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終末東京で、俺は戦器を握らない  作者: くらげマシンガン
最終章 『スカイツリー』編
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第四十八話 ロールプレイング・ゲームの条件

 正直、こうまでに長いダンジョンだとは、思っていなかった。


「はぁっ……!! ……はぁっ、……はぁっ」


 電波塔の上まで辿り着く為のダンジョンだからなのだろうか。十回層程、既に踏破しているが。一向に、上まで辿り着ける気配が無かった。


 それどころか出口は見えず、洞窟の更なる深層へと進んでいるような気さえするのだ。上がっているのに、不思議な話だが――……入口に近いダンジョン程、周囲の岩石や地面は茶色で、明るさを伴っていた。現在はと言うと、すっかり色味を失ってしまい、ダークグレーの外壁や岩が目立つ。水が流れている場所も所々あり、足場は更に悪くなっていた。


 そのような獣道をクリーチャーに追われ、走って抜けなければならない。気が付けば、体力に限界が近付いていた。木彫の屈強な戦士に襲われ、命からがら逃げて来た所。既に、バトルスーツは効力を失っている。


「はぁっ、……はぁっ、……」


 階段部分は、安全地帯だ。俺はその場所で、大の字になって倒れていたが。


 気力の尽きた頭に、漠然とした疑問は過った。


 もう、良いだろうか?


 ゴールまでは、後どれ位、残っているのだろうか。そこに至るまでの戦略は? 経路は?


 僅かに、思考が乱れる。視界の片隅に残った――――失敗した時の、俺の行動の無意味さと、達成までを天秤に掛けた時の道程を呪った。――仕掛けとは。仕掛けられた当人が気付く事で、始めて仕掛けとしての効力を発揮する。仕掛けている最中に潰れた等と云う事は、最も愚かしい事の一つでもある。


 ……ならば。今、行くべきではないのか。


 拳を、握り締める。


 ここまで来れば、もう大丈夫なのではないのか。


 しかし――――浮かんだ思考を、俺は頭の片隅に追いやった。


 …………いや。


 大丈夫な場所など無い。そう考え、俺は立ち上がった。どの道、俺に……弱者に与えられた選択肢など、一つしか無いのだ。


 それは即ち、生きるか死ぬかだ。強者が好き放題に人を使う一方で、弱者は死に方すら選ぶ事は出来ない。……例えば、パチンコは店側が百パーセント勝つゲームだ。誰が好き好んで、まるで慈善事業のように金をばら撒くと云うのか。あれは一見、客側が勝っているように見えることもあるが、トータルでは店に儲けが出るように台の確率が調整されている。


 それでも勝つ側の人間は、一体どの台なら出るのか、予め綿密な下調べをしてから入り、確実に利益だけを残してその場を去る。言うなれば、店側のコントロール配下から逃れて資金を稼いでいる。表道から行けば、負けると分かっているからだ。


 賭博の世界は、殆どそうだ。それは、賭博の世界が正に、この世の縮図であるからに他ならない。


 弱者は何時の時代も、間隙を突く事しか出来ない。


 今の俺に例えて言うならば、俺に与えられた選択肢は、そもそも本来は登る事だけだ。そこに拒否の余地は無い。だが――……それは恐ろしい程の獣道で、登る事は難しい……そう、設定されている。


 勝算は、始めから薄い。或いは、やる前から絶望的だ。


 俺達は常に、不利な賭けを強いられているのだから。


「…………」


 立ち上がると、足腰が痛む。だが、そんな事に構ってはいられない。


 だからこそ俺は、その間隙を突く方法と云うものを、編み出さなければならなかった。


 まだ。……まだだ。


 まだ、先に進まなければ。


 前を見据え、眼を細める。


 頭の中で、静かにカウントした。


 ……三。……ニ。……一。


 右足で、力強く地面を蹴った。


 階段を駆け上がり、そのままの勢いでダンジョン内を駆け抜ける。


 道中に、不気味な仮面を被ったクリーチャーが蠢いている。背筋が寒くなるような声色で嗤い、自由自在に変形するガス状の身体を駆使して向かって来る。俺は見向きもせず、ただ先へと走り抜けた。


