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終末東京で、俺は戦器を握らない  作者: くらげマシンガン
第二章 『ガーデンプレイス』編
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第二十一話 そして彼が傷を負う理由

 風が澄んでいる。俺はスマートフォンを左手に握ったまま、周囲の様子を確認した。


 ベランダからベランダまでの距離は、凡そ一.五メートル。自分が今立っている場所は三階で、屋上までの距離は二階層分だ。バトルスーツを着てはいるが、ベランダの形は全て同じだから、上に登ろうと思ったらベランダの柵に足を掛け、垂直にジャンプして進まなければならない。……角度を間違えれば、地面まで真っ逆様だ。


 その選択肢が無いとすると――……よし。


 ベランダからベランダへ飛び移る。部屋を幾つか通り過ぎた先には、非常階段がある。そこまで飛び移る事は、難しく無さそうだ。非常階段は屋上に続いていないが、最上階まで辿り着く事が出来れば、今の身体能力で屋上へ飛び移る事はそう難しい事ではない。


 だが、道中には勿論サンズ・アタリ・秋津のグループが泊まっていない事を確認して、だ。どうしても慎重になってしまう。


 直接話を聞いた訳ではないが、どうやら松野もサンズのグループに混ざっているようだった。この状況で一人で居ることが、如何に危険な事かを鑑みれば、その選択は良く分かる。俺が警戒されている事が、真実だとするなら。


『おい、恭一!! 居るのか!?』


 スマートフォンから、荒々しく扉を叩く城ヶ崎の声がする。飛び移ったベランダから、部屋の中の様子をそっと窺う――……空き部屋だ。ここには誰も居ない。


 遂に、始まったか。俺はスマートフォンのマイクをミュートにすると、拳を構えた。


 通常の状態ならいざ知らず、バトルスーツを着ている今なら、これくらいは。握り拳に中指を少し尖らせて、構えた。


 クレセントのある窓枠に狙いを定め、強めに殴る。二点を叩く事で窓にヒビが入り、三点目で突き破る。


 空き巣の常套手段だ。部屋へと侵入する時、その多くは玄関扉からピッキング等の手段を用いて侵入されると思われる事があるが、実はそうではない。


 真実として、窓からの侵入が六十パーセントを超える。『三角割り』と呼ばれる手法で窓を割り、侵入される事が多いのは、その騒音の少なさと手軽さ、素早さに拠るものだ。


 クレセントを回し、外側から鍵を開ける。中へと侵入して窓を閉めれば、ベランダでは筒抜けだった音もかなり事情が変わって来る。


 時間にして、凡そ二分……初めてやったが、こうも簡単に侵入出来るとは。空き巣被害が中々減らないのも頷けるな。


 俺はスマートフォンを手にし、ミュートを解除した。尚も激しく叩かれる扉に、ようやく反応する。


「…………城ヶ崎か?」


『おお、恭一。起きたか?』


 如何にも今起きました、と云う態度を演出した。


「…………居るぞ。そんなに叩かなくても聞こえてるよ」


『だってよ。……これで良いだろ?』


 城ヶ崎は、サンズのグループを監視している。その理由は、俺がまだ部屋に居ると思わせる為だ。


 次の『ゴースト』事件が発生した時、必ずサンズは俺の部屋に来ると思っていた。その状況を踏まえて、城ヶ崎には予め外で待っていて貰い、俺の存在を肯定させる。


 通常ならば、中に俺が居るのか目で見て確認したい、と思う所だろう。だが――……恐らく、それはない。


 俺の存在を確認しに来るのはきっと、サンズ本人では無いからだ。


 スマートフォンを再び握り、窓を開いて外へ。黙っていても、後は城ヶ崎がどうにかしてくれるだろう。


『……わ、分かったわ』


 思わず、笑みが漏れる。そうと分かれば、作戦続行だ。


 スマートフォンの通話状態を解除し、ベランダを飛び越え、その先へ。


 動きながら、上階の様子を確認する。今上に居るのは、明智、ミリイ、その護衛役を勤めている椎名。この三名で間違いない筈だ。ララには昨日から、電力室に避難して貰っている――……敢えてそれぞれをバラバラに配置したのは、警備を手薄にした方が、作戦を遂行し易くなると考えたからだ。


