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終末東京で、俺は戦器を握らない  作者: くらげマシンガン
第一章 『アルタ』編
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第十一話 仮面の裏の真実

 白い簡素な壁に包まれた空間の中、不自然にも天井から吊るされた檻。ダンジョンへと戻る白い光を背面に、戦闘態勢に入った俺と城ヶ崎。そして、俺達と檻とを結んだ直線上に立ち、不気味な威圧感を醸し出している黒いローブの男、『ミスター・パペット』。


 辺りにぴりぴりとした緊張が走る。ひとたび踏み込めば、もう後には戻れない境界線を前にして、互いに気配を探っているような、この状況。静かにポケットへと下ろされた左手は、バトルスーツに収納された白い包み紙に触れる。そして、それを握り込んだ。


「おい、今掛はどうした。……あいつも、拘束されてんのかよ」


 そう言ったのは、城ヶ崎だった。珍しく、今掛の心配をしているらしい。


 問い掛けるとミスター・パペットは嘲笑った。それはとても楽しそうで、不愉快な笑みだった。


「ああ、彼か――――もう、ゲームに顔を見せる事も無いだろう」


「無いだろう、って何だよ。どうなってるのか言えよ」


 さも、当然のように。


「手足を切断して、転がしておいたからな。今頃は息を引き取って、ログアウトされている頃じゃないのか」


 そう、言った。


 城ヶ崎の額に、青筋が浮かんだ。その瞳孔が開いて行くにつれて、城ヶ崎の怒りが増大していくのが分かる。


 城ヶ崎と、視線を合わせる。……今回の作戦に於いて、戦闘の鍵となるのは何時だって城ヶ崎だ。彼への負担は大きい――……ゲームの世界では、何時でも俺が操縦席。城ヶ崎が発射台だ。この関係は、例えゲームの内容が変わったとしても、おいそれと変更出来るものではない。


 小さく、城ヶ崎は頷いた。それを確認して、俺は白い包み紙をバトルスーツのポケットから抜き取る。相手に分かるようにゆっくりと、胸の前に出して提示してみせた。


「こいつが、『デッドロック・デバイス』だ。さっき、監視カメラ越しに見せたものと同じ」


「信用出来ないな。すり替えられているという可能性がある。中身を見せろ」


 俺はミスター・パペットに頷いて、白い包み紙から中身を取り出す。……間もなく、リング状のアイテムが登場した。銀色に輝くブレスレット。中央に蒼い宝石が嵌め込まれており、全体的に滑らかな形状で、見るからに何らかの効果を持っていそうなアイテム。


 今度は剥き出しのそれを、目の前に掲げる。


「……これで良いか。そっちも、椎名の姿を見せろよ」


 ミスター・パペットは天井の檻を見上げて、腕を組んだ。


「見せたいのは山々なのだが、生憎と喋ることが出来ないようにして、閉じ込めてしまったのでな。それが渡されれば、檻を下ろそう」


「椎名の解放が先だ。檻を下ろせ」


「それは出来ない。……では、こうしよう」


 やはり、か。


 ミスター・パペットは檻に繋がっているチェーンの所へ――……部屋の隅にある、チェーンを巻き取る為と思われる機械の所へと歩いた。コイルのように巻き取られたチェーン。その近くに、『上』と書かれたボタンと『下』と書かれたボタン、その二つがある。ミスター・パペットはその『下』のボタンを一瞬だけ押下し、俺達に示してみせた。


 ガタン、と天井の檻が僅かに下降し、天井と檻の間に僅かな隙間を作る。其処まで提示して、ミスター・パペットは俺達に向かって人差し指を向けた。


「これは、押し込むと完全に下降するまで動き続けるタイプのボタンでな。その位置からでも構わない、『デッドロック・デバイス』をこちらに向かって投げてくれ。そうしたら、このボタンを押下しよう。それで成立するだろう?」


