第二十八話 信じよ、されば道は開かれん
夜が明ける。とうに眠れず、ララと二人きりになってしまったホテルの一室で念仏のように策を唱えながら、朝を迎えてしまった。緊張の為か、それでも寝惚けたり疲労を感じたりする事無く、俺は生きた推測をある程度、積み上げる事が出来る迄になっていた。
まず、一つ。『ヒカリエ』に到着してから、仮装パーティーに至るまでに一体何があったのか。それを思い返す事で、相手が俺達の行動を特定した方法については、僅かな自信を持てる程度の予測は付いた。
次に、一つ。それぞれの『プレイヤーウォッチ』が消えた事と、ミスター・パペットが消えた事。この二つには、共通点があると気付いた。何れの場合も、人間業ではない芸当だと一度は考えた……しかし、よく考えて見れば、ゲームに潜む抜け道で無くても、あれを遂行する方法はある。
相手の視点で考えていたから、気付かなかった。
「――――幻覚?」
ララの問い掛けに、俺は頷いた。
昨夜からずっと部屋で眠っていた野良猫が、目覚めると俺の近くに寄って来る。俺はその猫を抱きかかえ、背中を撫でながら言った。
「仮装パーティーの中に居た連中は、殆どの人間が酔っていただろうから、気付く可能性は低いかもしれない。でも……俺は、完全に素面のままで、ミスター・パペットが現れる瞬間に遭遇していたんだ。あの手前、俺は何か異様な眠気を感じていた」
半分程眠ったような状態になり、不意に目が覚めた時に奴が現れた。喧騒の中で眠くなる事などない、と思っていたにも関わらず。
「その時、奇遇にも隣に居たコイツも眠っていた。……だから、きっと仕掛けられていたんだ」
何か仕掛けるとすれば、あのタイミングでしか無かった。予想出来る中で、連中に手を出す事が出来そうなモノは限られている。
だから、その推測はある程度正しいだろう。
「……なるほど。だからこそ、『密室』を狙ったんですね」
俺は頷いた。
「でも、NPCになったというのは……」
「その具体的な方法については分からない。でも、仕掛ける時間を作ることは出来るとしたら、ってとこだ」
集団が揃ってNPCになるようなアイテムが存在するとは思えない。そういった意味で、ミスター・パペットの『このゲームを乗っ取った』という台詞は、あながち嘘では無いのかもしれない。
開発側の人間が混じっているのか――……しかし、この場では何を考えた処で、推測の域を出ない。
「仮装パーティーであれば、スキルを使ったとしても、使用者を特定する事は出来ない。更に、複数人数で動く事もできるからな」
或いは、仮装パーティーを運営していた連中が作戦に加担していた可能性も否定出来ない。そう考えた時、ララが首を傾げた。
「複数?」
「ああ。確かに、そう言っていたよ」
気付いているのかいないのか、連中は知らずのうちに決定的な情報を俺に与えていた。
『たった今、終末東京世界における全ての通信手段及び、『ヒカリエ』からの脱出は不可能になった。君達から奪った『プレイヤーウォッチ』は、消えた訳ではない。サーバトラブルでもない……このゲームは、一時的に我々『ミスター・パペット』の一団が乗っ取らせて貰った』
確かに、我々ミスター・パペットの『一団』が乗っ取ったと、そう言ったのだ。これが嘘の可能性は、かなり低い。
そう考えたのは、情報を公開する事の意味について追求したからだ。仮に大人数だと思わせておいて、実は一人だったと言うような場合に、仮装している人間が相手ではメリットが無いのだ。
大人数だと錯覚させる事で得られるメリットとは、『誰が首謀者なのか分からない』という優位性だからだ。
つまり、あの状況でミスター・パペットは、自身が集団であると公開する事にデメリットは無いと判断していた、と考えられる。しかし、これは俺に取っては大きな情報だ。
この『ヒカリエ』において、壇上に立っていたミスター・パペット以外に、まだ協力者が最低数名は居る、と考えられるのだから。
「でも、武器の無いこの状況で……どう戦いますか?」
「そう、ここからが本題なんだが……」
奇遇にも、俺達は二人ともバトルスーツを着ている。ララはボウガンと短剣を併せ持つ変則的なスタイルだが、今回は短剣のみを装備している。戦器は何時でも出せるように、服の中に隠れている。俺も敗者の拳を何時でも振るえる状況だ。