 先程、木彫の戦士と戦った時に気付いた。たったの一撃、剣を振り下ろされ、呆気なく俺の左腕は折れてしまった。


 とうの昔に俺が相手に出来るレベルのクリーチャーなど消えてしまっていたが、その状態から更に強化され、一撃まともな攻撃を受ければ、容易く死んでしまうレベルに到達しているのだ。


 だから、俺は振り返らなかった。


 足を止めれば、その瞬間に、この世の物とは思えない化け物に取り囲まれ、死に至るのが分かっていたからだ。


「ふっ……!!」


 恐怖。……今まさに死の淵を走っているかのような、この感覚。


 オンラインゲームならば、何度でもこのような修羅場は潜っていた。……なのに、自分の命がかかっていると、こうも違うのか。


 肺から、隙間風のような音が漏れる。肩甲骨の辺りから首筋に至るまでが冷たく、薄荷水か、氷でも当てられているかのようだ。舌はとうに乾き切り、視界も白く濁ったようで、はっきりと物を見る事が出来ない。……若しかしたら、何処かで毒にでもやられたのかもしれない。


 だが、今だけは、足を止められない。




 コツン。




 瞬間。


 肩に、何かが当たったように感じられた。ほんの一瞬の事で、衝撃も殆ど無かった。眼が役に立たない俺には、氷柱のような、上から降りる障害物か何かに肩が当たったのかと、そのように感じていた。


 当然、その程度の事で止まる訳にも行かず、俺はそのまま走り続けた。




 コツン。




 二度、音は僅かな衝撃を俺に与える。


 だが、広い空間だ。唯、広い洞穴の奥に、何も見えない。特別出っ張った岩石があるようには見えなかった。


 それに、不思議だ。身体が浮いたように、まるで月面を走っているかのように感じられる。足取りが覚束ない。走っているのに、何処か歩いているようだ。


 どうして?


 流石に奇妙さを隠せなくなり、俺は僅かに、衝撃のある方に視線を向けた。


 仮面。……仮面、だ。


 ミスター・パペットの物に、よく似ている――……




「うわああああああっ!?」




 堪らず振り返り、俺は右の拳を構えた。


 付いて来ていた。まるで懸命に走る俺を嘲笑うかのように、張り付いた笑みの仮面をこちらに向けたまま。ガス状の身体に触れた瞬間、生ゴミかヘドロのような『ぬめり』のある何かと同じ感覚があり、それが俺の全身に寒気を覚えさせた。


 何故? ……どうして、攻撃して来ない。クリーチャーの攻撃パターンは、大概の場合同じだ。どのような攻撃を仕掛けてくるにせよ、必ず前兆のような何かがあり、それを丁寧に察知すれば避ける事も可能だった。


 てっきり、背後から何らかの――前兆を伴う――攻撃を、仕掛けて来るものだと思っていた。


「おおおおおあああああ――――!!」


 形振り構っている暇は無い。俺は全力で右の拳に力を込め、得体の知れないクリーチャーの攻撃を迎撃しようと試みる。


 …………が、立ち止まった。


 微かな違和感に俺は決して気付くまいと、固く心を閉ざした。異変に――――頭では、理解している。自分が今どのような状況下に居るのか、はっきりとした答えを出す事ができる。


 だが、俺はそれに気付く訳には行かなかった。


「…………」


 身体が震える。


 リオ・ファクターが、出ない。


 右の拳に変化は無く、完全に沈黙していた。先程まで当たり前のように自分が使っていたものが、突如として記憶を失い、消えてしまったかのようだった。


 いや、消えてしまったのだろう。


 歯を食い縛ったまま、瞳孔が開く。


 リオ・ファクターの無効化。……これだけ様々な能力を扱うクリーチャー、プレイヤーが居るのだ。逆に、それらを無効化する能力を持っているクリーチャーが居たとして、全く不自然ではない。……寧ろ、これまでに見なかった事が不思議な位だ。どのゲームにも、何かを無力化・無効化する敵など当たり前のようにいる。


