第2話 俺、専属騎士(ガーディアン)になります!
2018206 本日、更新2回目
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「っ――ここは……!?」
扉による送還は一瞬で完了した。
なるほど、ここが人間界か。
だが、おかしいな。
真っ白な雲が、上ではなく下にある。
びゅ~~~~~~~~!
風を切る音が鼓膜を震わす。
うん、やはり間違いない。
俺は空を飛んでいる。
いや、正確に言えば落下している。
一面の蒼い空、真っ白な雲――そして、雲を貫くと、やっと地上が広がった。
広がっている景色は、どこまでも美しい。
湖など青く透き通って見える。
魔界の湖など毒沼と同じようだったからな。
何より驚愕なのは、自然がどこまで広がっていることだ。
森が枯れていないだと!?
人間界の自然は、こんな生命力豊かなのか!? って、感心してる場合じゃない!
「あのバカ、どこに扉を繋いでやがるっ!」
常識的に考えて、地上からスタートさせろよっ!
(……クソ、ルティスの奴……!!)
今度会ったら、あいつの大好物のハチミツの中身だけ、大嫌いなドラゴンミルクに変えておいてやるからな!
ふふん、我ながら最高の嫌がらを思いついてしまった。
次代の魔王として、天才的なアイディアだ。
(……が、今はそんなことを考えてる場合じゃない)
気付けば地面が見えている。
このまま行けば地面に激突。
流石に俺もそれは痛い。
そろそろ真面目に対処しよう。
「――重力制御」
俺は自らに掛かっている重力を制御していく。
徐々に落下は緩やかになり、今はゆっくりと落下していた。
両手を開くと、まるで鳥のように飛んでいる感覚を味わえた。
そして地上に到着……。
俺は重力制御を解いた。
「はぁ……やっぱ地上っていいなぁ~」
思わず、地面に足が着いている安心感に浸ってしまった。
「さて、これからどうするか――」
呟いた瞬間、視界の先には薄紅髪の美しい少女が見えた。
そして、その少女は――複数の男に囲まれている。
「離せ! ボクに触れるな!」
男たちは少女を拘束しようとその身体に触れる。
少女の凛々しい表情が不安に歪んだ。
「急げ! 早く拘束しろ!」
「わかってる! 騎士候補たちが来たら面倒だ!」
少し様子を見てみたが、穏やかではない。
男たちは全員で5人。
少女のことを俺は全く知らない。
だから助ける理由は……。
『よいか、エクス。
女の子には優しくしなくてはダメだぞ。
わらわとの約束だ!』
こんな時に、ルティスの言葉を思い出す。
どうやら――助ける理由は十分にあったようだ。
これも教育の賜物なのだろうか?
考えながら、俺は一気に距離を詰めた。
「その子を離せ」
「は……?」
男たちは唖然としていた。
「な、なんだこいつ!? 急に現れやがった!?」
急に……? ああ、そうか。
俺の動きが見えなかったのか。
(……人間って弱いのか? って、俺もその人間なんだっけ)
考えながらも行動を続ける。
まず、少女の肩を抑えていた男の腕を捻り上げた。
「ぐあっ――い、いてええええええええっ」
「て、テメェ、いきなりなにをしやがるっ!」
「まさか、学園の騎士候補生か!?」
騎士候補?
わけがわからん。
「き、キミは……?」
暴漢に襲われていた少女が、目を見開き俺に尋ねる。
「ただの通りすがりだ。
お前に確認があるんだが、こいつらは知人か?」
「違うよ……彼らは誘拐犯。
ボクを攫って、身代金を要求しようと考えていたんだと思う」
「みのしろきん?」
「要するに、ボクの親からお金をふんだくってやろうってこと」
「なるほど……それは悪人だな」
他人の物を力づくで奪うのはいけないこと、そうルティスは言っていた。
「ならこいつら、ぶっ飛ばしちゃっていいか?」
俺が聞くと、彼女は目をパチパチさせた。
そして、
「ぶっ飛ばすって、ふふっ、あはははははっ……!」
「どうした?」
「ご、ごめん……ぶっ飛ばすなんて、真面目な顔で聞かれたことなかったから……」
そんなおかしなことを言っただろうか?
