第四十七話 築き上げて来たもの
真正面から振り下ろされる剣。メンバーの中では一際小柄だが、態度が大きい男。彼が、このグループの前衛なのか。ナイフに銃、魔法……工藤が弓職である事を考えると、このチームは遠距離攻撃ばかりだ。
いや。だからこそ、この囲い作戦なのだろう。多人数で攻撃するメリットを最大限に活かそうと考えるなら、己の身体を突っ込まなければならない前衛は余分にスペースを取る。この状況であれば、前衛の彼――禅と呼ばれただろうか――の攻撃も、全力を発揮出来ると云うものだろう。
だが、動きが鈍い。俺に対して完全に躊躇している。ゲームの世界で人を殺すと云う事に、まだ踏み切れていないのだ。
――――そんな覚悟では、やって行けないだろうな。
「おおっ――――…………!!」
前衛の男が剣を振り被った瞬間、俺はその両腕・両脚に向かって計四発の銃弾を撃ち込んだ。……傷が痛む。先程の奇襲が響いているのだろう。しかし、意識は冴えている――……俺もまた、この程度で倒れる程、終末東京をやってきていない。
無言のまま、前衛の男が放った雄叫びが痛みの声に変化して行くのを見ていた。
さて。躊躇無く男を撃った事で、連中の態度が少しでも変化すれば、作戦は成功しているのだろうが。
そのまま、連中の様子を確認した。
眼鏡の男は、動揺を隠せないようだ。二人組の魔法使いも、完全に怯え切っている。工藤は……表情が読めない。良と呼ばれたチームのリーダーは、慎重に俺の考えを読もうとしているように思えた。
俺は傷の痛みを隠し、嘲笑を向けた。
「どうした? 罠に嵌めたんじゃ無かったのか?」
上手くやれば、このまま逃げる事も可能だろうか。小柄な彼に撃ち込んだ銃弾も、急所は外している。直ぐに手当すれば、充分に助かる余地を残している。チームの生き残りを賭ける戦いとして、ここは引かざるを得ない所だろう。
「遊びに来たなら、精々隠れているんだな。……お前達が思っている程、人殺しってのは甘くない。人数揃えればどうにかなる、なんて思うなよ」
多勢に無勢だ。通常なら、逆転など起こり得ない。現実の世界で、五人六人に囲まれた状態で全員を捌くことなど無理というものだ。まして、それが戦闘の素人ともなれば尚更だ。
しかし、はったりは別だ。
この若さにして、日本人。……当然、戦争の経験など無いだろう。……と云う事は、この中の誰も、リアルの世界を見ていない。泥臭い戦争の世界に足を突っ込んだ事が無いなら、どうしても恐怖してしまうものだ。勿論、俺もそんな世界に足を踏み入れた事はない――……だが、演じる事は出来る。
実際に戦場へと足を踏み入れ、数多の敵を殺した人間の振りをする事ができる。
問題は、そのブラフに上手く連中が食い付いて来るかどうか。
「武器を持ったガキと一緒だ。弾道が読めるなら、数は当てにならない」
「良……! ここは引いた方が……!」
眼鏡の男が、そう言った瞬間だった。
心臓が止まるような、恐怖の一瞬――俺はどうにか反射神経を活動させ、その攻撃を避けた。
「逃せば終わりだ。……死にたいなら逃げろよ」
肝が冷える思いを押し殺し、俺は笑みを崩さない。
……だが、どうやら駄目らしい。リーダーの男は、既に目が据わっている。僅かに笑みすら浮かべていた。
大した度胸だ。このチームの中で、群を抜いている――……しかし、あまり情は無いようだ。先程工藤に向かって攻撃を仕掛けた事と云い、その気になれば幾らでも仲間を見殺しにするのだという非道さが見て取れる。
いや、そもそも駒のようにしか思っていないのだろうか。既に俺の後ろで、小柄な彼が身動きも取れずに居るというのに。
「ナギ。……僕の援護をしろ。皆もだ」
びくん、と工藤が反応した。
俺は背後を確認し、その不気味な気配に目を細める。
…………まだ。まだ、頃合いではない。今はまだ、耐え忍ぶ戦いをしなければならない。元より俺に、手段など限られている。例えこのままやられてしまったとしても、突き進まなければならない事もある。
腹の傷が疼く。……俺は目を閉じ、唯、時の流れに身を任せた。
誰も、殺さない。
