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終末東京で、俺は戦器を握らない  作者: くらげマシンガン
最終章 『スカイツリー』編
53/54

最終話 いつまで騙されているつもりなんだ

 瞬間、『ヒカリエ』の時と同じように、トーマスを中心に水の波紋のようなものが広がった。


 電子音のような音が鳴り、俺の左肩に記された『NPC』のマークが、眩い光を放った。


「うわっ…………!!」


 トーマス。城ヶ崎。……そして、全ての人々。左肩は光り、そして一瞬の内に蒸発した。俺は慌てて、自身のバトルスーツを捲った――……既にそこには、『NPC』マークはなかった。


 戻ったのか。


 呆然としながらも、俺はそう思った。


「いや、待て。ってことは……!!」


 ここは電波塔だ。俺は波紋を追い掛けるように走り、自分が立っていた場所とは反対側の――終末東京世界が広がっている方角へと――向かった。窓硝子越しに、その世界の様子を眺めた。


 空中に浮かんだ闇の塊は、まるで巨大な悪夢のようだ。だが、その真下で次々と。……小さな光が、巻き起こっていく。


 小さな、希望の光だ。


「モニター、繋がったぞ!!」


 誰かが叫んだ。


「自身の『NPC』マークが消えたら、速やかにログアウトするように指示するんだ!! これから、この世界には誰もログイン出来ないように調整する!!」


 流れるように、トーマスが指示をする。


 そう云えば、半透明のドーム内には、『ファンタジア』の開発に関わったエンジニアも多数、閉じ込められているようだった。トーマスの部下が、何処かに居るのかもしれない。


 城ヶ崎が、俺の隣に歩いて来た。……遂に終末東京の世界が終わるのだと、気付いたのだろう。長きに渡り、止めていた時間が流れ出し。後は――……この世界から、全ての人がログアウトすれば良い。それだけで、全てが終わる。


「綺麗だな」


「ああ……」




 全ては、終わったのだ。




 場は、歓喜の声に包まれた。終末東京の世界中で発生している『NPC』マークの消滅と、相次ぐ『ログアウト』の光に包まれながら。この世界は、静かにその時を止めるのだろう。


 俺は窓硝子を背に、その場に座り込んだ。……力が抜けてしまったのだ。


「おいおい、喜んでいる時間はねーぞ!! 皆、すぐログアウトしてくれ!! 美々ちゃん、ララちゃん、明智!! 俺達は下に降りて、直接皆に状況を伝えようぜ!!」


 その声掛けに、俺は含まれていなかった。城ヶ崎は振り返ると、俺に向かって笑みを浮かべた。


「俺達は先にログアウトしてるからよ。……恭一、お前はリズちゃんを起こしてから、一緒にログアウトして来いや。……ああ、リズちゃんは現実世界への転移、か。トーマス、そっちはもう大丈夫なんだろ?」


「勿論、やってあるよ。問題なく転移出来るはずだ」


 トーマスの返事に、城ヶ崎は笑った。


 俺も、城ヶ崎の言葉に笑みを浮かべる。


「…………そうだな」


「リズちゃんは、ひっさびさの現実世界だからな。向こうに戻ったら、皆でパーティーしようぜ!!」


 それだけを、俺に伝え。浮足立った気持ちが、抑え切れない様子で。……城ヶ崎は、仲間を連れて下へと降りて行く。


 結局、城ヶ崎には助けられてばかりだった。俺一人では、何も達成する事は出来なかった――……だが、城ヶ崎も俺の事を信頼してくれたからこそ、お互いの実力が発揮出来たのだ。それはそれで、良かったように感じる。


 遥香姉さんの死は、誰にも止められなかっただろう。仮に俺が失敗し、誰も遥香姉さんを止める事が出来なかったとして、その先に何かがあるとは思えない。……結局の所、遥香姉さんは死を選んでいたのだろう。


 この、架空の世界で。架空の世界に消えた夫を求めて、旅立っていたのだろう。


 俺は全てを終えた達成感と、遥香姉さんを止められなかった虚しさを抱え、深い溜息を付いた。


 目を閉じる。……すると、このまま深い眠りに就けるような気がした。まだ、ログアウトしていないのに――……いつの間にか俺も、この世界が居心地良く感じていたのかもしれない、なんて。