 若しも押さずに逃げた所で、椎名を助ける為にはボタンを押せば良い。それは、証明された。後は奴の逃げ道が確保されれば、成立――――という手筈だ。


 奴等にとっては椎名美々など、デッドロック・デバイス引き換えの為の駒でしかない。より確実に退避する為には、アイテムが受け渡されてから解放するのが筋……か。


 ボタンの直ぐ近くに扉があるのは、そういう理由からだ。先の喫茶店での映像で、カメラが上に動いてから檻を持ち上げたのは、一度戻って扉の近くにあるボタンを押下する為。


 確かに一つの可能性として、そのように考える事は出来る。


「良いだろう。……じゃあ、投げるぜ」


 俺は無表情のまま、ミスター・パペットに頷いた。


 心臓の動悸が激しい。たった一度、それも一瞬しか存在しないタイミングを、通さなければいけないと云う事実。緊張に、冷や汗が流れる。だが、外面はあくまで無表情のまま。ポーカー・フェイスは、ギャンブルの基本だ。


 俺はデッドロック・デバイスを白い包み紙に戻して、其れをミスター・パペット目掛けて構えた。


 椎名美々。


 世間から見放され、隔離された女性。『社会』に順応出来ない彼女は、人間の醜さ、弱さを嫌という程見て来た筈だ。


『権利を持った人間』『認められた人間』の、傲慢さ。プライド。そして、其れを持たない人間に対する態度。どれだけ取り繕ったとしても、決して隠し切れない残酷さ。


 安全な立場から、ひとが転げ落ちて行くのを見て、安堵するのだ。ああ、それが自分でなくて本当に良かった、と。貶められているのが彼女で本当に良かった、と。


 俺はデッドロック・デバイスを、放物線を描くようにしてミスター・パペットに向かって投げる。ミスター・パペットは退避の為の扉に手を掛けたまま、其れを受け取ろうと手を伸ばした――……


 タイミング。


「城ヶ崎!!」


 叫ぶと同時に、走り出した。城ヶ崎は俺よりも先を走り、跳躍する。


 空中で前方向に回転し、城ヶ崎は勢いを付けた。宙に浮かんだデッドロック・デバイスを越え、頂点に達した瞬間に急加速。ダンジョン内でも見て来た、城ヶ崎の基本パターン。


 交渉が成立した瞬間。それは、最も気が緩む瞬間でもある。奴は『管理者アドミニストレータ』だ。クリーチャーを呼ぶことが出来なければ、如何にレベルが高かったとしても、その戦力は激減する筈。


 ダンジョン内では、俺達に向かって無数のジャイアント・ラットを平然と繰り出してきた。それを考えれば、相手が俺達を殺す事に何の躊躇もしていない事が分かる。加えて、この場でデッドロック・デバイスを受け取った相手がどのような行動に出るのかも、ある程度予想が付く。


 逃げようとしているのは、フェイク。この広い空間は俺達を迎え撃ち、『椎名美々』と『デッドロック・デバイス』を同時に手に入れる為の最終防衛ラインなのではないか。


「特殊召喚!!」


 ――――速い。


 俺達は完全に不意をついて、ミスター・パペットに攻撃を仕掛けた筈だった。しかし――……扉から手を離し、地面に手を付くまでが圧倒的に速かった。急降下する城ヶ崎の手前に、巨大なシルエットが浮かぶ。


 間に合わない。ならば、どうするか。俺は猛然とミスター・パペットに詰め寄り、タックルを仕掛けた。


 城ヶ崎の目の前に、巨大な鼠――――ジャイアント・ラットよりも更に巨大な、熊にも見える程に大きな鼠が出現した。城ヶ崎の放った鉄パイプは鼠の左腕に弾かれ、その場に衝撃波が生まれる。


 ミスター・パペットと鼠の位置が、思ったよりも近い。


「おおおっ――――!?」


 背の高い鼠に邪魔され、鉄パイプを振り下ろし切れなかった城ヶ崎。衝撃は浅い。慌てて鼠の左腕を蹴り、後方へとジャンプする。鼠は城ヶ崎の方を向いていない。向いているのは――――俺。


