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終末東京で、俺は戦器を握らない  作者: くらげマシンガン
最終章 『スカイツリー』編
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第四十四話 少年よ、立ち上がれ

 気が付けば、風は止んでいた。


 何人の前に立ちはだかる、巨大な闇。その向こう側に秘められた意志は遮られ、影響を受けている人間の所までは届かない。それは恰も自然の摂理であるかのように、醜く汚れ、踏み躙られるものだ。


 苦しみを覚えずに、人は恨みを持つ事などない。しかし、その恨みは『自分自身』のものであり、名も知らぬ他人が共感する事は、決して無いのだ。


 だから、擦れ違いは起こる。それは時として社会に影響を与える災害にも匹敵する程の強大なうねりを伴い、無関係な人々をも巻き込み、襲い掛かる。


 誰に称賛される事も無く、また誰に同情される訳でも無い。


 これは、戦争だ。終末へと向かい沈み逝く『人間』の、逆襲を賭けたひとつのドラマに等しい。だからこそ、俺もまた――……


 荒廃の進んだ世界の中で、俺は一人、立ち上がった。


「あ、木戸くん! プレイヤーウォッチが復活しているよ! 良かった……」


「ちょ、待ってください!! ログアウトしないで下さいね、絶対に!!」


「ええ? ……どうしてだい?」


「恐らくですが……過去の事件から言うと、自身の身体が消滅します。現実世界に帰る事は出来ません」


「ええっ!?」


 状況は、あまり良くない。……いや、最悪だ。


 ともあれ、『スカイツリー』に行けば、それがどのような状況だったとしても、何らかの戦いが始まるのだろう。


 染谷は終末東京世界で戦闘をして来ていない。精々、低級クリーチャーから身を護る為に武装して、植物の採集をしていた程度だろう。それを考えると、お世辞にも役に立つとは言えない。


「そ、そんな……一体、どうなっているんだい? ハッキングか何かをされたのかな」


「…………まあ、されているのかもしれませんね」


 狼狽え、慌てている染谷を見る。


 しかし、この場に染谷を放置しておく訳にも行かない。今の染谷はログアウト出来ないし、武装していない今の状態で『アルタ』に放置したとして、解決まで何日掛かるのかもまだ明確には分からないのだ。従って、俺は染谷を引き連れて歩く以外に方法を持たない。


 ところが俺は、未だ『敗者の拳』以外の武器を持たない。これは一発限りの大技という性質を持っており、連発する事は出来ない。俺のような能力を持っている人間は基本的に、前衛の背後で連撃の締めを担当するものだ。威力が高い範囲攻撃。そのインターバルを前衛が稼ぐのは、基本中の基本というものだが……これでは。


 ……いや、待て。欠点だけを探していても始まらない。


 プレイヤーウォッチが完全に死んでいる訳ではないので、『転移』が使える事は有利な点だろうか。その頼りない装備でも、一先ずは染谷を武装させる事も可能だろうし、自分で自分の身を護らせる程度には動かす事が出来るかもしれない。


 その利点を上手く利用して、染谷を前衛として使えるレベルにまで引き上げる……


「…………木戸くん?」


 俺は、額に汗をしながらも笑みを浮かべている染谷を一瞥し、そして確信した。


「……別に見捨てたりしないので、そんな顔しないでください」


 絶対に、その路線は無理だと。


 第一、染谷のレベルが今現在幾つで、これから先、どの程度のスピードで上がるのかが分からない。コア・カンパニーで自己調査を行っているのかどうかも、職業やアビリティが何なのかも分からない。現実的ではないだろう。


 と云う事は、やはり何処か安全な場所を発見して、染谷をその場所に置いて来る他無い。


 俺は皆を連れ添って旅をする事で、自遊人としては破格なレベルにまで成長しているが……俺自身の能力について過信するのは、最も愚かな行為だろう。


「一先ず、『スカイツリー』で安全な場所を探しましょう。……話はそれからです」


「わ、分かったよ」


 心中穏やかでは無かったが、俺はプレイヤーウォッチから『転移』のコマンドを選択した――……




「待ってくれ」




 が、不意に呼び掛けられて踏み止まった。


 もう予定では、この場所には誰も残っていない筈だった。『アルタ』の人々は数名のバトルスーツを着た人間に案内され、『ヒカリエ』を目指し進んで行った後だ。


 建物の倒壊から逃れ、生き残った木々の隙間から、男が現れた。落下する瓦礫にやられたのか、左肩を負傷していた。……が、どうやらバトルスーツを着ているようだった。


「…………神宮寺」


 そうして俺は、この場所に来る目的となっていた人物と、再会する事に成功した。


 既に、トーマスはこの場から離れてしまっているが。現れた神宮寺は、とびきり苦い顔をしていた――――俺に対しての感情では無いと分かった。恐らく、アルタの出来事に対して考える所があるのだろうが。


