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終末東京で、俺は戦器を握らない  作者: くらげマシンガン
第二章 『ガーデンプレイス』編
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第二十四話 木戸恭一の決意と、それから

 地下都市『アルタ』まで戻った俺達は、再び喫茶店『ぽっぽ』にて集合する予定を立てていた。


 平日の昼間だ、店内に客は居ない。染谷がカップを布巾で拭いていく様子を見ながら、漫然とした思いで珈琲を啜る。濃い黒色の液体から立ち昇る香りが、ふとすると眠気を覚えてしまうような穏やかな空間の中でもなお、脳の活性化を促してくれる。


 ここに来る手前、明智大悟の事について少し調べていた。現実世界での経歴――……医師と名乗っていたが、大病院で働いていたのは既に五年以上前の話だ。今は民間医療としてもかなりマイナーな方で、極少数の明智と面識が深い人間についてのみ病状を診ている、と云うのが本当の所らしい。


 確かに、そのような状態でも無ければ終末東京の世界に長期間滞在し、旅館の経営を手伝う事など不可能だ。


 彼は、俺達の仲間に加わるに当たり、自身の事を『ビジネスのコネクションを持っている人間』と評価していた。それだけの確固たる自信があるという事は、余程の腕があるのか。医学会からも信頼を受けている存在だったのかもしれない。


 調べた大病院のインターネットサイトにも、僅かにそれらしい痕跡があった。しかし今、そこに居ないという事実。それは、明智が話していた過去からそれなりの推測をする事は出来た。


 若しかしたら、それは明智大悟なりの、決意の表れだったのかもしれないと、俺は思った。


「でも、本当に良いのかい? ……お金、必要だったんだろう?」


 俺は、ミスター・パペットの謎に本気で挑むと決めてから、喫茶店『ぽっぽ』のマスターから借入していた、凡そ四百万ドルの資金を全て、自己資産から一括で返済した。


「良いんです。今後終末東京の世界を旅するに当たって、此処に拠点を構える事は難しくなって来るかもしれない。そうすると、返済出来るタイミングが失われていく筈ですから」


 現実的な拘束を解くためとは云えど、現実世界から金を振り込む事も出来る為、本来はそこまでする必要はない。それもまた、俺なりの決意の表れだったのだろう。


 必ず、この手でミスター・パペットの謎を暴くと。


 時刻、十七時五十五分。それぞれに予め伝えてあった約束の時間まで、後五分だ。


 地下都市『アルタ』からそれ程離れていない場所で、大きな地下都市。次なる目的地は、そんな場所がターゲットだった。リズの知識とコア・カンパニーで手に入れた情報をまとめて、最も『デッドロック・デバイス』が有りそうな場所を探した。


 喫茶店の中にある古びたモニターには、相変わらずニュースが垂れ流されている。終末東京のものではない、現実世界のニュースだ。俺はコーヒーカップに口を付けながら、ふとそのモニターに視線を向けた。


 何となく、ではなかった。そのニュースに、見覚えのある顔が映ったからだ。


『……県在住の、……十五歳が、違法ドラッグの所持、使用の疑いで逮捕され……』


 目元を隠されてはいたが、顔を見た事のある者にとって、そう見間違える風貌ではない。其処には、紛れも無いアタリの姿があった。


 ミスター・パペットは、心の弱い人間を集中的に取り込み、利用するのだ。その人物の未来など、欠片も気にする事はなく――……それは、利用された側にも責任がある。俺の立場からどうこう言える事は何もない。


 それは、分かっていたが。


「あれ、もしかして……」


 聞き覚えのある声がして、俺はモニターから目を離さずに返答した。


「ああ、まず間違いなくアタリだろうな」


 エリザベス・サングスターが、カウンターに座っていた俺の隣に腰掛けて、やり切れないと言ったような顔でモニターを眺めていた。


 どれだけの、苦痛があったのだろう。終末東京の世界に殺戮を求めた少年が、一体どうして罪に手を染めたのか。俺達がその真相を掴む事はない。


 たった一つ言える事があるとすれば、俺達がそれを知る必要も無ければ、利用していたミスター・パペット本人にも救済する必要は無い、という事。


 それは彼が完全に周囲から見捨てられたのだ、という現実だった。


「でも、無事に帰って来られて良かったよ。『ガーデンプレイス』の閉鎖はこっちにもニュースで届いていたから、ちょっと心配だったんだ」


 染谷は笑顔で、そう言った。あれだけの殺戮事件があった後でも、外から分かることは『ガーデンプレイス』のシェルターが電力不足で閉鎖された、という内容だけ。内部であれだけの殺戮事件があったにも関わらず、その全貌は雲が掛かったように闇に紛れ、誰の目にも晒される事は無かった。


