表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末東京で、俺は戦器を握らない  作者: くらげマシンガン
第一章 『アルタ』編
3/54

第二話 リオ・ファクターと自遊人

 ぎこちない笑みを浮かべて、エリザベス・サングスターは俺に笑い掛けた。とうに声に出して語られることの無かった言葉は、俺に僅かな疑問を生じさせたが、しかし。


 気が付けば俺は、聞くタイミングを失っていた。


「良かった、サングスター……さん? 俺達処女なんだよ、今ゲーム始めたばっかりでさあ。良かったら教えてくんねーか?」


 何故、年頃の娘に向かって『処女』等という単語を使うのか、城ヶ崎を小一時間問い詰めたい。


 年齢は十八くらいだろうか。歳を取っていたとしても、二十歳を過ぎているようには見えない。女性の年齢なんて、外見だけで判別が付くようなものではないが――……彼女は初めて城ヶ崎を見て、軽く笑った。


「リズって呼んでください。周りでも、そう呼ばれてるから。……えっと」


「俺は城ヶ崎仙次郎。んで、こっちは木戸恭一。適当に呼んで。敬語も要らねえよ。慕われるような人間じゃねえし」


 発言はどこか軽いが、取っ付き易い人柄は城ヶ崎の良いところだ。俺も初めてネットゲームに触れた時、城ヶ崎には世話になった。


 少女は――――リズはどこか困ったような笑顔を浮かべて、軽く身を捩らせた。底の厚いサンダルで石畳を軽く踏み鳴らし、金色の長髪に手櫛を通す。


「……じゃ、じゃあ、恭くんと城ちゃんで良いかな」


 その真意には、当然手が届く筈もない。


 先程まで爽やかな笑顔を浮かべていた城ヶ崎は、リズの発言に刹那、目が覚めたかのように真顔になった。心なしか、リズと城ヶ崎の間を冷たい風が通り抜けたような気がした。


 リズに聞こえないように城ヶ崎は小さく呟いて、俺の脇腹を小突く。


「恭一。……こいつは参ったぜ。俺的に美女の『ちゃん付け』は捨て難い」


 心底どうでもいいと思った。


「……あれ? 駄目、かな?」


「惜しいな、リズリズ。そこは『仙ちゃん』にしないかい?」


「なんか煎茶みたいで、言い辛いかなと思って」


「確かに!!」


 二人のろくでもないやり取りに少しだけ苦笑して、俺は広場を出て、通りへと向かった。


 花崗岩の石畳で道が舗装されている所は広場と同じ。自動車が横に四台は並ぶ広い道の向こう側には、鉄筋コンクリートで組まれた無骨な建物が鎮座していた。その建物は明らかに大きく、頭一つ飛び抜けて異質な空気を纏っていた。


 通りの脇に整列した、時代性も建築技術もまるで統一されていない建物。それらから考えても、一味違う。


 車は走っていない。異質な建物に対して、大通りの反対側は天井へと続く円筒状の建物が聳え立っていた。これもまた窓はないが、何処か高層ビルのように見えなくもない。


 近場に見える建物の中には、明かりがある。という事は、電気は通っている。という事は、どこかに発電所があるという事だ。


 目視で地下都市の外壁が確認できる程度には制限された空間の中に、住宅地、消費者向け店舗、会社、発電所に湖。これだけの設備が揃っている。この様子からすると、空調やガスの存在もあると考えて構わないだろう。


 素足で地面を歩くと、ひんやりとした石の感覚が伝わってくる。


「地下都市『アルタ』。ちょうど、この世界では新宿に当たる地下都市だよ。……まだ、実感が湧かない?」


 通りに出た俺を追い掛けるように、リズと城ヶ崎が付いて来る。辺りを眺めている俺を見て、リズはそう言った。


 俺は左腕の時計からステータスウィンドウを呼び出し、装備欄を表示した。頭、身体、武器、防具、靴、アクセサリー、そして戦型ドライバ。七種類の装備欄から、靴の項目を選ぶ。