望む所だ。
「はっ――――――――!!」
動き出したリーダーの男が、俺に向かって数本のナイフを投げて来る。方向は分かっている。両足、そして喉――……横っ飛び、俺は地面を転がって男のナイフを避けた。
『援護をしろ』の目的通り、魔法の準備に入った女性に照準を定める。……気象予報士。椎名の闘いを見て、俺にも彼女等の戦闘パターンは見えている――……転がったまま、銃を二発。狙う先は、女性二人が持っているステッキの先端だ。
『リオ・ファクター』を扱う構造上なのか、ステッキの先端には宝石のように光り輝く石が嵌められている場合が多い。恐らくあれは、人間には限り有る『リオ・ファクター』を増幅させる為。リズの研究がどのようなものだったのか、その話を隣で聞く事によって、突然変異の起きたこの世界にも、ある一定の秩序と言うべきなのか、そのようなものが存在する事は分かっている。
従って、先ずはあれを破壊してしまえば、気象予報士は機能停止する。
流れ弾が女性の顔に当たらないよう、細心の注意を払った。……大丈夫だ。怜士兄さんと共にプレイしたFPSの腕は、まだ衰えてはいない。
「きゃっ……!!」
間近で戦器が弾けて音を立て、気象予報士の女性はステッキを取り落とした。もう一人は戦器こそ構えて居るものの、既に戦意は喪失している。
後、三人。
伏せた状態から、両手・両足の筋肉を限界まで利用し、両足を抱えて縦にスピン。遠距離攻撃を持つ相手に取って、対象のランダムな動作は最も嫌うものだ。跳び上がると、俺の居た位置でナイフと銃弾が音を立てた。
ナイフはリーダーの彼のもの。銃弾は――……眼鏡の男のもの、か。どうやら、彼も戦う気になったらしい。
生存本能が働いているのか、それとも恐怖に打ち勝つ為か。
良いだろう。
まだ、ダンジョンにも入っていない。ミスター・パペットに近付いても居ないこの状況で、俺はやられる訳には行かない。
地面に着地すると、俺は前方に鉄砲玉のように飛び出した。視界が急速な移動に耐えられず、僅かに意識が遠のく感覚がある。だが、連中の場所は捉えている。走り出す瞬間に、リーダーの男が俺に向かって投げたナイフを手にした。
「くっ…………!!」
ナイフと銃。どちらが厄介かと言われれば、やはり銃だろう。如何にナイフが速いと云えど、銃弾の速度には敵わない。姿勢を低くし、連続的に放たれるナイフを避ける。……ようやく、リーダーの男にも苦悶の表情が浮かび始めた。
まるで、絶対に勝てる相手だと思っていたかのような表情だ。
当然、俺の装備を見ただろう。バトルスーツの内容も――……そうだ。このゲーム至上、最も役に立たないと言われる『自遊人』の称号だ。
しかし、レベルが上がればそこまで動けないと言う程でも無くなる。
眼鏡の男が銃を構えるのが見えた。その瞬間、俺は素早く稲妻を描くように移動し、その対象を逸らした。空振りを見てしまえば、もう銃の得意な間合いは死んでいる。
「うわぁっ!!」
容赦無く、眼鏡の男の利き手にナイフを突き刺した。当然、男は銃を取り落とす――……振り向き様、今度は反対の掌を銃で撃ち抜く。
両手が使えなくなってしまえば、銃士は満足に動けなくなる。
その間、十秒程だろうか。残るリーダーの男は、未だ俺に向かってナイフを構えている。その構えた右手に狙いを定め、俺は銃を向けた。
「ちっ!!」
直ぐにリーダーの男は後方に倒れ、俺の発砲を避けた。……勘が良いな。やはり、他のメンバーとは違う。
「ナギ!! 何やってる!!」
一方で、先程まで随分と機敏に動いていた工藤が、此処では未だ、一歩も手を出せずにいた。
「だ、だって…………!!」
此処までの状況で、普通に考えて、俺が工藤を攻撃しない理由はない。誰がどう見ても裏切られたと思うだろうし、実際の所、そうなのだろう。ならば、工藤は俺を攻撃するしかない。
俺から、身を守る為に。
連続した攻撃の中、リーダーの男はしつこく俺の攻撃を避けている。工藤はその場に立ち竦み、様子を見守っている。……見た所、工藤はこの状態なら全く問題にならない。問題は――……リーダーの男だ。