活路があるとすれば、俺達が協力して『大聖堂』に向かう以外にない。
「……まず、外の状況について説明する」
「は、はいっ! ……って、見てないのに分かるんですか?」
「まあ、大体はな」
先ず、多くの人間は仮面を付けたままでいるだろう。本日の午後零時まで、全てのプレイヤーは互いに脅威と成り得るからだ。ミスター・パペットの用意した企画とは、即ち『ヒカリエ』全体をフィールドにしたサバイバルゲーム。
初めは全てのプレイヤーがNPCになる。アイテムを五つ集めて『大聖堂』に持って行く事でゲームをクリアし、晴れてNPCからプレイヤーの称号を取り戻す事が出来る。そうすればNPC設定が解除され、『プレイヤーウォッチ』が自身の手元に戻って来る為、ログアウトも可能になる、と云うものだ。
しかし、アイテムの譲渡は許されない――……これは五つのアイテムを犠牲にする事で、二名のNPCが両者合意の上でアイテムを交換し、互いにゲームクリアする、という抜け道を潰す為のもの。
そんな事が可能になれば、アイテムは所構わず行き来する事になってしまい、誰もがすぐにゲームをクリアしてしまう。
つまり、アイテムを手に入れる為には何らかの方法で誰かを『殺して奪い取る』しか無いと云う訳だ。そうなれば、プレイヤーウォッチの存在しないこの状況で、装備しているアイテムは誰の目にも隠されていた方が良い。顔も見られれば、何処かから個人情報を特定される恐れがある。素のままで歩く人間は少ないだろう。
だが、この『殺して奪い取る』方法に敢えて限定させたのは、別の理由がある。プレイヤー同士のアイテム交換が可能になってしまえば、肝心の『ヒカリエ内でのアイテム捜索』という所業が達成されない、というものだ。
ララの表情が、初めて驚愕のそれに変わった。
「そ、そんな事を考えていたと……!?」
「ミスター・パペットを、あまり舐めない方が良い。俺達が思い付く事くらいは、策の範疇に含めているはずだ」
そう、このゲームには幾つかの狙いが含まれており、そのうちの一つが『デッドロック・デバイスの捜索』だ。
助かる為にはNPCを殺す以外に無く、NPCを殺せば二度と生き返らない。この場合、現実世界に存在するプレイヤーが死去する事になる――……それが犯罪である事は、誰の目にも明らかだろう。ともすれば、必死で路上に落ちているアイテムを探し回るしかない。路上に落ちているものでは無くても良い。考えられる限り、最も有効な手段となるものは。
俺は人差し指を突き立て、それをララに見えるように地面へと下ろした。
「住宅街。NPCの住まう家をターゲットに、強盗を企めばいい」
ララの表情が明らかに青く染まる。そこに途方も無い惨劇が繰り広げられるのだと、想像が付いたのだろう。
そう。NPCと変化したプレイヤーを殺してしまえば、犯罪になる。だが、ミスター・パペットはゲームをクリアする為の条件に、『大聖堂内に居る全てのプレイヤーからアイテムを奪う』と制限しなかった。それはつまり、『ヒカリエ』内のモノであれば、何でも利用して良いと言外に示している。
真っ先に狙われるのは、住宅街だろう。だから俺達はこの場所に、ある程度滞在していて問題は無いし、衣装を持ち出した椎名や遥香姉さん、明智も直ぐには襲われない。
「…………つまり、これは昨日の『仮装パーティー』の続き、と云う訳ですか」
「ご名答。……好き好んで顔を晒す人間は居ないだろうが、この場合は特にな」
殺戮を犯すのに、わざわざ顔を見せる必要などない。今この瞬間から、全てのプレイヤーは仮装をしていないNPCに襲い掛かる殺し屋集団になるのだ。
俺は敗者の拳をポケットに詰め、カーテンの隙間から外を眺めた。
そこまで分かれば、戦略も立てようがある。
参加しているプレイヤーの心理状態から、このゲームをどういった手段で攻略するか、幾つか種類が考えられる。
先ず、先程から話している『NPCを襲うプレイヤー』。これは人から人へと飛び火し、あっという間に『ヒカリエ』全域に広まるだろう。
だが、この手段が通じるのは精々始めの一時間程度だ。何故なら、現状ではNPCとプレイヤーを見分ける手段が『仮装をしているか、していないか』しか無いからだ。