 ミスター・パペットが残したと思われる手紙には、たった一言、俺に対して質問が投げ掛けられていた。


「……恭くん、大丈夫? まだ、疲れてるのかな」


 リズの言葉に、俺は目を合わさずに答えた。


「いや――――」


 海辺で見付けた手紙。気が付いた時には既にそこに居なかったミスター・パペットが、『ガーデンプレイス』事件の最後に俺へと残したメッセージだった。


『何故、ミスター・パペットは、ガーデンプレイスに木戸恭一が来る事を予言できたか?』


『デッドロック・デバイス』は守り切った。今回は間違いなく、俺達の完全勝利だ。


 だが、それさえ奴の想定の範囲内だったとしたら。


 効果音がして、城ヶ崎が現れる。玄関扉からも椎名が参入。徐々に、メンバーは集まり始めた。直近で必要なのは、ララの為の防護装備。明智は自らの戦闘装備を明智なりに揃えていたようで、問題は無かった。


「おう、二人共早いな」


「城くん。お疲れ様」


「いやー、肉体労働は響くぜ……」


 俺はポケットの中の手紙を丸めて、考えない事にした。


「美々ちゃん、どした? 座んなよ」


 入って来るなり、青い顔をしている椎名に城ヶ崎が問い掛ける。椎名はぎこちない笑みを浮かべて、首を横に振った。


「……ん、なんでもない」


 何かがあったのは確かだが、椎名は何も言わない。喫茶店の椅子に腰掛けると、何気無い様子を装って、俺達の集まりに加わる。


 ……まあ、本人が話したく無いと云う事であれば、無理にこちらから聞く必要も無いだろうか。


「まだ明智が来てないけど、始めても良いか?」


「そうだ、ちょっと遅れるって言ってたぜ」


 そう問い掛けると、城ヶ崎がプレイヤーウォッチを見て答えた。ならば、始めてしまおう――……俺はカウンターから、城ヶ崎と椎名の座っている丸テーブルへと移動する。リズも同じように移動し、一同はテーブルを囲んだ。


 プレイヤーウォッチに登録しておいた地図を表示する。ホログラムのように現れたウィンドウが傾き、全員が地図を確認出来る状態にした。


 先程まで、『アルタ』のコア・カンパニーに行っていたのだった。その上で、リズから得た知識を基に、次なる目的地の情報を収集した。


「今、俺達が居る場所がここ。……で、次はここに向かおうと思う」


 水没し、極端に狭くなった東京の地。海に侵食された品川付近は既に島国だ。船を使わなければ向かう事も出来ないが、逆は違う。


 今の俺達にも向かう事が出来る、『ガーデンプレイス』よりも更に『アルタ』側の土地がある。


「…………『ヒカリエ』」


 椎名が呟いた。


 地上こそ目立たない場所に入口があるが、その地下は雄大。規模だけなら『アルタ』をも凌ぐ一大都市で、人口も『スカイツリー』に引けを取らないと書いてあった。


 この場所なら、『デッドロック・デバイス』の情報も手に入るだろう――……そして、ミスター・パペットが現れた時に、それぞれが散り散りになって戦えるだけのスペースがある。


 次に一体どのような事件が起こるのかは後手である以上分からない事ではあるが、圧倒的に人口の少ない『ガーデンプレイス』のように、人数を利用される事が無いというのが大きい。


「随分でかいな。特定のアイテムなんか、見付けられるのか?」


 城ヶ崎の問いに、俺は頷いた。


「広いから、逆に良いと思うんだ。人口が多いって事は、それだけ情報にニーズがあるって事でもある。『アルタ』よりも多彩な情報誌が発売されているらしいし、新聞や大型のモニターもあるらしい」


「そっか。人を頼りに探す事が出来るかもしれない?」


 椎名と頷き合う。


 どうせこちらの顔は伝わっているんだ、公に探させて貰おう、と踏み切ったからこその作戦ではあったが。それでも、こちらが本気で探し始めれば、ミスター・パペットよりも手が遅いと云う事は無い筈だ。


 奴が人を雇うのに使う金額の事を、今回アタリの事件を通して知った。どれだけの資金を投入して来るのか分からないが、金で雇う人間しか居ないという事であれば、そう大掛かりな作戦を取ることは出来ない筈。