 碌でもない事を考えられるのは、問題が解決した自分の特権なのだと、小さな優越感さえ覚えていた。


「恭一。……私も、現実世界に帰るよ。パーティーをする時は、もし良かったら呼んでくれ」


 最後にトーマスがコンピュータを畳み、立ち上がった。


「残っているプレイヤーは、どのくらい居るんだ?」


「殆ど居ないみたいだよ。『NPC』マークが消えて、アナウンスもしたからね。流石に、皆ログアウトする選択を取ったみたいだ。城ヶ崎達が下に向かったけれど、多分意味は無いだろうな」


「…………そうか」


 俺は微笑を浮かべたが、立ち上がる気力は無かった。


「あんた、これからどうすんだ? このゲームはもう、終わる事になると思うんだが」


「そうだね。……予定通り、不死に対する研究でも進めるかなあ。最近ちょっと、新しい事が分かってね。この事件が解決したら、そっちも研究してみようと思っていたんだ。やりたい事が沢山あるよ」


「新しいこと?」


 トーマスは悪戯っぽく笑みを浮かべ、俺を指差した。


「もしも地球以外に生命の存在を発見したって言ったら、驚くかい?」


「…………発見したのか!?」


「なんてね。……まだまだ、検証中だよ」


 だが、検証中と云う事は、その可能性を発見したと云う事だ。俺はすっかり、驚いてしまった――……トーマス・リチャードは、とんでもない研究者だ。一介のエンジニアに留まらない……このような事件でも無ければ、俺は彼と話す事さえ無かったのかもしれない。


「そうだ、恭一。……現実世界に戻ったら、私と一緒に研究しないか? 君は自分を過小評価しているみたいだけど、私は君となら怜士と同じくらい――――いや、それ以上の場所を目指せるんじゃないかと、そう思っているんだ」


 世辞も大概にしろ、と思う。俺には怜士兄さんのような開発能力は無いし、どんな謎をも解き明かす頭脳を持っている訳ではない。


 だが、この有能な男に認められたと云うのは、素直に嬉しい出来事だろうか。


「…………そうだな。考えとくよ」


 俺とトーマスは、頷き合った。


 トーマスはプレイヤーウォッチを操作し、ログアウトを選択したようだった。やがて、その存在が白い円柱状の光に包まれて行く。


「…………そうだ、トーマス」


 トーマスが俺の方を向き、目を丸くした。この段階で呼び止められるとは思っていなかったのだろう。既にログアウトの処理に入っている……俺はどうしても聞きたかった事を、トーマスに聞く事にした。




「あんたの名前、本当はなんて言うんだ?」




 そんな事を聞かれるとは、思っていなかっただろうか。……だが、明らかに不自然な名前だった。そんなものかとも思ったが、やはり違和感が勝ってしまった。


「間違っていたら、すまない。……でも、『トーマス』も、『リチャード』も、アメリカのファーストネームだろ。トーマスがアメリカ生まれってのは別に疑わないが、本当はラストネームがあるんじゃないのか?」


 そう言うと、トーマスは微笑を浮かべて、言った。


「ああ、そんな話か。……まあ、また今度ね」


 …………それだけを呟いて、消えてしまった。


 謎の多い男だ。




 ◆




 騒ぎが落ち着いて、暫くした。地上の騒ぎもここには聞こえず、恐らく喧騒は消え、静寂が訪れているのだろうと思えた。夕暮れの日が入り始める頃、俺は立ち上がった。


 …………そろそろ、リズを起こさなければならないか。


 終末までは、まだ時間がある。リズはすやすやと寝息を立てたままでいた。……余程、リオ・ファクターを使い、疲弊したのだろう。俺はプレイヤーウォッチから上着を取り出し、リズに掛けてやる事にした。何しろ薄着なので、窓硝子が割れて空調の効かない状況では、体調を悪くしてしまうと思ったからだ。


 周りには、誰も居ない。誰もログインして来る事はない。


 俺とリズだけが、この世界に残っているプレイヤーなのだろう。


「……いい加減起きろよ、リズ」


 上着を持って、リズに近付いた。もう、最後にトーマスが発ってから、一時間程度が経過していた。余裕を持ってログアウトするなら、今ぐらいが丁度良い時間だろうと俺は思っていた。