「君は、エリザの隣にいた……人で、間違いないかな」


 神宮寺の問いに、俺は頷いた。そういえば、彼には自己紹介もしていなかった。


「木戸。……木戸恭一だ。あんたに会おうと思って、ここに来た」


 没落した『アルタ』の地上には、乾いた風が流れている。神宮寺は少しばかり驚いたような顔をして、俺を見た。


「……木戸?」


「お察しの通りだ。あんたが知っている、あの『木戸怜士』の弟だよ」


 何故驚いたのか、その理由も分かっている。神宮寺は目を閉じて、俺とリズの関係について整理していた。


「そうか……それで、エリザが……いや……」


 事情を飲み込む事は出来たのだろうか。……それとも。


 随分と、憔悴しているようだ。肩で息をしている――……怪我の方は、この世界での怪我だと云う事を考慮すれば、そこまで大きなものには見えないが。クリーチャーの攻撃を受ければ、この程度の傷は幾らでも付く。


 表面に見えて来ない、何らかの痛みがあるのだろうか。


 神宮寺はその場に座り込んだ。空を仰ぎ見て、どうにか息を整えているようだった。すうと息を吸い込むと、大きく吐き出す。


「大丈夫か。何があったんだ」


「身体の方は大丈夫だ。どうやら、痺れ薬のようなものを嗅がされたらしい……エリザが、ウチの研究施設にあった資料を幾つか、取って行った。そのあと、『アルタ』ごと攻撃されたよ」


 そうか。……と云う事は、『アルタ』を潰したのは、神宮寺のカンパニー『バイオテクノロジー』を消す為。ならば、『ヒカリエ』を潰さなければならない事情が無ければ、『ヒカリエ』は生き残っている可能性もある。


 そうなると、避難も現実的か。


 ……いや、そうだろうか。たかが『バイオテクノロジー』のビル一つを消す為に、『アルタ』ごと没落させなければならない理由が思い付かない。少なくとも、『アルタ』が残っていては都合が悪い、何かの理由が一つはあると考えるのが自然ではないだろうか。


 居場所の消滅……退避する人々……いや、待て。『参加者の移動』?


「ミスター・パペットは、何を盗んで行ったんだ」


「主に、エリザの研究していた資料だ。シンクロトロン……リオ・ファクター……終末東京のロジックに関するものだったと思う」


 最も初期からこの世界に存在しており、真面目に終末東京世界の事を研究していた。リズの研究は今、他の誰のモノよりも、信頼出来る資料になっているだろう。


 それが必要になった。つまり、リオ・ファクターの真相に迫る必要があったと云う事だ。


「痺れ薬の持続は、後どのくらいだ?」


「直、大丈夫になるよ。最初は本当に動けなかったから」


「丁度いい、染谷を頼めるか。二人、安全な場所に避難してくれ。あんたならクリーチャーが来ても、逃げる術を持ってるだろ」


「ああ、分かった。……君は?」


「俺は、リズを……いや、『ミスター・パペット』を追う」


 何時の間にか上空に、それまで見た事の無い巨大な雲が渦を巻いていた。


 地上は無風。しかし嵐が起こる前兆のような分厚い雲は今にも天を覆い尽くさんと、強風に煽られて勢いを増して行く。これまでの流れから考えて、『デッドロック・デバイス』が揃った事によって発生した現象だと考えるのが自然だ。