攻撃を仕掛けて来るのが仮装をしているプレイヤーなのだと分かれば、NPCも仮装を始めるに違いない。そうすれば、誰もが左肩にNPCマークを背負っているこの状況で、誰が本物のNPCでプレイヤーなのかを判断する事は、極めて難しい。
精々髪の色で判断する程度だろうが、犯罪の根拠が掛かって来るとすれば、手を出す人間は少ないだろう。
「だが、少ないかもしれないが、確実に攻撃を仕掛けて来る人間は現れる。……しかもそれは、今日一日の終わりが迫る程に増えて行く筈だ」
どうやら、ララも気付いたようだ。
「時間制限――――…………!」
何しろ、動く事が出来るのは今日一日だけ。余りにも短い時間制限を、ミスター・パペットは用意した。この時間制限によってプレイヤー達は焦り、捜索は大至急進む事だろう。場合によっては、住宅街に滞在している人間は誰彼構わず殺される運命を辿るかもしれない。
そして第二に、『そんなNPCを襲うプレイヤーを狙うプレイヤー』の存在が居る、と云う事だ。
「そんな……!! それは無いのではないですか? だって、そんな事をしたら恭一さん達の世界では……」
「ああ、犯罪だ。だが、自分の命が掛かっている状況で、他人の命を気に掛けている場合だと思うか? ……時間が迫るたび、抵抗するNPCを殺すより、そんなNPCを狙っているプレイヤーを襲った方が都合が良い事に気付くだろう」
申し訳程度に加えるとするなら、連中は仮装をしている。実際の所、現実世界から調査を仕掛けた時に終末東京での仮装が役に立つのかどうかは不明だが、精神面では少し安心するだろう。
つまり、デッドロック・デバイスの捜索は始めに行われ、程良く全てが捜索され終わった段階で、ゲームは次のステップに移る。
アイテムを持っているプレイヤー同士の、潰し合いが始まると云う事だ。
「そして、その辺りから数の少ない『城ヶ崎仙次郎と、その仲間』の手配書が重要になり始める。俺達は『プレイヤー』だと嘘をつかれているし、殺せばアイテムの有無に関係無くゲームクリアだからな」
プレイヤーウォッチが奪われている状況で、誰を殺した時にアイテムが五つ手に入るのかは、誰にも分からない。……ならば、俺達をターゲットにするのが最もリスクが低く、都合も良い展開だ。だから、アイテムを既に五つ集めているプレイヤーをターゲットにしつつ、本命では俺達の誰かを探しに来るだろう。
さもなければ、この終末東京の世界にNPCとして閉じ込められ、いつ救出されるかどうかさえ定かではない状況に追い込まれてしまう。
この場合、NPCのままでも危険を冒さない方が良いと考える人間も当然居るだろうが、その人種は考慮に入れるべきではない。俺達の標的はあくまでミスター・パペットであり、俺達に立ちはだかる者が壁となるのであって、そうでないプレイヤーに用は無いからだ。
「では、私達はどうすれば……?」
「ここまでの話を通して、首謀者はどこに居ると思う?」
俺が問い掛けると、ララは少し慌てたような顔をして考え始めたが――……直ぐに、その目は頼りない子犬のようなそれに変わった。……話に付いて来ているのか、少しだけ心配になった。
「連中は、デッドロック・デバイスの捜索に人を使っている。それを元に戻すとしたら……」
このくらいは、ヒント無しで気付いて欲しい所だったが。ララは感心したような顔をして、間が抜けた声を漏らした。
「大聖堂……!!」
「そう。アイテムの受け取りに人を使っているかどうかは分からないが、今回の作戦の首謀者は『大聖堂』に居ると考えられる。連中は俺達プレイヤーをNPCに仕立て上げるのに、何らかの方法で手を打ってきた。なら、元に戻す時にその手段が使われる可能性は極めて高い」
「それが、幻覚ですか……」
「まあ、幻覚以外にも毒とか何だかんだ、あるかもしれないけどな。大聖堂でプレイヤーに戻すと言っている以上、主格の人間は大聖堂に居るはずだ」
俺はパーティー内の料理を口にする前に眠気を感じていた。なら、食べ物よりは気体の可能性が高いだろう。或いは、リオ・ファクターが関わっているのかどうかだ。
どちらの可能性もある、か――……