 麻痺。暗闇。毒。状態異常を駆使して、物語の主人公を追い詰める存在。直接的な攻撃力は低めだが、その厄介な能力故に物語の終盤に登場する。


 視界がスパークした。


「――――――――がっ……」


 ガス状の身体が鋭く尖り、俺の腹を串刺しにした――――そう気付いたのは、既に串刺しにされ、得体の知れないクリーチャーが、自身の不明確な身体を俺の腹から引き抜いた後だった。


 その場に、崩れ落ちた。ぽっかりと穴の空いた身体は当然満足には動けず、全身は痙攣した。到底保護など出来ない傷口を、どうにか左手で抑える。


 血が、止まらない。


 覚悟は、していたが。いざ実際にこうなると、呼吸も忘れてしまう程だった。バトルスーツを着ていても尚襲い掛かる激痛に、目眩を覚えた。


「どうして……どうして……」


 何処からか、声がする。


 即死でもおかしくはない傷だ。まだ生きているのは、バトルスーツの効力が僅かに残っているからなのか。朦朧とした意識の片隅で、意外な程に意識は驚くほどクリアで、自身の肉体の、どの部分が使えずに、どの部分が生きているのか、把握する事が出来ていた。


 しかし、まるでこれは。死ぬ瞬間のようではないか。


 死ぬ――――…………?


「あんな事を言っていなければ、兄さんはテスターにならなかったかもしれないのに……」


 俺の頭上を、クリーチャーが舞っている。宙を舞い、ゴキブリのようにカサカサとした不快な音を立てながら、俺の意識の奥深くへと入り込んで来る。


 その言葉は、俺の表層の意識に留まらず、核のような部分へと辿り着き、俺を攻撃する。逆上する事も、反撃する事も出来ず、俺は俺の記憶から引っ張り出したような何かの声を聞き、自責の念に苛まれた。


「心が弱いのに、強がらなければ……」


「自分が邪魔者なのを棚に上げて、兄さんを批判しなければ……」


「こうなることを予測できていれば……」


 やめろ。


 既に、言葉には出来ない。


 このままでは。……このままでは。


「価値が無いのに、生きなければ……」


 脂汗を浮かべたのは、腹の痛みが原因では無かった。


 このままでは。『俺』が、死んでしまう。


 違う。……そうじゃない。生きる価値の無い人間など、この世には存在しない。俺にだって、何らかの意味があって産まれて来た筈だし、誰だってそうだ。


 俺は俺で、兄さんは兄さんだ。その人生の価値に大小など、付けられる筈がない。


 擦れ違いは、誰にでもある。後で後悔したとして、その後悔を告げる事が出来なかったとしても。……信じていれば、それは届く筈だ。


 きっといつか、当人に。


 その想いは当然、誰にも気付かれる事は無いが――……


 かたかたと、震える四肢。産まれたての小鹿のようでいて、死に行く亡者でもあるような、微妙な立ち位置。震える程の怖さと、押し寄せる絶望感。だが、頭の何処かでは、分かっていたような。


 ここまでだと知っていたかのような。……俺如きに突破など出来なかったと思い知らされるような、この感覚。


 この、感覚は。


「お前がテスターなら良かった」


「ゲームに巻き込まれて死んだのがお前なら、誰も悲しまなかった」


「それが最も、お前の大好きな『合理的』そのものだった」


 暗い天井を、仰ぎ見た。


 圧倒的なまでの『当然の結末』に、押し潰されそうだ。


「今ここで死ぬべきだよ」


「ああ、一刻も早く、お前は死ぬべきだ」


 ――――――――ああ。


 これは、俺への、罰なのか。


 暗闇に呑み込まれる前に、目を閉じた。既に届かない、希望。刹那の時に夢見た桃源郷は、既に彼岸のものだ。二度と、此の場所に落ちて来ることは無い。


 この、大切なひとを抱き締める事も出来ない両手では。


 すう、と、意識が遠くなっていく。


 そうして、俺はその場から、居なくなった。




 ◆




 彼方から、声が聞こえる。


 それは、待ち望んでいたものだ。一度は掴み、手中に落とし、そして俺が自ら手を離して、飛び立って行ったものだ。


 そういえば、もう随分と昔に、怜士兄さんに言われた事があった。


『恭一は優し過ぎるから、勝てないんだよ。……まあ、それが良いところだと思うんだけどな』


 苦笑が漏れる。


 優しいって?