 ……元々、終末への進行は阻まれていた。それが無くなった今、何が起こるのかは定かではない。


「それで、どうして木戸くんは、僕を探していたんだ?」


 リズと話している時は、どうやら随分と、畏まった話し方をしていたようだ。


 神宮寺と、リズの関係。俺がそれを知る権利は無いし、意味も無い。過去に神宮寺とリズの間でどのような会話が行われていようが、俺には関係の無い事だ。


 しかし、聞かなければならない事もある。


「ミスター・パペットが、お前である可能性を……少しだけ、考慮していた」


 だが、わざわざニコラスの下に出向き、復旧は不可能と言われたゲームシステムを引き取った男が、再び『終末東京』という形でゲームを作り上げ、何らかの悪事を働こうとしているとは、どうにも思う事が出来なかった。


 しかし、話の流れから言えば、神宮寺はニコラスから『ファンタジア』のゲームシステムを引き取っていなければならない。


 ほんの僅かでも、可能性は可能性だ。神宮寺は溜息を付いて、だが俺の考えには納得したようだった。


「……ニコラスさんから、聞いたのか」


「このコンタクトで、俺が考慮していた可能性は消えた。……だから、もう聞く事は無いよ」


 そうして俺は神宮寺に、本当の意味で聞きたかった事について、聞かないという選択を取った。


「どうしても、諦められなくてね……ニコラスさんがやらないならと、僕は僕のチームを作って、プロジェクトをどうにか継続させたんだ。解析は骨が折れたけれど、ゲームが完成するまでは絶対に情報を公開しないと決めて、創り上げて来たんだ。……ようやく自分の納得の行くゲームが完成して、その中でエリザが息を吹き返した時は……本当に、嬉しかった」


 創始者の一人であるニコラスが、『無理』だと宣言したのだ。その言葉の意味は大きい。限りない努力を重ねる人間でなければ、ここまで辿り着く事は出来なかった。それは、確かな事だった。


 丁寧ながら、どう見ても人見知りのリズが、明らかに心を許していた――――それは、分かっていたから。


「…………まさか、乗っ取られるとはね」


 ログアウトする事で人が死んだゲームに自ら乗り込み、リズの面倒を見ていた。その過程を見れば、神宮寺がどのような人間であり、リズにどのような想いを抱いていたのかは、直ぐに分かる。


 …………果たして、同じ状況で俺に、同じ事が出来ただろうか。


 木戸怜士、ニコラス・サングスター、トーマス・リチャード。これだけの勢力を持って、遂に完成させる事が出来なかったのだ。それを引き継いで自ら完成へと導く事が、俺に出来ただろうか。


「良いニュースがある。あんたが知っているかどうか、知らないが……ニコラスのやろうとしていた、『現実に肉体を持っていない人間を現実世界へ送る』という機能は、完成している」


 俯いていた神宮寺は、顔を上げた。


 これは恐らく知らないだろうと踏んでいた。若しもこれが終末東京完成時に達成されていた機能なら、神宮寺は真っ先にリズを現実世界へと送っていただろう。ゲームの中に、そのような説明は無かった。偶々、トーマスの作った裏技に近いプレイヤーウォッチの存在が、抜け道を発見した。


「そんな、まさか…………!?」


「誰がやったのかまでは分からないが、俺自身が転移した。だから、確かな事実だ。バトルスーツは使えないが、プレイヤーウォッチはそのまま動作する」


 染谷は、神宮寺に任せておいて大丈夫だろう。そう考え、俺は歩き出した――――最後の戦いは、誰も見ていない場所で決着を付けたい。


 俺は、誰にも見られていない状態で『スカイツリー』へと転移する。その方が、都合が良かった。


「――――必ず、連れ戻す。だから現実世界にリズが戻ったら……また、会ってやってくれ」


 意識していたのかどうか、俺は再びプレイヤーウォッチを操作し、全身を黒い装備に包んだ。黒いバトルスーツ、黒いジャケット、黒いボトムス、黒いブーツ。それでいて、人目に付かない地味な装飾。


 この事件には、俺も関わっている。……かなり、重要な立ち位置で。だが、神宮寺は関係が無い。それは、明らかな事実としてあった。


 ならば、俺が決着を付けなければならない。再び、たった一人で。誰の目にも留まらず、誰の記憶にも残らない俺が。


 丸腰のまま、俺は『敗者の拳』を装備し。


 そうして、プレイヤーウォッチから、『スカイツリー』への転移を選択した。




 ◆




 幼心に、疑問に思った事がある。


 遥か昔、まだ世界各地に巨大な『国』と云う概念が存在しなかった時代から、人々は戦いを続けていた。太古の昔は獣を狩るために戦っていたが、あるタイミングから、人は人同士で戦いを行ったと書かれていた。


