表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/12

(八)

 柱ばかりとはいえ、ビル内の奥はほとんど日光が届かない。にもかかわらず、薄暗い中を騎道は確かな足取りで、階段を駆け上がってゆく。

 統磨が姿を消しただろう階は、この辺りのはずだった。

 嗚咽とすすり泣きが、研ぎ澄まされた耳に入った。

「佐倉さんですか……?」

 騎道の声に、泣き声は更に悲痛に響いた。

 駆け寄った騎道は、鬱血しはじめていた手首を、そっと取り上げた。堅い結び目を素早く騎道は解いた。

「……騎道さん……、どうしてなんですか……? なぜ……?」

 佐倉の涙は騎道を責めていた。どう答えていいのか、騎道は困り果ててしまった。

「君がかけがえのない人の一人だから。こうなったのも、僕が君に関わってしまったせいだからね」

 佐倉は首を振る。

「……格好つけすぎかな?

 一番の理由は、彼にこれ以上罪を重ねさせないため」

 大きく佐倉はうなずいた。

「統磨さんは違います。嘘をついているんです。

 あんなひどいことを、できるような人じゃありません。

 そうでしょう? 騎道さん……?」

「佐倉さん? まさか……。彼が何か話したの?」

 コトリと、身を乗り出す佐倉の膝から、ICレコーダーが床に転がった。佐倉は慌ててそれを拾い上げた。

「これに、統磨さんは、全部の事件の首謀者は自分だと。関山荘というアパートの放火も、目撃者の男の子を狙ったものだって……。……上坂さんの事故も、自分が命じたって……、録音したんです。でもそんなの違います……!」

 込み上げる嗚咽で、言葉が途切れてしまう佐倉だった。

 レコーダーを差し出す彼女の手を、騎道は包み返した。

 騎道の掌は、熱いくらいに命が脈打っている。触れた部分すべてが、この暖かさを受けて、息を吹き返す感触。佐倉は、体が完全に冷え切っていたことを思い知らされた。

 落ち着いて見返すと、騎道は祈るように目を閉じていた。

 まるで、至上の聖母に願いをかける、一人の天使に似た憂い、せつなさを頬に一筋浮かべていた。

「大丈夫。僕も信じているんだ。

 彼が、完全な悪ではないことを」

 騎道の言葉は、脅かされつづけていた佐倉の統磨に対する一縷の信頼を、強く肯定した。それだけで、安堵する思いに、彼女の感情が移行した。

 その時……!

 佐倉は思わず両方の耳を押さえた。庇うように騎道は佐倉の肩に手を回し、頭上を見上げた。

 凄まじい機銃音がこの上の階で放たれていた。

 挑発するように、もう一度。

「上か……」

「?」

 騎道はポケットから、一条のゴールドブレスレットを取り出すと、自分の左手にはめた。四重のそれぞれ形の異なる鎖で出来ているそれは、白い袖口にひどく不釣合いな輝きを放っていた。