 表示された選択肢の中から、『革の靴』を選択した。足下が白い光で覆われ、先程まで素足だった俺は『革の靴』を装備する。


「えっ……知ってたの?」


 リズが驚いていた。……言い出したのは本人だろうに。


「ステータスウィンドウを見て、『武器や防具はちゃんと装備しないと効果が無い』って言ったじゃないか。ゲーム開始時に提供される装備品があるって事だろ」


 城ヶ崎はぽかんと口を開いて、直後に慌ててステータスウィンドウを開いた。改めて装備の部位を選ぶと、全ての部位に何かしらの初期装備がある事に気付く。


 現実世界から引き継がれた装備もあるので、今の俺に必要なのは靴くらいのものだったが。


「驚いた。……まさか、その一言で理解して貰えると思わなかったよ」


 ステータスウィンドウから装備をするのはRPGの基本という事もあり、別に大した事ではない。


 リズの言葉にどう反応して良いものか分からず、ぎこちなく苦笑した。城ヶ崎が不敵に笑いながら、俺の肩に腕を回す。


「甘く見過ぎだぜ、リズリズ。この木戸恭一って男は数多のゲームで誰にも教えられずに、何の躊躇もなく、最短ルートを当然のように導き出してきた男だ。暗いけどな」


 何故、城ヶ崎が偉そうにしているのだろうか。


 別に最短ルートって訳でもない。知らない事は当然知らないし、俺はエスパーでもない。


 しかしリズは目を輝かせて、俺の事を見ていた。


「すごい…………!! 推理が得意なの?」


 いや……俺はステータスウィンドウを開いて、防具を装備しただけなんだが。


 俺の手を取ると、リズは興奮した眼差しで、上目遣いに俺を見た。どうしても、身長差が気になってしまう――――外出時に敢えて着る必要はない、薄汚れた白衣。夕暮れから夜へと色素の変わって行く空間の中で、俺は僅かに身を引いた。


「……別に、そういうんじゃないよ」


 どうも、こういうのは得意じゃない。


「ところでリズリズ、さっき言ってた『リオ・ファクター』っていうのは何なんだ? リオ子っていうのも、これのことだよな?」


 ようやく、出会い頭にリズが呟いた一言へと戻って来た。『リズリズ』というのは城ヶ崎の中で、既に決定された呼び名なのだろうか。


 そして、この質問によって、城ヶ崎がまるで説明書を読んでいない事が判明した。……まあ元々ストーリーなど読まないタイプなので、今更という事もあったが。


「うん。リオ・ファクターっていう素粒子があってね。質量を伴わないゲージ粒子で、フォトンやグラビトンなんかと同列だと認識されているんだけど。これがね、原子結合を起こした元素を吸引して、別の場所に転移するっていう性質を持った素粒子で」


 城ヶ崎が目を丸くした。……恐らく、城ヶ崎と全く同じ事を俺も考えている。リズは人差し指を天に向けながら、少し楽しそうに話しているが。


「人によって、リオ・ファクターが運べる元素の性質や距離っていうのは決まってくるの。この世界のクリーチャーは、元素移動からのエネルギー変換も単体でやっちゃうんだけど、私達人間にはそれが出来ないっていう前提で組まれてるみたいだから、その為に私達は『戦器デバイス』を使うんだよ。私は今、移動原理を追い掛けているんだけど。転移した元素の移動距離から考えると、ちゃんとルールはあるみたいでね。これには二つくらい仮設があって――――」