先程から、このグループに『人を殺す事』に対する躊躇が見られる中、この男だけは全く、そういった様子が感じられない。一人、別の世界に居るのだ。それが奇妙なようでもあり、また或る意味では納得でもあった。
この場所に来るまでに見られていた、工藤の躊躇。動揺。それらは全て、この男が齎したものなのだろう。
動体視力を、次第に男の手の動きに慣らして行く。始めはまるで見えなかったナイフを投げる時の挙動が、少しずつ視界に入って来るようになる。
それが、最も重要だった。銃は撃つ直前、必ず銃口がこちらを向く。だから弾道を予測する事も出来るし、放たれる前に躱す事も出来る。しかし――……ナイフを投げる腕の動きが見えないのであれば、それがどのような挙動を描いてこちらまで辿り着くのか、見当が付かなかったからだ。
既に、捉えている。俺は落ちているナイフを投げ、男の腕の動きに合わせて同じように振る――……
耳に付く、金属音がした。同時に俺は、リーダー格の男の左肩を撃ち抜いていた。
「ぐぁっ――――――――!!」
一際大きな声が、男の口から漏れた。
相殺。避けられた時の攻撃はリズムになるが、弾き返された攻撃に対処する事は難しい。通常動く物を追い詰める時は、相手の逃げ方を予測する事で、予め構えるポイントを定めておくからだ。
弾道が分かれば、その攻撃に全く同じように、ナイフを合わせる事も容易い。
…………だが、弾切れだ。連中は一撃必殺だけを狙えば良いが、俺は行動不能を狙っている。仕方無いと云えばそうだ。銃を捨て、最早ナイフを投げる事が出来ない男に向かって走った。
拾ったナイフを構える。勿論、両足を斬って動きを封じる為だ。そこまで到達すれば、工藤をやり込める事はそれ程難しくは無いように思えた。この男さえ倒れてしまえば、場合によっては工藤は説得でどうにかなるのかもしれない。
「りょ、良くん!!」
工藤は最早戦う事も忘れ、彼の身を案じていた。
「この、役立たずがっ…………!!」
リーダーの男に、異変を感じた。瞬間、血走った両眼は見開かれ、食い縛った歯には怒りの色が見える。
不味い。
構わず、俺は『その間』に身体を滑り込ませ、そして。
「…………えっ」
仮に、この男を倒したとして。回復は、間に合うのだろうか。
朦朧とした意識の中、俺は。工藤を庇い、リーダーの男に背を向け、両手を広げていた。男の銃弾は左肩に深くめり込み、筋肉を切断し、骨にまで到達していた。
…………が、どうやら工藤に辿り着く直前で、止まったらしい。
身動きを取る事が出来なかった工藤は、俺の様子を見て絶句していた。……元々、俺と彼のスピードに付いて来られていたのかどうかは、分からない。目で追い掛ける事は出来ても、俊敏性に富んだ前衛の動きをする、この男の攻撃を避けられていたかと言われれば、そうではなかっただろう。
「クク……まさか、割り込んで受けに来てくれるとはなあ……!!」
止むを得ない。
右手に力を込めた。第六感とも言うべき『リオ・ファクター』に、意識を集中させる。これまでの動きから、リーダー格の男がどういった存在なのかは、分析をしていたつもりだ。
それは、『風』。ナイフを投げる腕のモーションが極端に小さい事に比べて、そのナイフの速度は尋常では無いほどに速い。それは、奴の元素関数が関係しているからだ。かと云って、重力かと言われればそうではない。何故なら、上から下に投げられたナイフは、真横に投げられたナイフと比べて威力に変化が無かったからだ。
城ヶ崎を見ていたから分かる。重力の元素関数は、上から下へとベクトルを合わせた時に、意識せずとも極端に威力が増してしまうものなのだ。
「死ねっ――――――――!!」
ならば、早い話だ。
握り締めた、『敗者の拳』。その右腕に、有りったけの『リオ・ファクター』を込める。暴走した素粒子はエネルギーへと変化し、集中された部位は光り輝いた。
振り向き、俺はその拳を――――――――爆発させた。
「ゴッ――――――――!?」
不自然な声を漏らした男が、竜巻状に渦を描いて吹っ飛んでいく。
