鍵の回答 (お題:「歌」「夜」「カバン」)
https://odaibako.net/channel/id/3
こちらのサイトを利用して、お題を消化したお話を考えてみました。
・カバン(別に鞄である必要がなかった小ネタ)
・夜(お話の軸となるネタ)
・歌(今回のオチ)
まあ、こんな感じになっています。
『なろう』にまだ慣れていないので、実験投稿的な意味もあったり。
「シータ博士、今度はなにを作っておられるのですか?」
「やあおはよう、レイくん。よく眠れたかね?」
夜を徹して研究を進めていたシータ博士は、声のぬしに気づいて挨拶を返した。
窓からは明るい光が差し込んでおり、すでに朝を迎えてしまったようだ。
「ええ、暗くて静かな夜でしたので、よく眠れました。いまからお食事を作りますね」
「それはよかった。うむ、私はまだ手が離せないから君が用意してくれるというのなら助かるよ」
レイは異世界からの来訪者であり、レイと故郷を同じくする者はまだ見つかっていない。
この少年によってもたらされた技術や文化は実に興味深く、研究心をくすぐられるものだった。革新的だったとも言える。
最近では異世界について研究する者が急増していることもあり、出資者の奪い合いにまで発展している。実のところ私も行き詰まっていたのだが、少年のおかげで事態が好転したと言っても過言ではない。
「できましたよ、博士。さあ食べましょう」
「うむ。……相変わらず美味しいな、私ではこうはいかん。まだ幼いのにたいしたものだ」
「ありがとうございます。お口に合ってよかったです」
レイ少年は、はにかみながら、言った。
その表情を見ていたシータ博士は、ふとした疑問を口にする。
「レイくん、君のいた世界にも朝や昼や夜はあったのかね?」
「ええ。朝はやや明るく、昼になると最も明るくなり、夜は真逆で最も暗くなりますね」
「ふむ……朝、昼、夜――朝、昼、夜と繰り返しているのかね?」
「それはつまり、朝から夜になったり、昼から朝になったりすることはないか、ということでしょうか?」
察しのいい少年だ。
私はこくりと首を縦に振った。
「あはは、それはありません。この世界と同じく朝・昼・夜をずっと繰り返していますよ」
「そうか、なるほど。参考にさせてもらうよ。ありがとう」
「いえいえ。……あ、でも」
「どうかしたのかね?」
「なにかを見落としているような……やっぱり何でもありません」
「ふむ、思い出したことがあれば言ってくれたまえ」
食事を終えたシータ博士は、そう言って席を立った。
するとレイ少年があわてたように声をあげた。
「あ、博士!」
「なにか思い出したのかね!?」
「いえあの……、今日の食事当番は博士だったと思うので一応……」
「そうだったな。すまない」
レイ少年とは互助関係にあるのだ。
彼がいなければ私には研究費がおりず、また生活の水準も落ちてしまう。
彼は彼で、もとの異世界には帰りたくない理由があり、安全な住み家を求めている。
よってこうなるのだ。
生活のアレコレは彼との当番制である。
「代わりに食事を作らせておいて、洗い物まで押しつけるところだったな」
「研究のこととなると博士はあたまがいっぱいになっちゃいますからね」
「反省しているよ」
「睡眠もしっかりとってくださいね」
まったく、どちらが大人でどちらが子供かわかったものではない。
◆ ◆ ◆
「よし完成したぞ」
「おめでとうございます、博士」
開発していた装置を手に、シータ博士は歓喜した。
レイ少年も賛辞をおくった。
「しかし現地にいって起動させてみなければ、意図した機能を果たすかどうかはわからないな」
「いったいどのような機能をもっているのですか、この鞄は?」
「いかにもこれは鞄だ。しかしただの鞄ではないぞ?」
「変形でもするのですか?」
ふふふ……
シータ博士は不適な笑みを浮かべる。
「変形する鞄などありきたりではないか」
「ではどうなるのです?」
「《夜》を収納することができるのだ」
「《夜》を?」
レイ少年には、シータ博士の言ったことが理解できなかった。
夜とはあの夜のことだろうか。暗くて静かで、生物の大半が休息にあてるはずのあの?