 曰く、言語の不一致。リズが何を言っているのか、まるで分からない。


 表情をぴくりとも動かなくさせ、城ヶ崎はリズの事を呆然と眺めていた。その様子に気付いたのだろう、リズはふと目を丸くして、直後に慌てて手を振った。


「ご、ごめんなさいっ! ……とにかく、この世界だけで使える魔法みたいなものだと思って貰えれば、大丈夫、です、はい」


 沈黙が訪れた。城ヶ崎はどう反応して良いのか分からない様子だったし、リズはそれきり、恥ずかしそうに頬を染めて頭を垂れてしまった。


 しかし、これだけ話が出来るということは。途方も無い技術によって創られている世界なのだ、という所だけは、やはり間違いようも無い所なのだろう。


「…………じゃあ、私はこれで。冒険者登録は向こうの『コア・カンパニー』で出来るから。楽しんで貰えたらいいな」


 そう言って、リズは通りの向こう側にある、一際目立つ建物を指差した。……あれは、『コア・カンパニー』と呼ばれるのか。


 若しかして、このゲームの製作者としても関わっているのか? ……そう思ったが、直ぐにそれは違う事に気付く。会話の内容が、製作者という雰囲気ではない。どちらかと言えば、ファンに近いような。


 自分が作ったものに、『みたい』や『二つくらいの仮設』と言ったような、不確定な説明をする事は無いだろう。


「えっ、ちょっと待ってくれよ。ほんと、俺達全然分からないからさ。折角だから、もう少し案内してくれないか?」


 去ろうとするリズを、慌てて引き止める城ヶ崎。こういう時、気軽に『案内してくれ』等と言える城ヶ崎の事を、少しだけ頼もしく思わない事もない。


 リズは城ヶ崎に手を取られ、少しの間、悩んでいた。俺はそんな二人の様子を、黙って見ていた。良い意味で言えば快く、悪い意味で言えば厚かましくリズを誘う城ヶ崎に、リズは暫しの間、憂いを帯びた瞳を見せた。


「…………私、つまんないよ?」


 どうして、そう思ったのだろうか。


「つまんなくねえよ。すっげえ変なキャラじゃん。俺、変な娘大好き。友達になろうぜ、なっ?」


 普段通りのテンションで話す城ヶ崎に、少し気不味そうにしながらも、リズは頷いた。人懐っこい城ヶ崎の性格は、しかし言葉の噛み合わないエリザベス・サングスターを引き込む程度には、充分な力を持っていたらしい。


 リズの内側に隠されているものを、俺は敢えて聞かない事にした。




 ◆




 リズは俺と城ヶ崎を引き連れて、地下都市『アルタ』の中心公共施設と名高い『公共施設アルタ』――つまり、この地下都市の名前を引き継いだ公共施設という訳だ――大通りの向こう側にあった灰色の建物へと、俺達を誘った。


 時間の概念を忘れないようにする為か、大通りを歩いている内に夕暮れは暗闇へと変化し、通りの街灯が辺りを照らす迄になっていた。


 リズの話に拠れば、地下都市の名前を引き継いだ公共施設は『コア・カンパニー』と呼ばれ、数多のカンパニーの上位に位置付くらしい。その『カンパニー』で働く人間は地下都市そのものが無くならない限り仕事を失う事が無いので、他よりも収入が安定しているというメリットがあるようだ。


 まあ、現実世界で言う所の国家公務員のようなモノなのだろう。


 もう一つ、興味を引かれる内容もあった。地上さえ経由すれば、他にもシェルターはあるらしい。様々な説があるが、初めにログインした時に転移される地下都市は、今のところランダムなのではないかという噂だ。


 灰色の建物に入ると、極端に高い天井が目に入る。室内に居るという事を一瞬ではあったが、忘れてしまいそうになった。


 大通りを歩いていた時と違い、コア・カンパニーの建物内を歩いている者は、殆どが武装している人間ばかりだ。リズは俺達よりも一歩先に出て、俺達に室内を紹介するように、片手を広げた。


「ようこそ、『コア・カンパニー』へ! ここで冒険者登録をして、所属する『カンパニー』を探すんだよ」


 冒険者とは、地上に繰り出してクリーチャーと戦う職業のことだ。カンパニーに雇われ、進化した動物のアイテムを持ち帰って換金したり、各地の『シェルター』間を行き来もする。