ナイフに向けられた風の能力は、丸ごと反転して男に向かう。増幅されたその威力は身体を浮かせ、コントロールが効かなくなる程の破壊力で壁へと突っ込む。
激突した。軽い地響きのような音が鳴り、バトルスーツを貫通する程の衝撃を男に与える。亀裂が入るも、壁は破壊されない――大した強度だ。
小柄な男が一瞬、驚愕の表情で目を見開き……そして、再び目を閉じた。……気を失っていた訳では無かったのか。戦意は既に喪失しているらしい。まあ、四肢を撃ち抜かれれば、既に戦った所で結果など見えているからだろう。
どうにか、勝ったらしい。
時間が無い。俺はプレイヤーウォッチから、『リザードテイル』を出現させる。直ぐにそれを、構わず腕に突き刺した。
「ぐっ……」
軽い痛みが走るが、銃弾のめり込んだ左肩と矢が貫通した左腹よりは、遥かにましなものだ。
しかし、銃ではなくナイフを向けて来ていたか。俺はどちらでも構わなかったが――……気が動転したか。
物音はしない。騒ぎを聞き付けて、別のプレイヤーがいつ、此処に現れるとも限らない。出来る事なら速やかに、この場を離れたいものだが。
中々、身体は言う事を聞かない。それでもどうにか立ち上がり、左肩の銃弾を抜いた。
……間もなく、『リザードテイル』は効いてくるだろう。しかし、問題なのはバトルスーツだ。強固で爆発的な運動能力を得られるバトルスーツとは云え、破損してまで万全とは行かない。ここから先は、バトルスーツの機能減少を覚悟して進まなければならない。
ダンジョンの前で、か。せめて、電波塔の上まで辿り着いていれば、まだ随分と事情も違うものだが。
「あの、木戸さん……!」
工藤の発言は無視し、俺はプレイヤーウォッチから残りの『リザードテイル』を出し、工藤に向かって投げた。
思わずと云った様子で、工藤が目を丸くする。
「え…………?」
「間もなく、ここにも人が来るだろう。……回復させてやれ。お前が信頼する人間だけ、な。それで、さっさと逃げるんだ」
工藤小凪は、殺されていた。
直前の事だったが、間違いは無いだろう。リーダーの男が取った行動は、『明らかにそう』だった。あの状況で、本来工藤に向かって仕掛けられた攻撃を、俺が受ける道理はない。
つまり、奴はこう考えたのだ。……自分が攻撃を受ける前に工藤小凪を殺してしまえば、自分はプレイヤーに昇格することが出来る、と。その後に俺に殺された所で、プレイヤーならログアウトされる。結果、このグループの中で、自分だけが助かる事ができる。
「あ、あの、木戸さんは……」
「俺は予定通り、ミスター・パペットを追う。じゃあな」
「どうして……? どうして、殺そうとした相手にこんなものを……」
思えば、工藤が仲間と合流する事について素直に隠さず、何処か怯えのような感情を見せていたのは、この『裏切り』を警戒しての事だったのだ。
そんな事も、あるだろう。リーダーの男が放ったその一手で、果たして工藤がこのグループに於いてどのような存在だったのか、その実態を把握する事が出来た。悲しいかな、俺が当初、工藤と話した時に感じていた――工藤の劣等感と云うのか、罪悪感のようなもの――感情は、全くその通りだったと云う訳だ。
俺の人を見る目は、そこまで悪くなかった、と云う結論になる。……最も、その上で工藤をコントロールしていた男の事にまでは、洞察力が届かなかったが。
「向けられた火の粉を払う事は、俺の目的じゃない。……誰だって、自分の身を護ろうとすれば、自然と人を嵌めるようになるからな」
最も、自分の身を護る事に意固地になり過ぎて、本来仲間として信頼関係を置いていた筈のメンバーに攻撃を仕掛けるような男は、俺は好きになれないが。
秩序を乱すとか、自分の中の人間らしさの定義に反するだとか、そのような、はっきりとした理屈がある訳ではない。ただ純粋に、俺は嫌いなのだ。
きっとそれが、甘いのだろう。現実世界で生き残れない理由の一つなのではないだろうか。
「――――――――木戸さん。……本当に、ごめんなさい」
謝るくらいなら、始めからやるな。……そう口に出して言う事が出来たら、どれだけ楽か。
