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終末東京で、俺は戦器を握らない  作者: くらげマシンガン
最終章 『スカイツリー』編
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第四十六話 終点の間際

 ショッピングモールの中は広く、辺り一面が燃えている為に景色が変わらない。その為、現在の時刻をプレイヤーウォッチで確認する事でしか、終末までの残り時間を知る術は無かった。


 しかし、先程までは聞こえていた外側の声――誰かが誰かを殺す、戦闘の声――が、何時の間にか霞がかったかのように聞こえなくなり、唯、火の燃える音だけが辺りに響いていた。


 俺は銃を構え、柱の陰に隠れ、辺りの様子を確認する。安全が確認出来次第行動し、『スカイツリー』までの距離を詰める。単純な作業だったが、一体自分が何時からそうしているのか分からず、苦痛を伴う程になっていた。


「…………こんなに広かったのか、『スカイツリー』」


 俺はプレイヤーウォッチからマップを開き、その広大な土地を確認する。


 現実世界とは、明らかに違う。『アルタ』『ガーデンプレイス』『ヒカリエ』と、これまで現実世界と多少の差はあるにせよ、そこまで気になる程の違いは無かった。だが、この『スカイツリー』のショッピングモールは百を超える店の表示と、そのショッピングモールを支える小さな建物に分かれ、一大都市と化している。


「終末東京、という位ですから……この『スカイツリー』が、ゲーム内で最も大きなシェルターになっているみたいです」


 どうやら、俺が走り出した地点は既に電波塔から離れており、より遠くへと駆け出していたようだ。


 事実を知った今では、せめて逆方向に逃げていれば塔に近付く事が出来たものだと思ったが。……気が動転していたのだ。多少の判断ミスは、仕方が無い所だろう。


 ショッピングモールも基本的には広く直線を見渡せる通路によって構成されていたが、その通路も端まで行けば他の通路と連結しており、それが全体像では無かった。仕方無く前へと進んではみたが、こうなると一向に先へと進んでいる気がしない。……最も、プレイヤーウォッチを通して確認して見れば、マップ上確かに進んでいるので、立ち止まっている訳にも行かないのだが。


「……あんた、工藤とか言ったか。……一体、いつからここにいるんだ」


「事件が始まる、少し前からです。……友達と一緒に、ゲームをプレイしていました」


 俯き加減に、工藤はそう話した。この様子を見る限りだと、仲間に見捨てられたか。まあ、所詮はゲームを一緒に遊ぶ程度の仲だ。命の危険が伴えば、役に立たない人間から切られるのは自然の摂理と云うものだろう。


 あまり、工藤が役に立たない存在になるイメージは無かったが。道中、何度か外から来るプレイヤーに襲われた。その度に工藤は、銃の使えなくなる肩や腕を狙い、ボウガンによる射撃で撃退していた。


 大した腕だ。唯レベルが高いだけではない。現実世界でも弓道か何かをやっていたのかどうか知らないが、この世界ではそれなりの手腕に分類されるだろう。


 言い得て妙だが、信頼出来ずとも背中を任せるだけの実力はある、と云う事だ。


「ここは、少し休憩が出来そうだな」


 ドリンクの売っている自動販売機に、火の手が来ない細い通路。居場所さえ知られなければ、細い通路をクリアにすれば幾らかは休めるだろうか。


「あ、私、通路見てます」


「頼む」


 自動販売機が動いている。電気など、とうに止まったかと思われたが――……エレベーターが動いていると良いと思いつつ、俺は小銭を取り出して飲み物を買った。一口飲むと、張り詰めくたびれた身体と神経に集中力が戻って来る。


 随分と、静かになったものだ。ミスター・パペットの発言当初程、争いは起こっていない。一触即発の気配も無い――……元々、命を賭けて戦う度胸など持ち合わせていない現代人だ。銃と目標を指定されたとしても、怯えて無闇に動けなくなるのは分かり切っている事だ。