俺はララの着ていた着包みの頭部を掴んで持ち上げると、ララにそれを手渡した。
「……あの、大聖堂だったとして、一体どうするおつもりなんですか?」
まだ、不安でいるのだろう。緊張を解すように、俺は笑みを返した。
「大丈夫だ。安心してくれ」
ララの頬が、僅かに赤く染まる。
思考は澄み切っている。これから先、二十四時間の間に一体何が起こり、奴が何処に居て、何を待っているのか――……目標を達成するまでのプロセスは、全て頭の中に入っている。
だが、恐らく今回も、ミスター・パペットは偽物だろう。『アルタ』『ガーデンプレイス』と続き、奴は慎重に事を運び、決して俺達の前に姿を現さないようにしている。
――――それは、俺に素顔を見られてはいけない、と云う事だ。
城ヶ崎仙次郎は居場所を追われ、エリザベス・サングスターは姿を消した。
たったそれだけが、俺の唯一の気掛かりではあった。
「これから、例え何が起こっても、絶対に俺を信じると約束してくれ。絶対にだ」
○
俺は、今回の作戦においてララ・ローズグリーンを前線に配置することを止めた。
この『ヒカリエ』に居る殆ど全ての人間がNPCになってしまった、という現実はあったが。元よりNPCであるララには、この終末東京の世界こそが生きて行く舞台であり、俺達が今巻き込まれている『ヒカリエ』でさえ、彼女の居場所なのだ。
プレイヤーから差別される環境。俺が味わった事の無い苦痛を、ララはずっと受け続けてきた。それがプレイヤーのエゴなら、言わばNPCとなり、醜くも現実世界に生きる権利を勝ち取ろうともがいているプレイヤー同士の争いに、彼女を巻き込む事は極力避けたいと思っていた。
しかし、ララ以外に仲間が居ない状況で、手伝って貰う事を考慮に入れなければ全滅して終わりだ。その辺りのリスク管理が、今回最も難しい課題となりそうだった。
「……あ、あの。本当に良いんですか? 仮装が無い方が良いって、どういう……」
廊下から入口まで向かう最中、着包み姿のララが問い掛ける。……本当は着包みではなくて、もっと動き易い服装の方が良い。それこそ、椎名やリズのレベルなら、運動量も豊富に出来るだろう。だが、ララは指名手配を受けている人間だ。顔を出す訳には、やはり行かない。
一方の俺は、普段通りの格好だった。扱い慣れたジーンズを前にして、ララの言葉を制した。
「しっ」
外に出てしまえば、もう俺達はゲームに参加した事になる。そうでなくても、時間が経てばこの場所も捜索の対象になるだろうが。
ホテルの受付を覗いて、時間を確認した。
…………午前五時。これが現実世界なら、まだ暗がりに僅かに明かりが灯った程度だろう。にも関わらず、外は仮装をした人間で溢れている。ゲームの開始に合図があるのか分からないが、連中は居ても立ってもいられない様子だ……今日一日の間にどうにかしなければ現実世界には帰れないと言われれば、不安になるのも無理はない。
俺の足下で、猫が退屈そうにしている。
「…………行くぞ」
そうして俺達は、ホテルの扉を開いた。
視界が急に広くなる。周囲に居た何名かの人間が、俺達を見て一瞬、身体を硬くする――……気にしているようだ。仮装をしている人間達の間に、素のまま、顔まで公開した男が一人。
同時に、周囲が明るさを増す。ミスター・パペットは『太陽が昇ったら』と言っていたが。太陽の見えないこの地下都市で、一体何を考えているのだろうか。
そう思った時の事だった。
「なっ……なんだ!?」
周囲が騒ぎ出す。
俺にも分かった。自身の左肩が、ピピ、と奇妙な音を立てたのだ。服を捲り上げて、肩の様子を気にしている者も何名か居る。何気無い様子で、左肩を露出させている男のNPCマークを見た。
その下に、デジタル時計のような模様が出現した。表示されているのは、今夜零時までの残り時間。
つまり、ゲームスタート、という事なのだろう。
俺はララの手を引いて、歩き始めた。事前に散策した情報の中から、人通りの少ない道を選ぶ。目指さなければならないのは、まず服屋だ。この運動性能の極めて悪い着包みを何とかしなければ。
「……意外と、気にされませんね」
周囲を見て、ララがそう言う。真っ先に狙われると思ったのだろうか。正確には、気にされてはいるが、声を掛ける事が出来ずにいるのだ。