 そんな事を言われたのは初めてだったから、当時は嬉しかった。だが、それは怜士兄さんが、負け続ける俺を配慮して言っただけの事だ。後になってその事実に気付いた時、酷く惨めな気持ちになったのをよく覚えている。


 優しいのではなく、臆病だった。それは何時如何なる時も、俺の心の奥深くに刻み込まれ、俺を束縛し続けた枷だった。


 誰の声も、届かない。


 暗い海の底に沈んでいくかのような、自分。


 遂に、何も得ることなく、何にも勝利することなく、何も掴めず、消えて行くのだろうか。


「…………」


 いや。


 …………まだ、消えない。相変わらず何処かから、声がする。


 それは俺にとって、とても懐かしく、そして待ち望んでいた声のように思えた。しかし同時にその声は、俺にとって最も聞きたく無い、恐怖の声のようにも聞こえた。


 喜んではいけない事態。だが、それが感動を覚える程に、嬉しい。




「恭一!!」




 救われたような、気がしたのは。


 目を開いた。その時視界に映ったものに、俺は驚愕と、絶望と、限りない希望を胸に抱いた。……身体は、動かない。何にやられたのかも覚えていない傷に、身動きを取る事は出来なかった。


 見上げた体躯。いつか、その心を共有した存在。ふわりとした茶髪と細い身体は見た目に頼りなく、しかし今の俺には、まるで巨像のように頼もしく思えた。


 暗い洞窟に、炎が広がる。


「木戸くん、大丈夫!?」


 椎名の炎が、俺の心に光を灯してくれる。


「おおおおおおおお前等何やってんだあァァァ――――――――!!」


 鉄砲玉のように突っ込んだ重戦車のような男が、椎名の炎を身に纏ったまま、クリーチャーに突っ込んだ。それは、大砲にも近い貫禄があった。


 城ヶ崎がチームの槍となり、敵陣に突撃した。


「『ポイズンマスク』です!! 皆さん、状態異常に注意してください!!」


 終末東京世界に詳しいララが、敵クリーチャーの情報を与える。


 正確な解答など、この場で見出す事が出来る筈も無かった。俺はただ呆然と、その様子を見守り――……そして、後から来る明智が俺の肩に手を掛けた。


「木戸、大丈夫か。……ちょっと待ってろ」


 見慣れないアイテムを何点か、明智がプレイヤーウォッチから取り出す。アビリティを使用すれば明智の薬は全て毒薬になってしまうが、何処かから仕入れて来たアイテムはその限りではない。そうやって、明智が回復役と攻撃役の両方を買って出る。