 終末東京の空に出現した巨大な闇は、少しずつそのサイズを増していた。それを眺めているのは非現実的で美しかったが、同時に恐怖の対象でもあった。


 最も、今の俺は終末に巻き込まれた所で、ログアウトされるだけだが――……リズは、そうは行かない。現実世界への転移を選択しなければならない。


「ほら。…………リズ、リーズッ」


 俺は微笑みを浮かべたまま、リズの腰に上着を掛け、その上体を揺さぶった。




『ごめんね。……だから私も、恭一の事を赦さないよ』




 不意に、




「――――――――――――――――え?」




 俺は、リズの服が僅かに捲れ、その先にあった――――…………


 ある筈の無いものを――――…………


「…………ん」


 ――――確認、した。


 全身が、総毛立った。俺に揺さぶられた衝撃で、リズは僅かに唸り声を上げた。……目を覚ました、ようだった。


 視点は定まらなかった。俺はリズを揺さぶった状態のまま、その場に硬直せざるを得なかった。


 …………どうして!? ある訳がない。……ある訳が無いのだ。だって、トーマスは確かに、全てのNPCはプレイヤーに変化したと、そう俺に告げた筈。


 告げた筈、なのに――――…………


『恭一、行くぞ。この世界のNPC人数を最低まで下げる。……それで、全ての人々がNPCからプレイヤーに変わる事になる』


 ――――――――最低?


 最低って、幾つなんだ? 零、なのか? どうして零なら、零だと俺に言わなかった?


 数が、分からなかったからか? 整数では無かった……例えば……そう、変数のような、ブラックボックスの箱があったとして……その値が何なのか分からなければ、零になるとは言い切れない状況だったら?


『0+■=?』のような、式になっていたと、したら?


 例えば……そう、トーマスが、そのようなプログラムの中身を見ていたとして……トーマスが操作出来る数値は確実に、零になっていたとして……それしか操作出来る数値が無かったら……NPCは居なくなったのだと、公言しても……おかしくは……ない……


 いや、待て。俺は一体、何を考えている。どういう事だ。……何を、……まさか。


『俺は、この世界に残った残留思念みたいなもんだ。実体がない……だからいつ、俺が消えてしまうか分からない。先に結論から話そう。……この娘の目的は、自分の父親を殺すこと。この『転移型オンラインゲーム』に自分を閉じ込めた男を、殺す事なんだ』


 いや。……あれは、姉さんが創り出した、架空の存在。怜士兄さんではない。だから、あいつの言っている事は全て嘘だ。


『この世界が構築されるに当たり、生物が人の形を目指す為に、一人のNPCを登録しておく必要があった。彼女はそのモデルだ。この世界でなら永遠に生き続ける事が可能な、唯一のNPCとして――……』


 嘘だ。


『エリザベス・サングスターは、その過程で生贄にされた人間だ。……いや、既に人ではない。彼女は、終末東京世界のバグなんだ』


 誰か、俺に、嘘だと、言ってくれ。


「…………恭、くん」


 いや、待て。起きるな。……まだ、駄目だ。リズ。今はまだ、お前は目覚めてはいけない。


 助けるんだ。……助けるんだよ。彼女は、助かるんだ。この世界に居る全てのNPCは、プレイヤーになった。……もう、この世界に残っているのは、俺達二人だけなんだ。


 彼女だけが助けられなかった、……なんて、


 そんな事実を、認めてなるものか…………!!


 リズは目覚める。……俺に、何が出来る? ここには既に、トーマスは居ない。今から呼び掛けても、もう間に合わない。誰もこの場所にログインする事は出来ない。あるのは、俺が地上から持って来たものと……遥香姉さんが残していった、ミスター・パペットの衣装くらい……だ。


