第12話 人間界の食事
20180210 更新2回目となります。
キ~ン、コ~ン、カ~ン、コ~ン。
「は~い! 皆さ~ん、お疲れさまでした!
午前の授業はこれで終了ですよ~」
鐘の音が響いた。
人間界では、これが授業終了の合図になっているらしい。
ちなみに魔界では、この鐘の役割をしてくれたのはケルベロス咆哮だった。
腹まで響くから、眠ってても起こしてくれるんだよな。
「エクス、食堂に行こう」
「おお! 食事の時間か!」
「ふふっ、お待ちかねかい?」
はい、お待ちかねです!
実はかなりお腹が空いていた。
ルティスとの戦いからここまで、何も食べていないからな。
「それじゃあ、案内するよ」
「頼む!」
俺とフィーが席を立った。
それとほぼ同時だったろう。
「――フィリス様、お待たせいたしました。
本日はどのように?」
フィーのメイド、ニアが教室にやって来た。
「ニア、今日は食堂に行くよ。
エクスも一緒だから」
「かしこまりました」
その言葉にニアは一礼した。
彼女動作は美しく無駄がない。
これもメイドの作法なのだろうか?
「どうぞフィリス様、エクス様も」
ニアは教室の扉を開く。
「ありがとう、行こうかエクス」
「あ、ああ……」
ニアは多分、メイドの鑑のような女性なのだろう。
フィーの身に危険が迫った時だけ、そのメイドの仮面が崩れ去っているようだが、基本的にはその態度や仕草だけで、主に対する絶対的な忠誠が窺える。
主従関係のある立場なら、それは当然なのだが、
「なぁ、ニア。俺のことはエクスでいいぞ?」
「え……で、ですが……」
「様なんて呼ばれるの慣れてないんだ。
なんていうか、少しくすぐったいんだよ。
だから、な」
「ニア、エクスの言う通りにしてあげなよ」
「か、かしこまりました。
それでは『エクスさん』と……」
「ああ、それで大丈夫だ」
こんなやり取りの後、俺たち三人は食堂に向かった。
※
食堂はそれなりに賑わっていた。
だが、ごった返すというほどではない。
王侯貴族のお嬢様が通っている学園ということもあり、誰もが通える教育機関と比べて静かな印象があった。
「どこか席を取っておくか?」
「その必要はないよ。ほら、こっち」
フィーに手を引かれて、食堂内にある別室に通される。
その部屋は食堂に比べて明らかに豪華で、席数も明らかに少ない。
「ニア、これで適当に頼むよ。
今日はエクスがいるからね、いっぱい持ってきて」
「かしこまりました」
大量の食券を渡されたニアは、流麗な動作で礼をして部屋を出た。
「エクスは、適当に座って」
「ああ。……なぁ、フィー。ここは食堂とは違うのか?」
「一部の特別な生徒が使える別室――ボクも一応、皇女だからね。
特別待遇ってわけ……」
特別などと言っている割にフィーは全く嬉しそうではない。
自嘲するような口調だった。
やはり『親』のことが関係してるのだろうか?
「ボクは普段、あまりここを利用しないんだけどね。
今日はエクスもいるから、久しぶりに来てみたんだ。
ほら……ここでなら二人きり、誰にも邪魔されずに食事を楽しめるでしょ?」
え? 食事を楽しむのはわかるんですが、なんで椅子を近付けてくるんですお姫様?
「ふふっ、ニアが食事を持ってきてくれるまで、何をしようか?」
「お、大人しく、ご飯を待っているといいんじゃないか?」
「それじゃボク、面白くないよ。
そうだ。医務室でした質問の続きをしよう。
ねぇ、エクスは大きいの小さいのどっちが好き?」
主語が抜けている。
だが、その言葉が何を指しているのかを、俺は理解してしまった。
「ど、どっちもいいんじゃないか?」
「なら……ボクみたいな慎ましやかなのでも、エクスは好きでいてくれるかい?」
言って、フィーが俺に抱き着いてくる。
むにゅ――と、柔らかに感触が伝わる。
決して慎ましやか……なんてことはない。
しっかりと女性らしい膨らみがあった。
だが、あの女騎士――ティルクがあまりにも例外だったのだ。
「むっ……あの女騎士のことを思い出してるでしょ?」
「うっ!?」
ぷくっと膨れるフィー。
時折、うちのお姫様はとても鋭い。
「はぁ……やっぱり女性らしさって大切なんだな……」
「い、いや、フィーも十分女性らしいと思うぞ。
その……初めて会った時から……」
「え……初めて会った時から……?」
「いや、その……」
「言って」
戸惑う俺に、フィーは真剣な眼差しを向ける。
どうしたのだろう?
いつもの小悪魔的な笑みではない。
何かを期待しているのだろうか?
「……綺麗……だと思った」
「綺麗……か。な~んだ……」
その声音は残念そうだった。
どうやら期待していた応えと違ったらしい。
「なんだか、すまん……」
「謝ることないよ。だって綺麗だと思ってくれたんでしょ?