連中から見て、俺は明らかに異質の存在。それが何故そうなっているのか、少し考えればすぐに見当は付く。
しかし――――…………
「よう、ちょっといいか」
路地裏に曲がった時、正面から男に声を掛けられた。
特に何も考えず、声を掛けてくる人間もやはり居る。俺は立ち止まり、俺とララの前に立ち塞がった三名の人間を見た。
黒いマントに身を隠した仮装集団達。三人組だった。南瓜の被り物をしている所は、正にハロウィンといった様子だったが……如何せん、季節感が違い過ぎる。
ララが着替えるまで、無駄な戦闘は避けたい。……口さえ回れば、どうにかなるだろうか。
南瓜の連中は、戦器を構えた。どうやら、バトルスーツを着ているようだ。剣に鎌に鉄パイプ。労働者も混じっているようだ。
「殺されたくなかったら、アイテム全部出しな」
なるほど。脅しに来たか。ララは俺の背中で怯えているが。
終末東京の世界に来て、それなりの時間が経っている。俺にも、腕が立つものとそうではない者の区別は、ある程度付くようになっていた。
この世界はレベルの差もそうだが、強化された肉体を如何にして利用するかという視点で、格闘技のそれにも通じるものがある。戦器の構え方を見れば、何が最も隙の少ない構え方なのかは自ずと分かるものだ。
両手を広げて、俺は冷徹な笑みを浮かべた。
「参ったなあ。……アイテムは持ってないとアピールする為に、仮装をしないで来たんだけど。……それとも、ただ油断しているだけに見えたのかな?」
先程ララにも説明したが。姿を隠すのは、NPCを襲う時、又は最悪の場合、プレイヤーを攻撃しなければならない状況になった時の為に、素性を隠しておく為、という理由が一つ。
もう一つは、身に付けているアイテムを悟らせない為。そう考えれば、プレイヤーは皆仮装すると考えるのが自然だ。
そしてこれは、NPCとプレイヤーを区別する為の方法にもなっている。ならば、仮装していない人間がNPCだと思うのは無理も無い事だ。
ならば、覆してしまえばいい。戦器も構えずに笑みを湛える俺に、連中が動きを止めた。
「それに、『殺されたくなかったら』ってのはおかしいな。今回、このゲームにおいてアイテムの譲渡は許されない。どの道殺さなきゃ、大聖堂に預ける事は出来ないんだぜ」
俺がNPCではない事に気付き始めたようだ。だが、一度戦器を構えてしまった以上、おいそれと引く訳にも行かないか。
アイテムを装備している事がバレてしまっている。背を見せれば、格好の標的だ。
「……おい、どうしよう」
「言うな……!! こうなっちまったら、戦うって決めてただろ……!!」
なるほど。余程NPCである今の状況に焦っていると見える。背中のララからしてみれば、そんな事で騒ぐなと言われてしまいそうだが。
戦闘を起こさない為に最も有効な方法は、この対立関係に優劣がはっきりしているのだと思わせる事だ。
「アイテムは無いって言ってるだろ。俺はお前達を攻撃出来ない。殺しても意味無いぜ?」
「本当に、スッカラカンって事はねえだろ……何かは持ってる筈だ」
「無いって言ってるじゃないか」
嘲笑の姿勢を維持。故意に連中の焦燥感を煽るように、俺は軽い態度で話し掛ける。ララの震えが止まり、俺の事を気に掛け始めた。
この戦略については、説明していなかった。どうにかするとしか話していなかったからだろう。
不意に、その笑みを嘲笑から、狡猾なそれに変える。
「それとも、アイテムが無いって見せておいて、本当は持ってるのかもな?」
今まで想像もしていなかったであろう選択肢を、突き付ける。
「若しかしたら、まだゲームが開始されて幾らもしてないのに、もうクリアしたプレイヤーだったりしてな? 本当はバトルスーツを中に着込んで、今も攻撃の隙を窺ってるのかもしれないな」
「て、てめえ…………!!」
明らかな、動揺。その隙を見逃す余裕など、今の俺にある訳がない。……戦闘にしてしまっては、駄目だ。
「そうだ、良い事を教えてやろうか。こっちは商店街。北のブロックには住宅地があって、本物のNPCを狙うなら良いポイントだぜ。まあ、それは一時間くらいの優位性で、もう後は仮装されちゃうだろうけどな」