 相手にとっても、自分にとっても。奴は今、俺を出し抜いて見事、この事件に終止符を打つ事が出来ると確信している事だろう。


 ――――させるものか。


 奴が『奴の予定通りに』動いた事で、俺の作戦は循環し始めた。大気を回転させ、風を起こし、大地に生命を芽吹かせる。


 思い付く限りでの綱渡りは、二つ。


 一つは、城ヶ崎が俺の逃走を悟らせずに、サンズのグループの誰かを説得させる事が出来る、と云う事。これは、先のスマートフォンのやり取りで考えれば渡り切ったも同然だろう。


 もう一つは、所定の場所に到着する迄に、ミリイ・ロックハインガムを含む全員が、殺されない事だ。


 明智大悟の能力については事前に確認していたが、今回の戦闘に直接、加わる事が出来るような能力では無かった。職業は医者ドクター、元素関数は治癒。所謂オーソドックスな回復要員かと思いきや、そのアビリティのお陰で全く正反対の存在となってしまっていた。


 アビリティは、『不器用な手術モノクロ・オペレーション』。


 聞けば、明智が使うリオ・ファクターを経由した全ての回復能力は、反転して攻撃手段に変わる、と云う事だった。所謂ファンタジーの世界のように、魔法を飛ばして回復……等出来れば都合が良いが、終末東京の世界で使われる回復は、主にリオ・ファクターを用いた薬や注射等だ。


『リザードテイル』を唯のアイテムから、回復する為のエキスへと変化させる事等が主な役割。しかし、明智の作った薬は回復ではなく、毒として作用する……騙しとしては使い勝手が良さそうだが、直接戦闘が避けられない今回の事態では、今の段階では役に立たない。


 だから、実際の戦闘に於いて主軸になるのは、どうしても椎名美々一人になってしまう。


 ここが、最も不安な部分だった。


 非常階段に辿り着くと、上を見上げた。剣のぶつかる音は時折聞こえて来るが、あまり激しくはない。椎名は武器をぶつけるような戦い方をしないからだ。


 屋上の端から、炎が見えた。それを確認して、俺は階段を駆け上がった。


 可能な限り、速く。しかし音は立てないよう、慎重に。


 既に戦いは、始まっている。


 丁度、初めに居た部屋から出る時に、椎名の叫び声が聞こえた。間違いなく、屋上でリズと会っている筈だ。『ゴースト』説で行くならば、豹変したエリザベス・サングスターを止める為、明智とミリイの目の前で椎名が戦っている。そのような構図になっているのだろう。


 目的の時間まで、後どれくらいだろうか。予定通りに行けば、間もなくだと思うが――……事件が起こってからでないと、個々の人物がどう動くかが予想し切れない。従って、作戦実行も事件の後になってしまった事は、少し痛い部分ではある。


 だが、これが最善だ。正攻法で行った所で、今回の敵には勝てないだろう。


 その、瞬間だった。


「うおっ――――…………!?」


 轟音がした。突風が吹き荒れ、天候が変わる――――元より雲行きの怪しかった空から、ぽつり、ぽつり、と雨が振り出した。


 屋上で繰り広げられていたであろう戦闘から、炎の気配が突如として消える。振り出した雨を確認して、心臓が凍った。


 まずい。


 作戦を変更するべきか? 一刻も早く屋上に行き、椎名の援護に加わるべきか? ……いや。俺が出て行くのは、メンバーが揃った最後でなければならない。期待が裏切られた所で出て行かなければ、無力な俺など殺されて終わりだ。……城ヶ崎が間もなく、一人になって屋上へと走る筈。無駄な傷を増やしたく無いのであれば、エントリーのタイミングは決まっている。


