第102話 フィリスの誓い
20181127 更新しました。
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「ぇ……」
お父様に挨拶を済ませ振り返ったボクは、思わず目を疑ってしまった。
隣にいたはずのエクスが、忽然と消えてしまっていたから。
「エクス……?」
周囲を見回す。
でも、どこにも彼の姿はない。
「エクス!? どこ? どこにいるの!?」
呼び掛けてもエクスは姿を見せてはくれない。
いつも傍にいてくれた彼が、今はどこにもいない。
「わ、わかった。
ボクを驚かせるつもりなんでしょ?
もうすっごくびっくりしたから……だから……」
必死に言葉を紡ぐ。
だけどエクスは姿を見せてはくれなかった。
「……どうして?
ねぇ、エクス! どうして、ボクの声が聞こえないの!?
もういいから……出てきてよ……」
彼が傍にいないだけで……強い不安に襲われてしまう。
(……出会ってから、エクスがボクに何も言わずに、いなくなったことなんてなかったのに……)
せめて一言でも、言葉をくれていたなら、不安になることなんてなかった。
エクスは絶対にボクとの約束を破ったりしないから。
でも……だからこそ、この状況が、ボクには理解できなくて――。
「お願い……お願いだから……」
ダメだって、わかってるのに……不安で、涙が溢れてきてしまう。
「フィリス……お、落ち着きなさい」
「……お父様……どうして、どうしてお父様はそんな冷静でいられるの!?
エクスが、エクスが消えちゃったんだよ!?」
お父様も、マリンさんも……微かな動揺を浮かべるだけで、ボクみたいに取り乱してはない。
「フィリス様、喚いているだけでは何も変わりませんよ」
「っ……」
マリンさんは淡々と正しいことを口にした。
確かにその通りだ。
それはボクにだってわかってる。
でも……今のボクには彼女の言葉はあまりにも冷たくて、痛みすらも覚えるほどで……。
「王家の指輪に反応は?」
「――!?」
でも、彼女はただ冷たいだけではなかった。
この状況でどう行動すればいいかを、ボクに示してくれた。
王家の指輪――ボクとエクスが持つ結合指輪。
ボクは意識を集中する。
だけど……。
「……どうして?」
彼の声も想いも、何も感じない。
それどころか――存在が消えてしまったみたいな。
「フィリス……きっとエクスくんなら大丈夫だ。
だから、今は少し落ち着くのだ」
お父様が何かを言っている。
でも、その言葉が頭の中に入ってこない。
(……エクス、どこに行っちゃたの?)
ボクをどうして置いて行っちゃったの?
ねぇ、答えて、答えてよ……。
結合指輪に触れながら、ボクはエクスに呼びかけ続ける。
でも、どれだけ強く想っても、ボクの気持ちが彼に届くことはなくて――。
「っ……エクスぅ……」
気付けば、涙が零れ落ちていた。
ボクはキミがいなくちゃダメなんだ。
キミがいてくれたら、ボクはこれ以上多くは望まないから……だから、だから……エクス……お願いだから、
「……ボクを一人にしないでよ……」
でも、その願いは虚しく響くだけだった。
状況は何も変わらない。
「はぁ……やはりまだ、ダメか」
失望を示すような溜息と共に、宮廷魔法師の声がはっきり聞こえた。
「……マリン、さん? どういう、こと……? 何か、知ってるの?」
「知ってるというか、ぶっちゃけ言うと――ワタシがエクスくんを消しちゃった」
ニヤッと悪意のある笑みを浮かべる。
どういうことなの?
何が……なんで、どうしてマリンさんが!?
混乱する思考を必死に整理していく。
だけど――
「勇者の遺産――いや、彼から借り受けていた力を使って、エクスくんを並行世界と飛ばした」
並行世界?
一体、何を言ってるの?
そもそも、なんの為にそんなことを――。
「もう、帰ってこれないかもね」
「っ――あなたはっ!!」
自分でも驚くほど怒りの篭った声が上がる。
誰かをこれほど憎むのは初めてだったかもしれない。
だけど――。
「無駄だよ」
その言葉に呼応するように、ボクは光に覆われる。
そして光は輪の形に変化して、一瞬で拘束されてしまって、ボクは態勢を崩した。
「ぐっ……」
床に倒れ立ち上がることもできない。
エクスに――大好きな彼に、『何か』をした相手がこんなにも近くにいるのに。
「――マリン、そこまで話す必要は――!?」
「おとう、さま……」
「ぅ……ふぃ、フィリス、すまない」
態勢を崩していて、お父様の顔を見ることはできない。
だけど……今の言葉は、この国の皇帝すらもこの件に関わっていることを意味していた。
その事実が――ボクの心を蝕んでいく。
(……どうしてみんな……ボクたちを引き裂こうとするの?)
わからない。
わからないよ。
ボクは誰を信じたらいいの?
「さて……フィリス様、大好きな彼に、もう一度会いたいよね?」
「……な、なにを?」
「彼を、救いたくはないかい?」
「当たり前のこと、聞かないで!
彼を助ける方法があるなら――もう一度、エクスと会えるなら、ボクはなんだってしてやる!」
「ふふっ……そう。
なんだって、か。
なら――キミにはがんばってもらわないとね。
この世界の為にも、壊れちゃダメだよ、フィリス様……」
マリンがボクの頬に触れる。
彼女の微笑はとても優しかったけれど、その手はとても冷たかった。
なぜか背筋が震える。
本能的に恐怖を感じてしまっているのだろうか?
だけど……。
(……エクス、待っててね)
いつも守られてばかりだったけど、今度こそ――ボクが。
彼を助けるまで、誰にも負けない。
そう――強い想いを胸に抱き、ボクは何があろうと、彼を絶対に救うことを誓った。