 ……そろそろ、トラップの類を気にしなければならない頃合いだろうか。


「コーヒー、飲むか」


「あ、いえ。私は。……木戸さん、随分と落ち着いていらっしゃるんですね」


 言われて、ふと気付いた。……そうか。命の危険が迫っていれば、こんな状況でコーヒー等飲める筈も無い、か。


 工藤は未だ肩で息をして、瞳孔が開いている。


「一度や二度じゃないからな、こういうの」


「そう、なんですか」


 それきり、余計な情報は口に出さない。……まだ、彼女を警戒しているのだ。


 実際、命を賭けて戦ったのは『ヒカリエ』が初めてだっただろうか。しかし、現実世界に帰って来る事が出来ると言えど、死ぬ間際の強烈な痛みや意識が抜けて行く感覚などは、そっくりそのまま感じるものなのだ。……それが、俺にとって終末東京世界をリアルに感じさせる要因となっていたし、俺はメンバー全員をどうにか一度も殺す事なく、ここまで来る事が出来ている。


『ガーデンプレイス』の時は、かなり焦った。先陣を切って戦いに行った椎名が屋上から落下した時、遂に事切れる者が出たかと思ったものだ。


 何も変わらない。


 現実世界での生活が殆ど死んでいたも同然の俺にとって、この世界で死ぬと云う事は、現実世界で死ぬと云う事と同義だった。


「塔に、近付いて来たな。一応エレベーターを確認して、それが駄目ならダンジョンから登る事を考える」


 若しも仮にダンジョンへと向かったとして、工藤が付いて来る保証も無い。一人で入るのなら、俺は残された銃の弾丸――あまり銃に詳しくない俺にはよく分からないが、リボルバーではなくマガジン形式である事を察するに、まだ余裕はありそうだが――と、敗者の拳だけを装備して挑まなければならない。


 必然的に、クリーチャーから逃げ続けると云う選択肢を取らざるを得ないだろう。どれだけ戦闘に自信があったとしても、囲まれれば終わりだ。数というものは、やはり大きい。経験が多くなればなる程、それを警戒するものだ。


「えっ……ダンジョンから、ですか?」


「エレベーターが使えないとしたら、それしかないからな」


 工藤の目が一瞬、泳いだ。


「そっか……そう、ですよね……」


 何事も無い振りをしているが、何かがあったのは明白だ。ダンジョンに対し、強い恐怖があるのか。……それとも。


「無理はしなくても良い。……元々、戦力が増えるなんて考えてもいなかった。ここまでのショートカットがあるだけで、俺に取って充分プラスだ。それは、感謝しているよ」


「い、いえ!! 一緒に行きます!! ……それしか、解決する方法は無いのでしょう?」


 ……随分と、俺に拘るな。


 工藤がダンジョンに対して、何か良くない要素を抱えているのは明白だ。それが何なのか、今の俺には判別する事は出来ないが。無理をして、付いて来る必要はない……危険が増すだけだ。確かに此処に一人で居れば、何者かに襲われる可能性は高まる。ダンジョンでクリーチャーとやり合うよりも、人間に対する読みが必要な分、苦労は多いかもしれない。


 だが、先程までの動きを見る限りでは、工藤は熟練者だ。囲まれなければ早々やられる事も無いだろうし、工藤の動きがそれをさせないだろう。ここに滞在を続ける事は、ショッピングモールに隠れている限り、工藤にとって難しい事では無い筈だ。


 まして、ダンジョンを抜けて『スカイツリー』電波塔の最上階へと向かうと云う事は、即ちこの現象を引き起こしている張本人と戦う可能性が有ると云う事だ。どちらがリスクかを考えれば、黙っている方が遥かに安全――……


「…………分かった。一緒に行こう」


 いや。元々、出会った時からそうなのだ。


 初めて会ったばかりの男が、この現象の首謀者を叩こうとしている。それに付いて行く事など、普通はしない――……まして、俺と戦う事で、俺がどのような職業でここまで来ているのかなど、理解している。


 自遊人だ。このゲームに於いて、最も価値の無い存在。『敗者の拳』を知っている俺の仲間達ならばさて置き、その秘密兵器を知らない工藤に取って、俺に付いて行く事など自殺行為以外の何者でもない。


「は、はい……!!」


 従って、工藤小凪は、何かを企んでいる。


 ならば、利用し返すしか無いだろう。相手の手の内を知った上で、その上を行く事が出来れば、俺にとって大きなプラスになる。ミスター・パペットとの戦いまでを、大幅にショートカットする事が出来る。