「ガキが! この人数相手にふざけたことを言ってんじゃ――!」
「吠えるな」
「――!? ――!?」
男は驚愕に目を見開いた。
声が出せなくなったことに焦っているようだ。
「何をしたの?」
「魔法で声を封じた。
もっと正確に言うと、理を変化させて音の振動を消失させた」
「理……?」
「ま、この話はいいだろ。
もう一度確認するが、こいつらぶっ飛ばしっちゃっていいか?」
少女の碧い瞳を見つめる。
すると、少女は力強く頷く。
「うん! 懲らしめてあげてよ」
「わかった」
懲らしめる……か。
手加減って難しいんだよな。
だからとりあえず、
「ふっ!」
俺は息を吹きかけた。
瞬間――
「!? あばあああああああああああああああっ!?」
誘拐犯の一人が、猛烈な勢いで空の彼方へぶっ飛んでいく。
この光景をたとえるなら、天翔けるおっさんとでも名付けようか。
「え!? ぶっ飛ばすってそういう意味なの!?」
この少女、中々いい突っ込みをするな。
だが、ぶっ飛ばすと言った以上、ぶっ飛んでもらわなくては!
「なっ!? 貴様! 騎士ではなく魔術師だったか!?」
「どっちでもない」
襟首を掴む。
そして真上に投げる。
「は!? ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
お~~~こっちも空高く飛んでいくなぁ……。
「た、たすけてくれえええええええええええっ!?」
「わかった。助けてやる」
このまま落下して死んでしまわないように、しっかりと重力制御を掛けてやった。
「ひ、ひいいいいいいっ……って、あ、た、助かっ……うええええええええっ!?」
だが、地面に近付いたと同時に、重力の向きを変えてやる。
再び空高く浮かび上がる。
そしてまた重力の向きを変える。
「ひ、ひひゃあああああああああああっ、ふおおおおおおおおっ!?」
浮上と落下を繰り返す。
名付けて――無限の落跳。
(……我ながら、恐ろしい技を考えてしまった)
後でルティスにも掛けてやるとしよう。
ふふん、これは面白くなるぞ。
「こ、こいつ――ば、ばけものだああああああああああっ!?」
「ば、バケモッ!? お前らひどいぞ!」
男たちが恐怖に震えて逃げて行く。
生まれて初めて化物と呼ばれた。
ルティスにだって言われたことないのに……。
というかそもそも、魔界で言う化物は人間界の勇者なんだからな……って、勇者は俺の親だから俺は化物の子!?
うわぁ……なんだか地味にショック。
これはあれか?
あいつらなりの精神攻撃なのか?
だったら効果は抜群だったぞ!
しかし、お陰で俺の怒りのボルテージも急上昇だ。
「もう面倒だ。お前ら――まとめてぶっ飛ばす!!」
逃げていく男たちの足元から竜巻を発生させた。
「「「ぎゃあああああああああああああっ!?」」
暴風の中、ぐるぐると回転するおっさん。
名付けて――おっさんタイフーン!!
本来は風の刃を発生させて、竜巻の中で対象を切り刻む魔法なのだが、今回は刃はなし。
ちょっとした遊具のような楽しみ方が出来る代物となった。
しかし、やり過ぎるととんでもなく目が回るだろう。
「さて……とりあえず、全員ぶっ飛ばしたぞ」
約束は果たした。
と、俺は少女に目を向けた。
「……キミ、何者なの?」
「俺か……?」
何者?
そうだな、俺は何者なのだろうか?
魔王に育てられた勇者の息子……とでも答えるべきなのだろうか?
いや、勇者なんて言ったら、また化物扱いされるかもしれない。
だから、
「俺は――魔界最強だ」
少し前に手に入れた称号を口にした。
だがその称号を聞くと、少女はポカーンとした顔を浮かべて、
「魔界……!? ふ、ふふふっ、キミ、本当に面白いな!」
「お、面白い!?」
勇者のような化物がいる人間世界にとっては、魔界最強程度では面白いという認識なのかっ!?
