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11/12

(十)


 到着した彩子たちを迎えたのは、憮然とした駿河、隠岐、田崎たちだった。真っ先に間瀬田は、大人として飛鷹警部補に挨拶兼謝罪を、彼等の分も総括して頭を下げた。

「生きてるんでしょうね、秀」

「やっぱり来たのか……」

 ぱんぱんと埃で真っ白になった制服を、駿河は払った。

 彩子、椎野、学園長代行に加えて、一番の一台のパトカーに、最も納得いかない視線を、駿河は投げ付けた。

 納得いかないのは潮田と統磨にもそうだった。あれだけ騒がせておいて、爆破したのは彼等が乗り込んだ車だけだったのだ。立派な証拠隠滅工作に、駿河は舌を巻いていた。

「彩子さんが呼んだんですかぁ?」

 なら遅すぎると言わんばかりに、隠岐が発言する。

「騎道君よ。自首させるから時間をくれって頼んだの」

 椎野が冷ややかに答えた。

 彩子はビルを見上げて、駿河に尋ねる。

「騎道は?」

「まだ、上に居るはずだ」

「千秋も一緒なの?」

 椎野の関心はそれだけだ。

「たぶん。でも、上に行くのは危険です。爆薬らしいものがあるそうですから、迂闊に動いたら」

「なら、千秋を見殺しにしろって言うの!? 生きてるか死んでるか、どうなってるかわかんないのに、待っていられないわ。あたしは行くわよ、彩子」

 親切に食ってかかられた隠岐は、口をつぐんでしまった。

 椎野は凄雀の車から懐中電灯を取り出してきた。

「あたしも行く」

「彩子っ!」

 駿河が声を上げる。

 無線で署に報告を入れる飛鷹の手も止まった。

「……行くわ」

 彩子は椎野の後を追った。

 駿河は助けを求めるように、飛鷹を見やった。意に反して、飛鷹は首をすくめて連絡を続けた。

「隠岐。お前はここに残れ」

「やですよ先輩っ。僕も……、あれ! あれ見て下さい!」

 隠岐が指す先で、二つの人影が暗がりの中を抜け出してきた。

「千秋……、無事なのね?」

 駆け寄った椎野に、縋りついて佐倉はさめざめと泣き出した。緊張が完全に解けていた。

「目は大丈夫なの?」

 瞼を閉じたまま、騎道は耳で佐倉の安堵を確認した。

 そんな騎道の側にたたずみ、彩子は腕を取った。

「彩子さん、来てたんですか?」

「……約束したわ……」

 静かに彩子は待つ人達の方向へ、騎道を誘った。

「でしたね。……良かった……、来てもらって」

「育君が、お兄ちゃんを助けてって……、電話をくれたの」

「……ごめん。僕が連絡を入れるって約束したのに……」

「……わかってた。騎道って嘘つきだもの」

 騎道は否定しなかった。

「……こんな姿、彩子さんには見せたくなかったから……」

 光の下に来ると、彩子は涙を抑えることが出来なくなった。制服は所々裂け、血が滲んでいる。乾きつつある額の裂傷、一番酷いのは右肩の大きな血の染みだった。

「無茶ばっかり……」

 騎道に、彩子の涙を感じ取る余裕は無かった。

「これで……、正気が保てる……と、いいんだ……けど……」

 言葉を切った騎道に、視線が集中した。

 飛鷹は、無線に緊急の救急車の要請も付け加えた。

 車を降りて高みの見物を決めていた凄雀が、右手の煙草を路上に捨てた。

「……騎道……?」

 彩子の不安な呼び声に、佐倉も顔を上げた。

「……彩子さん? 学園長代行に、来てもらって……ほしいんです……。ちょっとキツくて……。

 彩子さん、僕から離れて……。制服が汚れるから……」

 騎道の指が彩子の手を解こうとした。彩子は、凄雀を仰いだ。その時、騎道が変化した。

 両手を上げて自分の頭を押さえた。苦悶が頬に広がり、唇を引いて呻き声をもらすまいとする。

 崩れてゆく騎道を、彩子は支えようとするが、騎道はその手を振り払おうとした。

「……学園長……、どうして? 騎道を助けて……!」

 彩子の胸は張り裂けそうだった。騎道を失ってしまう、考えてはならない恐怖を感じていた。

 また、去年と同じように。統磨を救えなかったと同じように、また……!

