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104/104

第104話 儚い奇跡

20181216 更新しました

        ※




 夜よりも暗く、闇よりも黒い。

 自分がどこにいるのかもわからない。

 ただ妙な浮遊感を覚えている。

 何も見えはしないが、不思議な感覚だった。


「っ……あぁ……ぁ……」


 突然――苦悶の声が俺の耳に届く。

 瞬間、俺の鼓動が強く跳ねた。


(――今の声は!?)


 俺は必死に身体を動かし声の方向に進もうとする。

 方向感覚すらも失っている為、自分がどこにいるのかもわからない。

 それでも足掻き続けた。

 だって、俺が聞き間違えるわけがない。

 俺は確信していた。

 この先には――


(――フィリス!!)


 彼女の名を必死に叫ぶ。

 その声が発せられることはなかったが――闇の先に薄く光が浮かんでいた。

 松明の明かりだろうか?

 同時に気付く。

 俺は世界を俯瞰するようにこの場に存在していた。


「ぁ……っ……ぐっ……」


 再び苦しそうな声が聞こえた。

 俺は押しつぶされそうなほどの不安に襲われる。 

 だが、間違いない。

 あの小さな光の中にフィ-がいる。


(……なんで、なんで、そんなにつらそうな声を上げてるんだ)


 早く、早く――。

 逸る気持ちを抱えながら俺は光の下へ辿り着いた。


(――フィー!!)


 彼女は石牢の中に捕らえられている。

 両腕を鎖で拘束されており、衣服も最低限の物しか与えられていない。

 しかも彼女を中心に魔法陣が描かれていた。


「ぐっ……ぁ……っ……」


 苦悶の表情を浮かべるフィー。

 吐く息が白くなっており、彼女は寒さに耐えるように小刻みに震えている。

 寒さから肌が赤くなり頬が青ざめていた。

 人が生活できるような環境ではない。

 それに、食事もまともに与えられていないのだろうか、明らかに憔悴しきっている。


(……なんで、なんでフィーがこんな!?)


 俺はフィーに向かって手を伸ばした。

 だけど、その手がフィーに触れることはなかった。

 伸ばした手は、まるで亡霊にでもなってしかったかのように彼女の身体を通り抜けてしまう。


(……どうして!?)


 こんな時に、俺は――こんな傍にいるのに、フィーに呼びかけることも、触れることもできないのか!?


「……エク、ス……」


 俯く彼女の口から、俺の名前が零れた。


(――フィー、俺は、俺はここにいる!)


 必死に叫んだ。

 彼女に俺が傍にいることを伝えたかった。

 だけどフィーが俺の想いに反応することはなくて。


「……あい……たい、キミに、あいたい……よ……」


 必死に俺を求める彼女の声に応えることができなくて。


「……ぐっ、エクスぅ……どこに、いるの……」


 ポタッ、ポタッと、地面に雫が跳ねる。

 それがフィーの涙だった。


(……っ……)


 目頭が熱くなり視界が歪む。

 何があったのかはわからない。

 だけど……彼女が受けてきた苦しみはきっと――俺の比ではないはずだ。

 だが、だからこそ……悲しんでいる場合じゃない。


(――俺にできることを考えろ)


 この場所はどこだ?

 なぜフィーは囚われている?

 どんなことでもいい。

 彼女を助ける為の手掛かりを――。


「う~ん……まだまだ、足りないみたいだね……」


 俺の思考を阻むように淡々とした女の声が聞こえて振り向いた。


(……なっ!?)


 俺は目を疑った。

 どうして――どうしてマリンがここにいるんだ!?


「……マリン、さん……」


「力が足りていないよ、フィリス様」


 そう言って、マリンはカツン――と、杖を突く。

 すると牢の扉が開いた。

 中にマリンが入ってきて、彼女を見つめるフィーを見下ろす。


「ん……?」


 意外そうな声が漏れて、マリンはフィーの指先を見つめた。


「これは……少しだけ、ほんの少しだけだけど……変化があったみたいだね」


 マリンの見ている一点に視線を向けると、結合指輪コネクトリングが見逃してしまいそうなほど小さく、淡く輝いている。


「え……? ほんとう……に?」


 弱々しいフィーの瞳に、希望が宿ったかのような光を宿す。

 俺も期待を抱きながらマリンの言葉を待った。


「でも、これじゃダメだ」


 だが俺たちの想いは直ぐに打ち砕かれた。


「全然足りない」


「っ……」


「キミの想いは彼には届いていないよ」


「そんな、こと……」


 フィーの心を折ろうとするみたいに、マリンは意地の悪い笑みを浮かべた。


「あ~そうか。

 きっと彼は、別の世界でニースと上手くやってるんじゃないかな?

 キミのことなんて忘れちゃってさ」


「そんな、こと……ない!

 エクスが、ボクのことを忘れるなんて……絶対――」


「ないと言い切れないよね?

 もしそうなら、どうしてキミは今もここで、一人ぼっちなんだい?」


 苛立ち――彼女に対して憎しみが生まれていく!

 この状況でこんなことを言われれば、フィーの心が砕けてしまう。


「エクスとボクを引き離したのは……あなたじゃないか!」


「そうだね。

 で、諦めるのかい?」


「っ……そんなこと、できるわけないだろっ!」


「なら、もっと強く、強く彼を想うことだ。

 今の弱い想いのままじゃ、キミたちが再び巡り合うことはないんだからね」


 弱い……想い?

 俺がどれだけフィーを想っているのか。

 フィーがどれだけ俺を想ってくれているか。

 こいつは知らないはずなのに。


「ボクは……ボクたちはの想いは……」


「わたしの妨害程度で関係が途切れるのなら、その程度の運命だったってことだよ。

 じゃあね、フィリス様……折を見てまた様子を見に来るよ」


 言い残してマリンは出て行った。

 フィーを一人……この石牢に残して。


「っ……」


 気丈にマリンに向かっていたフィー。

 決して涙は見せまいと思っていたのだろう。


「エクスぅ……ボクは、ここにいるよ……」


 フィーの目からまた涙が流れ落ちていく。


(……ここにいるよ、フィー。

 俺はここにいる!)


 触れないとわかっているのに、俺は彼女の頬に手を伸ばした。

 すると、


「……え?」


 フィーと目が合って。


「エク、ス……」


 俺は彼女の零れる涙を拭うことができた。


『フィー……俺が、見えてるのか!?』


 でもそれは一瞬の奇跡だった。

 だって、気付けば俺は――。




        ※




「――フィー!!」


 飛び起きた。

 慌てて周囲を確認する。

 でも、ここが自分の部屋であることが直ぐにわかった。


「夢……だったのか?」


 気持ちを落ち着けながら俺は視線を落とす。

 すると、結合指輪コネクトリングが小さな光を放っていた。

 昨日までは何も反応がなかったはずなのに。


「これは……」


 それだけじゃない。

 指先が濡れている。

 それは――フィーの涙を拭った確かな証拠で――フィーの陥っているあの状況が現実であることの確かな証拠でもあったんだ。

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