惨劇の夜と聖騎士
真っ暗な夜に咆哮が鳴り響く。
村はところどころに火の手が上がり、月明かりとは違う残酷な明かりで夜空が照らされている。
「女子供、近くに居る生存者を連れて逃げろ!」
1人でも多くの村人を守るために1人また1人と命を散らしていく。
あぁ、俺はどれだけ無力なのだろう。
絶望を体現したその生きものは子供が玩具を弄ぶように人をはね上げ、剣より鋭い巨大な爪で人をいとも簡単に引き裂いていく。
また1人、友達が死んだ。さっき死んだのは親父の飲み仲間だった。
次は俺か。それとも彼女か。
恐怖に雁字搦めにされ膝は笑い、その場に縫い付けられたように動くことが出来ない。
「ノア!何してんの!」
金色の髪に蒼い瞳。満天の夜空でもなお美しい《神に愛された子》、そして俺の片恋相手のフィリアが来てしまった。いや、この状況で彼女が来ないわけがない。
「私が応戦するわ。だからノアは皆の避難をお願い 」
フィリアは村で一番の魔法の使い手で、少なくとも今でも上級魔法使い並の実力と魔力を持ち合わせていた。
しかし、アレと戦おうというのか。あの、炎と瘴気を生み出す恐ろしい魔物……古の邪龍と。
「怖く、ないのか」
本当ならこんな会話している暇もないのだ。
自分の役割を理解し、少ない犠牲で多くを助ける為には。
弱すぎる人間には対抗できないあの邪龍の爪から大切な人を守る為には。
「……怖くないわけ、無いじゃない」
声が、震えていた。 それでも、瞳には決意の色が浮かんでいた。
「でも、私が行かなきゃ、大勢が死ぬの。パパも、ママも、ユーリも、……あんたも。だから、戦わなきゃいけないの。ほかでもない、« 神から愛された子»の私が」
あぁ、やっぱりフィリアは強い。
こんな所で動けなくなっている俺とは違って。
「あとは、任せるわ。……お互いに生き残れたら、またデートに行きましょ」
まるで学校終わりに遊びに誘うようにそう言って、炎と瘴気を撒き散らす邪龍、世界の天災ティアマトの方をしかと見つめ戦場へと駆けていった。
しばらくすると、この村の空を光が包んで行く。
フィリアが発動させた魔法だ。
あちこちで村人が逃げ惑っている。
俺は逃げることすらできない。
……?
見たことのない人間がチラホラいる気がする。
しかも邪龍が暴れている方に向かっている。
なんだ……?なんなんだこの胸騒ぎは。
既に良くないことが起こっているのに、これ以上の何かが起こるような気がしてならない。と、その時だ。
ガッシャァァァンッ!!!!
と轟音を立ててフィリアの張った防御魔法と結界魔法が破壊された。
いい加減……
「うごけっ」
自らに対する叱咤で一思いに動き出せば思いのほか動けるもので、急いで燃え盛る家屋の間を駆け抜ける。
空気が焼けていて呼吸が苦しい。
焦りと熱気で汗もだらだらと流れ、ふらついてしまう。
それでも足は止めない。俺は魔法に明るくないが、剣は村でも認められる程度には扱えた。
あの邪龍相手に立ち回れるわけは無いが最悪一度きりの肉壁としてフィリアを守れる。
一度怖気づいた身体は立ち止まるとまた震え始めそうだ。
だから、走り続ける。決して当てもなく無意味に走っていたわけではない。目的の場所―俺の家にたどり着く。
燃える我が家のドアを蹴破り、倉庫においてある愛剣―しっかり刃のついた剣だ。狩りとかに使っていた―
を引っつかみ、踵を返し邪龍のほうへ駆け出す。
くそったれな邪龍にせめて一矢報いてやる。
そう決意したときだった。
邪龍がひときわ大きな咆哮を上げ―瘴気と熱と絶望を振りまくブレスを放ち、俺はなすすべも無く飲み込まれたのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ふっと意識が浮上する。
見慣れない天井だ。毎日寝て起きてを繰り返していた木製の天井ではなくて、白く塗られた天井だった。
「お、目ぇ覚めたぁ?」
隣で聞きなれない声がした。隣と言うか、頭上?
体を起こし、声の主を探すとそこには-ちっこい白龍らしきものがパタパタと羽でホバリングしていた。
「……」
無言のままその白龍らしきものに手を伸ばす。
ちょっと鱗は硬いが柔軟性も兼ね備えているようで傷つけるのは難しそうだ。
「やめっあっはははははっ擽ったいからやめろよぉ〜 」
しばらくもてあそんでいると
「もぉ〜こうなったら!えいっ」
とかわいらしい声でかわいげのない威力の蹴りを頭にくらって起こした体がベッドに倒れ込む。
「うむ。元気そうだね。とりあえずそこで待ってて。ボクの主を呼んで来るから」
パタパタホバリングしていた白龍らしきそれはそう言ってドアの方に消えていった。
アレのせいで周囲の観察が疎かになったがどうやら野営病院か、近隣の村の小屋なのだろう。
まさか割と距離のある街のセルブールだろうか。
そもそも、あの日から何日経ってる?