 食べる為ではない。しかし、人は戦う。それは例えば領土の為であり、支配の為であった。だが、その理屈が少年時代の自分には、陳腐なものに思えたのかもしれない。


 漠然と、考えていた。


 農作物や食料を確保する為に、人は武器を手に取った筈だ。それが、味方同士で争っていたのでは収拾が付かない――――と。


 頭の中では理解している。戦争には意味があったし、そんな事を言っても始まらない事は、自分が一番良く分かっている。だが、成長するにつれてその疑問は消える事はなく、抽象化はしたものの、違和感として残り続ける事となった。


 そうだ。現実の世界にだって、争い事など幾らでもある。就職面接では、より企業に貢献する事の出来る人間が選ばれる。それは多人数を比較する事で順位が付けられ、順位が上の者から引き抜かれるという、極めてシンプルな理屈だ。


 順位で決まるのだから、生き残る為には順位が上にならなければいけないのだ。だから、人は最も『正しいと思われる』努力をしようと忠実に行動する。自分は、他とは違うのだ。一線を画する才能であるとか、技能を持っているのだ。今は無くとも、将来的には開花する筈なのだと。


 やがて、その激戦から退き、俺は自由を手にした。誰にも比較される事の無い、全てを自分で決める事の出来る世界の一員になった。


 だが、それは自分の求めている、自由の姿ではなかった。


 それは、『社会から淘汰され、誰も寄って来なくなった結果』であり、その時から自分の周りには人が居なくなり、評価もされなくなり、社会から無視されるようになった。


 すると、どうだろう。生活さえ、ままならなくなってしまった。思えば、激戦の地に居る事こそが『生きること』そのものであり、その場所から逃げると云う事は、即ち死を選ぶに等しいと云う事だったのだ。


 権力者に取って価値の無い者、生きる資格無し。


 それが、太古の昔から続いて来た、『人同士の戦い』そのものの姿だ。『近付くメリットの無い人間には近付かない』。これが全てであり、それを決める為の戦いが、戦争である。


 さあ皆の者、武器を取れ。己が如何程に役に立つのかと、その実力を思う存分に発揮せよ。


 執念は執念を呼ぶ。それが生きる事であるなら、尚更――……遂に、幼心に感じていた違和感の正体は、至極簡易な、或る一つの質問によって完結する事が分かった。




 それは、幸福であるのかと。




 幸福の定義など人によって様々であろうが、少なくとも俺は、生き残る為に味方に武器を掲げるようにはなりたくないと思った。そうすると今度は、一体何処までが『味方』なのか、その定義をどうするのか、悩んでしまう事となった。


 結論から言うと、その議論に意味などなかった。


 だが、漠然とした違和感は残り続ける。人の想いは、結果には繋がらない。例え『味方』に引き入れて欲しいと願っている人間でさえ、他者から認められなければ、それは『敵』になってしまう事もあるのだ。


 戦器を向けられる事もある。


 そう、あの不器用な少女のように。




 - 最終章 -




 何だ、この異様な臭気は。


『スカイツリー』に転移した次の一瞬、覚えた感想がそれだった。目を開けば、目の前にあるのは巨大な鉄塔。現実世界でも何度か見た事のある、『スカイツリー』そのものの姿だった。


 しかし、事態は明らかに異常だ。その巨大な鉄塔周辺はシェルターになっており、大小様々な建物が所狭しと敷き詰められている。その建物のあちらこちらから、火が起こっていた。


 感じたのは、火薬の臭い。直ぐに周囲を見回すが、何の原因であるのかは特定する事が出来なかった。パニックになった民衆が、『スカイツリー』周辺を右往左往している。


 何やら叫びながら、尋常ではない焦燥ぶりを見せていた。直ぐ近くに、シェルターへの出入口がある。そこから入って来た人間が事情を聞き、シェルターから出ようとしている――――そうか、どうやら出られないらしい。


