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第8話 ライラズブートキャンプ

 ヴァルキュリアのスタッフエリア。

 表が荘厳絢爛ならば、裏はシンプルイズベスト。

 相も変わらず白一色なその廊下を歩く2つの人影があった。


「今どこに向かってるんですか?」


 先を歩くライラにユヅキが尋ねる。


「ゼンメルワイス先生のところです。貴方にはまずいろいろと話しを聞かなければなりません。でなければ誤魔化せるものも誤魔化せませんから」


 ほんの数分前までユヅキを抱きしめ泣いていたライラはどこへいったのか。

 そこにあったのは、メイド長という肩書に見事に当てはまったライラの姿だ。

 調子を取り戻すきっかけになったのは、他でもないユヅキの言葉だった。




 メイド服を作った部屋(縫製室というらしい)を出た2人は頬を朱に染めながら歩いていた。

 なんとかライラとの恥ずかしい出来事を過去のものにしたかったユヅキは、


「ところでこのメイド服って普通じゃないですよね? タイツだと思ったらスーツでしたし、布じゃないですし」


できるだけ平静を装いながら、違う話題を提供した。


「えっ、ええ。そうです。このメイド服は実は宇宙服なんです。緊急時にはお客様の安全を素早く確保する必要があります。緊急事態になってから着替えていたのでは、完全に手遅れですから」


「なるほど、ということはこのまま宇宙に出ても大丈夫なんですか?」


「そうですね。内部に蓄えられている酸素で1時間は活動できます」


 ユヅキがメイド服についての話題を振ってから、ライラの口調は急にしっかりしたものに変わった。

 気がつけば頬の朱も抜けている。

 ユヅキは、ライラに仕事スイッチが存在していることを悟ったのだった。




 そんなこんなで2人は、ゼンメルワイスのいるらしい部屋の前へと到着した。

 ゼンメルワイスの部屋と言われても、ユヅキには判断がつかない。

 ヴァルキュリアのスタッフエリアは扉や廊下、全てが同じデザインで統一されているからだ。

 何故そんなややこしい事になっているのかユヅキは疑問に思ったものの、ライラが扉を開けたことにより、聞けず終いとなる。


「失礼します」


「あぁ、いらっしゃい」


 扉を抜けたそこは医務室ではなく、どちらかと言えばオフィスといった体の部屋だった。

 部屋の中にはゼンメルワイスが使うのであろうデスクと、来訪者用のテーブルとソファがあるだけで、小ぢんまりとしている。

ゼンメルワイスはデスクから立ち上がると、ソファーの方へとユヅキ達を促した。


「さて。今日はもう疲れてるだろうけど、済まないがもう少し付き合ってくれ」


「はい」


 向かい合ってソファーに座るゼンメルワイスとユヅキ。

 ライラはユヅキの横隣りに腰を下ろし、2人の会話を聞いていた。


「いきなりですまないが、先ずは状況を整理しておこうと思う。まず今日の日付だが、地球標準時間で2997年6月8日、午後10時28分だ」


 この時代の時間には2つの種類があった。

 1つは地球標準時間で、地球の標準子午線の時刻を基にしたものである。

 全ての人類生活圏で共通であるため、 宇宙空間や、惑星間のビジネスなどで多く使われている。

 もう1つが惑星標準時間だ。

 こちらは惑星毎に異なるものの、その惑星の生活に合わせた時刻となっているため、一般生活ではこちらを使うのが当たり前となっていた。


「やっぱり未来なんですね……私が覚えている最後の日付は、2856年6月8日です」


 ユヅキは呟くようにそう漏らした。


「綺麗に141年前ということか。バーンハードに聞いたかもしれないが、今この船は星系間を航行している。ユヅキのいた140年前の星系間航行と言えば、新たな入植可能惑星を目指す大型船団によるものか無人の貨物船によるものだったと思うが、あっているかい?」