「これから出かけるが、君もくるかね?」
「はい、ぜひ」
玄関には先に準備の終えたシータ博士が待っていた。
博士はふたつの鞄を持っている。片方はいつもの旅行鞄で、もうひとつは新開発したという鞄だ。
「では行こう」
「ま、まってください……よっと!」
レイ少年は、やや大ぶりの旅行鞄を両手で持ち、先へと進むシータ博士の背中を追ったのだった。
◆ ◆ ◆
移動すること六時間。
「さあ着いたぞ」
「く、暗いですねえ……うう、寒いです」
レイ少年は困惑を隠せず、つぶやいた。
周囲に目立った建物はなく、広い荒野となっている。岩と砂だらけの枯れた土地だ。少なくとも人間の暮らせる場所ではない、と思った。
シータ博士は旅行鞄から防寒着を取り出して、手を通した。
このような場所だとは予期しておらず、寒さに身体が震えはじめていたレイ少年の背に、しかしふわりと暖かい重みが加わる。
「羽織っておきなさい。風邪をひいてはいかんしな」
「あ、ありがとうございます」
「先を急ごうか」
「はい」
さくさくとシータ博士は歩を進めてゆく。
その後をレイ少年は懸命に追った。足にからみつく砂が重い。
「この辺りでよいだろう」
「よ、よかった」
どのくらい経ったのかレイ少年にはわからないが、とにかく疲れた。
両手で持った鞄を砂の地面に降ろし、自身もまた膝を折って座った。
対して、シータ博士は顔色ひとつ変えずに作業を開始していた。
「さて、うまくいくか」
新開発したという鞄をシータ博士が開いた。
すると、黒い霧が鞄から吹き出した――いや、違う。
「ひとまずは成功だ」
黒い霧が吹き出しているのではなかった。
よくよく視界を広くして見てみれば、上空の闇が鞄に吸い込まれているとわかる。
「この辺りは夜の時間があまりにも長いために不毛の荒野となっていてね」
シータ博士は鞄に吸い込まれる黒い霧を眺めながら、淡々と語りはじめた。
「もし《夜》を収納することができれば、あるいは《朝》や《昼》の時間が延びるのではないかと考えているのだ」
「な、なるほど……」
「昼が延びてくれれば、この辺りも人が暮らせるようになるだろう」
「博士は地域開拓をなさるおつもりなのですか!?」
「うむ」
「そんなあっさりと、うなずかれても……」
人の住めなかった地域を人が住めるように開拓する。
まだこの世界にきて間もないレイ少年だが、かつての世界を基準にして考えると、途方もない偉業だと思った。
ゆえに聞かずにはいられなかった。
「それは、すごいことなのでは?」
「ああ。凄いことだよ?」
こともなげにシータ博士は応える。
「どれだけ凄いことを成し遂げられるかこそ、我ら学者の本懐だからね」
「そ、そういうものなのですか」
「そういうものだよ。さあ、疲れただろう。まだ実地での実験と調査は続くぞ。休んでいたまえ」
「お、お言葉に甘えさせていただきます……」
シータ博士は手早く火を炊いた。
それを見たレイ少年は、旅行鞄から寝袋を出して、すっぽり身体を収めた。
荒野で眠らなければならない心細さと、目の前の博士の真剣な表情の頼もしさが、胸中で同居する。
混沌とうずまく感情に耐えきれず、幼いレイ少年はぼそりと言葉をこぼしていた。
「博士?」
「なにかね?」
「子守歌を歌ってくれませんか?」
「……」
恥ずかしげな声から奏でられる歌はとても音痴だった。
しかし、それがむしろ安心感をさそい、レイ少年はまどろみから深い眠りへと潜っていった。
◆ ◆ ◆
実験や調査は一回では済まなかった。
家と荒野をふたりで何度も行き来した。
そして。
「よし、大成功だ」
「やった!」
念願の研究が完成した。
「やはり《夜》を減らしたぶんだけ、《朝》と《昼》の時間が延びている。これでこの地域でも人々が暮らせるようになるだろう」