 デッドロック・デバイスが、白い部屋の隅に転がった事を確認した。


 瞬間、肺から息が吐き出され、衝撃に頭が真っ白になった。


「恭一!!」


 城ヶ崎の声にも気付かない。前方向に走っていた筈の俺は反対勢力に腹を殴られ、今正に進んで来た道を逆走する形で吹っ飛ぶ。低い高度も勢いが死んでいくに連れて下に落下し、当然着地に気が回る筈もなく、頭を抱えてビルの床を転がった。


 背中に衝撃。……僅かな静寂が生まれた。


 壁に激突したのだと気付いた時には、全ては終わっていた。押し殺したように嘲笑うミスター・パペットは、何事も無かったかのようにデッドロック・デバイスへと歩く。城ヶ崎が其れを阻止しようと走り出すが、巨大な鼠が行く手を阻み、止むを得ず停止した。


「……弱いな。……弱過ぎる」


 ミスター・パペットは、デッドロック・デバイスを拾い上げ、そう言った。


「『自遊人』『労働者』如きが、この世界で戦って、一般職に勝てると思うな。……イレギュラーなんだ、お前達は。元よりこの世界で、不遇と扱われる者達なんだよ」


 立ち止まった城ヶ崎は、少しずつ鼠から距離を取る。……正解だ。相手が何をして来るか分からない以上、此処での戦闘は完全にアドリブで行かなければならなかったが、流石に息が合っている。


 激突した背中と、殴られた腹がずきずきと痛む。まあ、痛む程度で済んでいるのはバトルスーツのお陰と云った所だが。意識は朦朧とし、ミスター・パペットの声が幻覚に惑わされた時のように脳内を浮遊する。三半規管を揺さぶられた時のような気持ちの悪さが、痛みに拍車を掛けている。


「こいつは、キング・ラット。ジャイアント・ラットの上位種で、常に二足歩行出来るのが特徴だ。体格も素晴らしいだろう? 四十キロで走るトラック程度なら、激突されても止める事が出来る」


 熊のような大きさの鼠を見ていると、体格の大きな城ヶ崎が子供に見える程だ。最早ラットと呼ぶべきなのかどうか、それさえ疑わしい……両手を構えると、ブスブスと云ったような奇声を発している。


『リザードテイル』は現実世界で考えると素晴らしい薬だが、ゲームの世界としては不便だ。注射器という構造上、使用の隙が大き過ぎて戦闘中に使う事が出来ない。せめて錠剤か何かなら、まだ使いようもあるのだが。


「直ぐに退散する予定だったが…………まあ、蟻を二匹踏み付けて行く位は、構わないだろう」


 キング・ラットと呼ばれた化物は、徐ろに城ヶ崎へと近付いて行く。城ヶ崎は堪らず、更に後ろへと後退った。……扉付近まで追い詰めていた俺達は一転、部屋の中央付近まで追い返されて行く。


 瞬間を、待っていた。俺達が反撃し得るに足る瞬間。だが、それが何時来るかは分からず、これ以上下がってしまっては、もうその手段は使えない。動かない身体でどうにか立ち上がるが、無力な俺にこの状況を打開する術は無かった。


「社会の掟というものを、教えてやらなければな。……弱者は、強者に従うんだよ。この世の何処にも、それを覆すルールは存在しない」


 時間を稼ぐ、ということ。


 不利な状況に追い込まれる程にそれは難しくなって行き、手段は限られて来る。それでも、無数にあるルートの中から最善を選び、勝利までの可能性を探し続ける。


「弱者は弱者として、自らの立場を受け入れろ。出る杭は打たれると教わらなかったか?」


 立ち上がった俺は、震える両足で、今一度踏ん張った。


「…………じゃあ強者って、何だろうな?」


 俺のことなど見てすらいなかったミスター・パペットが、面倒そうに視線を俺へと向ける。


 思わず、笑みが漏れた。壁に凭れ掛かり、顔を左手で覆い、狂人のように嘲笑ってしまう。可笑しくて、仕方が無かった。腹の底から沸々と煮え滾るものが、蒸発して喉元まで迫り上がってくる。


