第15話 ニアは何を?
20180211 更新2回目となります。本日1回目の更新は0時更新のものです。
※
寮での食事は、ニアが部屋まで持って来てくれた。
寮内にも食堂はあるらしいが、フィーはあまり利用していないらしい。
二人切りの楽しい食事の時間……ではあったのだが、
「エクス、あ~ん……」
「あ、あ~ん……」
こんなやり取りをさせられて、ドキドキが食事のおいしさを上回ってしまった。
正直、俺は赤面を堪えるのが必死だった。
「ねぇ、エクス。ボクにはしてくれないの?」
「お、俺が、するのか?」
「して」
甘く囁く妖艶な小悪魔に俺は逆らえない。
フィーはとてもわがままで、甘え上手だ。
「あ、あ~ん……」
「んっ……れろっ、れろっ……も、もう、エクス……そんな大きいの、ボクのお口には、いっぺんに入らないよぉ……」
はい?
あの……俺はこの『ソーセージ』という食物を、お口に運んだだけなんですけど?
なんだ? なんだこの気持ち!? 胸が熱くなる……。
「や、やっぱり自分で食べてくれ!」
「あっ……もう、食べてる最中だったのになぁ……」
うぅ……辛い。
楽しい気持ちあるのに、なんだかとても辛い。
魔界にいた時には味わったことのない気持ちだった。
※
さらに俺のドキドキの事態は続く。
「エクス~、折角なんだしさ。一緒に入りなよ」
「い、いい!」
現在、フィーはお風呂に入っていた。
扉越しでも、水の跳ねる音が聞こえる。
実は俺は、3年連続で魔界聴力最強決定戦で優勝しているほど耳がいい。
これは俺の自慢の一つでもあるが、今は自分の耳の良さ憎い!
「友好を深めれば、結合指輪だって、使いこなせるようになるかもよ?」
「それとこれとは別問題だ!」
「はぁ……エクスってばとっても強いのに、意気地なしなんだなぁ。
そんなことじゃ、もし浴室でボクが襲われたとしても――わっ!?」
バタン! と、浴室から音が聞こえた。
「フィー!?」
なんだ!? まさか本当に襲撃者が!?
俺は慌てて浴室に向かい扉を開いた。
すると、
「いたた……あははっ、転んじゃった」
「はぁ……驚いたぞ。もし頭でも打ったりした……ら……」
転ぶフィーに手を差し出そうとした。
だが、それどころではなくなった。
真っ白なフィーの肢体が目に入る。
彼女の身体は真っ白で、綺麗で……柔らかそうで……って、何を冷静に見てるんだ俺は!?
「……見られちゃったね」
「っ!?」
変な声が出てしまった。
「あ、どうせ見たんだったら、一緒に入ればいいのに……}
拗ねるような声が聞こえた。
だが、無理。絶対無理! 見て確信した。
フィーは身体は俺の目には毒だ。猛毒だ!
だって、こんなに鼓動が激しく乱れるんだぞ!
俺は今日だけで寿命がかなり縮んでいるんじゃないか!?
それから、フィーのお風呂が終わるまで、俺の緊張は続いた
※
なんとかお風呂の恐怖を乗り切り、後は寝るだけだ。
(……はぁ、やっと休める)
そう、本来なら休めるはずだ。
だが俺の胸の高鳴りが睡眠を邪魔する予感がしてならない。
「そろそろ寝ようか。
エクス、明かりを消してもらってもいい?」
煌びやかなシャンデリアが照らす室内。
この光は魔力によって生み出されていた。
スイッチを押すとシャンデリアに魔力が流れ、光の魔法が発動するようになっている。
こういう魔法道具は、魔界にもあった……が、魔王城は部屋の明かりには蝋燭を使っていた。
なぜかと、それをルティスに尋ねると、
『魔王っぽくてカッコ良かろう! わらわ、カッコ良かろう!』
要するに見た目の問題だったらしい。
「じゃあ、消すぞ」
カチッと、スイッチを押す。
すると、部屋の明かりが消えた。
「寝台のランプを付けるね」
真っ暗闇の室内に、小さな光が灯る。
「明かり、眠る邪魔にならない?」
「このくらいなら大丈夫だ。
じゃあ、俺は床で寝るから」
「だ~め。エクス、きて……」
ベッドに座るフィーが、俺に両手を向けた。
「いや待ってくれ。
ありがたい申し出だが、床よりも眠れなくなりそうだ」
「いい感触のベッドだって言ってたのに?」
ベッドは素晴らしい。
多分、一人でなら即行で眠れるだろう。
だがフィーと一緒となると……。
「ボクと一緒は、イヤ?」
「ち、違う。
嫌という感覚じゃないんだ。
俺自身、どう答えていいのかわからないが……」
「……なら、ボクが眠るまでの間でいいから、傍にいて。
それでなら、いいでしょ?」
「わかった、それなら問題ない」
俺はベッドに座り、フィーに寄り添う。
「手、握って」
差し出された手を握る。
フィーの手はやはり冷たい。
「ふふっ、子供の頃以来だなぁ。
こんな風に、誰かの手を握って眠るのは……」
懐かしそうに言って、フィーは柔和な笑みを浮かべる。
それはきっと、大切な思い出なのだろう。
「今日は久しぶりに、安心して眠れそう。
エクス、ボクが眠るまではこの手を離しちゃやだよ」
学園では気の強い俺のお姫様だが、二人切りの時は甘えてくる。
気高く美しい姫様の一面もあれば、子供っぽい笑みを浮かべる無邪気さもあって、今日だけでフィーの色々な一面を見れた気がした。
「ああ、約束だ。
フィーが眠るまでは絶対に離したりしない」
「エクス……ボクのこと、甘えん坊だと思ってるでしょ?」
「そういう一面もあると知った」
「エクスにだけだよ。
久しぶりなんだ……こんなに誰かといて、安心できるの……」
「そうか」
「うん……だから、ね……。
ボクの、傍にいてね。
黙って、いなくなっちゃったらやだよ。
ボクのこと、嫌いになったらやだよ」
「ああ。俺は黙っていなくなったりしない。
それに、もしこの先ずっと一緒にいて、フィーと喧嘩することがあっても、嫌いになんてならない。きっと――新しいフィーの一面を知って、今よりももっと好きになる」
「えへへっ……そっか。
それなら……うれしいなぁ……」
フィーは直ぐに眠ってしまった。
凄く、疲れていたのかもしれない。
朝から誘拐犯に襲われ、選定の洞窟へ行ったりと、色々あったもんな。
(……さて、フィーも眠ったことだし、俺も寝るか)
そして握られた手を話そうとした。
すると、
「……おかあ、さん……」
母を呼ぶフィーが、俺の手をギュッと握る。
(……フィーの母親、か。どんな人だったのかな?)