グループの中のヒエラルキーは、それ程簡単に覆ったりしない。特に命を握られている状況ともなれば、捨て身になって反論する事は容易い事ではない。それを容易いと思うのは、唯の命知らずか、それとも馬鹿か、どちらかだ。
ならばいっその事、黒は黒へ、白は白へ。強者の意見に耳を傾け、自分の意見を殺してしまえばいい。そのように、自らに嘘を吐く事で、俺達は生き長らえているのだ。
しかし、工藤は躊躇していた。
『えっ……ダンジョンから、ですか?』
『エレベーターが使えないとしたら、それしかないからな』
『そっか……そう、ですよね……』
あれは、出来れば俺が罠に嵌まる事無く、電波塔の上まで辿り着ければと願っての発言だろう。
俺はそれだけで、充分だ。
「若し、警察も介入する事が難しいこの場所で、俺がミスター・パペットの問題を解決して、この世界を救う事が出来たら。それで、構わないんだが」
「…………はい」
「俺みたいな人間が居たって事を、認めて貰えたら、少し……嬉しいかな」
工藤は目を丸くして、多少驚いたような表情でいた。
恐らく、意味など分からないだろう。
俺は苦笑し、背を向け、工藤に手を振った。そうして、走り出す。
空手のまま、回復薬も切れた。それでも、ミスター・パペットの、そしてリズの待つ、電波塔の上へと向かった。
◆
一人でクリーチャーと戦うなど、何日振りだろうか。久しく経験していなかった。
先程の戦闘で得たナイフと奴等が持っていた銃で武装。一応、両手に銃とナイフを構えられる程度には武器を揃えていた――……最も、NPC対策用の銃は人間に向かって撃つもので、殺傷能力は少ない。ナイフは戦器だが、自遊人の俺にナイフ以上の利用価値がある筈も無い。
従って、『敗者の拳』を利用して時折攻撃を弾き返しては逃げる、といった戦い方になってしまっていた。
「つっ……!!」
敵の群れは、予想以上に多い。
クリーチャーはプレイヤーを襲うようになっているのか。此処では、発見されただけでターゲットになってしまうようだ。ドラゴンの放った火球を転がって避け、岩陰に隠れた。
場所は洞窟。……電波塔の中に洞窟も無いだろうと思ったが、ダンジョンではそのような概念は通用しない。事実上の最終ステージなのだろう、現れるクリーチャーも見て来た者とは随分と風貌が異なっていた。
ドラゴン、不死鳥、ユニコーン。リズが居ない今、クリーチャーの名前など分からないが。動物の領域を超えたクリーチャーが集まる此処は、正に竜の巣だ。末恐ろしい――……正気か、と思う。このような場所に、自遊人の俺が乗り込む等と。
笑みが漏れた。
「ヤキが回ったかな、俺も……」
一体でさえ、『敗者の拳』を利用しても倒せない。そんな相手が、次のフロアに辿り着くまでに絶望的な数、徘徊している。
ダンジョンに来るまでは、分からなかった。だが、一度入って見れば、それがどれだけ無謀な挑戦なのかは一目で分かる所だ。
退避して、別の作戦を考えるべきだ。まして、今の俺はこの身一つで復活などない。このまま進む事など、狂気の沙汰だ。
「らぁっ…………!!」
何本か確保しておいたナイフを、ドラゴンの眼球目掛けて投げた。刺さると同時に、ドラゴン目掛けて一直線に走り出す。
前しか、無いのだ。
後退など、有り得ない。エレベーターからの突破が絶望的な事は、誰にでも分かることだ。向こうはプレイヤーが相手な分、余計に性質が悪い。当然、警戒もされているだろう。だが、このダンジョンは比較的警戒度は薄いと判断出来る。
クリーチャーが手強いからだろう、入口にプレイヤーが配置されていなかった。仮に居るとしても、ダンジョンの終わり際だろう。この様子では、ダンジョンの間に居るのはリスクが高過ぎる。クリーチャーにとって、ミスター・パペットの仲間であるのか、そうでないのかを見極める事など無いからだ。
皆、一様に攻撃される。だからこそ、突破口があるとしたら此処しかない。
『ゲーム上、攻略可能な難易度』であるなら、余程楽なのだ。テロリストの用意した包囲網を抜ける事よりは、遥かに。その先に何が待っているのかも、大凡把握している。