 まるで、何時も通りの陣形。何時も通りの戦い方。


 突っ込んだ城ヶ崎の攻撃がクリーンヒットし、クリーチャーは次々と倒れて行く。その城ヶ崎を、椎名が援護する。……瞬く間に、俺が苦戦していたクリーチャーは一掃された。


 此処は、終末東京で最も攻略難度の高いダンジョンだ。こうも簡単に、圧殺出来るとは思っていなかった。


「恭一!! 危なかったな!!」


「…………城ヶ崎」


 いつの間にか彼等は、こんなにも強くなっていたのか。


 他に強い職業など、幾らでもある。不遇と呼ばれる職業とアビリティの組み合わせで、ここまで来ていたのか。


「言っとくけど、別に俺が集めた訳じゃないからな」


 城ヶ崎はそう言って、笑う。


「木戸君が、事件に巻き込まれてるって分かって! 良かった、ほんとびっくりしたよ」


 開いた口が塞がらない。安堵の表情を浮かべて話す椎名の言葉に、直ぐには反応する事が出来なかった。


 何故。……俺は、来るな、と言ったつもりだったのだが。


 全員に言って回らなければ、いけなかったのだろうか。命の危険があると知って、わざわざ飛び込む理由はないと思っていたが。


「テレビに映ってたからな。これは行くしかねえと思って、慌ててログインしたって訳だ」


「まさか、全員同じタイミングで入って来るなんて思いませんでしたけどね」


 何の作為も無く、明智はそう言い、ララが笑った。


 目を丸くして、俺は沈黙した。


 リズか。……いや。リズは、『ミスター・パペット』だと公開されたのだ。この騒ぎの元凶である以上、どれだけ仲間意識を持っていた所で駆け付ける事もない。


 その場所に向かおうとしている、俺も。


 助ける理由がない。


「どうして来たのか、分からねえってツラだな」


 悪戯をした子供のように、城ヶ崎はにやりと笑った。屈み、俺と目線を合わせると、屈強な城ヶ崎の身体が余計に大きく見えた。




「お前っぽく言うなら、来たって事に意味があるんじゃねえか」




 助ける、理由など。


 RPGの世界では、一人の完全な人間が世界を救う――……等と云う話は稀だ。今では、それぞれが己の最適な解答に辿り着き、互いに協力し合う。様々な分野のプロフェッショナルが結託し、一つの大きな出来事を成す。


 夢を、見ていただろうか。


「さー、さっさとこんな階段、上がっちまおうぜ。助けに来たつもりが共倒れ、なんて冗談じゃないしな」


 怜士兄さんには、沢山の仲間が居た。今でこそ離れているが、当時のニコラス・サングスター……トーマス・リチャードもまた、彼の味方だっただろう。だが、同じタイプではない。彼等はそれぞれ違う技術を持ち、違う目的のもと信頼し合い、そして通じ合っていた。


「そうだよ!! このままゲームオーバーになったら城ヶ崎のせいだからね!!」


「なんで!? 美々ちゃんだって、自分の意思でここに来たんじゃないの!?」


「先頭走って私達に指示したの、城ヶ崎じゃん」


 新たな環境に飛び込んで行く彼。……そして、新たな彼を受け入れる環境。そのどちらも達成され、そして歓迎された。


「良かったな、城ヶ崎。呼び捨てにされて。信頼されてる証拠だ」


「今の問題はそこじゃなくね!? ちょっとは弁護しろよ明智!!」


「残念ながら俺は、医者なもんで。法律は専門外だな」


 夢を、見ていただろうか。


 いつか、俺にも――――…………。


「木戸さん、立てますか?」


「…………ああ、もう大丈夫だ。ありがとう」


 ララの肩を借り、立ち上がる。明智が用意してくれた薬のお陰か、『リザードテイル』とは比較にならない程に身体が回復している。リオ・ファクターも……今まで通り、使う事が出来る。


 バトルスーツの替えは相変わらず無いが、この状況であれば、そこまで必要としないだろう。


「恭一、どうする? 一応、どういう格好にも出来るように、装備は揃えて来たけど」


「え…………」


 一同が、俺を見る。


 全員、まるで信頼したかのような瞳で、俺を見ている。……一度間違えば、命の危険を伴う状況だ。わざわざ飛び込んで来て、挙句他人の判断に身を委ねる等と、正気の沙汰とは思えない。


 俺はこれまで、何度も間違いを犯してきた。その度に、彼等を危険に晒してきた。……これまでは、どうにか乗り切る事が出来た、と云うだけの事だ。これからどうなるかは、誰にも分からない。


 何より。俺はそれだけの命を抱えられる程、強靭な精神力を持ってはいない。今でも、吹けば飛ぶような理に従って、此処まで歩いて来たに過ぎないのだ。


 誰かがやられていれば、俺は壊れていたかもしれない。


 …………良いのだろうか?