 どうにかして。椎名が、時間を稼いでくれなければ。


 最上階に、辿り着いた。瞬間、屋上から飛び出す人影があった。


 息が詰まるような思いに、目が見開かれる。


「し――――――――!!」


 衝撃を押し殺すように、慌てて口を噤んだ。


 声を出しては、駄目だ。


 例えどれだけ衝撃的な出来事だったとしても、俺は絶対に叫んではいけない。


 俺の位置がバレた時、まだ準備が完了していない時に、万が一でも俺が狙われるような事があれば。きっと、奴を倒すことは出来ない。


 それだけのレベル差がある相手だと云うことを、理解しろ。


「……すまん、椎名」


 声も無く落ちて行く椎名を、俺は助けに行くことが出来ない。バトルスーツを着ているとは云え、五階建ての建物の屋上から落下すれば、無傷とは行かないだろう。


 一体何をどうしたらそうなるのか、椎名の身体は無数の刀傷を受けていた。バトルスーツを貫通する程の攻撃。恐らく城ヶ崎の時は、俺達全員の実力が分からない事から警戒していた。


 マンパワーで押すことが出来ない事が、悔やまれる。力で上回っていれば、誰が傷付く事もなく、この戦いを終える事が出来たのかもしれない。


 椎名が、地面に激突した。


 その衝撃は鋭く、背中から落ちた椎名の身体を僅かに弾ませる。降り続く雨の中、リオ・ファクターを炎に変換する事を得意としていた椎名が、武器を失ったが為に一方的な展開になったのだという事実を、今更ながらに受け止める。


 天候を考慮するべきだったのか? ……いや。雨が降る直前、この場所に何かの変化が起きた。そんなハプニングまで予測する事は、俺には出来なかった。


 これは、受け入れるべきリスクだ。


 だから――……、


 非常階段の隣接している旅館の外壁に背中を預け、身を隠した状態のままで両の拳を握り締める。全身に雨を受けたまま、俺は空を見上げた。


 俺達は、いつも、そうだ。


 強者が決めたルールの中を、どうにか這い蹲って勝利への道を探す。一度は引かされる事を分かっていて、許容できるリスクの限界ぎりぎりを狙って挑み、際どい勝利を掴み取る。


 肉を斬らせて、骨を断つ。飛車角の落ちた将棋で、強者を相手に挑む時のような圧迫感。


 だが――――この賭けは、失敗に終わったか。


 城ヶ崎は、未だ到着していない。それは屋上に城ヶ崎の声が響いていない事からも明らかだ。俺がこの場所に居ることを予測して、城ヶ崎は登場と同時に声を発する予定でいた。


「……ナゼ……邪魔ヲスル……。ソコヲ、ドケ…………!!」


 豹変したリズの声が、辺りに響く。


 明智一人では、ミリイ・ロックハインガムを護れない。それが分かっていたから、この場所に椎名を配置したのだ。俺と同じ部屋に居る予定の城ヶ崎はどうしても、サンズのグループを受ける方向に進むしかない。遠距離戦しか出来ない存在と云えど、椎名美々が防衛の要になる事は必然だった。


 くそ。


『恭一は、相変わらずね』


 遥香義姉さんの声が、響いた。


 雨はやがて強くなり、辺りに雨音を響かせる。頭上で行われていた戦闘の気配が止み、そこに僅かな静寂が訪れる。


 どうしようもなく、俺は、既に失敗した作戦に従う。非常階段から五階のベランダへと移動し、屋上に居る人間から見えないように、足音を殺して移動する。


 遥か遠く、地面まで落下した小さな椎名の姿は、そこから動く気配を見せなかった。意識を失っているらしい――……助けには、行けない。例え成功する可能性が一パーセントを切っていたとしても、リスクを受け入れた以上は価値のある方向に向かわなければならない。