まるで、今狩って来たかのような顔をして、南瓜頭の三人を睨み付ける。連中はすっかり俺に怯えて、身動きが取れなくなっているようだった。
「――――聞こえなかった? 『見逃してやる』って言ってんだけど」
互いに、頷き合う。俺が戦器を持っていない事で、背中から狙い撃ちにされる事は無いと判断したらしい。
その判断は軽率だ。本当は俺の後ろに居る着包みのララが、奴等をハンドガンで撃つかもしれない。何しろ、姿の見えないこの状況では、誰がどの職業を抱えているのかすら定かでは無いのから。
だが、そのお陰で手早く終わっただろうか。
「……おい」
「……ああ」
南瓜頭の三人は路地の角を曲がり、真っ直ぐに北を目指して行った。
俺は深く息を吐いて、その場にへたり込んだ――……端から見ても分からなかっただろうが、九死に一生、だ。本当に襲われてしまえば、人が人を呼び、危険視されて殺される可能性もあった。
「恭一さん、さすがです……」
「いや、綱渡りだよ。見境無く飛び掛ってくる頭の悪い奴だったら、逆にこっちが危険だった」
だが、当分は安全になるだろうか。連中は俺の存在を知っている人間に話すかもしれないし、話さないかもしれない。何れにしても、北の敷地にNPCが多いという情報は、あちこちに飛び火するだろう。
俺は再び立ち上がると、未だ着包み姿のままのララを見た。
「…………ごめんな」
「どうして、謝るのですか」
そう言いながらも、ララは分かっているようだった。
「こうするしか無かった。だが、これで襲われるNPCの数は増えるかもしれない」
「でも、ゲームを終わらせる人が居なければ、私達も、NPCも、全滅するかもしれません」
それは、そうだが。
『必ずどちらかを失わなければならない選択肢』が目の前に現れた時、それを何食わぬ顔で選択する事など出来ない。どちらかは確実に、失う事になるのだから――……それは分かっていたが。
俺達が言わずとも、北にNPCが多いという情報など、直に広まる。だから、これは効果が無いかもしれないし、あるかもしれない。
何れにしても、今の俺達に出来ることは、一刻も早くゲームを終わらせる事、か。
「……あの、恭一さん。どうして、仮装しなかったんですか?」
俺達の後ろを付いて来ていた猫が、寄って来る。俺を飼い主か何かだとでも思っているのか――……抱き上げると、背中を撫でてやった。
雰囲気が変わった事に気付いたのだろう。
「ミスター・パペットが探しているのは、俺だからさ」
俺は逃げも隠れもしない。この期に及んで何かトラップを仕掛けたいのならば、好きに仕掛けると良い。そう、思いを込めたつもりだった。
「正直、さっさと終わりにしたいんだ。俺の仲間だけが指名手配されて、俺は安全なままだ。……このやり方には、正直腹が立つ」
これは、本音だ。
メンバーをバラバラにする、という意図はあったのだろう。相手の思惑通りに椎名は何処かへと勝手に行動し、明智はそれを追い掛けている。城ヶ崎をターゲットにした事で彼も何処かに行き、遥香姉さんがそれを追い掛けている。
若しも、仮装パーティーが始まる前にリズが攫われているような事があったら。
彼女とは、今もなお会えないままだ。
「一日もいらない。夕刻までにはケリを付ける。……それまでに、仲間は誰も殺させない。約束だ」
今も何処かで俺達の様子を窺っているだろう、ミスター・パペット。姿の見えない悪魔に、俺はそう呟いた。
ララは俺の怒りに少し驚いていた様子だったが。……程なくして、ララは着包みの頭を外し、素顔を露わにした。
「おい、それは駄目だ……!!」
誰も見ていない。追い払ったこの路地裏には、確かに人は居なかったが。しかし――――ララの柔和な微笑みに、俺は固まってしまった。
その白い肌を、一筋の雫が伝っていた。
「……やっぱり、恭一さんは大丈夫です」
朝日の昇らない地下都市で、まるで照明を太陽のように。東から照らされる光を背に、ララはそんな事を口にした。
気付かない間に、『ガーデンプレイス』で行った事が、人の信頼を掴んでいたのだと知った。お世辞にも人望があるとは言えない人生を送って来た俺を肯定する言葉は、現実世界を生きない人間の言葉であっても、確かに俺の心に深く響いていた。