 言わば、リスクを負う代わりに給料も良い仕事。世界を開拓するための職業、というわけだ。


「リズちゃん、一応聞いとくけど、『カンパニー』てのは……」


「『カンパニー』というのは、この地下都市に貢献する法人団体のことだよ」


「うへえ、法人…………やっぱり、俺は『労働者』なのか……? 俺も自遊人が良かった……」


 その言葉を聞いて、城ヶ崎が堪らなく苦い顔になった。楽しそうなリズとは対称的だ。


「そもそも『冒険者』って、この世界では一番に死のリスクを伴う職業だからね。当然、それぞれの地下都市で厳重に登録、管理をしているんだよ」


 早い話が雇われた兵隊。対象が人間では無いから、遠慮がいらなくなったというだけだ。


 兵隊と言うよりも、『狩人』と呼んだ方がしっくりくるだろうか。


「株式なのか?」


「そうだね、殆どは。ごく稀に投資家が直属で冒険者に資金提供をして、個人運営ってパターンもあるけど……まあ、ないね」


 俺達に向かって丁寧に話を続けるリズの背後から、漆黒のワンピースに身を包んだ女性が現れた。水色の髪とは珍しい……切れ長の瞳に赤縁の眼鏡。ピンマイクを装着している所を見る限りでは、コア・カンパニーの従業員ではないかと思われる。


 厳しそうな見た目とは裏腹に、女性従業員は穏やかな笑みを浮かべて俺達を見た。


「こんばんは、いらっしゃいませ。冒険者志望の方ですか?」


 見れば、ロビーの向こう側にはカウンターがあり、目の前にいる眼鏡の彼女と似たような格好をした人間が並んで立っている。皆一様に女性だったが、彼女等は受付なのだろうか。


「冒険者登録をしたい。どうすれば良いんだ?」


「では、ステータスカードを拝見させて下さい」


 言われた通りに時計型の装置からステータスウィンドウを開き、画面を表示させた。受付嬢の一人と思わしき女性は俺と城ヶ崎のステータスウィンドウに表示された、QRコードのような――バーコードを二次元にしたあれだ――部分に、青色のライトを当てた。間もなく電子音がして、俺と城ヶ崎のステータス情報は読み取られたようだった。


「では処理をして参りますので、あちらのカウンターにてお待ちください」


 示された先はカウンター。受付嬢が十人程度、身体の前で手を合わせて待機している。俺達は示されたカウンターへと向かった。


 床の材質はリノリウムだろうか? 正方形のパネルが敷き詰められている。窓はなく、天井は吹き抜けのように見えるが……よく見ると、僅かに光を反射しているのが分かった。強化ガラスが嵌め込まれているのか。


 今一度、腕時計で時間を確認した。


 そろそろ二十時を回る頃だ。にも関わらず、コア・カンパニーには人が増え続けている。入って来た時からまだ幾らも経っていないが、広いロビーに座り込んで話をしている者、カウンターで俺達のように冒険者登録をしている者、自分のステータスを確認している者など様々だ。中には、手に入れた武器防具を露天商か何かのように並べて、真剣に物色している者の姿もあった。


 どうやら、ゲームにログインした人々が待ち合わせる場所でもあるようだ。


 不意に、ロビーの隅で立ち尽くし、頻繁に時計を見ている女性の姿を発見した。


 ふわふわとした亜麻色の猫っ毛に、おっとりとした垂れ目。薄桃色のカーディガンを羽織った女性は武装するでもなく、自身の時計と入口とを交互に見ている。スマートフォンを取り出して、何やら操作をしている……人を待っているのだろうか。