「鞄に収納した《夜》はどうするおつもりなのですか?」
「それも考えてある。実は夜が短くて眠れる時間の少ない地域が点在しているらしいのだ。そこに移すことにしようと思う。《夜》を出す機能も正常に稼働している」
「すばらしいと思います!」
「ありがとう。しかし思いのほか強力な装置になってしまった……」
「どういうことでしょう?」
「仮に滅ぼしたい地域があったとしよう。そこでこの鞄が使われ、《夜》がすべて解放されてしまったとしたらどうなると思うかね?」
レイ少年は考え、ぞっとする答えを導きだした。
「砂と岩と夜の荒野に……成り果てる!?」
「その通りだ。この鞄は気象兵器にすらなり得るものになってしまった」
「そんな……」
シータ博士の研究成果が無駄になってしまうのか。
レイ少年が気落ちしてしまうのも無理はないだろう。博士だって同じ気持ちに違いない。
しかし博士は不敵に笑った。
「そこで堅い鍵をつけることにした。ただひとりを除いては誰にも開けることのできない、とっておきの鍵だ」
「そんな都合のいいものが!?」
「うむ、実はもう完成間近なのだ」
「さすがは博士です! どのような鍵にするおつもりなのですか!?」
興奮気味にレイ少年が問うと、シータ博士はすっと腕を上げた。
そして人差し指をぴっとレイ少年に向ける。
正確には少年の口だ。
「鍵は君の歌声だ」
「なっ」
「荒野で最初に君と過ごした日を覚えているかね?」
「は、はい」
「君は眠る前に、私になにを求めたかね?」
「こ、子守歌でしたよね?」
「そう、その発言で私はひとつの事実を認識したのだよ。すなわち君の世界にも《歌》というものが存在し、その概念は私たちの暮らすこの世界と同一であると」
「それがいったい何だというのですか?」
「歌とは文化だ。そして君は現在、とある文化をこの世界で知りうる唯一の人物だ。なにせ君以外に君と同じ世界からやってきた者はいないのだからね。つまり――」
「ぼくの世界でぼくしか知らないような歌を鍵にする、と?」
「その通り。と言いたいが、正確には君の歌声だがね」
「ぼくの歌声を録音しておいて、それを再生したら鍵が開いてしまうのではないでしょうか?」
「鋭いね。安心したまえ。その場合は機械が歌っていて、君が歌っていることにはならないように作り込んである」
「ぼくが無理やり歌わされることになったとしたら?」
シータ博士は、一拍だけ間を取った。
そして真顔で答える。
「そんな事態にならないようにするために、私は君と一緒に居るのではなかったかね?」
「!」
レイ少年は反論することをやめた。
博士の声からは、どこまでも少年を守り通す意志が感じられたからだ。
◆ ◆ ◆
数年後。
「荒野だったあの風景が嘘のように豊かな土地になりましたね、博士」
「まあ《夜》の影響が薄まって、《昼》の加護を存分に得ることができれば、土地の再生などこのようなものだよ。レイ助手」
幼かったレイ少年は青年となり、シータ博士の正式な助手として活躍していた。
今回は定期的に行っている経過観察でこの地を訪れた。
と、その時だった。
この地に移り住んだと思われる現地人から、声をかけられた。
「シータ博士ってのはあんたかい?」
「いかにも。どうかされましたかな、御仁?」
「どうしたもこうしたも、《夜》が削られすぎて休憩の時間が短くってありゃしないさ。あんた夜の長さを調節できるんだろう? なんとかしておくれよ!」
「わかりました。手続きがございますので、正式な受理はのちほどでよろしいでしょうか?」
「小難しいことはわかりゃしないが頼んだよ!」
現地人はそう言うと、賑わう市場へと走り去っていった。
人がいなくなったことを確認して、レイ青年が口を開いた。
「博士。言いつけ通り、鞄は肌身から離さず持っていますがどうしますか?」