 凄雀は、脱いだジャケットで騎道の頭を覆った。

「しっかりしろ! 私はここに居るぞ!」

 反応の無い、ただ怯えるように体を堅くする騎道を、荒々しく抱え起こした。凄雀の険しい視線が、一点を見出した。冷淡だった双眸が初めて炎のような怒りを見せた。

「馬鹿野郎……! 犬死にする気か!」

 騎道の左手に光るブレスレットを、剥ぎ取るように外して、忌々しく投げ捨てた。金属音が鳴る。

「もういい、抑えるな! 聞こえないのか!?

 抑える必要はない!」

 ジャケットで覆った頭に大声で言い聞かせる。硬直していた体が突然脱力した。凄雀は見届けると、騎道を車へ運んだ。

「救急車を……!」

「待っている余裕はない。かなり危険だ……」

 飛鷹はうなずいて、部下にパトカーの運転席を指した。

「先導させる。気をつけろ」

「あたしも行きます!」

 言い切る彩子を、凄雀は無視した。

「行き先は第一須賀総合病院だ。できれば無線で、精神科の尾上にベッドを空けて待つように」

「知り合いか?」

「腐れ縁の同級生だ」

 白銀のセダンはタイヤを軋ませ走り出す。たたずむ彩子を残したまま、パトカーも後を追った。

「……一体、何があったの? 教えて、千秋?」

 彩子は二台を見送りながら、震える声で尋ねた。

「……私……、私、なにも知りません……! わかりません……!」

 もう一度、佐倉は椎野の胸に顔を埋める。彩子は、眉を上げて、もう一度聞き返そうとした。

「彩子、追いかけるぞ」

 駿河が引き止めた。不思議な顔をする彩子に、

「おまえが行かないで誰が行くんだ? あいつが、待ってるんだろ?」

 言い残して、駿河は騎道が乗り捨てたバイクを取りに走った。その背中に、彩子はうなずき、父親を振り返った。

「そんな格好じゃ、風邪を引くぞ」

 自分のトレンチコートを、飛鷹は投げ付ける。

 コートの襟を合わせ、駿河の後ろに乗る。コツリとヘルメットを駿河の背中に押し当てた。

「ちゃんと手を回して掴まってろよ」

「……うん」

 見守る人達が背後に流れてゆく。景色も空も、過ぎ去ってゆく。顎を上げると、一つだけ揺るぎないものを見つけた。凛と夜空に輝き、どの星よりも大きく強く、微笑むような柔らかい瞬きを返す星。