 待て。NPCの状態でも、現実世界に転移すれば――――いや、駄目だ。NPCの状態では転移出来ないと、俺が『スカイツリー』まで来た時、実際に確認したじゃないか。


 俺はプレイヤーだ。……このまま終末を迎えれば、俺は身体の消滅と同時にログアウトされる。……たった一人、この世界に、リズを、残して。


「…………恭くん? …………恭くんが、いる」


 リズが、目を覚ました。はっきりと俺を見据え、そして……その瞳に、涙を浮かべていた。




 その瞬間、俺の中で漠然としていた全てのものが、弾けた。




「リズ。……やっと、目覚めたのか」


 ――――――――そうか。


 もう、俺に出来ることは、それしか、無いのか。


「うん。……皆は?」


「もうログアウトしたよ。この世界は、終末に向かってる……NPCは全員、プレイヤーに変える事に成功したんだよ。後は、ログアウトすれば、それで終わりだ」


 思考は澄んでいる。まるで、これまでの疲れなど吹き飛んでしまったかのようだった。俺はこの場の状況全てを解決するに至る道筋を紐解き、そして、それを実行しようとしていた。


 ――――ああ。


 やっぱり俺は、この人を愛している。


「本当…………!? ……あれ、……でも、私……」


 目を閉じ、俺は笑みを浮かべた。




「――――――――いつまで騙されているつもりなんだ?」




 リズが目を見開き、俺を見た。


 何処まで歩いても、冷たい茨の道だ。例え傷付けられても、冷たい氷の上を歩く事で皮膚が破けても、俺は前を向かなければならない。


 それが、俺があの日、俺自身に課した、最後の使命だったから。


「ニコラス・サングスターは、有罪になったよ。俺はお前の姿を利用して、事件を起こさせて貰った……覚えてないだろうな。気を失っていたんだから」


「…………恭くん? …………何、言ってるの?」


 遥香姉さんは、俺に傷を残して行った。……裏切り者だと、思われたのかもしれない。木戸怜士が死んだのに、それに復讐をしないのは、頭がおかしいと思われたのかもしれない。


 俺は最後まで、戦器を握らずに戦い続けた。遥香姉さんの、敵として――……


「このゲームの世界は、犯罪に使われたんだよ。そして、お前が最後の被害者だ」


「…………恭くん?」


 勝敗は、両者の勝ち、だ。遥香姉さんは、ニコラス・サングスターを有罪にした。俺はその代わり、全てのNPCをプレイヤーにし、助ける事に成功した。




「分からないか? 俺が、『ミスター・パペット』なんだよ」




 俺はまだ、その『勝ち』の取り分を貰っていない。


「…………恭くんが、何を言ってるのか、分からないよ?」


 愛しい人は、俺の姿を見て心の底から安堵し、そして全てが救われたかのような顔でいた。


 余程、怖かったのだろう。その身体は震えていた。訳も分からず意識を失い、まるで人形のように扱われ、何度も恐怖に襲われたのだろう。


 苦しかっただろう。……辛かっただろう。こんな状態なら、今直ぐにでも殺してくれと、何度も思っただろう。


「なあ、この世界には誰も居ない。……凄いだろう? 俺の目的は、ニコラスとお前に正しい判決を下す事だった。他の人間は上手く戦わせて、人質にして、そして今、お前を殺すのと引き換えに解放してやったんだよ。……だから、ここには誰も居ない」


 リズは今の状況が信じられず、涙を流したままで、蒼白になっていた。


 大丈夫だ。リズ、辛いのは今だけだ。俺はそう、自身に言い聞かせた。


 足を震わせてはいけない。ほんの少しでも、唇に違和感があってはならない。涙を流してはいけない。まるで貼り付けたように、邪悪な笑みをその顔に浮かべた。


「その証拠に、お前は今、NPCのままだろ?」


 リズは、左肩を押さえた。その様子を確認してから、俺は自身の左肩をリズに見せる。


「このまま、世界は終末に向かうんだ。俺はログアウトされ、お前は消える。……お前は現実世界では犯罪者だ。もう何処にも行く所なんてない」


 リズの眉が、僅かに動いた。


「怜士兄さんの復讐は、果たされたんだよ」


 このまま、自分は死ぬ。……誰にも救われず、唯一信じられると思った最愛の人間に、裏切られ。……そう、思っているのだろう。リズは顔を真っ青にして、膝を震わせ始めた。


『一度は、疑ったのに』。その事実が、俺の虚言に更なる現実味を与えていた。


 俺はその様子を、吐き捨てるように嘲笑う。


「…………嘘。…………嘘、だよね? また何か、抱えてるんでしょ? 独りで…………そうだ、私…………私、…………手伝うよ。だって、恭くん一人じゃ、この世界じゃ、何も出来な――――」