ここさえ、抜ける事が出来れば。
ドラゴンが目を庇っている間に、俺は股の下を擦り抜ける。勿論、相手にしているのは一体ではない。有象無象のクリーチャーに構っている暇などなく、唯、俺に向かい押し寄せる攻撃を避け、先へと進む。
「邪魔だ、退け!!」
ユニコーンの角から繰り出された光の球ごと、『敗者の拳』を使い殴り飛ばす。長さがどれだけあるのかも分からないダンジョンで、出来る限りエネルギーの温存はして行きたい所だが……そうも言っていられない。
構造上、この手の最終ダンジョンは、先へと進むほど敵が強くなっていく傾向にある。つまり、どうせ俺が倒せる敵など高が知れていたとして、より強そうなクリーチャーの居る方へ進めばいい。
走れば、目立つ。中央突破しか無い通路は最悪だ。五体、六体のクリーチャーに睨まれると、背筋から冷たいものが込み上げて来る。
だが、前に進まなければ。
前方に階段を発見した。敵が襲い掛かる前に素早く身を滑り込ませ、難を逃れる。……すると、クリーチャーは階段を登って来る事はなく、俺は暫し、休息のタイミングを得る事となった。
初めて終末東京に来て、ダンジョンに入った時には、ジャイアント・ラットと名付けられたクリーチャーは、フロアを越えて俺達を襲っていた。……だが、あれは当時のミスター・パペットの影武者――今掛時男――が操作していたからだ。本来、ダンジョンのフロア内に蔓延るクリーチャーは、そのフロア内だけの存在であり、フロアを飛び越えてプレイヤーを攻撃する事はない。
恐らくそれは、一つのフロア内に存在するクリーチャーの数を制限する為。どのフロアもプレイヤーを迎え撃つため、一定の兵力が集まるようになっているのだろう。
結果としてそれは、『階段まで逃げ切りさえすれば安全』と云う結果を、俺に齎していたが。
階段に座り込み、肩で息をした。我武者羅に動いていたフロア内。どうにか逃げ切ったと、心の底から安堵する。
始めは、悪魔のような格好の化物が蠢いていた。可愛らしいリスのような顔をして、恐ろしい魔法攻撃を繰り出してくるクリーチャーにも出会った。今回のフロアでは、ドラゴンの群れが待ち受けていた。
これ以上の存在は、神話上にも中々存在しないような気がするが。まだ、何かが待っているのだろうか。
地面に寝転がると、天井を見上げた。……先程までシェルターの中に居たとは思えない程、闇に染まる天井。何フロアか登って来たが、まるで終点の見えない構造。
孤独だ。
漠然と、そう思う。
「…………ふう」
息は整ったが、暫くの間、俺はそのままでいた。どう云う訳か、意味もない事を考えてしまっていた。
椎名が居れば、無数に敵の居るこの場所で壁を作り、先への道を提示する事が出来るかもしれない。
明智が居れば、餌に扮した毒薬を仕込み、クリーチャーと戦わずして先へと進む事が出来るかもしれない。
ララが居れば、様子見の突撃兵として出向き、敵陣の戦力を測る事が出来るかもしれない。
『カッコ付けてんじゃねえよ!!』
城ヶ崎が、居れば。
俺は、闇に染まる天井に向けて、右手を翳した。
「……格好を付けてる訳じゃないよ、城ヶ崎」
戦いとは。本来、孤独なものだ。誰も、自分以外の誰かを護る事など出来ない。巻き込まれれば、それは無駄な死になってしまうからだ。
誰でも知っている。何れ死ぬ、瀕死の仲間を助けに行く事ほど、愚かな事はない。見捨てる事は決して『悪』等ではなく、本来は誰もが、己の身を護る為に必死で居るべきだ。
本当の意味で強者になる者は、自分が助けられる事はあっても、自分が他人を助けたりなどしない。
自分が生きている事が、何よりも最善だからだ。
俺は微かに浮かんだ無意味な思考を振り切り、立ち上がった。
バトルスーツの機能が低下し、息が切れるようになって来た。此処からは、一つのフロアごとに休憩を挟んだ方が良いだろうか。……現在の時刻は、事件開始から十二時間が経過した所だ。少しトラブルもあったが、今の所は良いペースでここまで進んでいる。
前に進まなければ、勝機もない。