「ここにはずっと居たの?」

「? いいえ。ここに来たのは三時頃です。学園から真っ直ぐ、隣町のホテルに」

「だからか。街中探しても感じられなかったわけだ」

 騎道は佐倉の答えに、苦い納得をした。

「君はここを動かないで。かならず戻ってくるよ。彼と一緒に」

 騎道は立ち上がり、振り返りもせず統磨の後を追った。

 予感が佐倉の全身に震えを走らせた。

 統磨の語った言葉は、大半が真実とは掛け離れたものであろうが、唯一、騎道に向けた感情だけは、ひどく生々しく、暗い決意に満ちていた。

 自分を叱責しながら、彼女はコンクリート柱にすがるように、立ち上がる。手に、レコーダーを握り締め。

 足を踏み出したその時。自分の名前を、誰かが呼んだ。そんな気配を感じた。

「……まさか……」

 時は明暗。西の方は太陽の一片を残して黄金色に染まり、東の方はただひたすらの闇に飲み込まれようとしていた。

 長く引かれた自分の影に向き直り、佐倉はそろそろと足を進めた。何かが崩れる物音が、頭上で起きる。

 陽光の最後の一条を待ちわびるように、二人の男の闘いは激しさを増していた。



 真っ暗闇に近い状態の中を、一人の背の高い少年がそろそろと進んでいる。闇に慣れた目をこらし、柱の影から誰か出てくるのではないかとびくびくしどおしだった。

幸い、彼にとっての敵、佐倉千秋を拉致した人間の配下はこちらには配置されていなかった様子である。

 彼、田崎臨は息をすいこんで、大きな声を張り上げた。

「さくらさーん! どこに居るんですかぁ!」

 コンクリートの高い天井に反響が広がってゆく。

 表玄関の方では、駿河と隠岐たちが敵を引き付けているはずである。今のうちに佐倉の居所なりをつきとめて、自分が救出しなければならない。車の中で駿河に言い含められてきた幾つかを、びくつく頭に何度も繰り返していたが、足の震えは収まらない。

 正面奥から、派手な機銃音が伝わってくる。どうやら交戦開始だ。一瞬最悪の状況を想像して、田崎は血の気が引いた。駿河たちに向けられるエアガンは、恐らく二件の殺人に使われた、改造され殺傷力を増した凶器だ。

 対する駿河たちは、秘密兵器があるにせよ丸腰である。

 車内で打ち合わせる二人には、凶器に対する怯えはみえなかった。お互いの役目を確認することで、完全な信頼関係を結び、安全を確信していた。

 これが、四神。四方の守護と呼ばれる所以だ。信頼にたる彼等の姿に、田崎自身、抱いていた恐れが後には引けない勇気に変化していくのを感じていた。

 ようやく上へ登る階段らしく影が見えた。だがその手前には、なぜかぼんやのと明るい空間が落ちている。

 床には大きな厚い鉄板が敷かれている。真下に立ち、見上げると。ずっと上まで四角くぶち抜かれている。エレベーター孔だった。

 もう一度、そこで声を張り上げた。何度も何度も。自棄になっていた。なぜ佐倉がこんな目にあうのか、どうしてもムカついてきた。

「田崎君……?」

 田崎の挙げる声の残響の中に、か細い声が紛れる。

「佐倉さん! 無事なんですね!」

「田崎君、これを受け取って!」

 見上げても佐倉の顔は見えない。白い手が浮かび、指先から白いものに包まれた何かが滑り落ちてきた。

「僕、すぐに迎えに行きますから、そこを動かないで、待ってて下さい!」

 手落とさず、落ちてきた白いハンカチに包まれた物を受け止めて、彼は無造作にポケットに突っ込んだ。

「だめ! 来ないで! ここには爆薬が仕掛けてあるらしいの。階段の所にそれらしいものがあるわ。

 田崎君はそのレコーダーを誰にも渡さないで。大切なものなの。だからそれを持ってここを離れて。お願い!」

「ちょっと、佐倉さんっ! 戻ってきて下さいってば!」

 返事はない。小さな靴音だけを彼女は残していった。

「爆薬って……、まさかビルごとみんなをフッ飛ばす気じゃ……。まさかね。自分たちだって巻き添え食いたくないはずだし……、とにかく、駿河さんに知らせなきゃ」

 なぜか先程までうるさいほどだった機銃音がピタリと止んでいた。作戦成功だ。これからはそうビクつかずに動ける。

 佐倉の意思通りにすることを決めたが、田崎は納得できなかった。なぜ佐倉は、騎道の為にこうも必死になるのか。

 冗談じゃない。あんなアブナイ奴、佐倉さんに指一本触れさせるもんか。田崎の決意は、事件がひとまずの収束を見てからしか、効力を持たないのだが。



 駿河の目前に立ちはだかる潮田は、もう使い物にならない機銃式のエアガンを握り締めていた。

「何をした?」

 細く開いた目は、表情同様に残酷な色をたたえている。

「ほんのちょっとね。

 最近のエアガンは手が込んで、LSIが入っているだろう?