 城ヶ崎が、横目に俺を見ていた。


「金か? ……名声か? ……権力か? 何を持てば『強者』なんだ? ……笑っちまうよ。ゲームの世界でしか強がれない阿呆が、下らねえ事言ってんじゃねえよ」


 冷静な判断力を、まず奪う。


 キング・ラットが、従者の意識に従って、城ヶ崎から俺へとターゲットを移す。城ヶ崎でさえ歯が立たない体格なのに、その二倍程はあろうかという化物が、大して筋肉もない俺に狙いを定める。


 沸騰した怒りは、やがて恐怖という名の冷水を浴びて、身動きを封じられる。


 だが、リスクを恐れるな。


 耐えられる全てのリスクは、リターンの為に甘んじて受け入れるべきだ。


「井の中の蛙、大海を知らず、ってさ。自分が強いと思ってる奴ほど、世界の広さを知らない。世の中には予想を上回る行動を取ってくる奴なんて、それこそ星の数ほど居るもんだ」


 恐怖に笑いが引き攣りそうになるのを、どうにか堪えた。……まだ、俺が機能停止する訳には行かない。この後で俺が動けなければ、想定可能な最大のリスクを取る事が出来ない。


 来い。


 俺の『リターン』。リスクを許容し、受け入れた先に待っている、理想の展開。その為になら、殴られて痛みを感じる事など大した問題ではない。


「『自分は強いです』って顔に書かないと動けない奴。権力を誇示しないと、生きていけない奴。……そういうお前みたいな奴の事を、『弱者』って言うんじゃねえの?」


 たったひとつの、タイミング。


「…………てめえ」


 キング・ラットが俺に向かって来るまでの、僅かな時間。城ヶ崎が今にも動き出して、俺の盾になろうとする瞬間。


 俺は不敵な笑みを崩さず、天に祈った。




 ――――――――来い。




 瞬間、場の空気が変わった。


 俺の視界にある、ダンジョンへ続く小さな光。その中から、茶色のローブを来た少女がハープの音色のような効果音と共に、現れた。


 最後の仲間。――――この時、この瞬間の為に動いて来た。例えジャイアント・ラットにやられなかったとしても、体調不良を口実にしてその場に残して行くつもりだった。


 ミスター・パペットの気が、突如として現れた少女に向いた。


「城ヶ崎!!」


 隙は一瞬。だが、その一瞬の隙が大きなリスクを生む。『俺を守る為に走る素振りを見せて、実は檻へと狙いを定めていた城ヶ崎』が、化物の真上にある檻へと跳び上がる。


 ――――そう。


 ちょうど、広いホールの中央。キング・ラットと呼ばれる化物の真上にある、人が中に入る事が出来る程度の、大きな檻に向かって。


「うおおおおおおおお――――――――!!」


 俺はリズの部屋で、最終的に三人で打ち合わせた内容について、思い返していた。


『作戦を説明する前に、言っておきたい事がある。…………多分あの檻の中に、椎名は居ない』


 それが作戦を組み立てた俺の、最初の台詞だった。城ヶ崎とリズは、どうして俺がそういった結論に至ったのか、驚いているようだったが。


 その発想の理由は、喫茶店『ぽっぽ』で見た映像だ。


 檻に入れられた女性を映し、天井へと上がって行くチェーン。檻がカメラから消えたのは、単なる偶然ではないと判断した。天井を映された後、一度カメラが元の視点に戻った時、現れたもの。……それは、ミスター・パペットのアップだった。