「そうだね。いまでは政府とのやり取りも意味をなさなくなってきたことだし、ここでやってしまおうか」
鞄が完成したのち、博士は功績が認められ、政府から多大な賞金と研究費を受け取っていた。
国家機関との契約は、個人事業主との契約とは比較にならないほど強固なものだ。しかし、自由度という面ではいささか以上におとる。
端的に言ってしまえば、非常に面倒くさいのだ。
それは時に、「政府のせいで貴重な研究時間が削られてしまったではないか」と愚痴をこぼしてしまうほどだった。
その政府の仕事が雑になってきたとなれば、もう義理を通してやることもないだろう。
「では鍵を開けますね」
「ああ、歌ってくれたまえ」
レイ青年は相変わらず美しい歌声を披露した。
シータ博士にとって、彼の歌を聴けることは、研究の副産物と言えた。
歌い終えたレイ青年に、シータ博士は拍手をおくる。
が、
『ビィー、ビィー、ビィー。鍵が一致しません。本人確認をしてもう一度お試しください』
鞄の鍵は、レイ青年の歌を拒んで、開くことはなかった。
「あれ、どうしたんでしょう?」
「不具合だろうか。もう一度歌ってみてもらえるかね?」
「わかりました」
レイ青年は再び美声を奏でる。
しかし鍵が開くことはなかった。
「これは不具合などではないぞ」
「どういうことでしょう。ぼくには心当たりがないのですが……」
「……いや、わかったぞ。これは私のミスだ。そうかこの機能をつけ忘れていた」
「いったい何を忘れたんですか?」
「レイ青年、君――声変わりをしているじゃないか」
「えっ?」
自分の声というものは気づけないものだ。
他人に聞いてもらってはじめて気づけるくらいなのだ。
「声変わりをしてしまった君の歌を、鞄は別人のものとして処理しているのだろう」
「そんな……どうすればいいのですか?」
「うーむ、これは困った。いま思いついたのだが、君のいた異世界に自分の姿を過去に巻き戻せるようなものはなかったのかね?」
「そんな都合のいいものありませんよ……」
「ならば仕方がない。そのうち作るとしよう」
「作れるんですか!? そんな装置を開発されても実験台にされるのは御免ですよ!?」
「冗談だ。とりあえず政府には黙っておくとしよう」
「そうしたほうがよろしいかと」
シータ博士はすでに次の研究のことを考えているようだ。
口端がわずかに上がり、にやけている。
その姿は頼もしくもあり不安でもある、というのがレイ青年の本音だった。
◆ ◆ ◆
「ああ、そう言えばずっと引っかかっていたことを思い出しましたよ、博士」
「ん、何のことかね?」
「朝と昼と夜の順番について話した時のことですよ。特殊なものはなかったか、と」
「ほう、君の世界にはあったのかね」
「厳密には違うのですが、夜の時間帯でも暗くならず、まるで夜のない世界のような場所はありました」
「それは興味深いな。いったいどのような仕組みなのだろうか?」
「さあ……ただ、その現象はこう呼ばれていました」
なにやら物々しい雰囲気に、シータ博士は生唾をごくりと呑んで続きを待つ。
「《ビャクヤ》と」
「夜のない世界・ビャクヤ……」
畏怖を込めて、シータ博士は反すうした。
やはりレイ青年の異世界は十分に注意すべき世界なのだろう。
この世界の平和がおびやかされないためにも、引き続き青年には協力してもらい、政府を交えて対策を考えなければ。
そう誓うシータ博士であった。
「オチが2つあるじゃねえか!」
と読まれてしまったかた、ごめんなさい。
載せていないのですが、以前書いたショートショートの設定を引きずってしまったため、こんなことになっています。
シータ博士が異世界人で、レイ少年が地球人である必要はないし、『星新一』さんに似せる必要もなかった。
やりたいようにやったらこうなった!