フィーはどんな夢を見ているのだろうか?
俺にそれはわからないけれど……。
(……もう少しだけ、フィーの手を握っていよう)
握られた手を優しく握り返す。
すると、フィーは安らかな顔に変わった。
「……ちゃんと、傍にいるからな」
これが、俺とフィーとの1日目の終わり。
夜の会話はそれほど盛り上がりを見せなかったけれど、それでも心に充足感を当たえてくれた。
※
それからさらに夜の闇が深まった頃。
(……眠れん!)
予想していたが眠れなかった。
外の風にでも当たろうか?
温かいこの時期であれば、夜の風も心地よさそうだ。
そんなことを考えながら、俺はカーテンを開き窓を眺めた。
(……うん?)
寮の裏にある大樹の傍に、メイド服を着た少女が見えた。
あれは……ニアだよな?
何をしているのだろうか?
なんだか気になる……。
(……ちょっと行ってみるか)
俺は部屋の周囲に防御壁を張った。
魔王の攻撃でも何度か防げるほどの強度だ。
魔力を大幅に消費するが、これでフィーの安全を守れるなら安い物だろう。
「よっと」
音を立てないように窓を開き――飛び降りた。
重力制御を使い、着地の音を抑える。
そして、気配を消してニアに近寄った。
「……第5皇女が専属騎士を任命いたしました。
はい……。
正体はわかりませんが、エクスという少年です」
手に持ったコンパクトサイズの鏡に向かって、ニアが話しかけている。
念話を可能にする魔法道具だろうか?
だが、会話の相手は誰なのだろう?
「……実力は不明ですが……少々気になる事が、どうやらそのエクスは選定の剣を抜いたようでして……」
ああ、もしかしてこれ、皇帝と話をしてるのか?
なんだ。
フィーが父親と仲が悪いなんて言ってたから、少し心配していたんだが、なんだかんだで、娘を心配してるんだな。
そうだよなぁ……身元不明の俺が、フィーの専属騎士っていうのは、メイドのニアからしたらやはり不安材料にもなるだろう。
「……っ! 誰です!?」
「あ……すまん、俺だ」
ニアが振り返った。
持っていた魔法道具を慌てて隠す。
「……エクス、さん……き、聞かれていたのですか?」
「すまん……窓の外から、ニアが見えたものでな。
こんな時間にどうしたのかと思い追って来たんだ。
皇帝と話をしていたんだろ? フィーを心配してるんだよな?」
「え……ぁ……そ……それは……」
ニアが目を逸らした。
どうやら話したくない……いや、話せないことらしい。
王家に仕えるメイドとしての務めが、彼女にはあるのだろう。
「無理に聞きたいんじゃないんだ。
話の邪魔をして悪かった。
俺はもう行くよ」
踵を返して、この場を立ち去ろうとした。
「エクスさん!」
「ん?」
「こ、この事は、フィリス様には……」
「ああ、秘密にしておいた方がいいんだよな?
フィーは父親に嫌われているとか言ってたけど、この事を伝えてやれば喜んでくれそうだとは思うんだけどな……」
「お、おやめください!
わ、わたくしを自由にしてくれても構いません!
ですからどうか……それだけは……!」
縋りつくようにニアが俺を抱きしめ、泣きそうな顔で懇願してきた。
「ニア……?」
「知られてはいけないのです!
どうか……」
「何か事情があるのか?」
「……お話することは出来ません」
「……だったら、一つ確認させてくれ。
それは、フィーの為なんだな?」
彼女の瞳を直視する。
ニアはしっかりと頷く
その紫色の瞳には曇りはない。
揺らぐことのない信念と共に、俺を見つめ返す。
「わかった。
ニアを信じるよ。
今はまだ黙っておく」
「ありがとう、ございます……」
「じゃあ、悪いが離れてもらってもいいか?」
「はっ!? も、申し訳、ありません……」
「謝ることない。
ニアがどれだけ、フィーを大切に思ってるのかわかった。
それじゃあ今度こそ俺は戻るから」
今度こそ俺は部屋に戻る。
そんな俺の背中を、ニアは見えなくなるまで見送っていた。
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