 いや、しかし。それだけでは、この騒ぎは起こらない筈だ。一体何が起こっているのか。端々で発生している火が、その原因なのか――……。


「やめろっ!! 離せ!!」


 騒いでいる人間。何者かに掴み掛かられているようだが…………それを見た時、奇妙な違和感を覚えた。


 これまでに見て来た光景と、一致しない何かがある。純粋に、何かがおかしいような。


「おいっ!! こっ――――…………」


 遂に、首裏を強打され、男は気絶してしまった。


 そうだ、バトルスーツ。男の着ているあのスーツは、確かこの世界では、随分と高価なモノの筈だ。俺は『自遊人』である都合上、高価なバトルスーツを装備する事が出来ない為、知識も少ないが。その男が、得体の知れない鎧に身を包んだ男にやられている。バトルスーツと言うよりは、中世の騎士が身に纏うような鎧だ。それとも、あれは装飾品で、内側にバトルスーツを着込んでいるのか。


 装備からして、男のレベルもかなりのものだと思って良いだろう。……それが、このような状況になっているとは。鎧の男は覆面をしているので、その素顔を確認する事は叶わないが。


 と、云う事は。『スカイツリー』の大通りに棒立ちだった俺は走り、近くの物陰に隠れた。


 人々が『スカイツリー』から逃げたいのは、恐らく鎧の男が彷徨いているからだろう。為す術もなく、次々に捕まっている。建物の内部で発生している火は、中に居る人間を外に炙り出す為か。


 入る事は出来るが、出る事は出来ない。まるで蟻地獄だ――……何かが起こっているのは分かっていたが、まさかこのような状況に陥っていたとは。


 この世界で一流の人間でさえ、いとも容易く捕まっている。俺など、太刀打ち出来ないだろう……例え可能だったとしても、この場で目立つ行為は避けなければならない。


 仕方が無い。熱りが冷めるまで、一度別の街に避難するしか無いだろう。例え『アルタ』のように潰されていたとしても、捕まる事よりはましだろうか。


「…………と。まあ、そうだよな」


 そう思い、プレイヤーウォッチを確認したが。俺の転移機能も使えなくなっていた。……恐らく、マップ移動のライブラリそのものが使用不可能になっているのだろう。


 物陰から再び、俺は捕まった男を確認した――――が、居ない。何処かへと転送されたのだろうか。先程の男は、既に別の人間をターゲットにしている。


「一体、何なんだ……!! 何で俺達を襲うんだ!!」


 別の男がターゲットになり、鎧の男に向かって叫んでいる。鎧の男は…………当然、無視か。


 このまま、この場所に居ても仕方が無い。当然、この場所も捜索されるだろう……何処か、隠れられる場所を探さなければ――――…………




 その瞬間、俺のスマートフォンが鳴った。




 一瞬の出来事だった。普段からマナーモードにしており、音は鳴らない筈のスマートフォン。聞いた事もない、奇妙な電子音が鳴り響く――……近くに居た数名の鎧男が、こちらを振り返った。


 慌てて、俺はスマートフォンを取り出した。着信相手は…………城ヶ崎。


「くそがっ…………!!」


 踵を蹴って、その場を離れる。我先にと、全力で走った。表通りは危険だが、近場は広々としていて、居場所がばれれば隠れる場所が無い。速度で躱さなければ厳しい……!!


 人を避け、鎧男から逃げる。だが、当然走れば先には鎧男が居る。誰もが俺を追って来る訳ではないが、応援を呼ばれれば瞬く間にこちらが苦しくなる。


 走りながら、とにかく鳴り続けるスマートフォンを通話状態にした。音以外は正常だ――……これも、何か細工がされているのか。


『…………城ヶ崎か!? どうした!!』


『恭一か!? 今、そっちに居るのか!?』


 電話越しに、慌てている様子だ。城ヶ崎の番号は、終末東京世界のものではなかった。……ならば、何をそんなに慌てる必要があるのか。


 俺には余裕が無いのだ。大した用事で無いのなら、早く切らなければ――……そう、思っていた時だった。




『テレビ放送がジャックされてんだよ!! ミスター・パペットが映ってる!!』




 思考が止まった。


 近くには、モニターなどない。ログアウトする事は叶わない――……ならば、仕方が無い。俺は意を決して、もうもうと煙の噴き出している窓から、建物の中へと飛び込んだ。


「おおっ――――!!」


 飛び込んだ瞬間、頭上から鉄骨が落下して来た。身体を屈め、どうにかそれを避ける。


 大丈夫だ。バトルスーツを着ているのなら、そう酷い怪我にはならない。プレイヤーウォッチは使える。『リザードテイル』のストックも余っている。視界の悪い建物内の方が、奴等を撒くには向いている。