 勝てば官軍、負ければ死。俺は今、そういう戦いをしているのだから。


「……あの、木戸さん」


 俺は飲み終わった缶コーヒーの缶をゴミ箱に投げ入れ、工藤を見た。


「どうした?」


「木戸さんは……私がどうしてここに居るのかとか、素性とか、そういうの……聞かないんですね」


 どこか、怯えたような瞳だ。俺がそうしているように、工藤もまた、俺を警戒している――……その様子に、何処か似た空気を感じた。他人に対して弱気に出ている所は俺と相反する部分だろうが、工藤は俺と同じ目をしている。


「俺と会うまでに、聞かれたか?」


「聞かれました。……その後は、大体仲良くしようとか、よろしくとか……木戸さんは、そういうのも、無いし……」


 他者から蔑まれた事のある瞳。外界から隔離され、自分との境界線を引かれた……そういう人間の顔だ。必要以上に他人を遠ざけてしまうが、その内側では慎重に相手を観察し、自分に取って有用な相手に成り得るのか、秤に掛けている。


「興味がない。……それに、聞いたって意味、無いだろ。特別仲良くしようとも思っていないし、メリットがあるから一緒にやってるだけだ」


 寧ろ、心地良い。


 そうだ。その位でなければ、俺の方が疑ってしまう。工藤に取って俺が有用である限り、俺は信用され続ける……そういう関係が、ベストだ。その展開が俺にとって、最も望ましい展開。


 つまり工藤は、生き残る為に俺の中に価値を見出し、それで一生懸命付いて来ようとしている。


 そのストーリーならば、俺は裏切られない。


「あ、あはは……き、木戸さんは、変わっていますね。私は、一緒に居る人と仲が悪くても良いとか、そういう風には……割り切れないです」


 工藤は、力無く笑っていた。


 俺は目を閉じ、立ち上がった。今一度、下ろした銃に手を掛ける。


 何かに追われているのだろうか。随分と、臆病な様子が目立つ。彼女の腕とは相反する何かがあるのだろうか。……何れにしても、俺には何の関係も無い事だが。


「一度や二度じゃないからな」


「……え?」


 工藤をすり抜け、再び休憩コーナーを出る。ダンジョンまでは、もう一歩だ。工藤のボウガンが役に立つ事で、俺も随分と余力を残して此処まで来る事が出来た。


「甘い顔をして近付いて、良い所で裏切って丸め込もうっていう手口を使う人間に、会った回数がって意味だよ」


 その時、工藤に何らかの変化があった。俺には、そのように見えた。


 若しかしたら俺は、会話の内に知らず、工藤の図星に当たる何かを引いていたのかもしれない。




 ◆




 幼い頃に仲良くした相手の名前を覚えていないと云う事は、よくあることだ。


 覚えていない以前に、お互いに認識していない可能性もある。思えば、俺とリズが正にそのような関係にあった。毎日会う訳ではなく、そしてお互いに望んだ時に会う訳でもない。


 連絡手段を持たない、家も分からない俺達にとって、たまに訪れる怜士兄さんとニコラスとのコンタクトだけが、お互いを知る術だった。だからなのか、俺は特別リズの名前を聞こうとはしなかったし、彼女も同様だった。


 だが、俺達は偶発的に作られた出会いの場で、様々な事を話した。その時にリズが学校であまり良い立場に居ない事も把握したし、俺がどのような生き方をして来たのかも、彼女に話していた気がする。


 当時から、遥香姉さんは怜士兄さんの近くに居た。俺と云えば、その二人に付いて来るおまけのような存在だった。


 しかし、学校には馴染むことが出来ない。全く価値観の合わない人間ばかりだ。


 だからこそ、彼女が俺の事を一人の人間として認識してくれている事は、俺にとっての救いだったのだろう。


 プロジェクトが大規模なモノへと変化して行くに連れて、俺と彼女の出会う機会も減っていった。それはある日突然父親が転勤になるような変化ではなく、例えば三年前と比べて自身の身長が伸びている状態のような、微々たる変化の連続であったから、お互いに気にする事も無く、ただ話す事が少なくなった。


 そして、俺とリズも積極的に会おうとはしなかった。


 互いが成長するに連れ、自らのネットワークに存在しない者は、やがて忘れて行くものだ。特に、第二次性徴前と後では大きく変わる――……その変化の過程の中で、俺とリズの存在は『ネットワークの外』なのだと、互いに認識していたのだろう。