 例え仮面を着けていたとしても、拡大され、解像度が上がってしまえば、何かを根拠に本人が特定されるかもしれない。例えば剥き出しの指だとか、仮面から髪の毛が見えていたとすれば。実際には見えていなかった訳だが、何かの間違いで見えてしまう偶然はある。


 あの場面、敢えて画面一杯に自分自身を映すメリットは何処にも無かった。


 ならば、どうしてミスター・パペットは、間違いを犯せば自分が誰なのかを証明してしまうようなリスクを冒したのか。そうまでして、守りたい何かがあったからではないのか。


 俺は部屋の壁を伝うようにして、ミスター・パペットの視界から離れるように走った。奴は今、一瞬のうちに動いた状況へと対処する為、城ヶ崎に視線を向けている最中だ。俺などに気を取られている場合ではない。


 檻に辿り着いた城ヶ崎は、ものの数秒で重力を超強化する。突如として重量の上がった鉄の檻は、超過して耐えられなくなったチェーンを破壊し、その場に落下する。


 鉄パイプで殴るよりも遥かに強い、攻撃。


「馬鹿な…………!?」


 隠したい何か――――それはきっと、『椎名美々』そのものだろう。


 つまり、カメラから見て横に扉の付いていた檻は、『本当は背面にも扉が付いていた』。椎名は檻から逃げて、その先にある扉へと逃げ込んだのだ。


 俺は走りながら、落下していく檻の背中を確認した。


 ――――やはり、そうだ。扉と檻とを結ぶ直線上にカメラを設置した。ミスター・パペットがアップに映ったのは、扉の存在そのものを隠す為。


 檻へと意識が向けば、部屋の中の様子は気にならなくなる。人が檻に入れば、まさか上がる前には居なくなっているなんて思わない。何故なら、椎名美々は『人質』なのだから。


 キング・ラットの頭上へ、檻を掴んだ城ヶ崎が落下する。自分と同じ大きさの鉄の塊が頭上から降って来れば、幾ら化物でもノーダメージとは行かない筈だ。


 鈍い衝撃音が、視界の端から聞こえて来る。


 同時に、使い手も叩く。俺は部屋の隅を走り、ミスター・パペットに横から近付いた。俺の存在に気付くが、もう遅い。


「――――ま、待て!!」


 渾身の力で、ミスター・パペットにタックルを浴びせた。バランスを崩したミスター・パペットは、その場に転倒する。同時に、制御を失ったキング・ラットは檻の直撃を受けた。


 俺は、ミスター・パペットを組み伏せる。うつ伏せにして片腕を奪い、自由を奪った。


「……アアア!! …………アアアアア!!」


 化物の悲鳴が聞こえる。振り向けば、城ヶ崎が檻から離れ、地面に着地した瞬間だった。


 痙攣していたキング・ラットは、痛みに悶え苦しんでいたが。数時間にも思える一瞬、僅かに聞こえていた化物の息遣いが途絶えたかと思うと。


 光が生まれる。化物はその姿を光に包み、そして。


 その場から、消滅した。


「城ヶ崎、リズ。……こっちに来てくれ」


 安堵を隠すことは出来ない。死亡が死亡にならない世界とは云え、痛みを感じることに変わりは無いのだから。それでも、俺は自分の作戦が上手く行った事を、肌で感じていた。


 二人は俺の下に駆け寄って来る。俺は黒いローブのフードを外し、ヘルメット状になっている茶色の仮面に手を掛けた。


「なあ。そろそろ、人形ごっこは終わりにしようぜ」


 そうして、俺はその男の名前を呼び。




「――――――――今掛時男」




 その面を、取った。


 二人が、息を呑んだ。そこに現れたのは、すっきりとした茶髪の男。意志の強そうな眉が顔のパーツでは一際目立つ。俺に身体の自由を奪われて、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