 宵の明星は、西の山へと手を伸ばしていた。

 彩子は、今宵の別れとともに明日また相見える約束を、白い光は告げていると見、目を閉じて祈った。



 一台の白いセダンが西から市内へ向けて、真新しい幹線道路を疾走していた。静かな住宅街に入り込む。

 ハンドルを握るのは、淕峨と呼ばれる守護者。後部座席には、彼が守護すべき女性と、もう一人が乗っていた。

「……あれが、お姉さまの最愛の男を殺した人間の末路ですわ。お気が晴れましたか?」

 無表情に藤井沙織は正面を眺めている。香瑠は、そんな静けさに満ちた顔立ちに、理解出来ないが、悲しみを感じた。それが自分の中から滲み出していることを気付かずに。

「気紛れとはいえ、名指して想いを打ち明けた人間が、傷付いて倒れる姿を見るというのは、悲しいものなのですね」

 胸をさいなむ痛みの一つを、香瑠は溜め息とともに吐き出した。

「……香瑠。あなた、そんな気持ちで?」

 責めるように案ずる瞳を、沙織は向ける。

 彼女たちは、ツインビルの一方で起きた惨劇の一部始終を見守っていた。エントランスホールが眺められる程度に、離れた場所に車を止め、騎道が車で運び出されるまで。

 恐怖も怯えもなく、無感動に見つめ続けた。

「お姉様は、私があの方を諦めたとお思いになりましたのでしょう? 忘れてなどおりませんわ。ただ、ちょっと、あの方の気を引いてみたくて騎道を名指してみただけ」

 勝ち気な言葉も、最後には途切れた。

「それも、無為なことでしたが……」

「あの方、あの方と、私にも、誰であるか打ち明けてはくれないのですね」

「教えませんよ。お姉さまであっても、想いが叶うまでは。誰にも、知られたりはいたしませんわ」

 香瑠らしいと、沙織は唇を微笑ませ、この問い掛けを忘れることにした。

「もう疲れました。私にこんな力を与えた、おじいさまをお恨み申しますわ。

 あの方が五黄の破滅に流されてゆく未来を、私が読んでしまったばかりに……」

「らしくもない弱気を。疲れたのは、ずいぶんとあちこちに手を回したせいでしょう?」

 姉はさすがに、鋭く香瑠の行動を察していた。

「勿論、私の企み通りにいきましたわ。騎道たちは、秋津の愚かしい総領を追い詰めたのに……。私は、警察に通報してくれるだけでよかったのですわ」

「藤井家の人間が、あの家を貶めるようなことをしては、後世長く遺恨を残す種となるでしょうからね。

 あなたの判断はとても正しかったわ」

 褒め言葉にも、香瑠は沈んでいった。

「なのに、私は迷いました。あの方が冷たすぎて。……こんなに苦しいなら、一思いに忘れてしまおうかと。

五黄の破滅にあの方が堕ちても、構わないとまで……」

 忘れて、騎道に告白した通り。藤井が騎道に強いた、恋人同士のような関係を選んでしまおうかと、迷った。

「騎道が、本当に好きなのかもわからないような少女の為に、死の危険に進んで飛び込もうとしていたから……。

 あまりにも愚かで、無思慮で……」

 卑下しながらも、騎道の見せた曇りのない笑みが浮かぶ。

「迷いではなくて、嫉妬ではないのかしら?

 彼は不思議な、滅多に居ない男性だわ。

 自分だけに引き止めておけるなら。感情の全てをこちらに向けて虜に出来るなら、これ以上無い恋人になるでしょうね。あんなふうに優しくて一途な人など、出会えたのが不思議なくらいだわ」