 どれだけ仲が良くても、会わなくなる事がある。


 環境が、変化して行くからだ。


 いや、リズがどうかは分からない。だが、俺はリズの事をあまり考えなくなった。


 その頃の俺は、如何にして兄さんに近付く事が出来るのかと、劣等感を背負った自分に必死になっていた。全くと言っていいほど、余裕など無かった。その、或る意味では苦痛に苛まれる日々が、俺からエリザベス・サングスターと云う存在を奪って行った。


 そうとも知らず気付く事が出来なくなる程の、『些細な変化の連続』。


 その、まやかしのような日々の中で、リズはある日、人生に大きな変化を迎える。


 事故を起こし、本当に俺と出会う事が出来なくなっていた。


 俺にとっての些細な変化の連続だった時間は、彼女にとって、たった一度の、劇的な変化の体験だった。


 それが、俺とリズが出会わなくなった瞬間だった。


 だが、それだけでは無かった気がするのだ。


 いつか、リズが大切な事を俺に言った気がする。彼女の存在を重ね合わせた今、それが心の中に引っ掛かっていた。


 何時だったのかも思い出せなければ、何が起こったのかを思い出す事も出来なくなる。


 あれは一体、何だったのだろう。




 ◆




 長いショッピングモールを歩き、何度繰り返したか分からない柱の陰から向こう側を覗き見ると、今までとは全く異なる光景が広がっていた。


「…………着いたのか」


 ショッピングモールを抜けた先は広いホールになっており、火の手も弱まっている。電波塔に入るための巨大な自動扉、その隣にはエレベーター。だが、本来は人が溢れ返るであろう広い空間には、全くと言っていい程に人が居ない。エレベーターの前に立っている鎧の男達は、恐らく通路でも出会したミスター・パペットの手下だろう。


 当然、エレベーターは通過させないように保険を打っている訳だ。この様子だと、既に外路で戦いは起きていないのだろう。仮にあったとしても、それは戦闘等と云う類のものではなく、どちらかと云えば暗殺・奇襲に近いもの――……最も初めにターゲットとなる、状況を想定し切れなかった人間がやられ、それを見る人間が居る事によって、事情が変わったのだ。


 あからさまに戦闘をしては、戦闘中に背中を攻撃された所で文句を言う事など出来ない。精神論ではなく、具体的に死を前にする事でその事実に気付き、誰も姿を見せる事が出来ずにいる。


 知らず、喉を鳴らした。


「エレベーター……やっぱり、通れなさそうですね……」


 横から工藤が顔を出し、俺と同じように様子を窺っている。


 このような広い場所ならば、この状況は当然だ。特に、電波塔の前ともなれば。若しかしたら、ミスター・パペットに許されたプレイヤー……ログアウト可能な人間が、降りて来るかもしれない。それは降りて来る人間なのか、隠れて近くで何かをしており、電波塔の上に上がるプレイヤーか。


 何れにしても、ミスター・パペットと関係のある人間ならば、プレイヤーである可能性が高い。


 つまり、この場所に限り、人殺しをしなくて済む可能性が高いのだ。……集まらない訳がない。NPCと化したプレイヤーは集まり、銃を手にして虎視眈々と機会を窺っている。


「唯一の通り道だからな。エレベーターを使わないなら、非常階段でも使うかって話だが……まあ、無いだろう」


 距離は兎も角、高さは。終末東京世界ならいざ知らず、現実世界では日本で最も高い建造物だ。地上高六百三十四メートルに達する電波塔は、建設当初、電波塔の中では世界第一位。人口の建造物としても世界第二位に君臨した。


 最も、それがこのゲームの世界でどれだけの地位を持っているのかは不明だが。


「あまり、大袈裟に顔を出すなよ。居場所がバレれば尾行され兼ねない」


「え、尾行、ですか? 攻撃ではなく?」


「攻撃されたら直ぐに逃げれば良い、なんて単純な話じゃない。良いか、物音を立てることで意識が向くんだ。わざわざ沢山の人が隠れている場所で攻撃する訳無いだろ」


 必然的に、人気の無くなった場所で、俺達は背中から狙撃される事になる。そんな状況では、防ぐこともままならないだろう。


 工藤は事の重大さに気が付いたようで、目を泳がせていた。


「……じゃあ、やっぱり、エレベーターは使わないんですね」


「ああ。突破口を見付けることが出来れば、それも手っ取り早いかと思って見ただけだ。結論は、やっぱりエレベーターから向かう事は出来ない」


 幾ら何でも、敵が多過ぎる。俺と工藤の二人で、襲い掛かるプレイヤーと鎧男の相手を同時にするのは無理だ。


『ヒカリエ』の時は、まだ椎名や明智、ララが居た。仲間の能力やレベルも体感的に把握していたし、想像からの狂いも少なかった。対して工藤は未だ、レベルや経験値などの概念的な印象でしか、その強さを測る事が出来ていない。