 …………全滅するまで。


「ぐっ…………!!」


 雨に足を滑らせ、飛び移り損ねてベランダの柵に手を掛けた。


 間一髪、そこから落下する事は避けられた。片手で捕まったまま、自身の身体が空中をぶらぶらと揺れる。


 すっかり、戦闘の音はしない。斬撃の音も、誰かの叫び声も聞こえない。




 ――――――――終わったか。




『……まだ、ゲームをやってるの?』


 ああ、やっているさ。


 義姉さんには、分からないよ。


 人生ほど、ふざけたゲームがあるか。全てが確率で決まり、思わぬ事故でその生涯を終える事もあり、成功と失敗を交互に繰り返しては、どうにか上を目指す世界。


 強者が全てを制する世界なのに、生まれた時から人の立ち位置は決まっている。


 ゲームの世界だけなんだ。すべからく平等で、努力が確実に結果に繋がる世界は。リスクを背負って結果を出さなくても、人の存在を大事にしてくれる可能性がある世界は。


 無条件で、人が愛される世界は。


 被虐的な笑みは、誰の目にも入る事は無い。だが俺は柵をよじ登る気力も無く、そこにぶら下がっていた。


 城ヶ崎、どうした。……何か、ハプニングがあったのか。それとも、一人になる為に必要な時間が不足しているのか。確実に無理とは言わないが、椎名がやられてから今までに、明智一人がやられるには、充分過ぎる程の時間が経過している。


 それでも、メンバーが揃うには至らないのか。


 大言造語は雨雲に紛れ、やがて土へと還る。




「…………ナゼダ…………?」




 顔を、上げた。




『何故だ』? ……何が、何故だ、なんだ?


 未だ、何かが引っ掛かっているのか。許容したリスクを全て切らされた上で、心の奥底に揺らいだ疑問が、この状況で俺達を勝利に導く為の鍵になるのか。


 どうしたら、屋上の様子を確認する事が出来る…………そうだ。


 聴覚。


 ベランダの柵に捕まったまま、耳を澄ます。バトルスーツを着用している内は、意識すれば聴覚を鋭くさせる事も出来る。


 最も、その聴覚は鋭くさせた所で、殆どが雨音に掻き消されてしまっていたが。


 ――――呼吸。


 俺は、目を見開いた。


「サッサト…………死ネッ…………!!」


 呼吸の音がする。弱々しく、そして荒い。強く荒々しい呼吸音は、リズのものだろう。穏やかな呼吸音は、ミリイのものだろうか。


 椎名は屋上から落ちて、リタイアした。――と、云う事は。


「失敗、してさ」


 明智。


 俺は、柵を登る。途切れかけた希望に、微かな光が当たっている。暗闇は照らされ、其処に道が示される。


 持ち堪えて、いるのか。……どうやって? 明智に武器が無いことは、事前に確認して分かっている事だ。明智自身もまた、何度も言っていた事。


 バトルスーツを着ていた所で、旅館を運営していて大したレベル上げもしていない明智に、『ゴースト』の首謀者と張り合うだけの実力は持ち合わせていない。


 所詮、俺達は弱小の集まりだ。何かに秀でた小物が、寄ってこぞって未来を紡ごうと足掻いているだけだ。


「……分かっていたんだ……初めから、どうしようもねえ病気だって事は……。それでもよ、医者には『人を救う』って役割がある……。出来ねえと、どうしても思っちまうんだよな。……俺の価値って、何なのかってさ。寿命を延ばす為の手術があった……。やった事は無かったが、俺の仕事として…………俺は…………嫁の腹を、捌いたよ」


 だが、行こう。


 そこにどれだけ大きな壁があろうとも、俺達は前に進もう。受け入れられる最大のリスクを背負い、そこに価値を見出そう。


「やっぱりよ、長く一緒に居たいじゃないか。ああ、お前さんにゃ、分からない事かもしれないが……」


 だって、俺達に出来る事は、たったそれだけなのだから。


「――――俺の家族に手ェ出すんじゃねえよ。イカレ野郎!!」


 扉が開く音がした。その瞬間に、俺は状況が持ち直された事を確認した。


 いい加減、準備は出来ている筈だ。後は、トリガーを作るだけ。屋上に到着した城ヶ崎は、恐らく傷だらけの明智を見て、駆け寄るだろう。だが、逃げるようにして屋上に到着した明智とミリイは、扉とは反対側に居る。