 それにしても、外見に反して慌ただしい女性だ。


「お待たせ致しました」


 忙しくスマートフォンを操作している女性から視線を外し、カウンターへと戻って来た受付嬢を前にして、俺は手渡された紙を見た。


 ……冒険者登録書。読む内容が殆どのようだった。抽象的規定が先に総則として纏められている、所謂バンデクテン方式で記述された契約内容は、如何にもそれらしい。


 これはゲームだ。あまり重視せず、さらりと眺めて二枚目へ。冒険者と扱われる事に関しての内容が主立っている。実際の雇用契約は、各種カンパニーで行うのだろう。


 死んだ場合の扱いに関しては、死体は探されない旨の記述の下に、小さくゴシック体で『プレイヤーはログアウトされるので、ご安心ください』という注意書きがされていた。凝っているな。


 名前を書いて、三文判の代わりに指紋認証システムに指紋を登録する。提出すると、受付嬢は穏やかな笑みで頭を下げた。


「ありがとうございます。本日から木戸恭一様、城ヶ崎仙次郎様の二名は、地下都市『アルタ』の登録冒険者となりました。これからリオ・ファクター適合率を算出頂き、それを基に各『カンパニー』へと就職面接を行って頂きます」


 城ヶ崎が福笑いも裸足で逃げ出す程に面白い顔になった。どうしたらそんな顔が出来るのか、少しだけ聞いてみたい所ではある。


「なあリズちゃん、就職面接ってやっぱり対人……」


「うん、カンパニーの代表をやるのは殆どプレイヤーだよ。ベータテストの時からやってるお金稼ぎに精通した人達が、こぞって投資家になったり、カンパニーを立ち上げたりするんだ。新参の冒険者は大体、そんなカンパニーと雇用契約を結ぶ場合が多いね」


「おい未来の日本ロマン無さ過ぎだろ…………」


 愕然とする城ヶ崎。しかし、取扱説明書が語っていた内容からして、柔和な雰囲気のゲームで無いことは一目瞭然だった筈だ。これは城ヶ崎のミスチョイスとも言えるだろうか。


 俺自身は世界設定に現実味を覚えて、少しだけ興味が湧いてきたという所なのだが。つくづく、人の感じ方考え方など十人十色なのだと思わせる。


 受付嬢に案内されるままに、カウンターの両脇にある通路から、更に奥へと目指す。項垂れる城ヶ崎を横目に、俺はリズを一瞥した。


「リオ・ファクター適合率ってのは、何なんだ?」


「基準値以上のリオ・ファクター放出能力が有るかどうか。この世界に入った時に決まる設定値で、体内のリオ・ファクターをどれだけ戦器デバイスに補充出来るかどうかの測定値だよ。レベルが上がれば扱える許容量は上がるけど、初期の段階からある程度の素質は測れるから」


 リズの説明は丁寧だったが、何も考えずに飲み込む事が出来るほど容易でもなかった。奥のエレベーターから上階へと移動し、更に受付嬢は先へと進んでいく。


 俺達も、後を追った。


「でも、リオ・ファクターの放出能力が高いだけでは駄目なんだけどね」


「どういう事だよ?」


「まあ、測ってみれば分かるよ」


 喋っている間に、受付嬢が立ち止まった。『使用中』ランプの消灯している部屋の前に立ち、ノックをしてから中に入る。


 人がすっぽりと収まる程度のカプセルに、測定器と思われるコンピュータが一台。クリニックで受ける健康診断のような簡易さと、日常ではあまり見ることのない大型測定器が混在していた。


 測定器に入ると、扉が閉まる。電子レンジの中に入ったような、不快な音がした。


「ありがとうございました。この検査結果を、是非就職面接にお役立て下さい」


 カプセルに入ること、およそ五分。


 結論から言うと、俺の体内におけるリオ・ファクター含有量は、基準値以上の位置にいるらしい。色々と七面倒な話はあったが、つまりリオ・ファクターというのはマジックポイントのようなもので、特殊な能力を使うためのポテンシャル。又の名を精神力と呼ぶようなものだ。


