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絶望楽園タソガレ島~祐のクセ~(1)

 目覚まし時計が鳴った。朝だ。僕は飛び起きてアラームを止めて、さらに布団に潜り込もうとする同い年の少年の上に、少し助走をつけて飛び乗った。


「朝だー! 起きろー!」


それでも唸るだけで起きなかったから、僕は乗ったまま跳ねてみる。そうしたら、悲鳴と共に、ようやく目を覚ました。


「ちょっと! 朝から乗ってくるなって!」


「祐が起きないからだよ」


もう1日は始まっている。温かい朝ごはんがあって、美しい空の下で歩いて学校へ向かい、1日面白い授業を受けて、今度は綺麗な夕焼けの下、また歩いて帰る。穏やかで平和な日々。僕が知らない綺麗なものに溢れた世界。ずっとここに来たかった。ずっと憧れていた世界。時間がとにかく足りなかった。


「ねぇ、今日は僕がやりたいことする日でしょ? 僕はね、早起きがしたいなー」


そう言うなり、布団の中から、まだ眠ったままのような顔を出す祐。なんだかんだで一番に僕のことを考えてくれる、優しい人だ。


 出会ったのはタソガレ島。そこから一緒に脱出したんだけど、最後は、僕を見捨てれば簡単に脱出できた。僕は倒れて動けなくなったから。それでも、祐は僕を背負って、限界を超えた体に鞭を打ち、僕をタソガレ島から連れ出してくれた。それだけじゃない。祐は、タソガレ島から出た時、離れていきそうになった僕をつかんではなさなかった。僕が思うに、あのまま離れていったら、きっと僕はここにいなかったと思う。きっと僕は消えてしまってたと思う。祐はまた僕の手を引いてくれた。


「ほら、行こう! 今日は僕がやりたいことなんでもしていいんでしょ?」


「仕方ないなぁ。約束してたし、行くか」


祐はなんだかんだ僕が一番やりたいことをさせてくれる。いつもいつも僕ばかり祐に貰っているような気がするけど、祐はきっとそう思っていない。自分の方が、と、言うに決まってる。僕がやりたいことは、とにかく町を散歩することだった。祐と、一緒に色んなものを見たくて、朝から出かけることになっていた。




残り30分



 僕らは歩く。住宅街、公園、大きな通り。車がたくさん通っていて、それだけで圧倒されてしまった。硬い黒の地面に、花が咲いていないのは残念だけど、車が轟音で駆け抜けていく様は、静かな自然とは別の楽しさがある。ただ一つ気になるのは、車が出す臭いだ。排気ガスというらしい。頭上には綺麗な空。辺りには僕らと同じように散歩している人がいて、先を急ぐ人もいて、今日もこの世界は平和そのものだった。




残り0分



「ヤサ、次はどこ行きたい?」


車が走っている。


「この近くなら、バッティングセンターとかあるけど、どっか寄ってみる? 」


車が道を外れた。


「あ、でも、ヤサなら、図書館の方が好きかも。ん? どうした? 僕の顔に何かついてる? 」


祐が僕に笑顔を向けた。祐のすぐ後ろ、車が猛スピードで突進してくる。体が、動かない。避けて。避けて。そこから離れて。


「ヤサが行きたいところに行こう」


祐、嫌だ。お願い、僕は、祐を失いたくない。



 気がついたら、僕は駆け出していた。祐を力の限り押していた。祐が驚いたように僕を見て、僕は突っ込んできた車を見た。鼓膜を貫くような音が聞こえた。祐が、僕の名前を叫んでいた。


 ねぇ、祐、知ってる? 僕が君をどれだけ大切におもってるか。どれだけ君に助けられたか。特別なものなんか何も要らない。僕は、ただ祐、君が側にいてくれる、それだけで――。


 サトラゲに体当たりされたみたいな、すごい衝撃を感じた時には、僕は宙を舞っていた。空が見えた。綺麗な。今日は快晴だって祐が言ってた。雲一つない、快晴。


 僕を呼ぶ声が聞こえて、祐が駆け寄って来てくれるのが、見えた。良かった。祐が無事で。身体中が痛くて、うまく息ができなくて、それから、周りが暗くなっていく。いっぱい寝たのに、どうしてかな。周りが暗くなってくんだ。








 ヤサに押されて、俺は驚いてヤサを見た。尻餅をついて初めて分かる。すぐそこまで来ていたのは大型のトラックだった。ヤサが俺をかばって――。


「ヤサ!」


そう叫んで手を伸ばしたけど、ヤサとトラックがぶつかる音が聞こえ、ヤサの体は目の前で宙を舞って、そのまま地面に落下した。ピクリとも動かなくて、恐怖で体が震えて止まらなかった。まさか、まさかまさかまさか、ヤサが……!?


「ヤサ! ヤサ、しっかりしろ!」


抱き起こしたけど、ヤサの目はもう閉じかけていた。呼び掛けると、にっこりと笑ってゆっくりと目を閉じた。


「ヤサ、ヤサ、ヤサ! 目を覚ませ! これから色々やりたいことがあるんだろ! 頼む、頼む、俺を一人にしないでくれよ!」


僕はすぐに携帯電話を取り出し、震える手で119にかける。


「絶対助けるから、死なせないから。だから、だから死なないで……」


ヤサの体を抱き締めた。辺りに人が集まってくる。何かを喚いているけど、何をしゃべっているかわからない。もう頭の中が真っ白で、どうしたらいいか全く分からなかった。


 君は知っているか? 俺がどれだけヤサを大切に思ってるか。ヤサがいるだけで、俺の世界はどんどん変わって行くんだ。ヤサが俺の時間を取り戻してくれる。無駄だった時間が急に意味があるものになったいったんだ。特別なものなんかいらない。お金だとか、そんなものいらない。ただヤサがいて、一緒に笑っていられるだけで、それだけで良かった。それなのに、どうしてこうもうまくいかないんだろう。

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