 そんなにも頼りない俺を、ブレインに添えること。このメンバーなら、個々で判断が出来ない程ではないだろう。……先程まで背中を任せていた工藤とは、一線を画する存在だ。誰もが戦略を考える事が出来、そして戦略に従って行動する事が出来る。


 何も、俺ではなくとも。


「大丈夫だ、恭一。疑うな」


 城ヶ崎。


 どうやらお前には、俺の考えている事が分かっているらしいな。


 俺は、目を閉じた。……そして、思考する。


 時間をくれ、等と悠長な事を言っている段階ではない。無駄な事を問い詰めている時間もない。


 協力してくれているのだ。……俺と目標を共にし、手を繋いで歩いてくれると言っているのだ。


 これ程、心強い事はない。


「…………一列で行く。先頭に防御力の高い城ヶ崎、その後ろに椎名。左右に目を配って、ピンポイントで攻撃出来るララは三番目。俺が後方のアシストをしながら全員の体力を管理するから、明智は最後方を頼む」


 この状況で、バラバラに戦う理由はない。団結して行くなら、一点突破が最も効率が良い。城ヶ崎が重力でクリーチャーの動きを鈍くし、椎名の魔法で突破する。これが防御力の最も高い城ヶ崎が、防御力の最も低い椎名を護りつつ戦う、基本戦術だ。


 だが、椎名の魔法に漏れたクリーチャーは脇から攻めて来るかもしれない。それを、バランスの取れた戦力値を持っているララがナイフで刺す。それでも寄って来るなら、俺の拳で前方に押し返してしまえばいい。


 最も危険なのは後方だが、これはトラップを仕掛ける事で対処する。明智の毒薬は、クリーチャーに取っては餌のように見せ掛ける事が出来る。人には使い道が薄いが、クリーチャーには有効だ。


「足は止めない。……強そうなクリーチャーが出て来たら、基本は逃げの一手で行く。椎名が壁を作り、城ヶ崎を先頭に走り抜け、後ろから追い掛けて来るクリーチャーの足止めを明智が行う。……それで、上まで登り切る」


 話しながら俺は、仲間が居ることの心強さを、その肌で感じていた。


「よし、それじゃあ行くかい」


「そうですね。ここに居たら、いつクリーチャーが現れるか分かりませんし」


 各々、準備に入った。プレイヤーウォッチから最適な装備を選び、それぞれの役割をこなす為に最も有効な戦術を考える。


 俺はその、全体の統率をすればいい。


「頼りにしてまっせ、司令隊長!!」


 活き活きとして、城ヶ崎が袖を捲った。




 ◆




 俺達は、ダンジョンを登っていた。


「椎名さん、取りこぼしてます!!」


「ララちゃん、ありがと!! みんな、付いて来てるー!?」


「気にすんな椎名!! 誰か逸れたら、俺が言う!!」


 速い。


 人数が揃うと、これ程までに楽になるのか。攻略不可能にも思えた、ラストダンジョン。終末東京最後のクリーチャーを前にして、このスピード。


 突破するだけなら、まるで相手にならない。戦うのとすり抜けるのではまた、全く事情が違って来るだろうから――……狩りをしなければならないとなると、こうは行かないのかもしれないが。


 攻撃、防御、回復。その全てが揃っている。思えば、確かにそうだ。RPGでは、たった一人で進まなければならない物語の冒頭が最も苦しく、仲間が増えるに連れて楽になっていく傾向にある。


 確かに、敵は強くなる。だが、こちらの手段も増えているのだ。その為、どう足掻いても倒せない敵と云うものが減って行く。多少レベルに差があったとしても、作戦さえあればどうにかなるように変化して行く。


「美々ちゃん。なんか、様子が変じゃねえか……?」


「城ヶ崎、どうしたの?」


 俺は今まさに、その変化を体験している。まして、RPGならばブレインとなるのは、そのロールプレイングゲームをプレイしているプレイヤー一人だ。だが、今の場合はどうだろう。


 何人も居るブレイン。俺が指示しなくとも、勝手にフォローしてくれる性能の良さ。CPUに任せている時とは格が違う。俺の作戦において足りない所を、それぞれが勝手に補ってくれる。


