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剣転生

にべもない

作者: 天野眞亜

「剣もほろろ」の続き

 集めてきた枝を地面に置いて、ふむっと頷く。

 アリシャの顔は実に満足げだった。

「こんなものだな」

 一晩過ごすだけの分があればいい。

 まずは数本を地面に差して、先端を合わせる。イメージは円錐だ。枝に囲まれた円内に短い枝を放り込み、長い枝は立てかけるように組んでいく。一見して雑でありながら、重要な要素を内包した組み方はアリシャのこだわりである。

「毎回思うんだが、俺で枝集めするなよ」

「何を言うか。他に刃物がないのだから仕方あるまい」

「いや、だからって……」

 ブツブツ文句を言う声を無視して、水晶剣を手にする。

「炎よ」

「あっ、あち! あちっ、何すんだテメー!!」

「やかましい上に大袈裟だ。この程度の炎でどうにかなるわけがなかろう」

「気分の問題だ、気分の!」

「そうか。黙っておれ」

「話し相手のいない寂しさを癒してやろうという、俺の優しさ……炙るなあああぁっ!!」

 余計にやかましくなった。

 アリシャは溜息を吐いて、腰を下ろす。

 助言通りに乾いた枝を選んできたから、焚火は赤々と燃えていた。その様子にホッとする。魔術で火を呼び出すことはできても、それを維持するには更なる魔力を消費する。

 それが常識だった。

 だからカンテラなどの灯は、あらかじめ魔力を貯め込んだ輝石を使う。純度が高ければ高いほど、大きければ大きいほど貯められる魔力量は多い。アリシャもいくつか輝石を持っているが、同一属性の魔力しか貯められない。

 そして輝石へ充填するだけの余裕は、なかった。

「温かいな」

 ふわっと微笑むアリシャに、水晶剣はこう答える。

「うっほおお、谷間谷間アアアァ!」

「…………」

「だから炙るなっつーの!! 生身じゃねえんだから、スルーしろよ。いや、してください。俺のわずかな癒しタイムを奪わないで、オネガイッ」

 必死な訴えに半眼になりつつ、アリシャは水晶剣を抱えた。

 鞘に納められているので水晶の輝きは見えない。それでも騒々しい声だけは、はっきり聞こえてくる。鬱蒼とした森の中で、アリシャ以外の人間はいない。獣の気配もなく、しっかりと抱きしめた水晶剣だけが存在を主張している。

 今は柔らかな双丘に埋まっているが。

 何となくぎゅっと強く抱えてみれば、声にならない歓喜が伝わってきた。本当に、どうしてこうなったのか。見た目ともかく、想像していたのと全く違う『ソレ』に何度目かも知れない溜息が出る。

「幸せが逃げてくぞー、一家離散で」

「妾に家族などおらぬ」

「爆散したから仕方ない」

 わざわざバク・サン、と区切る意味も分からないが。

 まるで他人事のように流されて、アリシャは苦笑してしまった。確かに水晶剣に宿った魂にとって、この世界の出来事は全て「他人事」である。まさか別世界に存在していた人間の魂を召喚してしまうなんて、思いもしなかったのだ。

 それだけアリシャは必死だった。

 切羽詰まっていた。

 余裕がなかった。

 言い訳はつれづれなるままに思いつくが、水晶剣の魂は謝罪の言葉すら受け取ってくれなかった。人だった頃の記憶がほとんど残っていないのは術式の影響だと思われる。それでいて生活の知恵というか、あちらの世界における常識のようなものは色々覚えていた。

 焚火の方法もその一つだ。

「寝たのか? 寝るなら、ちゃんとローブ羽織っとけ。女にとって冷えは大敵らしいからな。万が一に具合が悪くなって、どこぞの通りすがりの馬の骨野郎に優しく介抱されるとか勘弁してくれよ。俺はいずれ実体を得るつもりだが、それまでは他の奴に俺を扱わせるつもりなんてないんだからな。分かってんのか? ああ、寝てるんだったな。悪い、返事はしなくていい。勝手に心配しているだけだし、その美味しそうな体が――」

「やかましい」

「起きてんじゃねえか」

「さも決定事項のように言うが、剣に宿った魂が実体を得られると本当に思っておるのか。おぬしのいた世界に、魔術など存在しないと言っておったであろう」

「願えば叶う。ここはファンタジーな世界だからな」

「叶わぬ願いもある」

「そりゃあ、願う力が足りなかったんだろ」

 軽く言い放たれた言葉が、深く刺さった。

 アリシャは思わず水晶剣を投げ、危うく焚火に突っ込みそうになりながら辛くも地面に転がる。悲鳴と怒号と怨嗟の声は片っ端から聞き流し、フードを顎まで引っ張った。また水晶剣が「寝たのか」と聞いてきたが、今度は何を言われても返す気にならない。

 アリシャは願った。

 心から強く、強く願ったはずだった。

 それでも叶わなかったのは――。

「ふ……っ、うう」

 罵声がぴたりと止む。

 忌々しいことに、ぎゃあぎゃあと煩く喚いていたくせにアリシャの嗚咽は聞こえてしまったらしい。膝の間に顔を押し付けて、声を押し殺していたはずなのに。

 アリシャは亡国の王女だ。

 水晶剣に魂が宿った瞬間、その国は滅んだ。気の遠くなるような階段を下りていった地下神殿の中でも、その振動ははっきり伝わってきたくらいだ。地上ではどれほどの惨劇が起きていただろう。誰一人守れず、ただ一人生き残って、一度も使われなかった脱出口を辿って、全く別の土地へ這い出た。