 但し、俺の場合は如何にリオ・ファクター含有量が高くても、冒険者としてのリオ・ファクター適合率は殆どゼロ。曰く、使い物にならない人間、ということだ。


 その理由は単純で、俺の職業が『自遊人ニート』だからだ。ゲームを始める時に決定されるらしいが、この職業に認定される者はリオ・ファクターが移動時に吸引する『元素』とやらを指定できない。


 リオ・ファクターそのものは、直接的なエネルギーを持たない。言ってしまえば『リオ・ファクター』にも属性のようなモノがあって、この世界における『無属性』は、言葉そのままに能力を持たない事を意味するらしい。


 早い話が、魔力は高いが扱える魔法の種類がゼロ、という事だ。


 魔法における、『威力』と『属性』。この二つのベクトルが両方基準値以内に入って、初めて使える冒険者として、各種『カンパニー』に認められる可能性が出て来る。


 まあ中には人間的な能力で、就職面接をパスする輩も居るらしいが――……少なくとも、俺と城ヶ崎には無理だ。


 この情報を受付嬢から聞いた事で、改めて俺の中に、或るひとつの結論が誕生した。


 職業『自遊人』……リオ・ファクターの元素指定能力が皆無。


 アビリティ『負け犬の勘違い』……体内のリオ・ファクター含有量について、成長率が上がる。


 検査室を出て、俺はロビーに居る城ヶ崎、リズと合流した。城ヶ崎が右手に持っている検査結果の紙をひらひらと揺らしながら、俺に空虚な笑みを浮かべた。


「マジMP低いわ。使えねー……どーだった、自遊人さんは」


 この様子だと、こいつもリオ・ファクターの適合率が低かったみたいだな。


「まるで駄目だ、お前と同じだよ」


「え、そんな事ないだろ? 覚えてるぜ、お前のアビリティは」


 城ヶ崎の言葉を聞き終える前に、俺は城ヶ崎の額にリオ・ファクター適合率検査結果の紙を押し付けた。


「オフッ」


「見てみろよ。お前なら欲しいか? MP高くて技覚えない魔法使い」


 視界を奪われながらも、俺の検査結果を受け取る城ヶ崎。


 どうやら、『自遊人』という職業は冒険者の中ではあまり使い道のない職業のようだ。ニートと表現される所からして、何となく理解している事ではあったが。


 自由。気楽。故に何か特別な能力を持つ事はなく、今後スキルを身に付ける事も無いのだろう。


「冒険者における『自遊人』って、『リオ・ファクター』に恵まれず、カンパニーにも所属せず、一攫千金を狙って冒険者になるっていうモチーフだからね……そもそも珍しいし、不遇な所はあるんだよね」


 リズが言うには、そういう事らしい。


 なるほど、確かに世の中にはそういう輩も居るだろう。薄々気付いてはいたが、随分と毒のある世界設定だ。思わず苦笑してしまいそうになるが、アビリティ『負け犬の勘違い』を見た時に感じたような気持ちは、抱いていなかった。


 ランダムで決まり、優秀にも劣等にもなる。そのゲームらしさに、始めの時ほど現実味を抱いていないのだろう。


「あ、あの、恭くん」


 出入口へと向かう俺を、リズが追い掛ける。俺は振り返って、顔だけをリズに向けた。


 ターコイズブルーの瞳からは、不安気な感情を読み取る事ができた。……俺が落胆したと思っているのだろうか。


「リオ・ファクターの適合率ってのは、所謂『強さ』みたいなものに直結するのか?」


「…………うん。正直に言うと、あんまり望みは……ない」


 彼女がこうもはっきりと言うなら、このゲームにおいて『リオ・ファクター』適合率というものは、実際の権力に匹敵する類のものなのだろう。


 この状況にどういう感想を覚えるかと聞かれたら、特に何の感想もない、と答えるしかない。


 まだ、終末東京の世界に対して俺が理解出来ていることはあまりに少ない。『リオ・ファクター』適合率が大きく影響を与えると言われても、具体的にどう影響を与えて行くのかの判断材料がない。