 誰も、口を開かない。嘘のような静寂の時が訪れた。俺は今掛の持っていた戦器……鞭のような形状をした其れを奪い、手の届かない場所に向かって投げた。


 何の事はない。始めから、全ては今掛の策略だったのだ。その推測にある程度の根拠を見出してからは、早かった。椎名美々は、『デッドロック・デバイス』の事をたった一度だけ、喫茶店『ぽっぽ』で話していた。その時に聞いていて、俺の中で候補になっていたのは二人。


 神宮寺と呼ばれた、『カンパニー・バイオテクノロジー』の社長。……そして、今掛時男だ。


「先入観を使ったトリック、見事だったよ。……でもお前、ちょっとやり過ぎたな」


 俺は笑うでも怒るでもなく、今掛にそう言った。城ヶ崎が未だ驚きを隠せないといった表情で、俺の言葉に耳を傾けた。


「……やり過ぎた、って?」


 今掛時男を指差し、俺は城ヶ崎に言う。


「初めて会った時、今掛は俺の事を疑ってただろ。……あれ、実は俺が犯人だと思ったから疑った訳じゃないんだ」


 黙って、二人は俺の話を聞いていた。俺の足下で、今掛が舌打ちの音を漏らした。


「椎名がたまたま助けた人間から、偶然にも『ジャイアント・ラット侵入事件』の犯人が『地下都市アルタの内部の人間』だと示されてしまった。このままじゃ何かのきっかけから、事件が阻止されるかもしれない。そう思った今掛は、恰も俺……木戸恭一が犯人だと疑う事で、『自分が犯人である可能性』を薄くしようとしたんだ」


 微かに、周囲の空気が変わる。


「……どうやって?」


「ほら、俺が犯人じゃないか、と疑うって事はさ。間接的に、『自分はジャイアント・ラットの事件を追ってる』って事になるだろ? 味方ではないけど、少なくとも敵ではなさそうだ……そんなポジションに立つことが出来るんだ。無闇矢鱈に協力者を求めてくるより、遥かに信頼性がある。『憎しみ』とか、『怒り』って感情は」


 城ヶ崎が驚愕の眼差しを、今掛に向けた。……出会った最初の態度から全てがフェイクなら、俺達には疑う事すら出来ない。


「だから、やり過ぎた。……今掛、お前は椎名が『デッドロック・デバイス』の話を喫茶店でした時、『面倒事に巻き込まれたら危ないから、誰にも言わずに取っておけよ』と言ったな。悪いが、本当にその人だけが大切なら、普通は見知らぬ人間から渡された金銭価値すらよく分からないもんを、取っておいたりしない。さっさと捨ててしまった方が安全だ。探しているのは本人じゃなく、アイテムなんだからな」


 今掛も、隣で真剣に話を聞いている二人も、黙っている。……そろそろ、化けの皮が剥がれて来る頃だろう。


「だが、そうなると疑問が湧いてくる。デッドロック・デバイスを渡された椎名美々は、もしかしたらデッドロック・デバイスに対する何かのトリガーを持った、重要な人物なのかもしれない。だから今掛は、椎名美々ごと誘拐する形を取った。恰も自分がヒーローを気取って助けに行く事で、親密さをアピールできる。他者の介入も拒める。そう考えた…………でも、今度は誘拐した後で問題が起こった」


「……そうか。デッドロック・デバイスは、既に美々ちゃんの所には無かった」


 俺は頷いた。


「アイテムは既に椎名の下を離れて、何処に行ったのか、分からなくなってしまった。そこでお前は、椎名をダシにしてデッドロック・デバイスを探させる事を思い付いたんだ。イベント扱いにすれば、誰かが持っていればそいつが持って来るだろうし、誰も持っていなければ誰かは探そうとする筈。……そうだな?」


 だから、単なる人質ではなく、人物として必要とされている椎名美々は、檻の中には居ない可能性が高い。逆説的ではあったが、イベント扱いにした事もまた、『椎名美々は檻の中に居ない』と云う、俺の推測の確かな根拠となった。