 もしも騎道が、ここに現れなかったなら、事態がどうなっていたのか、香瑠には想像もしたくない。

 ただ、幾重にも悲劇が折り重なるだけのような予感があった。恐ろしさに、締め付けられるような苦しさを感じた。

 それは、全てを動かす運命の圧迫感であった。

 沙織はそっと、香瑠の頭を抱き寄せた。

「少しは気紛れも、本気になったのかしら?」

 いたわってくれる優しさに、香瑠は甘えた。

「……あの方よりは、やさしくて誠実でしたから。

 お姉さまが感じた通り。この世に二人と居ないでしょうね……」

 目を閉じて、もう二度と騎道を語ることはないと、香瑠は確信していた。たとえ生きて帰ってきても、騎道へ向ける気持ちは何一つ無いのだ。

 騎道は全てを賭して、香瑠の願いを叶えてくれた。

 片や、香瑠の想いは受け入られないまま、なんの変化もないが、今は幸福な感情を噛み締めていた。

 破壊と混乱を招く陰の布陣は、統磨の死をもって、未完に終わる。同時にそれは、香瑠の勝利を意味している。

 守り抜いたという、誇りだけが、香瑠の胸に残っていた。



「申し訳ありません。差し出た真似をしました」

 返す言葉の無い静磨に、運転手である中年の男は、身分違いを承知の上で、言い訳をした。

「いくらお待ちしても、お戻りにならなかったものですから、つい心配になりまして……」

「……ああ。怒っているわけじゃないんだ。声を上げたりしてすまなかった。あの時は、どうかしていた。

 今思えば、呼びに来てくれて感謝しているよ。

 あんな所でうろうろしているのが見付かったら、取り返しがつかないからね。

 ……思ったよりも、警察が早く現れたから」

 丁寧な言葉使いも、今は何か上の空に運転手には見えた。静磨をこうして乗せるのは、もう十年以上になるのだ、静磨の僅かな変化にも、彼は手に取るようにわかった。

 静磨の言いつけ通りに、彼は道端に車を止めた。市街地からやや離れた、竜頭川に沿った道路だった。

 静磨は川の方へと枯れたすすきを分けて降りていった。

 運転手は黙って彼の背中を見送った。静磨が自分の手でトランクに納めた、ライフルのケースが頭をよぎった。

 射撃の練習場まで送る時など、静磨はケースを彼に預けて出し入れを任せるのが常だった。

 ダッシュボードには、静磨から受け取った鍵の束が無造作に乗せられている。これは完成した方のツインビルの鍵である。忌まわしい品だと、彼は嫌悪を感じた。

 思ったよりも早く、静磨は引き返してきた。車を降りて後部ドアを開けたが、意外なものを静磨は要求した。

「いえ……、私はもう煙草はやめましたので」

 さほど残念な顔も見せず、また川へと出て行った。

 その姿が見えなくなってから、運転手はダッシュボードにしまっていたシガレットケースとライターを思い出した。

 だが、今度は追いかけることをためらった。こんな風に、静磨が当てもなく車を止めさせることは初めてのことだった。それも、日没直後とはいえ夜である。

 さきほどのツインビルで、彼が探し当てた静磨は、放心したとも違うが、我を無くしてほんやりとしていた。感情のままに行動する子供でも、あんなふうに寂しいともいえない顔はしない。恐る恐る声をかけた瞬間の反応は、まさに子供だった。不思議そうに顔を向け、次に激昂した。

 恐縮して、立ち去る静磨を見送った彼は、静磨が立っていた足元にあった、七つの空の薬莢を拾ってポケットしまった。

 妙な時間に静磨に呼び出された時点で、何かが起きることは、彼も秋津家に仕える身である、悟らないわけがなかった。それがどういう意味を持つかまでは、知る必要もなければ、知ってもいけなかった。

 彼は取り出したシガレットケースを眺めながら、思いついて車を降りた。

「静磨様……、煙草を見つけましたが……?」

 遠くからそっと呼びかけてみた。静磨は思ったよりも近くで座り込んでいたらしい、立ち上がってそばへ来た。

「以前、車の中にお忘れになられたもので、中のものも古くなっているかもしれませんが……」

「僕は煙草の味なんてよくわからないから、なんでもいいよ。少し大人の真似がしてみたかっただけさ」

 そう言いながらも、慣れたふうに運転手が差し出したライターで火をつけた。

「静磨様にお仕えできるのも、来年の春までです。もう大人でいらっしゃる。速いものです」

 ありがとうとシガレットケースを返す静磨に、彼は受け取らずライターも差し出した。

「静磨様から、ご本家様にお渡し下さい。もうずいぶんとお会いになっていらっしゃらないのではないですか」

「そうか……、これは彼の」

 運転手は、言葉を失った静磨をその場に残し、車へ戻っていった。

 会っていないわけではない。他人に知られたくないために、タクシーを使っていただけだった。

 静磨はシガレットケースを制服のポケットに滑り込ませ、再び川を眺めた。黒々とした中に、音だけで川が雄大な流れを作っていた。対岸の向こうには学園の屋上が小さく見える。

 ボッと、ライターの炎を灯し、消して、つけた。

 炎を最大に調節して、もう一度灯した。今度はガスを出し続ける。赤い炎は、手の小刻みな震えにあわせてゆらゆらと揺らめいた。それを眺めながら、煙草を一息吸った。

 ふいに、炎が萎み、はたりと消えた。

 役に立たなくなったライターを、彼は手の中で眺めた。

 銀色の側面に、丁寧なローマ字の刻印がある。TOで始まり、自分と同じMAで終わっている。紫煙を吐きかけて、手の中に包むように堅く握り締めた。もう一度、手の中で火を点けようとした。もう一度。