 城ヶ崎が明智の所まで辿り着く為には、『ゴースト』に憑依されたリズをスルーして行かなければならない。


「明智さん!!」


 だから、屋上に辿り着いて扉を開いた城ヶ崎は、明智に向かって叫ぶ。明智を心配するのではなく、『ゴースト』の気を逸らす為の、俺を表舞台に登場させる為の一手として、呼び掛ける。


 俺が外から屋上に進む為の通路を、城ヶ崎の到着までに通過している事が条件。城ヶ崎が俺の到着を確認する為のトリガーは無い――……だから、明智、ミリイ、椎名の三人が屋上でやられる前に、俺は必ずこの場所に立っていなければいけなかった。


 所定の場所に到着する迄に、ミリイ・ロックハインガムを含む全員が、殺されない事。


 奴はきっと、考えてもいないだろう。俺の存在は確実に旅館の室内にあるものだと思っていて、行動を封じ、今夜に本命を攻撃するつもりだったのだから。


『あのさ……。こんな事、言うべきじゃねえってのは分かってるんだけど。今夜は、部屋から出ないでくんねえかな』


 その程度で、俺の動きを封じたつもりか。


 俺はポケットに入れておいた、スマートフォンを握り。屋上に向かって、跳び上がった。


 視界が開けた次の一瞬で、状況を確認。扉の前に居る城ヶ崎。屋上の端に追い詰められ、ミリイを護るように仁王立ちになっている明智。夥しい量の血が流れている……そして、その二人に挟まれ、怪しげな剣を握ったまま攻めあぐねているリズ。


 俺は跳び上がったそのままの勢いで、『ゴースト』と化したリズに向かってスマートフォンを投げ付ける。


「行け!! 城ヶ崎!!」


 明智が叫んだ。


 刹那の攻防。俺のスマートフォンを思わず受け取ったリズに対し、城ヶ崎が容赦なく鉄パイプを振るう。遠慮する必要はない――……奴こそが、今回の最終目標なのだから。


「潰れろやオラアアアアァァァ――――――――!!」


 ここまで辿り着けば。


 ――――いけるかも、しれない。


「なっ…………!?」


 城ヶ崎の鉄パイプを受け止めたリズが、驚愕に目を見開いた。その一瞬で、城ヶ崎はリズを通り抜け、明智とミリイの下へと走る。ベランダから飛び出した俺は三人から離れて、屋上へと辿り着く。


 奴は今、予想外の連続に思考停止している。城ヶ崎は直ぐに鉄パイプを構え直し、リズに向かって攻撃を仕掛ける――……城ヶ崎がエリザベス・サングスターに攻撃した事が予想外なら、俺の登場もまた、予想外。どうやって屋上に辿り着いたのか、その実情を知ったリズは舌打ちを一つして、真上から振り下ろされる城ヶ崎の鉄パイプを剣でガードする。


 対になった、被害者と加害者。そこには、確かな目的と理由があった。


「悪いが、上からの攻撃限定で俺、無敵なんだわ…………!!」


 城ヶ崎が余裕の笑みを浮かべて、剣を押し返した。堪らずバックステップで城ヶ崎の鉄パイプを避けたリズ。……まあ、当然か。攻撃がワンパターンなら、避ける方法も決まっていると云う事。分かってしまえば、防御はそれほど難しくない。


 今掛の時と違って、相手は人間だ。クリーチャーを操作するよりも遥かに、身軽に動く事が出来るだろう。


「相棒!! 美々ちゃんは!?」


「やられた。……けど、死んでいるかどうかは分からない。俺が確認した時は、まだ地面に倒れていた」


 俺がそう答えると、城ヶ崎は一瞬だけ暗い表情を見せた。


「…………そうか。生きてると、いいな」


 椎名のバトルスーツは半分以上壊れていた。それが防御力にどれだけの影響を与えるのか、それ程にダメージを受けた事のない俺には分からない。


 だが、この問題を解決しなければ、先に進む事も出来ない。


「馬鹿な…………!? そんな、筈は…………」


 俺は、真っ直ぐに『ゴースト』に憑依されたリズを、見た。


「そろそろ本性を現したらどうだ。……こっちはもう、お前の事は分かってる」


『ゴースト』事件。俺は与えられたパズルを組んだ事で、問題を解いたつもりになっていた。人は、誰かから提示された事には疑いを覚えるが、自分で判断した事については疑いを覚えない。