 ……最も、俺が知る中では射撃の腕も良く、弓師として一流なようには思えるが。


 第一、弓師だ。


 この陣形で前に出ようと思ったら、どうしても俺が前線を走り、工藤に援護させるしかない。……それは、背中を任せると云う事だ。信頼性が無いのだ。


 俺は再び狭い通路に身を隠し、プレイヤーウォッチからマップを確認した。


「裏から行くぞ。ダンジョンを抜ける」


「は、はい……」


 エレベーターからダンジョンまでは目と鼻の先だ。最も、NPCの状態で入る勇気のある者が、このゲーム内にどれだけ居るのかと云う話だが。


 ……まあ、無いだろうな。『スカイツリー』はこのゲームの中では最後に訪れる街のようだし、クリーチャーのレベルも高いだろう。


「…………あの、…………木戸さん」


「どうした?」


 足は止めない。


「いえ…………」


 ダンジョンに向かうと話してから、どうにも工藤の様子がおかしい。……あまり、ダンジョンに対する耐性がないのか。それとも、NPCの状態でクリーチャーと戦うのが怖いのか。


 どちらにしても、ダンジョン前で工藤を降ろしておく必要はあるだろうか。危険度も高い。ダンジョン前は、前以外気にしなくて良い、狭い通路だ。見張りの目的でそこに立たせておくのも、悪くは無いだろう――……




「――――――――づっ!!」




 一瞬の出来事だった。


 左の腹を、撃ち抜かれた。訳も分からず、その場に倒れ込む。


 意識が瞬間的に吹っ飛び、直後に激痛が襲い掛かって来る。堪らず、左腹を抑えた。


「…………ごめんなさい」


 このような状況でなければ、俺は笑っていたかもしれない。


 初めからそれを理解していて、リスクを取った。……俺はこの展開を、把握していた。それを踏まえて、工藤に協力を依頼したのだ。


 だが――――もう少しで、護衛と共にリスクとも離れる予定だったのに。


 直ぐに、立ち上がる。痛み等に構っている場合では無い。この場所でこうなったからには、理由がある。


 背中の工藤を見れば、ボウガンを構え、俺に向かって一撃、放った後だった。


 その唇は、僅かに震えている。


「…………あ、来た来た」


 あの隅の曲がり角を抜ければ、ダンジョンの入口だ。……せめて、そこまで辿り着きたかった。


 ホールを囲うように伸びている通路。施設自体が巨大なだけあって、その周囲にも店舗が並んでいる。クレープ屋、喫茶店と、その内容は様々だが。


 化粧品売場のレジの陰から、小柄な男が一人、現れた。バトルスーツで武装し、腰には銃を構えている――……俺と工藤を囲むように、周囲から一人、また一人と人影が現れる。


「おお、ちゃんと見付けて来てんじゃん……っておい、こいつ銃持ってんだけど! 話違うくね?」


「まあ、良いんじゃないの。もう手負いだし」


 朦朧としながら、全員を視界に捉えられるよう、動く。


 五人……六人。……流石に数が、多いな。


 運が悪い。




「ナギ、ありがとう。よく頑張ったね」




 連中の一人が、そう言った。


 察するに。このポジションで隠れていたのは、侵入対象の方角を絞り込む為。此処なら八方を意識する必要は無いし、窓も無い。隠れる場所もある。工藤がショッピングモールで隠れている人間を誘い込み、取り囲んで攻撃すると云う作戦だろう。


 工藤が外回りのポジションなのは、工藤のレベルが一番高いからなのか。だとすれば、あの弓捌きにも納得が行く。


 裏切られる事も逃げられる事も考慮に入れていたが、まさかグループだったとは。


『居ません。……今は、いません』


 確かに、あの時は居なかった、か。


 別に、言葉遊びをするつもりで聞いた訳では無いのだが。


 一人の男が工藤の隣に立ち、工藤の頭を撫でた。先程、工藤の労をねぎらった――――茶髪の、何処か優しそうな顔をした男だ。周囲が、彼の言葉を待っているように思える。彼がこのグループのリーダーなのだろうか。