 火のつかないものは無用である。手を振り上げた。

 だが、暗い川闇に放れなかった。

 ライターを握った拳を自分の額に押し当てる。堪え切れずに、静磨は呻き声を漏らした。

「…………兄さん、……」

 低い慟哭は、川の調べによく似通っている。二つの響きは幾度となく、川面に重奏を繰り返し、下って消えた。



 金色に染まる日暮れが訪れようとしている。

 時が経つのも忘れ、犬猿の仲であるはずの二人は見入っていた。

「あれからどうなの? まだ出席してないみたいだけど」

「一週間は自宅療養中よ。もうベッドから起きてるんだけど、しばらくはね」

「千秋、去年の彩子みたいに、プッツンしてないの?」

「……あなたね。自分の親友にそこまで言う?」

「ほんとのことよ」

 短く園子は、椎野に言い張った。

 ついさっき、二年生の新聞部員がこの部室に顔を出した。さすがに、並んで座る顔ぶれに恐れをなして、そそくさと出ていったばかりだった。

「……。千秋って強いのよ。見掛けはああだけど。

 それに、毎日通いの『賀嶋君』が来てるみたいだし」

「! 何、賀島って?」

「田崎君。あの『賀嶋』が国内に居るわけないでしょ?」

「ああ。駿河が呆れてたわね。自分の心配以前に、二言目には『佐倉、佐倉』だって。妬けてたんだろうけど」

「本気みたいよ。年下のくせに」

「いーんじゃない? 年なんか。そういう相手が居るだけさ」

 空しい沈黙が流れた。言葉を選び違えて、つい本音を……。

「ところで。椎野に抜け駆けされるとは、思ってなかったわよ」

 照れ隠しは、いつもの個人攻撃で行った。

「あたしも、そっちから協定を申し入れてくるとは思わなかったわよ」

 当然、見事な牽制で切り返す。一瞬、火花を散らしたが、それも何か空しかった。

「……当たり前じゃない。身内の不幸を喜べるほど、人間が出来てないのよ」

「……気が合うわね。本気でスクープが惜しくないの?」

「……彩子に、嫌われたくない……」

 この一言には、言葉以上の思いが込められている。

「彩子に憎まれるのなんか惜しくないけど、やったら自分自身が許せないでしょうね……、違う?」

 園子はこくりとうなずいて、拳を握った。

「記事のネタなんてこの時期腐るほどあるわよ。三橋翔の二年連続大会制覇、全国大会シード決定なんて最高よ。バレー部だって卓球だって、あおりまくれば部数は稼げるわ。

 それくらいの底力、うちにはまだ残ってる」

「ご同様。ただ、秋津会長の大会不参加は手痛いわね」

 椎野のダメ押しに、園子は机に突っ伏した。

「……そーれーよっ。うちなんか総力特集を予定してたのに、射撃も馬術も両方参加辞退なんて、泣くに泣けないわ。

 これじゃ、辞退残念特集じゃないっ、今年最後なのに!」

 本気で呻く園子を、椎野は同業としてなだめた。

「仕方ないわ。次期当主の筆頭だもの、本葬では若干十八歳で親族の長として喪主を務めるのよ。他のことは考えていられないのも無理ないわね」

 気を取り直して、園子は狸の皮算を弾き出した。

「ま、生徒会には現政権のうちに借りを返してもらうわ。

 佐倉千秋拉致事件を記事にしないのも、個人的に会長と関係しているせいもあるんだし。騎道君にだって、しっかり体で返してもらうんだからっ」

 椎野の冷たい批判を覚悟して、言い切った。

「そうね。それくらい当然ね」

 意外な、冷ややかな肯定に、園子は背筋を寒くした。

「怒ってるの? 千秋を巻き込んだこと……?」

「別に。騎道君は、ちゃんと責任を果たしたじゃない?

 ……捕らえどころがないけど、悪い人間じゃないらしいし」

 騎道に対する精一杯の、椎野の容認だった。

「それで、彼の方はどうなの?」

「彩子は毎日、病院に通ってるみたいなんだけどね……」

 騎道の話題に、二人は表情を暗くした。

 面会謝絶のまま、もう三日間、意識不明だった。顔も見せてもらえないと、彩子は憤慨しきっていた。

「帰ってくるわよ。きっと」

 きっと……。事件の真実を知る少数の人間たちは、その一言で迷いを振り払う。

 稜明学園二年B組出席番号42番。学園初の転入生騎道若伴は、かならず学園に戻ってくると。



『ビッグ・ブラザー 完』





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