第7話 思い込みと引っ込み思案
ライラの指示通り部屋の前で待つこと3分。
扉を開けて出てきた彼女は、
「入ってください」
と、またしてもシンプルな言葉でユヅキに入室を促した。
ライラに続いて入ったその部屋には、2つの装置が置かれていた。
1つは天井に届きそうな大きさの黒い円筒形の装置。
円筒の1部が扉のように開いていて、中は空洞となっている。
もう1つの装置も円筒形なのだが、こちらは透明で、中は緑色の液体で満たされていた。
液体の中には何やら黒い物体が1つだけ浮かんでいる。
装置の上の方には銀色のリングが付いておりそこから伸びたケーブルが何本か、天井に吸い込まれていた。
少なくともユヅキは見たことのない装置だった。
「何ですかここ?」
「あなたの制服を作るところです。その格好では仕事になりません」
そう言われてユヅキも納得した。
ゼンメルワイスに貰った病衣でする仕事など思いつかない。
「それで、どうやって作るんですか?」
「あの黒い円筒形の装置、あれの中に入ってください。扉は勝手に閉まります」
言われて中に入ると、ライラの言うとおり扉が自動で閉まった。
訪れた完全な暗闇に恐怖を覚えたユヅキだったが、すぐに足元と頭上に照明が点くとともに
「これから体のサイズを計測します。指示されたものと同じ姿勢をとってください」
というライラの声を聞き安心する。
やがて、姿勢を指示するイラストが現れたのでそれを真似るユヅキ。
5,6ポーズ採った所で終了となった。
装置から出てきたユヅキを「お疲れ様です」と迎えたライラは、空中に浮かぶコンソールを操作しながら、
「やはり華奢ですね。少し鍛えてもらいます」
無感情にそう告げた。
作業の邪魔にならないよう、静かに待つユヅキだったが、その心中では自分の職務について考えていた。
150年前の知識しか持たないユヅキにできることは、かなり限られている気がしていた。
まずどうがんばっても技術系の職業は無理そうである。
戦力になるまでに何年かかるか分からない。
それに、バーンハードはライラの直属だと言っていた。
メイド服を纏い、ヴァルキュリアのメイド長であるらしいライラの直属ということは、必然的に接客業ということになる。
となるとメイドの反対でボーイということだろうか、と当たりを付けたユヅキ。
気がつくともう1つの装置、緑色の液体で満たされているそれが稼働していた。
装置上部の銀のリングは上下に移動できたらしく、それが装置の下の方まで降りてきていた。
やがて銀のリングから内側の液体に向かって何本ものレーザーが照射される。
後には黒い線のようなものが残っていた。
(光造形法か!)
レーザーを用いて液体を硬化させることで任意の形を作り出す光造形法は、ユヅキのいた150年前にも存在したが、それで服を作るなど見たことも聞いたことも無かった。
物珍しそうに装置の動きを追いかけるユヅキ。
だがそれが懐疑の視線に変わり、そして戸惑いの視線に変わるのに時間はかからなかった。
「あ、あの、ライラさん。これ作る服間違ってますよ?」
上へ下へと忙しなく動く装置が作っていたのは、どこからどう見てもメイド服と呼ばれる類のものだった。
ご丁寧にタイツまで付いている。
「間違っていません。あなたは私直属のメイドですので」
「……えっと、つまり女装?」
「あなたの容姿であれば問題ありません。ちなみに本船で接客に関わるものは基本的に皆女性です。ボーイと呼ばれる者は存在していません」
当たっていたけど外れていたユヅキの予想。
色々と衝撃的な情報を置いていってくれたライラさん。
ユヅキは気が遠くなる思いだった。
ライラの注文通りに働くだけの装置がそんなユヅキの意を汲み取ってくれるはずもなく、最後に首元にリボンを造形すると、ユヅキのメイド服を完成させた。
「早速着替えてください」
仕立てられたメイド服をユヅキに押し付けるように渡すと、「外で待っていますから」と言い残して足早に部屋を後にするライラ。
ユヅキは、
(見た目よりも随分重いな)
等と冷静なことを考えながら、泣きそうな目で腕の中のメイド服を見つめていた。
(いや、ただの女装じゃないか。高校でも学園祭でやらされたじゃないか。問題ない。そう何も問題ない)
問題ない、問題ないと暗示を掛けたユヅキはひとつ頷いて決心をつけると、メイド服を床に置き、パーツごとに並べてみた。