「いや、先に進んでいる筈なのに、クリーチャーの数が落ち着いてきてるからさ。この先になんか有るのかもしれない、ってな」


「確かに。いかにも大ボスが出て来そうな気配ではあるな」


 城ヶ崎の言葉に、明智が頷く。


 そういえば。オンラインゲームと云うのはコンセプトとして、そういうゲームだったかもしれない。


 MMORPGに於いて重要なのは、全ての仲間がプレイヤーだと云う事にある。その仲間同士でのコミュニティを通じて、冒険の幅・探索可能な領域が飛躍的に増えていく。やがて独自の攻略方法なども見付かるようになり、製作者の意図を超えて、ゲームを楽しむ方法さえも見付けるようになる。


 俺達は、冒険者だ。MMORPGの世界を冒険する事とは、未だ誰も知らない世界を旅する事に等しい。


 そんな世界を、俺はずっと一人でプレイして来た。


 城ヶ崎に会うまでは――……


 そのフロアも抜け、階段を駆け上がる。すると、遂にクリーチャーは一体も居なくなった。


「何だ……?」


 城ヶ崎が立ち止まり、それぞれが辺りを見回していた。


 勘付いている内容で、凡そ間違いは無いだろう。このダンジョンに入ってから、幾つのフロアを越えたか分からない。寧ろ、予定よりもかなり長い距離を走って来たと云うのが正直な感想だ。


「皆さん、前に扉があるみたいですよ」


 真っ先に気付いたのはララだった。俺も皆も、ララの言葉に耳を傾けた。


「そうなのか?」


「見てください。このフロアだけ、プレイヤーウォッチにマップの全体が映るんです」


 そうか。……遂に、此処まで辿り着いたのか。


 ララの言う通りに、先へと進む。広い円形の空間は、先の細い道へと繋がっていた――……起伏のある茨道。悪い足場を歩き続けてとうの昔にへたっている足の裏が、悲鳴を上げている。


 だが。……とにかく俺は、俺達は、辿り着いた。細い道のその先には予定通り、重苦しい雰囲気を纏った銀色の扉があった。


「おお……如何にもボスっぽいな」


 城ヶ崎が少し楽しそうに呟いた。この状況を楽しめると云うのは、大した精神力だと思うが。


「ってことは、この先を抜ければ、いよいよ電波塔の上まで出るって事かな?」


 椎名まで、言葉尻が浮いている。気分が高揚しているのが、一目で分かった。……いや、城ヶ崎や椎名だけではない。……俺も、そうだ。


 今俺達は、生きるか死ぬかの瀬戸際に居る。なのに、この気持ちの高まりは何だろう。


「何れにしても、少し構えていく必要はありそうだな……」


「あっ、ちょっ!! 明智さん、換気扇とか無いんだから煙草は止めてよ!!」


「おお……悪いな」


 お互いが、お互いに価値を見出しているからか。……不思議と、活力が湧いてくる。未だ、俺達は何も達成していない。それなのに、何かが達成出来るような気がしているのだ。


 心強い。……全員揃えば、全てを逆転出来る気さえして来る。


 いや。逆転しなければならないのだ。


「木戸さん、どうしましょう?」


 ララの言葉を皮切りに、一同は俺の方を向いた。


「……恐らく、待っているのは終末東京最後の敵だ。全員揃っているからって、多分気を抜いて戦えるような敵では無いはず……だ。だが、作戦は変えない。城ヶ崎を先頭に、攻撃を集中させて一点突破を目指す。倒さなければならないなら、倒して進む。逃げられるならすり抜けて進めばいい」


 きっと、仲間達が俺の背中を押してくれる。そうすれば、俺はきっと何度でも立ち上がり、歩くことが出来るだろう。


「この先に、リズが待っている。……俺の考えでは、リズは助けられる……そう、思っている。だから此処に来たし、それを通じて今起こっている事件そのものを解決する事も出来ると、そう信じている」


「大丈夫だよ、出来るって」


 城ヶ崎の言葉に、誰もが笑みを浮かべた。


「そうだな」


 俺も、覚悟を決めよう。




「行こう。終末東京を――――――――攻略する」



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