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第0話 特級客船ヴァルキュリア

 目覚ましと呼ばれる一連の布団脱出補助装置は、1000年以上に渡り人類の朝を支えてきた素晴らしき必需品だ。

 覚醒を促すその原理としてもっともポピュラーなのは、けたたましい音の刺激により付近の人間に現実を思い出させるというもの。

 大昔の人々が飛行機に乗るのと同じように人々が宇宙船に乗る時代にあっても、それは変わることは無かった。


『旅行雑誌 宇宙の友 2998年4月号 特集:超豪華客船潜入!!』


 その音の刺激は多種多様で、例えばこのように、おおよそ目覚ましとは思えない音であっても、時と場合と人によっては使われることがあった。


『一歩踏み出せば、その足を柔らかく包む高級絨毯。特注品。

 一度腰掛ければ、二度と立ち上がりたくなる高級ソファー。特注品。

 一度寝転べば、慣れた自宅のものですら硬い床に感じられる高級ベッド。特注品。

 一口味わえば、別の店に三つ星をつけてしまったことを後悔する絶品料理。特別製。


 すべてが高級。すべてが特別。


 この部屋に泊まれた者は宇宙一の富豪になるという伝説の客室。

 それが、特級客船ヴァルキュリアの誇る『超特級貴賓室』である。』


(最後の紙の雑誌が滅んでから、一体何年経つのだろう?)


 当たり前のように動き当たり前のようにしゃべるが、それでも雑誌と呼ばれるデータコンテンツ。

 目覚ましらしくいきなり喋り始めたその声に、ベッドの上で意識を浮かべ始めた彼はふと、そんな疑問を思いついた。


(起きたら調べてみよう……)


 そう考える彼の耳に、高く澄んだ少女の声が入ってくる。


「まぁその伝説、絶対にウソだけどね」


「そうですねー」


 何か返さないと後が怖い。

 その事を知っていた彼は、返したことになるのか怪しい返事をする。

 しかし彼女的にはそれで問題ないらしく、その証拠に再び雑誌が喋り始めた。


『昨年度の輸送量世界第9位の”航宙”会社、アンドロメダ航宙の発注によりたったの一艘だけ建造されたその船は、最低ランクの部屋が特一等客室という超の付く大金持ち向け旅客船。この船に乗りたいと思ったならば、ゴールドやプラチナカードじゃ頼りない。ブラックカードぐらいは必要だ。』


「これはまぁ当たってるわね」


「そうですねー」


 いちいち止めながら突っ込むつもりなのだろうかと、そんな疑問を浮かべた彼だったが、聞いたら聞いたでまた煩くなるのは分かりきっていた。


『しかしそこはさすが、特級客船の名を冠するヴァルキュリア。

例え”最低ランク”の特一等客室でも、他の船の貴賓室以上のサービスが受けられるだろう。最高の料理に最高のエンターテイメント。』


「これもまぁ当たってるわね」


「そうですねー」


 今が何時なのかは分からないけど寝かせてほしい。

 眉間のシワはそう言いたげだった。


『そして何よりも! 我々を甲斐甲斐しくお世話してくれる客室クルーが美少女、美女ばかりなのですから! それはもう間違いありません!』


「これは大正解ね! 大・正・解だわ!」


「……」


 脱力。


「なに? どうしたのよ?」


「いえ、何も……」


「まぁ三流記者が想像で書いたにしては良く出来てるじゃない。さて、時間だし、起きて準備なさい」


「……はい」


 並行に並んだ2つのベットの2つの膨らみ。

 会話の終了とともにモゾモゾと動き出したそれは、自宅のものですら硬い床に感じられるベッドから抜け出して、踏み出した足を柔らかく包む絨毯に押し当てる。

 それぞれシャワーを浴びた後は、ベット端に準備していた服に素早く袖を通し、姿見で確認。

 軽くだけメイクを施し、リビングへ移動。

 二度と立ち上がりたくなくなるソファーへと、各々腰を下ろした。


 そうここは特級客船ヴァルキュリアの誇る超特級貴賓室。


 そこに居座るは2人のメイド。

 向かって左側、黒と白を基調としたゴシック調メイド服に身を包む金髪碧眼の美少女。

 向かって右側、同じ膝上丈のメイド服に身を包む黒髪黒目の美少女。


 そう、美少女。

 ベッドの中で眉間にシワ寄せていた男の姿はそこにはない。


 二人は声を揃え、笑顔を揃えて言う。


「おはようございます! メイド長!」


 彼女たちが頭を下げた先には、やはりメイド服姿の銀髪美少女。

 その見目もまたやはり美しい。

 メイド長と呼ばれるにはいささか若く見えるその容姿はどう高く見積もっても20に届かない。

 だがその声には、見た目不相応な大人の響きがあった。


「おはようございます。今日は6週間と3日ぶりにお客様をお迎えするのですからきちんとお部屋を整えるように。いいですね?」


「えー、私のベッドはー?」


「はい……って先輩のベッドじゃないでしょう? あれは本来お泊まりになるお客様の物であって私達の物ではないんですよ? 新人研修ではそんなことも習わなかったんですか? ほんと先輩はダメメイドですね。ダメイドです。」


 模範となるべき先輩エリートメイドにあるまじき発言がいつもの物ならば、それに対するツッコミを通り越した何かもまたいつものものである。


「でも、一年の3/4はあたしたちがつかってるわよ?」


「そんなことは、関係ありません。先輩含め私達は一従業員です。そんなことも覚えられないほど先輩はお馬鹿だったんですか、そうですか。」


「あー、また馬鹿っていったー! 馬鹿っていったやつが馬鹿なのよ!」


 宇宙一の貴賓室に勤めるメイドのこの低俗さを日々見せつけられるメイド長。

 ただただ無言の笑顔の裏に隠された感情に、二人が気がつく日ははたして来るのか?


(それでも、前よりはマシか……)


 メイド長の心の中に、ふっと沸いたその思い。

 それはまだこの部屋のメイドが1人だった頃の話。

 その後のひょんな出来事により、この部屋のメイドは2人になった。

 その時の事を思い出しながらメイド長は、ひとつ大きなため息を吐いた。


(やっぱり、前の方が楽だったわ)


 特級客船ヴァルキュリアは今日も往く。



次回、メイド長が思いを馳せたあの頃のお話から、本編スタートです。


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