 どうせこの辺りは、未開発だし、異常に高周波な妨害電波が2、3秒出ても、他に問題は無いだろうからな」

 怯む気配もなく駿河は横柄に言い放つ。体格的にハンデは大きいが、ここからは体力勝負の白兵戦に入る。

「通電中のLSIだけを焼ききったわけか。現役の学生はいろいろと考えるものだな」

 隠岐は、製作は僕……、と主張しかけて、やめた。決して褒め言葉であるはずがないのだ。

「未来がある身で、こんなことに頭を突っ込んで。

 親が嘆くぜ。命はこれでお終いだからな……」

 駿河でさえ、ざわりと肌が泡立った。

 言い知れぬ殺気が、潮田から発散されている。純粋な殺気のみ。この場の死守だけを望む、強烈な意志だった。

「騎道が来たはずだ。上か?」

「そうだ。もうじき決着がつく。その前に、お前だ」

 堅く握られた拳が繰り出される。第一撃はかわす。その次の次の次ぐらいになると、かわせる自信は無かった。



 息が弾んでいた。双方とも苦しい状況は互角と知っているので、苦にはならない。かえって、どうやって視界に居ない相手を、先に消耗させられるか思索していた。

 どちらと言えば統磨の方が有利であった。統磨には騎道を抹殺したい理由がある。ひるがえって騎道には、傷付けたい理由がない。ほぼ一方的に攻撃を受ける形で、すでに何ヶ所か打撲傷を負っていた。それ以上に、ここへ来る以前から騎道はひどく疲労しているのだ。

 闇を味方に、攻撃を仕掛けあい、離れ。追う。それを何度となく繰り返していた。

 カツリという、統磨が移動する足音を察知する。騎道は見えない彼に声を上げた。

「一対一とは潔いですね。本気で僕を殺す気があるんですか!」

 キシュンと、本物の拳銃が答えを返した。サイレンサーが装着されている。コンクリート柱に体を隠しながら、騎道は耳を澄ませた。

「この事件はあなたの単独行動ですか? 秋津本家の意向ではない。秋津家があなたを動かしていたのではないんですね?」

 答えはこなかった。騎道の声を頼りに位置を計っているところか。

「白楼陣を使ったのはなぜですか? なんのために?

 本当の目的は……!」

 騎道は頭を庇って体を丸めた。弾倉を撃ち尽くすほどの乱射だった。それ以上問うな、という警告だ。

「僕の口も塞いで、佐倉千秋をここで殺害することによって、布陣を完了するつもりですか? 陰の白楼陣を」

「まだ先はある。四方の央点を陰気に落とす」

「不可能だ」

「可能だよ、騎道。飛鷹彩子を連れてこなかったのは、賢明だったな。彼女がここに居れば手間が省けたものを。

 当然乗り出してくるものと踏んでいたのに」

「! 彼女に何を。どういうことなんです?」

 声を厳しくする騎道に、統磨は付け入った。

「最後の贄は彼女だよ。彼女の死で全てが完了する」

「あなたにそんなことが出来るはずがない! 忘れたんですか? 彼女はあなたを最初に認めた人間だ。

 僕を、彼女の名前で挑発しようとしても無駄です」

 切実な騎道の言葉を統磨は一笑に付した。

「君は面白いな。あちこちに弱みだらけだ。そんな生き方では長生きできないぞ」

 騎道は明瞭な統磨の声に、左へ向き直った。

「守りたいのなら、僕を殺すんだな。君の敗北は二人の少女の死を意味するぞ。どうだ? まだ本気にならないのか?