 俺は、右手を振り抜いた。激しい稲妻がリズのすぐ左を走り、青白い光と激しい音がリズを襲った。


「きゃっ…………!!」


 彼女に攻撃をしなければならないのが、何よりも辛い。


「あーあ。……どうせ知らないんだろ、自遊人ニートの本当の力なんて。……別に終末を待たなくても、今すぐお前をここで殺しても構わないんだけど?」


 彼女に絶望を与えなければならない、自分が。


「ああ、そうだな。まあ、身体は良かったんじゃないの? もう充分楽しませて貰ったから、さっさと死ねよ。害悪の娘が」


 今すぐに走り、その小さな身体を抱き締める事が出来たら。


 リズは硬直し、放心し、大粒の涙を唯、その両目から流し続けていた。俺はプレイヤーウォッチを操作し、リズに見せ付けた。


「俺は新たに増えた転移機能を使って、終末東京の最期を見てからログアウトするよ。これを使えばこの身体のまま、現実世界にも転移出来るんだぜ。凄いだろ? まあ、NPCには使えないけどな。お前はまあ……後半日、頑張って生きろよ。……クッ、あっはっはっは!!」


 やがてリズは、自身の視界に映っている『それ』に、目を留める。


 そうだ。…………それでいい。


 俺が地上から持って来た、銃だ。その効果は……『NPCの称号を、人に押し付ける』。勿論気を失っていたリズは、そんな事には気付く筈も無い。


 俺を撃ち、暫くしてから自分の『NPC』マークが消えている事に気付くだろう。そうして、プレイヤーウォッチから『現実世界への転移』を選択する。リズが目を覚ますまでは、存在しなかった項目だ。こんな所に抜け道があったのかと、そう思うだろう。


 どうせ死ぬならばと、それを選択するしかない。


 そうして、リズは助かる。


 もしもこの銃を使って尚、NPCからプレイヤーに戻る事が出来なければ、俺が一緒に死んでやる。


「今更そんなもんで、どうしようって言うんだよ。俺が死ぬとでも思ってんの?」


 リズは震えながら、銃口を俺に向ける。……弾は残っている。リズの腕なら、確実に俺の心臓を捉える事が出来るだろう。


 大丈夫だ。


 リズ、お前は助かる。


 俺は既に、一度死んだ男。……生きる事に何の目的も無く、唯水中を彷徨う微生物か何かのように、弱く、意思を持たない存在だ。


 お前は、違う。


 お前には、夢がある。


 俺は、その夢を護りたい。


 今の俺に望むものがあるとすれば、やっぱりどれだけ考えても、それしか思い付かないんだ。


 リズ、お前は生きて、この世界に何かを残すんだ。……そう、リズが願い、リズが思う通りに生きられるような、世界を――――…………


「そばに、居てくれって、言ってくれたのに…………」


 俺は吹き出すように笑い、リズの双眸を正面に捉えた。


『ひとつ…………約束を…………』


 永遠に、答えなど出ない。兄さんと姉さんの間にあった信頼関係が、俺には永遠に理解出来なかったように。俺の決断もまた、俺自身にしか理解出来ないものだ。


『いや、いい。――――そばに、居てくれ』


『…………はい』


 もう、その心に、手は届かない。




「あんな言葉ひとつで信じたのか? ――――ハハ、つまんねえ女だな」




 銃声があった。


 俺は胸に喰らった激痛よりも先に、リズの左肩に集中していた。


 銃弾は窓硝子を割り、遥香姉さんが落下した時と同じように、俺の背中に巨大な穴を開ける。俺は身体を支え切れず、落下しながらも、リズの変化を願っていた。


 ――――外れろ。


 そんな『枷』、お前には似合わない。


 リズの左肩から、光が発された――――同時に、俺の左肩からも、同じように光が発される。


 そこまで確認して、俺は目を閉じた。


 良かった。


 助けられたんだ。


 俺は、それだけで、構わない。


 どうせ一人で生き延びた所で、考えられない。




 彼女の存在しない、人生など――――…………



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