第3話 ここはどこ? あなたはだれ?
「先程は失礼を致しました。お怪我は御座いませんか?」
「いえいえこちらこそ、大丈夫です…」
テーブルを挟んで座る2組。
会話の内容にそぐわず、その空気は重い。
それはお互いの疑念は全く晴れていない事によるものなのか、はたまたユヅキとアシュリーが並んで座り、その向かいに銀髪さんが座るというこの配置によるものなのか。
恐らくは両方だろう。
場所はベッドルームから変わり、銀髪さんが入ってきた扉を抜けたところ。
設えとしてはリビングといった部屋だった。
最初の一言以降、お互いに言葉を発しない。
重い空気に耐えかねたユヅキは、先程の出来事を思い返していた。
先のタックル事件、ユヅキはまたもや何もできずにいただけだった。
というより、掛け布団をかき集めて裸の身を隠すのが精一杯だった。
ピクリとも動かなかった銀髪さんは軽く気絶していただけのようで、10秒するかしないかで目を覚ましてしまったのだ。
同時にユヅキに向かって構えを取る。
鬼の形相は相変わらずで、ユヅキはメイド服を纏ったこの人が全くメイドに見えなかったという。
しかし次に銀髪メイドさんが放ったのは、彼にとっては予想外の一言だった。
「えっ? 何ですかこれ?」
彼女はユヅキの肩にもたれかかるアシュリーの姿を見て目を丸くしていた。
てっきり一刀のもとに断罪されるかと思っていたユヅキだったが、どうやらひとまず助かったらしい。
「は、話せば分かると、思います…たぶん」
なんとかひねり出したユヅキの一言と、何よりも凄まじい眼力で銀髪さんを睨みつけていたアシュリーの存在が効いたらしく、
「一先ず服を用意しますので、それを着てください。それから、場所を移しましょう。」
と言うと、部屋にあったクローゼットから無地の白Tシャツと黒の短パンを取り出しユヅキに差し出した。
「アシュリーのですけど」
余計な一言がついていた。
それでも着ないという選択肢は無いわけで、仕方なくアシュリーの服を着たユヅキと2人はベッドルームを後にした。
白い壁と木目の壁が交互に並ぶストライプ柄は、中の人をリラックスさせる効果があったのだろうが、しかし今のギスギスした雰囲気の前には役目を果たせないでいた。
それでも黙っていては始まらないとばかりに、銀髪美女の方が再び口を開く。
「私は、本船のメイド長を勤めております。ライラ・アルヴォネンと申します」
銀髪さん、本当にメイドだったらしい。
先程の鬼の形相はどこへ消えたのか、今は見事な微笑みを浮かべている。
その顔はアシュリー同様西洋人のものだが、シュッと尖った顎や切れ長の目は大人の女性を感じさせる。
口調一つ、表情一つとっても品の良さが溢れだす、そんな存在である。
ユヅキにタックルをかました時には自由だった髪も今はカチューシャで後ろに流されている。
「えっと、俺、いえ自分は三香村柚月と言います。そちら風に言えばユヅキ・ミカムラですが。ところで、本船というのは…それにメイド長って…」
「…あなたはどうやってここへ来たのですか?」
答える気はないらしい。
メイド長だというライラの言葉からそう悟ったユヅキは、ことの経緯を話し始める。
自分が飛び級の大学2年生で17歳であること。
課題を終わらせた疲れからそのまま眠ったこと。
次に気がついた時にはここにいたらしく、アシュリーに首を絞められていたこと(アシュリーの肩が跳ねた)。
目があった瞬間ひっくり返って痙攣しだしたこと。
何故か自分の名を呟きだしたこと。
「……で、様子を伺おうとしたところに私が入ってきたということですね」
「そういうことです」
「アシュリー、どうなのですか?」
当たり前だがユヅキの話は信用されていない。
「気がついたらここにいました」から始まるのだから、常識的に考えてありえないのだ。
「空間の微小な変化を観測した。ミカムラユヅキが外部から本船内に出現したことは間違いない。」
やけにハッキリとした発音と抑揚のない口調。
それが、依然ユヅキにもたれかかったままのアシュリーから発せられたものであることは、明らかだった。
あまりの変貌ぶりに驚きを隠せないユヅキ。
首を絞めてきたり、自分の名前を叫んだり、タックルしたり。
そんなアシュリーの姿しか見ていないユヅキにとっては、今の淡白な彼女はとても信じられるものではなかった。
(というか、空間の微小な変化を観測って……あなた人間じゃない系ですか?)
そんなユヅキの疑問にもお構いなく、アシュリーとライラ、2人の会話は続く。
「それはつまり、人体の転送……ということですか」
「そう考えるのが妥当」
「それはまた……」
そのまま黙り込んでしまう2人。
アシュリーの頭はユヅキの肩に乗せられたまま動いていないということが、空気をさらに重く感じさせる。
それに耐えかねたように、ユヅキが口を開いた。
「あの、すみません。ここって一体どこなんですか?」
先程の会話には本船や人体の転送等気になる単語が多くあった。
それに答えたのはやはりアシュリーではなく、メイド長を名乗ったライラだ。
「そうですね……ひとまずそれぐらいの情報なら提供しても構わないでしょう」
そう前置きすると、
「ここはアンドロメダ航宙所属の特級客船ヴァルキュリア号の船内です。あなたは航行中の本船内に唐突に出現しました。そのため我々は、あなたを不審者として拘束しています。現在、船長以下船の主だった乗員が、貴方の身柄の扱いを検討しています」
一息にそう言った。
「アンドロメダ航宙と言えば……低価格の近距離線を売りに業績を伸ばしている新興の航宙会社ですよね? こんな個室付きの豪華な船なんてありましたっけ?」
「ハ……?」
それに驚いた声を漏らしたのはライラだ。
彼女が会話の中で感情を見せたのはこれが初めてだった。
ライラは続ける。
「弊社、アンドロメダ航宙は設立160周年を迎え、昨年2997年度の旅客輸送量では世界第9位の航宙会社ですが……」
「ハ……?」
今度はユヅキが驚く番だった。
「2997年って……150年以上未来の話じゃないですか。俺は2839年生まれの17歳ですよ。い、今は2856年です。変なこと言わないでくださいよ……」
後半は唇が震え、細かく区切れるように漏れた言葉。
話の流れ的にも喋り方的にも、ライラには嘘を言っているようには感じられなかった。
(これで嘘だったら大した役者だ……)
ライラは思わず天を仰いだ。
次回:新キャラ登場、ヴァルキュリア重役会議!