エクスにそう思ってもらえたのは嬉しいな」
フィーは微笑む。
俺の答えが不満だった……というわけではないようだ。
「折角二人きりの時間だし。
食事をしながらでもいいから、エクスのことを色々と聞かせてね」
「ああ、そのくらいならお安い御用だ」
話していると、コンコン――と、扉がノックされた。
ニアが戻って来たようだ。
「どうぞ」
フィーが答えると、扉が開かれた。
「珍しい方がいらっしゃるようですね」
「っ……貴様は!」
しかし、入って来たのはニアではない。
セレスティアとガウルだった。
「……キミたちは、ボクたちの蜜月を邪魔しに来たのかい?」
「それは誤解です、フィリス様。
そもそも、ここをいつも利用しているのはわたしの方ですよ」
あーそうか。
フィーは普段、ここを使わないと言ってたもんな。
「……確かに、それは正論だ」
「では、わたしたちも使わせていただいてもよろしいですか?」
「ボクの持ち物ってわけじゃないんだから、断る必要はないよ」
「では失礼して。
ガウルも座りなさい」
言ってセレスティアは、なぜか俺たちと同じテーブルに座った
「相席を許可した覚えはないけど?」
「せ、セレスティア様……これはどういう……」
最初に意義を申し立てたのはフィー。
そして、相席というのはガウルも納得がいかないようだった。
「いいではありませんか。
折角なので交友を深めましょう。
それにガウル、わたしとあなたは先程も約束しましたよね?」
「うぐっ……」
狼狽たえるガウル。
一体、セレスティアに何を言われたのだろうか?
「決闘に敗北するのはいいでしょう。
敗北も時には成長の糧となるのですから。
ですが、わたしは約束を守れないような方を、専属騎士に選んだ覚えはありませんよ?」
柔和な顔立ちのせいか、優しい印象のあるセレスティアだが、自分の意見はしっかりと主張する女性のようだ。
「ぅぅ……わ、わかりました。……え、エクス……」
「なんだ?」
って、うわぁ……。
物凄い形相で、ガウルが俺を見ている。
この世の屈辱を全て顔面に凝縮したかのような顔だ。
でもこの顔、どこかで見たことがある。
「き、キミを侮辱するようなことを言ったことを……っ」
ギリッと、ガウルが歯を噛み締めた。
あ~この顔、なんだか思い出せそう。
うん、ここまで出かかってる。
え~と、そう、そうだ!
「トロールだ!」
「は? と、トロールだと? それは魔界に住むと言われる魔物の話か?」
「そうだ。
今のお前の顔は、トロールが箪笥の角に小指をブツけた時とそっくりだ!」
「ぶ、侮辱しているのかああああああああああああっ!」
やばっ!? 怒らせてしまった。
でも、めっちゃ似てる!
顔立ちではなく、こうクソオオオみたいな顔が、めっちゃ似てるんだ!
「ぷっ、ぷぷっ、あははははっ! ダメ、耐えられない、おっかしい……!
トロールって、トロールって、あれでしょ? 伝承とかに出てくる」
「ふふっ、少し太っちょな魔物ですよね?
わたしも存じ上げております」
「おい貴様! 姫様方にまで笑われてしまったじゃないか!」
「いいじゃないか!
女の子を笑顔に出来るなんて、お前が人気者の証拠だぞ!」
「なに!? いや、まぁ、確かに僕は学園内では人気があるほうがな」
ガウルは、僕なら当然か。と、誇らしそうな顔を見せた。
お前、本当にそれでいいのか? と、俺は心の中で尋ねた。
「……だが、僕を煽てたところで無駄だ。
正直、君と仲良くやるつもりはない」
「ガウル……わたしにまた、同じことを何度言わせるのですか?」
心臓を抉られるような冷徹な声。
その声の主はセレスティアだ。
ガウルはそのプレッシャーに負けたのか、俺に頭を下げた。
「す、すまなかった、エクス。
決闘の件も含め、キミを侮辱したことを許してほしい」
「いや、気にしてないぞ」
そもそも、侮辱なんてされたっけ?
覚えがない。
しかし、ガウルはセレスティアに頭が上がらないようだ。
「はい。よく言えました。
では仲直りも終わったところで、お食事の時間といきましょう」
パン――と、セレスティが手を叩く。
すると、部屋の扉が開きニアが入ってきた。
完全にタイミングを見計らっていたようだ。
「もしかして……ニア……?」
「申し訳ありません、フィリス様。
ですが、こうしてご学友とお話をする時間も、悪くないのではと思いまして……」
「ニアさんにお願いして、少しだけお時間いただきました。
叱らないであげてくださいね」
この人、結構な策士だな。
周りも巻き込んだ上での実行力。
ただの貴族のお嬢様と侮っていると、痛い目に合いそうだ。
「はぁ……叱らないよ。
ボクを思ってしてくれた事なんだろうからね。
でもニア、次はやめてくれよ」
「かしこまりました。
申し訳ありません、フィリス様……」
「いいよ。さ、エクス、食事の時間だよ! 楽しんでね!
ニアも一緒に食べて」
「ああ、ありがとうフィー」
「……はい。失礼いたします」
こうして俺たち、5人で昼食を楽しんだ。
ちなみにだが……。
「うっまあああああ~~~~~~~~~~~!」
人間界の食事は超うまかった。
もしかして、魔界の食事ってもしかして、クソマズ?
正直、ハチミツよりも美味い物を食べたのは初めてだった。
肉ってこんな柔らかいものなの!?
豚のモンスター、ブータの肉とかめっちゃ固いよ。
ミルクって甘いものだったの!
ドラゴンのミルクは臭みが強くて、味も苦いんだぞ!
俺は今まで、何を食べて生きてきたんだ?
とにかく、全てが衝撃だ。
「エクスは、本当に美味しそうに食べるね。
見てるボクまで嬉しくなっちゃう。
い~っぱい、食べていいからね!」
そんな俺を、フィーは優しい眼差しで、眺めているのだった。
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