人間界はやはり、恐ろしい場所なのだろうか?
魔界には化物と言われるほどの生物はいないからなあ。
ケルベルロスやコカトリスはペット用の魔物だし……空を飛び交うドラゴンたちは気の優しい奴らだ。
寒い日は、ドラゴンのブレスに当たると温かいんだよなぁ……。
(……はっ!? もしかしてこれが、ホームシック!?)
いやいや、それはない。
俺は自分に言い聞かせた。
「ねぇ、キミ。
名前はなんて言うの?」
少女が俺の顔を覗き込む。
整った顔立ち――真っ白で綺麗な肌は雪のようだった。
見たところ、年齢は俺と同じくらいだろうか?
「俺はエクスだ。お前は……?」
尋ねると、少女はその場でくるりと軽やかに一回転。
そして軽く頭を下げ、両手でスカートの裾を掴みくいっと持ち上げて礼をした。
「エクス、助けてくれてありがとう。
ボクはフィリス。フィリス・フィア・フィナーリア」
「なるほど。略してフィフィフィだな」
「フィフィフィ……?
そういう渾名? みたいなの、初めて付けてもらったな」
渾名と思って付けたわけではないが、少女は満足そうにうんうんとしている。
そして俺の顔をまじまじと見て、
「うん……キミならいいかも。
ねぇ、エクス――ボクの専属騎士になってよ」
「がーでぃあん? よくわからないが無理だ。俺にはやることが――」
「だ~め」
フィリスが俺を抱きしめる。
逃がさない……と態度で表しているようだ。
そして彼女は、俺の耳元に顔を近づけて、
「拒否権はないよ」
妖しく囁いた。
「……尋ねておいて拒否権なしか?
一応、俺はこれから、親を訪ねて三千里をする予定なんだが?」
「親を訪ねて? なんだか事情がありそうだけど、予定、なの?」
「まぁ……予定だな。
何をどうしたらいいのかも迷っている状態だ」
フィリスは俺から離れると、下から上に俺を観察する。
その眼差しは、まるで値踏みでもするようだった。
「……エクス、お金は持っているのかな?」
「ないな」
そう。
俺は今、完全な文無し。
何せ魔界からいきなり人間界に送還されたからな。
金どころか、アイテムの一つも持ってない。
そもそも、勇者を探せと言われたが……。
(……本当に生きているのだろうか?)
ルティスは『多分、生きている』とか言ってたが……。
「キミ、かなり若いみたいだけど、見たところ冒険者とか旅人とか、そんな感じでしょ?」
どれも違う。
いや、親を探しているから旅人でいいのか?
とりあえず頷いておこう。
「生きていくには何かとお金がかかるよ?
宿を借りたりするのもそうだし、入行料とか通行料とかかかる場所もあるんだ」
その辺りは魔界と同じか。
人間界と魔界、全てが違うというわけではないようだ。
「ま、なんとかなるさ」
「本当に? ご家族を探すを止めたいわけじゃないよ。
それはキミにとって大切なことだと思う」
話は続く。
興味ないから立ち去ろうと思ったのだが、
「でも、専属騎士――ガーディアンになれば、お金も貰える。
それに住む場所や食事も提供される」
「金、住処、食事!?」
それって超重要じゃん!?
「うん! 衣食住! 生活環境完備! しかもお金も稼げちゃう!
休暇もちゃ~んとあるんだよ!
こんないい条件の仕事なら、ご家族を探す上で役立つものだと思わない?」
「やる! 俺、専属騎士になるぞ!」
あれ? 勢いで俺、なに言ってんだ?
でも……衣食住って重要だよな。
どうせ暫くはこっちで生活しないといけないわけだし。
「そう言ってくれると思ってた!
なら約束――今日からキミがボクの専属騎士。
ボクのこと……ちゃんと守ってよ」
「ああ、約束だ!」
笑顔の花を咲かせる少女に、俺はしっかりと頷く。
あれ? でも待てよ?
専属騎士って結局、何をする仕事なんだ?
一番大切な話を聞かぬまま、俺は彼女とある場所へ向かうことになった。