 他には、レジ際から出て来た小柄な男。眼鏡の男に……今時の化粧をした女性が二人。何れも、バトルスーツによって武装している。年齢は大学生くらいだろうか。NPCにしては現代的――庶民的――な格好をしているし、社会人にしては髪の色が派手過ぎる。


「……あの、良くん。あのね……この人、事件そのものを追っているみたいで。助けて、ダンジョンに通して……あげられないかな」


 工藤が怯えたような顔をして、リーダー格の男に問い掛けた。……どうやら、工藤の警戒心はこの男から来ているように見えるが。


 一体、何が――――


「ナギは本当に馬鹿だなあ」


 瞬間、工藤が顔をしかめ、その場に屈み込んだ。


 足先に――――ナイフ。


 リーダー格の男は、ジャケットの裏側に装備されていた小型のナイフを何本か抜いた。……その一連の動きで、工藤は刺されたようだ。顔にばかり意識が向かっていたから、全く気付かなかった。


「おいっ……!! 良!!」


「大きな声を出すなよ、禅。……死にたいのか?」


 思わず声を張り上げた小柄な男に向かって、ナイフが構えられる。小柄な男はびくんと跳ねるように動き、リーダー格の男から後退った。


 …………成る程。こいつは、とんだペテンだ。優しそうなのは、見た目だけらしい。


 工藤の足下に、『リザードテイル』が投げ捨てられた。


「警察の協力は仰げない……良いかい、皆。僕達は今、戦うしかない状況にいる。幸い、このゲームで僕達は無敵だ……今、覚悟を決めて殺すしか無いんだよ」


 覚悟を決めて、等と宣う割には、随分と楽しそうだ。笑みは浮かべていないので、俺の直感的なモノではあったが。


 左腹が疼いて、熱を持ち始めている。手で抑えても、血は際限無く腹から流れ、意識が朦朧としている。


 ……工藤の動きがもう少し初心者めいていれば、俺にも避ける可能性が残されていたと云うものだが……これでは。


 ――――――――まずい。


 風を感じた。反射的に、俺は首を捻ってその攻撃を避ける。


 直ぐ後ろの柱に、男の投げたナイフが突き刺さった。


「……おお、凄いね。初めて見たよ、クリーチャー以外でこれを避けた人」


 どうやら、先程工藤への攻撃が見えなかったのは、俺が意識していなかったからと云う理由では無いらしい。


 リーダー格の男は、気が付けばナイフを投げ終えている。……見詰めていたにも関わらず、目視で確認する事すら叶わなかった。随分と、レベルの高い……いや、思えば工藤もかなり優秀な弓師だった。


 小柄な男が剣を構える。武器を持たない女性二人は、手から魔法を。……眼鏡の男は、懐から銃を。


「ナギ。……早く」


『リザードテイル』によって復活した工藤が、俺に向かって今一度、ボウガンを構える。


 リーダー格の男は、俺に向かって微笑んだ。


「悪く、思わないでね」


 同時に攻撃すれば、避ける場所は無い。このダンジョンへと向かう小道、他に逃げ道も無い。そこまで計算して、この場所なのだ。


 確かに逃げられてしまえば、今度は自分達の居場所を教える事になる。……仮に殺して生き延びようと考えるのであれば、一撃必殺しか無い。この男、相当なゲーマーなのか、それとも……そういう訓練を、しているのか。


 さて、どうしたものか。


 血を流し過ぎている。……『リザードテイル』を使いたいが、その時間も与えて貰えない。彼等にとって俺は殺す対象だろうが、俺にとって彼等を殺すメリットは無い。


 ……いや。可能なら、殺したくはない。それこそ、ミスター・パペットの策に嵌っているようで、気分が悪いのだ――……ならば、程良く手負いにして、この場を離れるしか無いのだろう。


 しかし、どうやって。


 痛みに、歯を食い縛る。……俺も、銃を持っている。持っているが――……これと『敗者の拳』を使って、どうにかこの場を切り抜けるしか無いのか。


 小柄な男が、走り出した。


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