 ここまで公開されてしまえば、もう後に手段は残っていない。後は今掛を捕らえ、地下都市『アルタ』まで戻るだけだ。……当然、今掛の時計を奪って。


 ……もう、喋る事も無いだろうか。俺は拘束されていない、今掛の左腕に手を伸ばした。


「いつからだ?」


 不意に、今掛が呟いた。


「……何がだよ」


「何時から、気付いてた?」


 何故だろうか。


 今掛の態度に、僅かな変化を感じた。身動きは取る事が出来ないよう、拘束している。今掛自身も未だ、落胆したような表情でいる。


 それなのに、……何かが、おかしい。


「携帯電話」


「電話?」


「喫茶店『ぽっぽ』で椎名からデッドロック・デバイスの話を聞いた時、お前、携帯電話を持って外に出たよな。……恰も先方からの電話を意識していたけど、決定的におかしな部分があった」


 今掛は、笑い出した。……どういうことだ。これは、絶望に笑っているだけなのだろうか。


「聞いても良いか? その、おかしな部分ってのが、何なのか」


「…………鳴っていなかった。電話を受けた振りをしていたけれど、あの電話。音も鳴っていなければ、バイブレーションも無かった。その時に、おかしいと思ったよ。電話を受けたんじゃ無いなら、あのタイミングで誰に電話を掛ける必要があったんだろう、って」


 遂に、今掛は声に出して、大きく笑った。組み伏せられていても尚、楽しそうに――……何が来る。奴の切り札は倒した、ダンジョンも抜けた。戦器は奪った。……これ以上、何の可能性が考えられると言うのだろう。


 ざらついたやすりの様な物で胸を擦られているかのような、気持ちの悪さを感じた。


「だから、『デッドロック・デバイス』の話を、いち早く仲間に連絡していたんじゃないか、って?」


「……ああ」


「お前、すげえなあ。『デブ子』に助けられた奴だと思って、甘く見てたよ。すげえよ、勝てる気がしねえ」


 化けの皮が、剥がれた。


 間違いなくそう確信させる、一言だった。


「…………『デブ子』、だと?」


 ぴくりと、思わず眉が反応してしまった。城ヶ崎は意味が分からず、困惑していたが。


「でもさあ、邪魔しないでくれよ。これは俺とデブ子の問題で……あいつも、俺がヒーローみたいに助けに来るのを期待してんだよ。……こんな出来損ないで、何も出来ない俺を頼ってんだ。……ヒヒ、あいつも馬鹿だよなあ」


「城ヶ崎、すまん。時計を外してくれ。……そっちの方が早い」


 慌てて、城ヶ崎が動いた瞬間だった。




「『そういう関係』を、俺は作って来たんだ!!」




 瞬間、視界が反転した。


 腕を取られ、背中を押さえ付けられている状態から、強引に。今掛は力技で、俺を地面に転倒させた。


 すっかりパワーがインフレーションを起こして麻痺していた、『バトルスーツ毎の能力の差』と云う観点が、頭の中から抜けていた。城ヶ崎が鉄パイプを握るよりも早く、今掛は立ち上がり、その場から走り出す。


「――――野郎!!」


 扉目指して、走り出した今掛時男。その動きは素早く、バトルスーツの差で城ヶ崎には追い付けそうもない。白い部屋に取り付けられた扉を開いて、中へと逃げて行く。


 少し遅れて、二人がそれを追い掛ける。扉へと入って行った。俺も直ぐに立ち上がり、後を追い掛ける。


 此処は、地上から遥かに離れたビルの最上階。適当な部屋に逃げても意味が無い。……即ち、あの場所に非常階段があるのだ。恐らくそこに、椎名が居る。


 右の通路はフェイクだ。出て来ただけで、本命の逃げ道ではなかった。……ということは、右側の通路から外には出られない。奴の思考は未だ冷静であり、どうにかして作戦を遂行しようとしている。




 ――――――――それなら、問題ない。



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