 心臓が、激しく動悸していた。これまで様々な状況に立ち会ったが、自分だけがターゲットになって狙われるのは、初めての経験だった。『ヒカリエ』の時とは違い、仲間が居ない――――それが、これ程にプレッシャーを与えるとは。


『お、おい!! 恭一!! 大丈夫か!? そっち、どうなってんだ!!』


 騒音にだろう、城ヶ崎が慌てたような声を漏らす。だが、返事をする余裕は無かった。スマートフォンを握り締め、視界の悪いショッピングモールをひた走る。


 鎧男は…………振り返ると、既に連中は追っては来なかった。広場には、まだ大勢の人間が逃げ惑っていた。彼等を捕まえるのが先、という見解だろう。


 俺はようやく、上がった息を整え、煙を吸わぬように姿勢を低くした。


「…………大丈夫だ。ちょっと、騒動が起きているだけだ」


 何処かから、音が聞こえる。物が燃える音ではない……俺は散らかされた通りを歩き、音のする場所へと歩いた。


 聞き覚えのある声だ。その昔、懐かしかった声。今となっては、聞くだけで緊張を覚える声。


『全国の諸君、これを見てくれているだろうか? …………私は、ミスター・パペット……神の操り人形。失われた記憶の幻影』


 柱を、越えた。


 家電売り場。その前面にあるテレビモニターに、よく知る姿が映っていた。場所は、スカイツリー最上階。窓越しに広がる空に、渦巻く雲が映っている。


 手前に居るのは、ミスター・パペットだ。その向こう側には、ホログラムのような三角錐の光るドームがある。半透明のドームは中が見えるようになっており、その向こう側には幾つもの人が捕縛されていた。


『始めに言っておこう。これは、イベントではない。ドッキリでもない……政府を出せ。今から四十八時間以内に、裁判に掛けられた次の事件の判決撤回を要求する』


 何だ……? ドームの中から、一人の男が登場した。あれは…………!!


『さて。彼は、裁判官だ。ご存知の方も多いのではないかと思う……嘗て、『ファンタジア』と呼ばれるゲームの開発が進められていた。その時の事件だ。『エンジニア失踪事件』……オンラインゲームで人は死ぬことは無いという、判断を下したのが彼だ』


 紹介の通り、あれは怜士兄さんの事件の時に関わっていた裁判官だ。酷く怯えている……禿げた頭に、滝のように汗を流している。両手は後ろに……手錠を掛けられているようだ。


『闇に隠れたゲームの本質を見誤った。木戸怜士の死亡を殺人ではなく、行方不明として判断を下してしまった。可哀想に……今ここに、証明しよう。このように、ゲームでも人が死ぬ事はあると』


 ミスター・パペットは、懐から銃を抜いた。それを、男の眉間に向ける。


『やっ……やめろ!! 私が悪かった……!! お前は…………』


 思わず、双眸を見開いた。


 画面上に展開されている状況が、信じられなかった。ミスター・パペットは、何の躊躇も無く、男に向かって引き金を引いたのだ。


 男の眉間から、血が噴き出した。まるで映画か何かのようにも見えたが、それはある意味で最もリアルなパフォーマンスだった。当然ログアウトされる筈も無く、リセットもされず、男は地面に崩れ落ちた。


 何だ、これは。これではまるで、立て篭もり事件ではないか。


 立て篭もり事件。


 そのキーワードに、神経が反応した。


『おい、恭一……!! どうなってんだ!? ログアウトは……!!』


 立て篭もり事件。打って付けだ。サーバが何処に置いてあるのか分からず、顔も公開されない。加えて、今この瞬間に『一度ログインすれば最後、二度とログアウト出来ない』という現象まで証明されている。


 現実世界の如何なる場所よりも遥かに安全だ。この世界をコントロール出来る立場に居る以上、この場所でミスター・パペットに敵う者は、理論上存在しない。


 モニターの向こう側、半透明のドームの中には、トーマス・リチャードの姿も確認出来る。確認する事は出来ないが、ニコラスが居る可能性もあるのか。


 俺は一人、奥歯を噛み締め、モニターを見ていた。最早これは、ゲームではない。これは――……


『では、ゲームを始めよう』


 これは、テロだ。



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