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暦月カップル短編✩

早緑月(さみどりづき)のブラインドアリー

作者: 橋本ちかげ

昼過ぎには都心に出る予定だった

やっと打ち解けてきたサークルの仲間と

夕方集まって飲むつもりだった

呆れるほどの冬晴れ 小町通りを抜けて海から吹き抜けた音のする風に震えていると

カフェオレ色のダッフルコートで 髪の長い彼女が 目を丸くしてたたずんでいたのだ


ぱっつんに切りそろえた黒い前髪と 

血の巡りの良さそうなそばかす交じりの薄い顔の皮膚 このからっとした寒空で びっくりするほど潤った下側が少し勝るくらいの受けの唇 びっくりしたような声を上げてから彼女は何もないような笑顔で微笑んだ

「うわあ、すっごい久しぶりだよね!?」


彼女と付き合ったのは、受験生から大学生までの三か月間

僕は進学塾で 他校の子たちも交えてクラスごとにグループを組んでた 

男女二人ずつの四人 そのうちの二人


「ねえ、話があるんだけど」


二人だけで駅前にあるドトールに入ろう そう言われただけでどきどきした

今までそんな風に女の子に 誘われたことってなかったから

でも彼女はつまりこう打ち明けたかったのだ

今いるグループのうち 僕じゃないもう一人が好きだ、って

僕ももう一人のうち 彼女じゃない方が好きだって答えた

好きとか嫌いとかじゃない その子の方が比較的気さくに話が出来たってだけ

そしたら彼女は 目を輝かせて言ったんだ

「だったら協力しない?」


それからクリスマスまではずっと二人でわくわくしてた

二人でよく作戦会議した

「君はだからだめなんだよ」

彼女はよく言って それから自分で落ち込んだ

「わたしたち、がんばらなきゃね」

でも僕は 小町通りで彼女に会う時だけがどきどきした

何か二人で してはいけない秘密を共有していた気がするから

お互い好きな相手のことを話しながら 逢瀬を重ねただけで

僕は満足だったのだ

思えばそのときが一番恋愛してた気がする


「クリスマスにお互い告白しよう」


彼女は瞳を輝かせていった でもやっぱ二人とも玉砕だった

残りの二人で 結局カップルは出来ていたのだ


センター試験の前 僕たちは付き合うことを決めた

でもその後は さんざんだった

僕たちは僕たちでお互い 相手を好きじゃなかったのだ

「あなたはわたしなんか見てない」

大雪の日に大喧嘩をしてそれきり

僕は彼女のことなんか少しも考えられていなかったのだと 思ったけど遅かった


話をしてみると今は 合格した大学で彼氏を作って楽しくやってるらしかった

「わたしのこと大切じゃないでしょ?」

いつかそう言った彼女はたぶん僕のことなど それほど思っていなかった 今はそう言いたげだった


結局僕たちは何に熱中したんだろう?

僕が好きだったその彼女も 今は別の大学に行っているんだろうけど 僕は気にかけちゃいない

そして彼女もそうだ

ほとんど日付が変わるまで 僕たちは電話で話し合ったのに 彼女の泣き声も聞いていたのに

春を迎える光は それを吹き飛ばしてしまったのだろう

難なく笑顔がやってくるように

募る想いほどに重い雪で塞がった袋小路があちこちに 鼠色の絶望的な顔色で待ち構えていたことなど

まるでなかったかのように

そこに生暖かい風が吹く

春はやってくる

いずれにしても暖かい風が吹く

行き止まりに当たるまでに積み上げた時間など まるで無かったかのように

僕たちはそうして物事の明るい方だけを見続ける


冬来たりなば 春遠からじ


冬の予感は教えてくれない

春はただ 明るい それだけ と言うだけで


  






 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 拝読させていただきました! 切ない。甘酸っぱい。 けれど、ただくっついた離れただけじゃない、ちかげさんの技量の深さを感じる、深みのある作品だと思いました。 そして、最後の春の希望を――同…
[良い点] 過ぎ去った淡い時間 恋に焦がれた僕ら 春と共に再会した彼女 でも戻らない時間 想いはどこにあったんだろうか [一言] 切なさと春の気配が物悲しさを語ってくれます。 過ぎ去った時に…
[良い点] 散文詩でしたか。橋本さんらしい語り口を残しつつ、穏やかに吹く風のようなリズムが心地よかったです。回想であるから当然なのかもしれませんが、どこかノスタルジックな気分にさせてくれる懐かしい痛み…
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