 俺達には、ある程度の信頼関係で繋がったネットワークがある。……お前には、あるのか。ミスター・パペット。


 そう、思ったが。


「まあ、細かい事は行ってみないと分からない、という事もある。日取りを合わせて、出発しよう」


 リズが一人、申し訳無さそうな表情になる。今日、この日に出発出来ないのは、一人だけログアウトをする事が出来ない自分のせいだと思い込んでいるのだろう。


「ごめんね、みんな。私のせいで……」


「ちげーってリズリズ。俺のバイトの時間もあるし、明智が来ないと活動時間も決められないしさ」


「ララちゃんの事もあるし、リズちゃん一人のせいじゃないよ」


 リズの謝罪を、城ヶ崎と椎名がフォローした。リズの肩の上に、籠から抜け出した染谷の鳩――アレックス――が乗る。リズが目を丸くして、首を傾げた。すると、アレックスもリズに首を傾げる。


「……慰めてくれるの?」


 アレックスの鳴き声が響いた。リズは人差し指で、アレックスの頭を撫でている。


 ……何故、ミスター・パペットは『ガーデンプレイス』に木戸恭一が訪れる事を予測できたか。


 如何にも見え透いた釣針ではないか。チームの信頼関係を引き裂く為の――……リズだけじゃない。それは、城ヶ崎や椎名もターゲットに含まれている、と言っている。


 内部の人間に、犯人が居る。それは『ガーデンプレイス』の中での話であって、俺達には当て嵌まらないだろう。


 俺達がログアウトしている間、終末東京の世界で何をしているのか分からないリズの事を――――俺は、考えない事にした。


「装備を揃えに行こうぜ。『ガーデンプレイス』までの往復で手に入れたアイテムを売れば、少しはまともな装備が買えるだろ」


「そういえば、もうラインナップが変わる頃だもんね! 何か可愛い装備、あるかなあ」


 重い腰を上げ、俺達は地下都市『ヒカリエ』を目指す。出際に、染谷に対して軽く手を振った。喫茶店『ぽっぽ』とも、その主人である染谷とも、暫くは会わなくなるだろうか。表に出て明智大悟とララ・ローズグリーンと合流し、装備と出発日時を決めなければならない。


 地下都市間を往復するクリーチャーも、場所が変われば姿が変わり、その強さも変わって来る。準備は幾らしても足りないくらいだ。


 出入口に設置された鈴が音を鳴らす頃、俺達は通りまで出ていた。心機一転、俺は気合いを入れ直した。


「アレックス? ……駄目だよ、君は喫茶店に戻らなきゃ」


 リズが肩に留まったまま、外に出て来たアレックスを見て、そう言った。アレックスは意味が理解出来なかったのか、首を傾げているが。


「……お、明智がやっとマップに映ったぜ。コア・カンパニーの方だ、真っ直ぐこっちに向かってる」


 大通りの向こう側に、小さく見える影。あれが、明智とララだろうか。ここまで戻るに当たり、明智は明智なりに装備を整えているようだった。


『アルタ』までの道程はバラバラに行動していたが、若しも戦闘スタイルがはっきりしているのであれば、それも共有しておかなければならないか。


「アレックス、ちゃんとご主人様の所に行かなきゃ。ね」


 聞こえた声は、リズのものではなかった。


 瞬間、身体が硬直する。城ヶ崎と椎名が、その声を発した者に顔を向けていた――……その様子は、俺の聞いた声が聞き間違いでは無いことを、はっきりと告げていた。


 どうして?


 解答など、持ち合わせてはいなかった。だが、俺の家に来た時に一度、『ワープステーション』に興味を持っている雰囲気があった。それが、彼女をここまで連れて来させた理由だったのだろうか。


 背中から、抱き締められた。首に回された腕と密着した身体は俺に温もりを感じさせたが、現実とは裏腹に俺の心は冷えて行き、圧迫された心が悲鳴を上げた。




「――――――――へへ、恭一。来ちゃった」




 椎名が赤面した。リズは何か強烈なショックを受けたようで、その場に青い顔をして固まった。


 直に六月が終わり、梅雨も開けるだろう。


 唐突に降って湧いた災害のような遥香姉さんに、俺は苦笑いを浮かべる他無かった。


ここまでの読了、ありがとうございます。第二章はここまでとなります。


物語は進み、次なる拠点『ヒカリエ』編へと足を進めることに。

第三章のプロットはただいま作成中です。今暫くお待ち頂けると助かります……


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