するとこのメイド服がただのメイド服ではないことがわかった。
まずは先程ユヅキがタイツだと思っていたもの。
それはタイツではなく、手と頭を除く体全体を覆うスーツだった。
腰の部分と袖口には液体の中に初めから浮いていた黒い物体が付いている。
重く感じたのはこの物体が原因らしい。
生地も布ではなく、引っ張れば伸びるものの、裏は透けないという不思議なものだった。
触ってみれば、黒のワンピースや白のパニエ、白のエプロンにカチューシャまで、全て同じ素材でできている。
同じ緑の液体から作られていたのだから当たり前ではあるのだが。
下着だけは別にあったようで、普通の布製の男物が挟まれていた。
下着を着け、スーツを着る。
スーツは前開きになっており、ユヅキが両腕を通すとひとりでに割れ目が消えた。
改めて技術の差を感じるユヅキ。
どうなっているのか知りたかったものの、触っても前開きになっていた後は分からず、あきらめて着替えを続けた。
ワンピース、パニエ、エプロンを着る。
パニエにより腰の部分の、姫袖により袖口の部分の黒い物体がそれぞれ隠された。
最後のカチューシャにはインカムが付いていた。
ライラの場合長い髪で隠れていたのか、気が付かなかった。
過去の経験のおかげか、特に迷うこと無くメイド服に着替え終えたユヅキ。
自分の姿が気になった彼は、そこだけ鏡になっていた壁の前へ移動する。
そこに映る自分の姿を見たユヅキは、ゴクリとひとつ、唾を飲み込んだ。
有り体に言えば、良く似合っていた。
線の細さと胸の膨らみの無さ、そしてショートカットと言える長さの髪が、か弱さを演出している。
気がつけば鏡に映る自分に見とれていた自分がいた。
ハッとして赤面するユヅキ。
(自分に見惚れるとか……変態じゃないか!)
「着替え終わりましたか?」
そんなユヅキに音もなく部屋に入ってきていたライラが声をかけた。
ビクッと肩を震わせたユヅキは、サッとライラに背中を向ける。
その顔は恥ずかしさからかさらに赤面していて、
「ちっ違うんです! 何でもないんです! 自分可愛いなんて絶対思ってませんからぁーー!」
全部ぶっちゃけた。
「くっ……はっはっは、あーはっはっはっはっは」
部屋中にライラの笑い声が反響する。
全く予想していなかった反応に恐る々後ろを振り返ったユヅキは、いつの間にかすぐ近くにきていたライラにそっと抱きしめられた。
身長175cmのライラと159cmのユヅキ。
ユヅキの顔は先程とは違う意味で赤くなる。
逃げ出そうと動くユヅキに構わずライラはしゃべり続ける。
「私、相変わらずバカですね……ははは。大丈夫です。ユヅキは可愛いですよ。過去から来た素直で可愛い男の子です。私また勝手に壁作って……ごめんなさい」
これまでのライラからは考えられない感情の発露に、ユヅキは動けなくなる。
見上げたライラの目には光るものが見えた。
ユヅキは返す言葉が思いつかなくて、恐る々といった調子でそっとライラを抱き返す。
そんなユヅキの行動にクスリと笑ったライラは、
「ありがとうございます。ユヅキは本当に可愛いですね。可愛くて強いです」
愛でるようにその頭を撫でた。
「知っていますか? 船員は皆家族なんです。今日からここが貴方の家で、私達が家族です」
コクリとひとつ頷くユヅキ。
「ようこそヴァルキュリアへ。ユヅキ」
またひとつ頷くユヅキ。
その頬は幾条もの涙で濡れていた。
ユヅキとライラの2人が白く代わり映えのしない廊下を歩いている。
2人の間のその距離は、さらに離れていた。
「あ、あの」
「は、はい」
ライラの呼びかけもユヅキの答えもぎこちない。
2人ともさっきの一幕はやりすぎだったという恥ずかしさがあったのだ。
「ユヅキは私の部下で、か、家族なので、私はユヅキのことをユヅキと呼んでもいいですか?」
「既に呼んでるじゃないですか……」
歩く距離は離れていても、心の距離は近づいた2人だった。
彼は後に懐古する。
「俺はあの日、ヴァルキュリアに捕まったんだ」
推敲&書き溜め期間ということでしばらく更新休みます。
ごめんなさい。
1週間後を目処に再開できたらと思いますので、よろしくお願いします。
折角なので次章予告
第2章「ユグドラシル」
ユヅキのPIDを得るために寄り道した場所、それはユグドラシルと呼ばれる小惑星帯にある都市だった。
初めて見る都市の雰囲気を楽しむユヅキだったが、その身には危機が迫っていた。