「はい。そういえばこの船は客船なんですよね? 星系間をどうやって……」


 2800年代に星系間を移動した場合、数十年から数百年の時間を要した。

 単純に、光速を超える手段が無かったためだ。

 ワープ航法が開発されるまで、隣の星系は、例えそこに人が住んでいようと、別世界だったのだ。

 その時代に生きていたユヅキにとっては、急に星系間を移動していますなどと言われても、にわかに信じられたものではない。


 そこでゼンメルワイスは、ワープ航法について簡単に説明を行った。

 もちろん、開発者の三香村博士については伏せてだ。


「たった150年ですごいですね」


 ワープ航法により数十年から数百年かかった行程を数日から数週間で行くことができるようになった。

 そのことを聞いたユヅキは素直に驚きを示した。


「ところでユヅキはなんという星にいたんだい? そこでは学生だったと聞いたが……」


 2997年の世界の話から、ユヅキ個人についての話へと移る。

 しかし、それは長く続かなかった。


「はい、私は大学でメカトロニクスと物理を専攻していました。ヤサカっていう入植して30年ぐらいの星だったんですけど、御存知ですか?」


「「!」」


 ヤサカの名が出た瞬間、ユヅキ以外の2人が大きな反応を見せた。

 口まで開けていたゼンメルワイスは、取り繕うようにソファに座り直す。


「いや、大したことでは無いんだが……ユヅキ、突然申し訳ないが精密な血液検査をさせて貰ってもいいかね?」


「構いませんが、どうかしたんですか?」


 ヤサカの話以降の突然の変化に驚くユヅキ。


「いや何、ヤサカで昔ちょっとした流行り病があってね。放っておくと良くない病気だから念のため、ということだ」


 そういうと立ち上がったゼンメルワイスは、机から採血機を取り出して瞬く間にユズキから採血した。


「今日はここまでにしよう。夜も遅いし、これの検査もしなくちゃならないからね。環境の変化というには大きすぎる変化の中に君は居るんだ。ゆっくり休みなさい」


 最後にユヅキを気遣う発言は残したものの、部屋の主であるゼンメルワイスはそれだけを言い、客人2人を残して足早に部屋を出て行った。

 思わぬ展開にどうすればいいのか分からず、椅子に座ったまま固まっているユヅキにライラが声をかける。


「では先生の言うとおり、今日はもう休みましょうか。ユヅキの部屋はまだ決まっていないので、今日は客室を使ってください。案内しますね」


「えっ、客室ってお客さんが……」


「今ヴァルキュリアには1人のお客様もいらっしゃらないので構いません。しかしユヅキ、「お客さん」ではありません。「お客様」です。気をつけてください」


 最後はハッキリと咎める口調で言ったライラ。

 ユヅキは「すみません」と言いながら、部屋を出るライラに続く。


(お仕事モードに入ったライラの直属ってもしかしてものすごくキツイんじゃ……)


 バーンハードにライラ直属を告げられた時とは違うものの、より強い危機感を覚えたユヅキだった。




 ライラの後ろをユヅキが歩く。

 今日既に幾度と無く見た光景ではあるが、今2人が歩いているのは統一された白の廊下ではない。

 ヴァルキュリアの表側である、客室エリアだ。

 スタッフエリアよりも広く高く作られた廊下は、木を中心とした内装により、華美すぎず上品で、高貴な空気を生み出していた。


 その空気に飲まれてしまったのか、客室エリアに入ってからのユヅキは無言で辺を見回していた。

 そんなユヅキにライラが声をかける。


「そういえば先程の先生との会話ですが、ユヅキ、自分のことを自然に「私」と言っていませんでしたか?」


「う……」


 ユヅキは痛いところを突かれたと思った。


「メイド服に着替える前は確か「俺」でしたよねぇ?」


 ライラの声は幾らか弾んでいる。 


「えっと、その……」


 答えに詰まるユズキ。

 ライラは明らかに楽しんでいる。

 そして、


「あぁ、残念。ユヅキ”ちゃん”のお部屋に着いてしまいました。中にあるものは自由に使って構いません。替えの服も準備してあるので、ゆっくり休んでくださいね。明日からの新人研修が楽しみですねぇ」