 人から商品を薦められた時には全く買う気が起きないのに、自分で調べる事でその物に価値があると判断した時には、迷わずそれを買うのと同じだ。


 そのロジックを、利用された。俺は初めから、奴の思考に乗せられていたんだ。


『確かに刃物で切り刻まれた痕はあるんですけど……長さも傷口もバラバラで、針で刺されたみたいな痕もあれば、ばっさり切断されている痕もあって。どうも、普通の刃物ではないみたいなんですよ』


 一度動き出した『予定外』は、『波乱』を産む。綻びた布がそう簡単に元には戻らないように、崩れ始めた状況を容易く食い止める事は出来ない。


 その辛さを、知っている。考えに考え抜き、絶対の自信を持って実行した策が崩れた時、直ぐに思考を切り替える事の難しさを。


「お前は『ゴースト』なんかじゃない。人を罠に嵌める知能を持った、立派な人間だよ。なんなら、言い当てても良いんだぜ。お前の職業が何で、元素関数が何で、アビリティが何なのか」


 俺は初めから、奴の思考に乗せられていた。


「そうだろ」


 気付いたんだ。




「――――アタリ」




 一体、誰が『刃物』だと言ったのか。




 場の空気が変わった。目の前に居るリズは戸惑う事を止め、その場に立ち尽くす。降り続く雨は更に強みを増し、打ち付けるように俺達の頭に当たっては浸透していく。


 そもそもの疑問は、一番最初に戻る。テトラ・エンゼルゴールドがやられた時、部屋の中は見るも無残な状態で、とにかくそこら中斬り傷だらけだった。


 そして、テトラ・エンゼルゴールドも『大小様々な斬り傷』によって、或いは切断され、或いは抉られていた。それがどうして、『自由自在に剣の長さを変える事が出来る剣術士』のものだと思ったのか。


 其処に、根拠は無かった。アタリの言葉を聞いて、サンズが勝手に考えただけだ。


「…………ワカラナイ……。キサマの……コトバが……」


「分からないなら教えてやろうか。若しもお前が『本当に憑依』しているなら、隠せない疑問が少なくとも二つはある。まず一つは、殺されたテトラ・エンゼルゴールドは、手前でララ・ローズグリーンと出会っていた、と云う事実だ。テトラはララから金庫室のパスワードが書かれたメモを受け取っている。にも関わらず、殺されたテトラは持っていなかった」


 つまり、テトラはララと出会い、殺されるまでに人と出会っていたか。若しくは、殺されてからメモだけを回収された、と云う事になる。


 だが、殺されてからメモが回収された線は考え難い。パスワードなどは一度覚えるか書き写してしまえば分かってしまうものだし、メモを持ち去る事で他者に犯人だとばれる可能性が高まる上、意味は無いからだ。


 同様に、殺されるまでに人と出会っている可能性も少ない。他に何十人と客が居るのであれば話は別かもしれないが、この閑散とした『ガーデンプレイス』に宿泊しに来た客は、俺達を含めてたったの九名。どうしたって、連中は松野涼を第一発見者にしたかっただろう。或いは、俺か。


「二つ目は、佐野の事件の時。俺達が監視していたにも関わらず、突如として事件は起きた――……だが、これもおかしい。お前が『ゴースト』なら、今も持っているように、剣を使って戦う筈だ。そして、標的は誰でも良かった筈だった」


