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青人

作者: 砂虎

23世紀も終わりに近づいた頃、一人の天才的な科学者が驚くべき発表を行った。


「リンカーン大統領の奴隷解放宣言から400年以上もの月日が流れているにも関わらず我々は未だに人種差別という悪しき風習を根絶できておりません。

 私は人類の道徳心を信じておりますが同時にその途方もない愚かさもまた知っております。

 自然に任せていては我々は人種差別を根絶するより遙かに前に差別主義者が巻き起こすテロとそれが引き金となった最終戦争によって自らを滅ぼしてしまうことでしょう。

 私は幼い頃からこうした問題に興味を持ち、いつか自分がそれを解決することを夢見て研究の日々を送ってきました。

 そして遂に人種の壁を打ち破る画期的な発明を完成させたのです」


博士は胸のポケットから小さなカプセルを取り出した。


「このカプセルを飲むことで人間は白人、黒人、黄色人種、そのどれとも違う姿の新人類『青人』へと進化します。

 もう肌の色の違いによって悩み苦しみ傷つけ合う必要は無くなるのです。

 今の自分の姿を捨てることに抵抗もあるでしょう。

 ですが人類がこの先も存続していく為にどうか尊き決断をして頂きたい」


この発明に世間は大騒ぎ。

冗談のような話だが博士は10歳で大学を卒業し17歳で人類初の惑星移民船に搭載するコールドスリープ装置を発明した正真正銘の天才。

この他にも人類の歴史を変える偉大な発明を幾つも成し遂げた実績の持ち主で何より冗談でこんな発表をする人ではない。


人種差別主義者たちは猛反発し伝統を重視する保守派からも反対意見が相次いだ。

だがそんな事は人類の愚かさを知る博士にとっては想定通りの展開だ。

1週間後、博士は二回目の記者会見を行った。


「言い忘れておりましたが青人は平和の象徴であると同時に人類の次なる進化の形。

 カプセルを飲んだ青人は現生人類にはない様々な特徴を持っています」


この特徴が凄かった。

300年以上を健康に過ごせる長寿。様々な病原菌に対する完全な耐性。脅威的な運動能力と学習能力。

どれも人類が長きに渡り憧れ求めてきたものだ。


翌日には博士を徹底的に批判していた総理大臣があっさりと手のひらを返して青人となり

長年悩まされていた持病から解放された事を笑顔で語り新聞記者達を大いに呆れさせた。

もっとも呆れた記者たちだってそれから1年が経ち副作用などの問題がないことを理解すると我先に争ってカプセルを飲んだのだが。


人種差別主義者と一部の大富豪はカプセルの成分を分析して今の姿のまま超人化する薬の開発を目論んだがスーパーコンピューターで解析しても100年以上はかかると聞くと諦めてカプセルを飲み込んだ。

元々個人の努力と才能で覆せる程度の差異に一喜一憂していた人達だ。

理屈をこねたところで青人と比較すれば白だろうが黒だろうが劣等になるのは確実。

それを承知で追いていかれる覚悟のある気合いの入った人間がいるはずもなかった。


科学者は流石に他の人々に比べると慎重だった。

現時点でマイナスの情報は一切発見されていないが100年後、200年後は分からない。

天才であっても間違いは犯すし物事に完全無欠ということはあり得ないのだ。

しかし問題点が見つからない以上は青人化を止めさせることは出来ない。

彼らに出来るのは青人に関する研究を継続しながら万が一に備えて世界各地に現生人類の遺伝子バンクを建造することくらいだった。


それから300年。人類の99%は青人となっていた。

青人化が始まった当初に予測されていた長寿と死亡率低下による人口爆発や戦争。

圧倒的少数派となってしまった旧人類達に対する迫害や差別といった問題は不思議と起こらなかった。

これは博士が密かに他者への攻撃本能や自己保存本能を微妙に調整する作用をカプセルに仕込んでいた為だが何も知らない大衆は能力の向上によって心に余裕が生まれたからだと理解していた。