 ならば、これで少しは解るだろう?」

 手の中の黒い固まりを、騎道が背にするコンクリート柱の付け根に放り、統磨はその場を駆け去った。

「!」

 コン、と黒いそれは床の上で鈍く跳ねる。何であるか理解した。だが、少し遅かった。赤熱し、炸裂の衝撃でコンクリートが飛び散る。手榴弾だった。

「……痛っ……」

 爆風に吹き飛ばされ、コンクリート塊の直撃も何ヶ所か受けていた。かろうじて顔を腕で庇ったのだが、やっとの思いで体を仰向けた時点で、眼鏡を無くしていた。

「たいした悪運だな。まだ生きているのか」

 口の中に広がる赤錆びた味と、全身の疼きをこらえながら、騎道は目を開いた。

 統磨は起き上がれないだろう騎道を見下ろし、自らが導いた絶対の優位にやや興ざめていた。

「これで終わりか? せっかくあちこちに仕掛けた罠が無駄になったな」

 騎道はダメージの少ない左手で、額の裂傷から血を拭った。右肩は焼け石を当てられたように熱く麻痺している。統磨はそれを見取って、その右肩に踵を乗せた。

「言いたい事があるのなら、今のうちだ」

 歯を食いしばる騎道。統磨は、いい様だとせせら笑う。

「……では聞かせて下さい。光輝が簡単に撃たれるわけがない……。光輝を押さえたのは、数磨君ですね?」

『押さえた』。光輝は異能者である。サイキックにはサイキックで抗する。久瀬光輝を確実に殺す為には、数磨の力で光輝の能力を封じるしかないはずだった。

 最後の会話を楽しませるために、統磨は足を引いた。

 ほっとして、騎道は顎を上げて息を長く吐き出した。

「あなたが、そうさせたんですか?」

「そうだよ。数磨の力は、去年から格段に強くなっていた。それを静磨にバラすと言ったら、あっさりうなずいたよ……」

 薄闇の中で、これだけ不利な状況でありながら、騎道の瞳は強い意志の閃きをみせた。

「ひどいことをさせたんですね。彼が殺したようなものじゃないですか?」

「命じたのは私だよ」

 無感動に告げる。

「立てよ、騎道。貴様にはまだ一つ、仕事が残っている」

 冷酷な命令だった。黒い拳銃に、統磨は物を言わせた。

 騎道はそろりと体を起こし、一息休んだ。

「あなたは、家を盾に権力を振るってきたんじゃない……。

 あなたはわざと家を持ち出して、踏み付けにしているだけだ。秋津の名に泥を塗って、当主としては不適格者だと思わせて。放り出されるのを待っているだけだ。

 それも自分一人が、逃げ出すために!」

 騎道は顔を上げて、統磨を凝視した。片膝をついて、立ち上がれるか騎道にも自信がなかった。だが敗北者の冷め切った告発は、統磨の胸を深く抉っていた。

「あなたの勝ちです。言う通り最後の仕事を務めますよ。

 ただ、最後に一つだけ聞かせて下さい」

 騎道が何を問いたがっているのか統磨には測り兼ねた。誰にも気付かれるはずのない『家』への拘りを騎道が察知していたことに、統磨は驚愕していた。

「なぜ秋津本家はここに出てこないんです?

 もう本当に、あなたは見捨てられたんですか?」

 関係の無い人間の言葉としては、最大の皮肉だ。

「猫狩り事件の時には、彼等は出てきたのにどうして?」

 秋津本家の事件を隠蔽するために、駿河や賀嶋たちを姑息にも脅したのだという。次期後継者を守る為、ひいては家名を保持する為に、四人の人間の命を天秤にかけたのだ。

「……何だって?」

 統磨は大きく目を見張った。

「知らなかったんですか? まさか、あれは彼等の独断で?」

 後継者である以上、自分の家の持つ影響力を知らないはずがない。追い詰められたら、いくら十七歳という少年であっても、強大な力にすがらないわけがないと、騎道でなくとも考えるはずだった。

「なるほど……。あいつら、四神王は名ばかりだったわけか。

 格好のいいことを言って、本心は本家にビビッていただけか……!」

 統磨の瞳が憎しみに燃え上がった。

「! それは違う! 飛鷹彩子は、本家の圧力を知らされていなかった。彼女の言葉のすべて真実だ。統磨さん!」

 騙された悔しさに染まる統磨に、騎道の必死な説得が届くかどうか。騎道は傷の痛みを忘れて立ち上がろうとした。

「飛鷹彩子はこう言ったはずだ。あなたは忘れていないはずです! 『あなただって死にたくないでしょう!』

 その言葉にあなたは失いたくないものを思い出したはずだ。違いますか? だから許されたいと願った。

 彼女はそれを読み取って、あなたを許した!」

 遠い日の情景が統磨の動きを静止させた。思い起こした表情に、騎道は一縷の望みを繋いだ。

「自首して下さい。あなたの失いたくはない人達のために、もう一度だけ罪を悔いて、今度は償って下さい」

 瞬時に望みは絶たれる。統磨の容貌が大きく変化した。

「黙れ、腰抜け!!」

 すさまじい怒り。

「お前は兄貴の敵を討つためにここに来たんじゃないのか?

