?」
ここでは話すことが出来ない。
それだけの秘密なのだろう。
皇帝とニアが口にした以上、彼女の抱える秘密は――フィーの父親が大きく関わっている事になるのだから。
「……わかった。一度、学園に戻ろう」
「いや、必要ないぞ」
パン――と、手と手を合わせて音がした。
瞬間、周囲の人々がこの場から去って行く。
「エクス、これは……?」
「人払いの魔法と気配遮断の魔法を掛けた。
勇者や魔王クラスの化物でもない限りは、ここに入っても来ないし、俺たちに気付きもしない」
「……エクスさん。
以前から思っていましたが、あなたは何者ですか?」
「俺はフィーの専属騎士だ」
「だね。エクスはボクの専属騎士」
打ち合わせなどしていないのに、俺たちはギュっと抱きしめ合っていた。
だが、そのお陰で気付いた。
フィーの身体が少し震えている。
これから聞くことになる真実が怖いのかもしれない。
「……フィリス様に……頼れる方が出来た事、わたくしはそれを本当に嬉しく思います」
俺たちの様子を見て、ニアは柔らかな笑みを見せた。
「今から話すことは、たとえ誰が相手でも他言してはいけません。
落ち着いてお聞きください」
念を押すニアに、フィーは頷いた。
その事を確認し、忠義の従者は口を開く。
「――フィリス様のお母様――ティア皇妃は……今も生きておられます」
「え……お母様が……お母様が生きている? だってお母様は……確かにボクの目の前で……」
母親が暗殺されたとは聞いていたが、フィーの目の前で起こった事だったのか。
だとすれば伝えられた真実を、受け入れる事が出来なくても仕方ないだろう。
「……事実なのです」
「なら、ボクが見たのはなんだったの?
刺客に襲われて血を流して、冷たくなっていったお母様は……誰だったの?」
フィーは震える声で、なんとか言葉を繋いでいく。
聞きたいことが沢山あり過ぎて、混乱してしまっているのかもしれない。
だが、決して信じたくないのではない。
間違いなく、この真実をフィーは信じたがっている。
俺の心には、そんなフィーの想いが伝わっていた。
「……あれは宮廷魔法師マリン様の手によって作られた人形――レプリカントと言います」
レプリカント? 聞いたことがないな。
魔界で言う自動人形のようなものだろうか?
あれなら魔界ではよく戦闘訓練に使われる。
しかし、ようやく謎が一つ解けた。
「つまり墓の中――棺に入っているのは、その偽人なんだな。
おかしな魔力を感じたのはそのせいか」
「……恐らくそうなのでしょう。
わたくしはエクスさんのように、魔力を感じる? という事は出来ませんが……。
フィリス様、お母様は生きておられます」
「……あの時、暗殺されたのはお母様じゃなく、偽人?
でも……なんでそんなことを? 誰が宮廷魔法師に命じて偽人を?」
今のフィーの質問は、俺にでもわかる簡単なことだった。
「そんなの、フィーの父親しかいないだろ」
「違う。あえりえないよ、エクス。
お父様は王城で迫害されるお母様を助けようともしなかった。
見て見ぬふりを続けて……お母様がどれほど辛かったか……」
フィーは悔しさを抑えるように、自分の唇を噛んだ。
過去の出来事を鮮明に思い出しているのかもしれない。
それはきっと、フィーにとっては辛い記憶なのだろう。
「そう考えてしまうのも無理はないと思う。
だが、見て見ぬふりをしているなら、偽人なんて物を用意しなかったんじゃないか?」
「それは……」
フィーは言葉に詰まる。
彼女自身、それを違和感に思っているのだろう。
「わたくしもあの当時のフィリス様の悲しみも、そして皇妃様の苦労も存じあげております。ですが、皇帝陛下は王妃様を救うために、敢えて自らが手を出すような事はしなかったのです」
「ボクにはお父様の考えがわからない……」
「……お考え違いをなさっています。
ティア皇妃様は陛下のご寵愛を受けておりました。
しかしそれは、他の皇妃様方からの憎悪の対象になってしまった。
当然、ティア皇妃の娘であるフィリス様にもその憎しみの炎は向いていた」
「だからこそ……ボクたちを遠ざけたっていうの?」
戸惑うフィーに対して、確信を得ているように、ニアが頷いた。
「フィリス様もご存知の通り、王城は常に権力争いが続いております。
特に次期皇帝の跡目争いに関しては言葉に出すのも凄惨なほどに……」
「だとしても、ボクは第5皇女だよ? 跡目争いなんて舞台にすら立てていない。
何よりお母様……の偽人は、お父様に遠ざけられたにも関わらず、暗殺されじゃないか!」
確かにそれはおかしい。
相手にもしていない。
そう装っていたはずにも関わらず、なぜフィーの母親は狙われた?
「それは――ティア皇妃様が、男児をご懐妊されていたからです」
かいにん? なんだそれは?
「か、懐妊!? って、ボクには……弟がいたってこと?」
お、弟!?
懐妊って、つまりそういうことか!?
少なくとも俺にとっては予想外の展開だった。
が……納得は言った。
「弟って事は――つまり皇帝候補って事なんだよな?」
「はい。順当であれば皇位継承順位第3位――となれば、権力の亡者たちが放っておくわけがありません」
「……じゃあ、お母様が暗殺されたのは……」
「はい。弟君――殿下をご懐妊されていた為です。
そして暗殺を予期していた陛下は宮廷魔法師を頼り、偽人を作らせ、権力者たちを出し抜いた。陛下がティア皇妃とフィリス様を愛しているからこそ、命だけでもなんとしても救おうとした――これが……わたくしの知る事実です」
「そんな……」
フィーの口からは、それ以上の言葉が出て来なかった。
拒絶されていたと思ってた父親が、自分たちを救う為にどれだけ手を尽くしてくれたのか。
今まで知ることのなかった真実に、フィーの瞳からは涙が溢れていた。
「ボク……何も知らなかった。
お父様に嫌われてるって、拒絶されてるって、怒りすら、憎しみすら向けていたのに……。
なのに……お父様は……」
父親の深い愛情、自分に対する情けなさ、悔しさ、後悔……フィーの心に多くの感情が渦巻いていく。でも、それでも……そこにある一番強い想いは……。
「ボク、お父様に謝らなくちゃいけないのに、それでも嬉しい気持ちが溢れてる。
お父様がお母様を深く愛してくれていたことが、ボクのことをちゃんと愛してくれていたことが、生まれて来る弟を守ってくれたことが――」
顔をくしゃくしゃにさせて、フィーの瞳からは涙が流れ落ちる。
俺はフィーの悲しい顔を見たくない、悲しい涙を見たくはない。
でも、今フィーが流している涙なら見ていて辛くはない。
「――ボクは嬉しくて仕方ないんだ」
だってそれは、俺の心の中にとても温かい気持ちが溢れてくる、そんな嬉しい涙だったから。
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