この頃既存のあらゆる言語体系に属さない青人語が作られ公用語となった。


さらに150年の時が流れた。

長寿の青人にも寿命を迎えるものが現れ始め青人カプセルを開発した博士もまたその一人となった。

博士は遺言として自分の死後、遺体を黒く塗ってくれるよう言い残した。

白人警官によって不当に射殺された天国の父親が自分だと分かるようにというのがその理由だった。

人類第二の父親の死に世界中の子供達が涙を流した。

また博士にあやかり多くの人が遺体をかつての肌の色に塗る原色葬を選択した。


500年後。

原色葬は過去の産物となっていた。かつて白や黒であった人はもういない。

この世に生きる人々は全て青い肌の両親から産まれた青人だ。

最後の旧人類は70年前に保護観察区の病院で亡くなっていた。

それはかつてこの世界を満たしていた豊かな言語の死でもあった。


700年後。

青人文明は時間をかけてゆっくりと自分達の科学力を衰退させていた。

科学によって生み出された新人類は強化された知性により科学の発達が自分達の幸せに結びつかない事を見抜いていた。

資本主義はとうに過去の産物。人格が個人の所有する唯一最大の財産となった。

青人たちはそれを心の底から喜び自らを磨き上げる人生を楽しんだ。


2000年後。

旧人類が残した遺跡の多くは風化によって失われてしまった。

青人は自然によって形を失うその在り方を良しとする境地に種族全体が達していた。

自分達の記録もまた無理に残そうとはしなくなった。



5000年後。

若者達の間でかつて自分達の肌は青ではなかったという噂が流れた。

少女はもしも白や黒や赤や黄色、色んな肌の人がいたら素敵だねと笑った。



7000年後。

古代遺跡から青人によく似た遺伝子データが発見された。

この生物は自分達よりも弱く、知能も低いが言語を習得し意志疎通を行える程度には賢いらしい。

他の生命に過度の干渉を行うことは青人の文化ではタブーとなっていたが自分達の良き隣人が増えるかもしれないという可能性はあまりに魅力的だった。

数百年に渡る議論の結果、青人たちは雌雄一人ずつという条件つきで遺伝子から旧人類を復活させた。

彼と彼女は遺跡に残されていた宗教書と思われるデータの人物名からアダムとイヴと名付けられた。

青人達は肌の色の違う不思議な赤ん坊に驚きながらもその誕生を大いに祝福した。



25年後。

太陽系の片隅で大規模な宇宙艦隊が集結しつつあった。


「探査機の報告から覚悟はしていたが本当に間違いないのか」


「間違いありません。地球は既に青色のエイリアンによって占拠されています」


「あぁ何ということだ。長い年月をかけてようやく我々の先祖が旅立った故郷の星に戻ってきたというのに」


「1万年も時が流れているのだから仕方がありませんよ」


「そうです。我々だって遊んでいた訳じゃない。

 アパッチ星人。チェロキー星人。レナペ星人。何十という星を征服しながらここまで来たんです」


「アパッチ星人の絶滅があと50年早ければ我々は間に合ったのだろうか」


「それを言い出したらご先祖様が悪い。

 宇宙漂流中に自分達を保護したオマハ星人を騙して科学技術を盗み取るのに600年もかけたっていうんだから。

 俺ならもっと上手くやりますね。70年でオマハ星人なんて絶滅させられる」


「我々の長寿もオマハ星人から奪った生体科学によるものだ。70年もかけたらお前は老衰で死んでるよ」


「それでどうします?奴隷にするなら輸送船を引っ張って来ないといけません」


「馬鹿を言え。我々の祖先を皆殺しにして地球を奪った連中だぞ。一人たりとも生かしておくものか」


「ヒュー、問答無用で皆殺しにするのは久しぶりですね。アベ星人以来ですか」


「あのナメクジ野郎を性奴隷にしたいなんて変態は流石にいなかったからな」


「あの青っちい連中はナメクジ以下って訳だ」


「我々地球人以外の連中なんてどれもナメクジ以下ですよ。それじゃあ艦長、攻撃許可を願います」


「細菌ミサイルの攻撃を許可する。誰が地球の支配者なのか思い知らせてやれ!!」


かくして数多の星を攻め滅ぼしてきた宇宙戦艦から流星のようなミサイルの雨が地球へと降り注いだ。

アダムとイヴの結婚式が開かれる3日前のことであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「原色葬」と言うSFならではの風習にほろりとしました。 調和と共に幸福に生き、いずれ他者に滅ぼされる青人なのか、 攻撃性と共に拡大を続け、おそらく自滅していく科学蛮族なのか、 なんとも物…
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