「…………ソレガ、ドウシタ」


「いい加減、片言はやめろよ」


 これが、第二の疑問。


「何故、佐野に憑依しない」


 予想外だったのだろう。リズは一瞬だけ、目を丸くした。その様子は何処と無く、本物のリズに似ていたが――……程無くして、その笑みは狂気的な、残虐的なそれに変わる。


 心臓を鷲掴みにされるような、恐怖を感じた。……こいつを『人間』だと言ったが、その人格の破綻ぶりから考えれば、こいつこそが『ガーデンプレイス』の亡霊、『ゴースト』そのものなのかもしれない。


 止めどなく流れる冷や汗を隠し、俺は口を開いた。


「……若しもお前が『ゴースト』であり『剣術士』なら、同じ剣術士である佐野かサンズにでも憑依すれば良かったんだ。だが、お前はそうしなかった。敢えて松野を選んだ……それは何故か。そうして考えると、幾つか候補が出来る……例えば、佐野の方が松野よりもレベルが高かった可能性。……本当は、お前が剣術士ではない可能性……」


 見る見るうちに、リズの顔が崩れていく。まるで溶けているようで、気持ちが悪い変化の仕方だった――……俺はこの場所に立っていて、良いのだろうか。標的にされた時の事を考えると、身が凍るようだ。そして、俺が真っ先に狙われる可能性は極めて高い。


 だが、城ヶ崎の方に合流しても同じ事だ。ならば、目的は明確な方が良い。


「恐らく、どちらもそうだった。お前にとって、松野は脅威になる存在では無かったとしても、佐野とは敵対したく無かった可能性があった。……それは、お前が前衛では無いからだ」


「――――それで?」


 空気が、違う。奴は俺に対して、まるで脅威を感じていない。


「同時に、松野の方がレベルが低いと仮定するなら、松野に憑依していた可能性は薄い……佐野と敵対した時、まして剣では太刀打ちできない可能性があるからだ。と云う事は、お前は松野の身体を装って、自らの身体のまま、佐野に攻撃する手段を持っていたと考えるのが自然だ」


 今更ながらに。俺の手の内を見せていなければ楽だったと、思う。あの時はリズを助ける為に、仕方が無かったと言えばそうなのだが。


 崩れた姿は、やがて一人の人間を形作る。まるで元々、半固形状の物体であったかのように。


「つまり、お前は憑依していたんじゃなく、変身していたんだ。ララから金庫のパスワードを受け取ったのは、本物のテトラ・エンゼルゴールドではなかった。そうすることで、全ての出来事に辻褄が合うようになる」


 出来るだろうか。全員の力を合わせれば、この化物とも思える存在に立ち向かう事が。仮に俺の推測通り、剣術士ではなかったとしよう。前衛では無かったとしよう。こいつは前衛では無いにも関わらず、『労働者アルバイター』である城ヶ崎仙次郎の、しかも最も威力の高い真上からの攻撃を防いでいた事になる。


「後は簡単だ。一度目、お前はテトラ・エンゼルゴールドの姿のまま、テトラ・エンゼルゴールドを殺し、ララ・ローズグリーンに変身して電力室を出る。松野の時は松野に扮して佐野を殺し、窓から飛び降りた。本物の松野はベッドの下か何処かで眠らされていたんだろう」


 あの時、部屋の窓は開いていた。しかし、三度目のアタリの時には、何処にも逃げ場はなかったにも関わらず、アタリは元に戻っていた。


「ヒヒヒヒヒッ――――それで?」


「眠らせる方法は、食べ物だ。ララの時はのど飴、佐野の時にはコーヒーを使った。そして三度目――……お前はリズに、宴で余った菓子を渡しただろ」


 恐らく、俺も眠らせておく予定だったに違いない。そうして俺達を戦闘不能にした上で、改めてミリイ・ロックハインガムを狙う予定だった。


 最早、この場所に敵は居なくなるのだから。


「そんな事が出来るのは、お前しか居ない……。サンズの陰に隠れ、『ゴースト』を装った。アビリティは変身、元素関数は、窓から飛び降りても物音ひとつしなかった事を考えると、恐らく――――――――『風』」


 瞬間、異変は起きた。




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