 輝石といくつかの魔道具、小袋に入った金、そして水晶剣。

 生前は破廉恥な男であっただろう彼に助けてもらわなければ、アリシャは今頃生きていない。命があっても身ぐるみ剥がれて、奴隷に身を落としていたに違いない。王族としての誇りも、魔術工師としての自負も、何もかも失っていただろう。

 人が人として在るためには、記憶が必要だ。

 アリシャはアリシャとして生きることだけが今を支えていた。水晶剣の魂は本来あるべき記憶を失っており、いつ消えてもおかしくない状況にあった。それでも元気に喚いていられるのは、下品で下劣で破廉恥極まりない欲望のおかげだ。

 彼は、アリシャに強く執着している。

 召喚主と被召喚者として、互いの魂は契約で結ばれているせいだと思われた。それでも心までは縛れない。彼がアリシャに対する執着をなくせば、たちまち魂は消滅する。彼は、水晶剣に宿る前の彼自身をほとんど覚えていない。

 人間であったこと。

 存在していた世界での常識が、かろうじて残っている。

 そして、この世界に対する興味が全くない。五感を失った彼が唯一、といっていいほどに認めているのがアリシャの存在だった。

「アリシャ」

 微睡の中で、誰かが呼んでいる。

「おい、起きろ馬鹿女。襲うぞ、コラ。あっ違った、間違い。襲われんぞ、コラ。アリシャ以上の美女に所有してもらえるんなら考えなくもないが、成金のギラギラギトギトした豚に愛でられるくらいなら粉々に砕かれた方がマシだっつの。オラ、さっさと目を覚ませ!」

「……相変わらず、よく喋る」

 おちおち感傷にも浸れない。

 頬に残っていた涙の跡をぐい、と拭った。泣きながら眠っていたらしい。焚火に土をかけようとしたら、水晶剣に止められる。こちらが気付いていると思わせない方がいいらしい。

「先手必勝だ」

「後手の間違いであろ」

「うるせ。後の先っていう技があんだよ」

「ゴノセン」

 詳しいことは後で説明してやる、と彼は言った。

 焚火に炙られていた水晶剣を拾い、柄をゆっくりと滑らせる。その透明な輝きが炎の赤を映し、更に黒い何かを映し取った。獣の気配もしない闇の中で、それらは音もなく動く。

「追手か」

「どっちだっていいだろ。面倒くせえ」

 いつもの問答を水晶剣の苛立った声が断ち切る。

 立ち上がりざま、振り下ろされる刃ごと黒い影を切り裂いた。相変わらずの切れ味だが、倒れていく相手から出血しない。妙なこともあるものだと眉を顰める暇もなく、今度は反対側から襲ってくる。横薙ぎに、下から、上から、アリシャは迫りくる影を倒していった。

 本来、ここまで身軽に動けない。

 いつぞやは大の男たちを飛び越えていった跳躍力も、水晶剣の影響だ。もともと宝物庫の奥深くに封印されていた呪具――強い魔道具の一部がこう呼ばれる――であり、剣士ではないアリシャが扱えるように精霊を召喚した、はずだった。

「ぎゃーっはっはっは! 弱い、弱いなあ、オマエら」

 興奮気味の哄笑が響き、影たちが揺れる。

 驚いたらしい。

 水晶剣に宿った魂には当然ながら肉体がないので、思念がそのまま相手へ伝わる。かなり特殊なケースではあるが、水晶剣そのものがとんでもない力を秘めた呪具だからだろう。

「もっと、もっとだ! もっと斬らせろ。もっともっともっともっともっと!!」

「やかましい。ちと黙りやれ」

 強めに命じれば、水晶剣はたちまち沈黙する。

 どうにも彼は「斬る」ことに異常な興奮を覚えるらしい。剣なので、当然といえば当然かもしれなかった。狂ったような笑い声と巻き舌でまくしたてられるのは、頭が痛くなるので勘弁してほしい。

 水晶剣とアリシャの真骨頂はここからだ。

 黙りこくった水晶剣は、たちまち残った影を食い散らかしていく。手ごたえはあるのに血が流れず、倒れた体はしばらくすると消えていった。幻にしては、存在感がはっきりしすぎている。

 あるいは、とっくに敵の術中に嵌っているのか。

「それはねえ」

「分かるのか?」

「ん~、何となく。十三体ほどいたが、人形だろ。一つだけ人間っぽいのいたし」

「それが術師であろうな」

「追うか?」

「いや、……面倒だ」

 消えてしまった焚火を復活させ、近くに座り込む。

 土を被った鞘を払って、刀身を納めた。キンッと涼やかな音が、森の闇に溶けていく。襲撃者の正体は知れなくとも、死体だらけの場所に居座る度胸はない。

 跡形もなく消えてくれて幸いだった。

「もう少し寝る」

「ああ、そうかよ。好きにしな」

「剣」

「んあ?」

「おぬしがいてくれてよかった」

「……ばっ」

 珍しく言葉に詰まる様子が可笑しくて、アリシャは水晶剣を抱き込んだ。

 いつもの歓喜がない代わりに、何やらモゴモゴと訴えるような気配がする。これが人間だったら、一体どんな男なのだろうか。いずれ実体を得るというのなら、その日が楽しみだ。

 この体を自由にさせてやる気はないが。

 小さく呟けば、水晶剣から不満らしきものが伝わる。アリシャはくすくす笑いながら、今度は穏やかな眠りに就くのだった。

王女の年齢は十代の方がいいかもしれない(精神的に)

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