「でも、私もあんまり適合率は高くないし、それはそれで楽しめる道もあると……思う」


 だから、俺は引き留めるようなリズの言葉に、どう返答すべきなのか、暫しの間迷っていた。


 良いんじゃないだろうか。弱くても。


 漠然と、そう思う。


 少なくとも、この世界に来てから今まで、退屈はしていない。心中でそのような事を考え、出入口の自動扉を開かせる。乾燥した外気が室内に入ると同時に、星のように光り輝く照明を眺めた。


 城ヶ崎はバイトがあるから、時間に制限があるが。俺は現実世界で縛られる要素は一つも抱えていない。気楽なものだ。


 腹が減れば食べられる、眠くなれば寝られる。そんな世界で、敢えて『向こう側』に戻る理由も無いだろう。


「ま、ちょうど良いんじゃないか。目立たず、持て囃されず」


「えっ」


 まあ、通常ゲームにおけるアイデンティティは、やはり強さが大半を占めるからな。強くなければゲームをやる意味などないと、大半の人間は思うのかもしれない。


 だが、そんな事よりも俺は、この未知の世界そのものに対して僅かに興味を抱いていた。


 どこまで現実世界と酷似していて、どう違うのか。やはり、どこかにバグや裏技のようなものもあるのか。一見する限りではよく出来ていて、およそ抜け道など何処にも無いように見えるが。


 城ヶ崎が俺の検査結果を見て、愕然としながらも俺に付いて来た。


「いやー、俺、自遊人じゃなくて良かったわ……」


「もう職業とアビリティが噛み合わ無さ過ぎて、ウケるレベルだよな」


「恭一でもウケる事あんのか……」


 予想外が過ぎる返答をされて、言葉を失う俺だったが。……まさか、城ヶ崎には無感動な人間のように見えているのだろうか。


「なあ、こいつが弱いとレベルも上がらないんだろ? どうするよ」


「『そういう楽しみ方』をしなければ良いんじゃないか?」


「えっ?」


 それこそ、ゲームに対する楽しみ方など、人によって様々だ。最短攻略を突き詰める事を趣味とする人間も居るし、隅々まで確認する事を趣味とする人間もまた、存在する。


 だから、俺の答えは一つだ。


『良い、暇潰しになるのではないか』。


 若しもこれから車や飛行機のように、素早く移動する手段を持つことが出来るのなら、終末東京の世界を隅から隅まで旅してみるのも面白いのかもしれない。


 何しろ、疲れたらログアウトすれば良いのだ。家に帰るまでおよそ五秒、こんなにも気楽な旅が嘗てこの世にあっただろうか。


 未だ出入口の向こう側に佇んで、呆けて目を丸くしているリズに向かって、俺は微笑んだ。


「逆に少し、興味が湧いたよ」


 その言葉を聞いて、落胆していたリズの瞳に活気が戻ったのは、確認せずとも分かる事だった。


 なんとなく。


 何かをやり直せる気が、していたのかもしれない。


「――――へへ、良かった」


 瞬間の出来事だった。


 地下都市『アルタ』全域が突如として赤色の照明に染まり、警報が鳴り響いた。唐突な出来事に驚いて、思わず上空を見上げてしまった。


 見れば、近場に居た誰もが上空を見上げ、きょろきょろと辺りを見回している。その様子に、咄嗟に危機意識を覚えた。走行中の救急車に良く似た音は、知らず人の焦燥感を掻き立てる。


「リズ。……状況を説明出来るか?」


 装備を充実させた、熟練者と思わしき人間達も驚いている。それがつまり、どういう内容を示しているか。


「た、多分緊急警報だから……避難しろって事だと、思う」


 ――――只事じゃない、ということだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