 この程度か! 久瀬も可哀相な奴だな。頼りにならない『弟』で。自首しろだと? 笑わせる……、奴も草葉の陰で情けなくて笑い泣きをしてるぜ!」

 軽い立ち眩みがあったが、騎道は自分の体を支えた。

「……僕を怒らせてどうするつもりですか?」

「私の弟が、お前のような弟でないことが救いだよ」

 吐き捨てても抗する気配のない騎道を、さらになじった。

「奴の最後を教えてやるよ。ちゃんと見取ってやったぜ。

 最後のとどめは俺がこの手で下した。目を見開いたままで、筋肉の一筋も動かなくなっていたが、目だけは……」

「やめて下さい……!」

 息苦しかった。騎道は、統磨の一言一言に胎動する、自分の中の野獣を押さえ続けた。

「お前の義務だ。よく聞け! 奴は、歯を食いしばって」

「……聞きたくない……、もうそれ以上嘘を付くのはやめて下さい!」

 統磨を自首させると決意した時点から、騎道は光輝に謝罪し続けていた。これが、自分のやり方だと……。言い訳をしても、騎道は何度となく自我に揺れ続けていた。

「……久瀬光輝を殺った私が言うんだ。お前はその事実から逃れられない!」

 断ずる統磨。騎道は傷だけでなく、自我の痛みまでもこらえなければならなくなった。

「光輝を殺した人間を恨んでいました……。でも……。

 手を下したのはあなたでも、望んだのはあなたじゃない!

 誰を庇っているんですか? 何を、どうして!?」

 子供のように声を荒げる。内心の分裂に騎道は冷静さを失った。それでも野獣は、牙を押さえ付けていた。

「庇う……だと?」

「あなたは育君を、見逃そうとしたじゃありませんか!」

 後ろめたい視線を、統磨は細めた。唇を強く噛み締めて、彼は表情を殺した。

「それだけじゃない! あなたはわざと育君に目撃されたんだ。あなたは自分で罪を被ろうとして。でも、誰かが育君と僕を排除しようとした。その罪までも背負う為に、あなたはあなたを信頼してさえいる佐倉さんを拉致する行動に出た!」

 佐倉と彩子の感情に支えられてきた騎道の精神は、遺恨の獣を高く凌駕した。二人の少女の眼差しを、騎道は常に感じ続けていた。

「いいですか? 忘れないで下さい。この事件の全ては、僕たちの手で真実が白日の元に晒されます。

 もう終わりなんです。これ以上罪を重ねたら、本当にあなたの人生は取り返しがつかないんです。やり直せなくなる!」

「……誰が育を狙ったのか、知っているのか?」

「知っているなら、どうするんです……?」

 銃口は虚空を向いていた。だが拳銃以上に、騎道を睨み据えた統磨の視線は鋭い。恐ろしいほどの鋭さを持ちながら、その奥は陰りをもっていた。

「貴様はほんとうに間抜けだよ。そこまで知っているなら、なぜ警察に駆け込まない? 

ここまで手を汚した俺でも、秋津の家は後生大事にすると思ったのか?

 もう、遅い……。俺も貴様も」

「……遅い?」

 後悔をするような虚ろい一瞬が、弱い呟きを統磨に言わせた。だが、すぐに惑いを振り切る。

「怖気づくのが遅すぎたんだよ。

 おしゃべりはここまでだ。最後の仕事をしてもらう。

 空を、飛ぶんだ」

 くっと、手にした拳銃を統磨は傾けた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