わざと語尾を伸ばして言うライラの表情はとてもうれしそうだった。




 ヴァルキュリアの客室は21室。

 定員64名と、客船としては非常に小さい。

 しかし小規模だからこそ、部屋毎に専属メイドを配し、行き届いたサービスを行うことができた。

 そんな部屋付きメイドの朝は早い。

 お客様が起きる前に身支度を整え、モーニングティーを準備する。

 部屋で朝食をお摂りになるお客様には、そのお世話もする。

 求めるものがあれば、調達する。

 その他お客様のご要望全てにお応えし、船での快適な旅をサポートするのが部屋付きメイドである。

 

 船とお客様の間に立つ重要な役割。

 その部屋付きメイドの訓練を、なぜかユヅキは受けていた。


 ライラに言わせれば「他は皆専門職。部屋付きメイドは努力職。努力職ならなんとかなるはずです」とのことだった。

 しかし、サーバーに声を掛けるだけでおいしい紅茶が飲める時代に、茶葉を使って紅茶を入れることが一般的であるはずもなく、ユヅキにとっては努力職の部屋付きメイドも十分に専門職の領域であった。


「カップが冷えてます。入れなおしてください」


「渋いです。入れなおしてください」


「ポットを持つ手が震えています。そんなところまで女の子しなくてもいいんですよ?」


 お仕事モードのライラは厳しい。

 その言葉の中にはユヅキをピンポイント攻撃するものも含まれていて、ユヅキとしては正しく身を削られる思いであった。


「キー配置はこれに慣れてください。もう一度」


「立体投影は相手の見やすい位置に、背後の色にも気を使ってください。もう一度」


「うまく操作できていませんね。もう一度」


 150年未来の情報機器も難敵だ。


「その言葉遣いでは失礼に当たります。やり直し」


「お辞儀の角度が決まっていません。やり直し」


「疲れた時でもそれを表に出してはなりません。やり直し」


 理系学生から豪華客船の乗務員への転職は、まるで第2の人生が始まるのかのような大きな変化を伴っていた。


 毎朝5時から夜は9時まで。

 どこの軍事教練ですか、と言わんばかりの猛特訓だった。


 当然そんなことをしていれば噂も立つ。

 バーンハードの情報封鎖令により、ユヅキを直接見たことのある船員はゼンメルワイス等の主要メンバーに限られる。

 しかし、「あの通路は使ってはならない」、「あの部屋は何時から何時まで使用禁止だ」等々、ヒントになる情報はいくらでも転がっていた。

 こうしてライラに特訓を受けているメイドの存在は、特訓3日目、即ちユヅキがヴァルキュリアにタイムスリップしてから4日目には、船中に広まっていた。


 その日の夜。

 ”偶然にも”ライラとユヅキが特訓していた客室の前を通り、”偶然にも”中のやり取りを聞いたとあるメイドからもたらされた情報により、バーンハードはユヅキの存在を隠すことを諦めることになる。


 件のメイド曰く、 


「おじさんと一緒に寝ようやぁ~、構へんのやで? 構へんのやで?」


「お、おやめください! お客様! ーーあっ、ちょっと! ライラさん、そこはっ!」


「女の子同士問題がありますか? 訓練です」


「そんなエロオヤジはこの船には乗って来ませんっ! それに私あh」


というヒドイやり取りがあったらしい。




 明けて6月12日。

 朝一から押しかけた船員達に対し強烈な営業スマイルで白を切り、1分ごとに艦内マップでエリザベトの位置を調べるライラの姿があった。

更新再開します。

また、毎日更新は難しいので3日~4日程度に1度の更新になると思います。


次回:久々にアシュリー

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