村のみんなは?邪龍は?……フィリア、は?
どうなっている?
現状が掴めないまま思案していると部屋の入口に向かってコツコツと足音が近づいていることに気づく。
コツ、コツ、コツとノックをしてくれたので一応、
「どうぞ」
と答えておく。
入ってきたのはさっきのミニ白龍と純白の全身鎧に同じく純白の鞘を帯剣した金髪碧眼の1人の男性騎士だった。
―聖騎士。
彼らの鎧はひと目でわかる。なにせ恐ろしいほど美しいのだ。
「やぁ、君の目が覚めたとユイが教えてくれてね。私は今回のスール村防衛担当だったカムイという者だ。こっちは私の相棒のユイ」
「おう!さっきぶりだな!」
パタパタとホバリングしながら元気に挨拶をしてくるミニ白龍。
「あ、……スールの村のノア、です」
自己紹介は一応しておくべきだよな、と思い挨拶を返す。
「済まない。今回の件で君の右半身に火傷の跡が残ってしまった。それに、スールの者に聞いたところによると君は黒髪だったはずだが……若干紫色に変化しているようだ。瞳は何色だった?」
「えっと、瞳ですか?青ですが」
「ふむ?……今は真っ赤だぞ。ユイ、鏡」
「あいよ。……ったく龍使いが粗いぜ」
ミニ白龍改めユイが両手両足で抱えて鏡を顔の前に持ってきてくれる。
サラッと鏡、などと言っているがスールの村では大変貴重なものだった。
鏡を覗き込むと、髪はたしかに紫がかっていて、目は、あの夜の炎を連想させる様な赤だった。
「あの。俺のことより、ここ、どこですか?村のみんなは?それに……フィリアは、どうなってるんですか?」
これは、正直俺のことよりもっとずっと大切だ。
これで村人が全滅などしていたらフィリアが報われない。
「村は、私の力不足で全滅だ。家屋一つ残らなかった。あぁ、村人の方は死傷者は全体の2割程だそうだ。
ここはスールから南に行ったベッロホルツの村だ。それから、フィリア、という名前の人を私は知らないが少なくともあの村の中に着いた時、生存者は君だけだった。あの位置にいたと言うのに、死ぬどころか五体満足でいられたというのが私は信じられないよ。」
……遺体も残らなかったのか。そりゃそうか。あんなのくらって生き残れた俺の方がイレギュラーなのだから。
「そう、ですか」
声が揺れてしまった。多分そうなのだろうと思っていても事実を突きつけられるというのは辛い。
「それから、これまた不思議なのだが倒れていた君のそばにこれが落ちていた。」
そう言ってカムイが宙に手をかざすと何も無かった場所から1本の杖が出てきた。
空間魔法だ。
そして、その杖には見覚えがあった。
フィリアの物だった。
「フィリア」
手を伸ばす。が、その手を途中でカムイが遮った。
「重ね重ね済まない。これは触れさせられない。」
「なぜ、ですか」
「瘴気に汚染されているからだ」
瘴気。ここでも、フィリアの遺品に触れるのを阻むのか。
どこまで邪魔すれば気が済むのか。
腸が煮えくり返って、怒りに手が震えた。
「これは、王都にて管理することになる。君の反応を見るに、フィリアという人の遺品なのだろうがどうか聞き分けてほしい」
そう言って頭を下げてしまう。
そこまで言われたら、わがままなど言えるはずがない。
「頭、上げてください。カムイさんは悪く無いです。俺の力が足りなかっただけですから。」
「……そうか。」
その後、村のみんなと再会し日付けを確認して驚いた。
なにせたった1日しか立っていなかったのだ。
カムイさんの説明では瘴気で村中が汚染されていてもはや人の住める場所ではないそうだ。
これからみんなバラバラになる。
親戚のある人はそちらに頼り、身寄りのない人はここに定住することになる。
俺の両親はどちらも亡くなっていた。
だから、旅に出よう。あの邪龍を殺せるだけの力を手に入れるための旅をしよう。
その後1週間で亡くなった人の葬式と埋葬を済ませた。
俺の持ち物は、ベッロホルツの村でスールの村の人が餞別として買ってくれた両刃直剣と幾らかの路銀のみ。
もう、俺には何もなくなってしまった。
これからだ。俺の人生を掛けた復讐はこうして始まりを告げたのだった。