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10/12

(九)


 風が制服の裾を舞い上げ、耳元で逆巻く。壁の無いフロアの縁に騎道は踏み出していた。

 日没の残照が左手彼方、西の山々を縁取っている。

「見取ってやるよ。自分でケリをつけるんだな」

 背後で凶悪な銃口が騎道の心臓を狙っている。

 騎道の肩が揺れた。不遜なまでに笑いをこらえていた。

「僕を甘く見ないで下さい。自分で死を選ぶほど、柔じゃない。撃ちたければ撃てばいい。弾痕が僕の体に残っていても、秋津家の力なら簡単にもみ消せるでしょう?」

 統磨は騎道の後頭部に銃口を押し当てた。ためらわず、予告無しに引き金を絞る。が、目を疑って眉を跳ね上げた。

 トリガーが凍り付いたように動かない……!

「僕は悪運が強いんです。物騒な品物が効力を失うなんてことは、僕の周りではよくあります。それも、僕を狙った時に限っておきる。僕が使えば、正常に動くんですが」

「貴様っ……!」

 一瞬だった。振り返りざまに、握られた拳銃ごと統磨の動きを封じた。そのまま不自然な方向に腕を捩じ上げ、統磨の指から銃は転げ落ちた。

 反撃はここまでだった。騎道の受けたダメージは見た目以上のものだった。統磨は封じられた腕の痛みに声を上げながらも、逆に体ごと踏み込み、騎道が庇う右肩をコンクリート柱に打ち付けることに成功した。

「……貴様も、久瀬と同じか……!」

 反撃された怒りに任せて、統磨は騎道の喉を締め上げた。

 夜の冷気が唸りを上げて体を打ち付ける。

 もがく騎道。渾身の手刀が、統磨に隙を作らせる。意識を奮い起こし、かろうじて体をコンクリートに預けた。

 息が切れる。全身で呼吸しても、これ以上の戦闘は不可能だ。屈せざるを得ないのは、時間の問題……。冷淡な判断を下しながらも、騎道は両眼を見開いた。

 素早く態勢を立て直した統磨は、はっと騎道を凝視した。

 弱い残照に騎道の顔立ちが照らし出される。薄闇ではそれとわからなかった裸眼に、信じ難い光が宿っていた。

 再び、統磨は騎道に両手を伸ばす。

 悪鬼の持つ憑かれた眼光を、火花が散り乱れても不思議ではない眼威で、騎道は受け止めた。もう背中を見せはしない。お互いが獣の息を吐く。やらなければやられる。最後の死闘へと、陥るままに任せるしかなかった。

 我を忘れた彼等に、聞き覚えのある呼び声が分け入った。

「やめて! ……二人とも、やめて下さい……!!」

 佐倉……。

 もう一度、男たちは正気の視線を絡ませた。

『これで終わり……!』

 凄絶な意識が通い合う。均衡が崩れる。

「……イヤ…………!」

 ガクンと統磨の体が沈む。知らずに足場を空中に求めていた統磨は、支えを失った。

 落日後の天空には、宵の明星のみが冴え冴えと在る。すべてを青白い光に焼き付けるように、それは瞬きを止めた。



「騎道さん!! 騎道さん!!」

 佐倉は声を枯らして叫んだ。統磨の影が失墜すると同時に、追うように騎道の姿も崩れたのだ。

 ここまで暗闇を恐る恐る追うだけでも、彼女には恐怖の連続だった。野生に身を任せた二人に、幻を見ているような戦慄に襲われ、震えは両足だけではなくなっていた。

 両手で顔を覆った。自分の叫び声すら、佐倉の耳には入らなかった。全身が目前の事実を否定した。

「騎道……さん……?」

 遠くの、黒いシルエットが身動いだ。這うようにして、彼女はそれに向かって進み出した。



「なぜだ! 騎道!?」

「喋るな……! 動くなっ!」

 それだけの一言を吐くだけでも、騎道には気が遠のくほどの苦痛を伴っていた。眼を閉じた。滲む脂汗が入り込もうとする。風も感じない。血液が、心臓が一拍送り出す度に引いてゆく感触。右肩の千切れそうな痛みだけが、彼の意識を持ち直させているという事実は、皮肉以外の何物でもなかった。

 苦痛に耐える努力を空しくさせるように、コンクリート柱に回した左手がずるりと滑る。騎道自身、体半分を虚空に乗り出していた。

「……なぜだ……?」

 統磨は死の恐怖に駆られながらも問うた。彼を生かしているのは、今や宿敵であったはずの騎道。それも、負傷した一本の右腕だった。

「生きろよ……!」

 統磨の爪先下には『空』しかない。騎道の指先が食い込む右腕だけが確かなものだった。なぜだと問いながらも、統磨は騎道の腕を握り返していた。

「……手を離せ……!」

 統磨の唇は震えていた。

 ゆっくりと騎道は引き上げにかかった。

 昼間の徒労が悔やまれる。佐倉たちを速く見つけたい一心で、無理を重ねていた。街中を丹念に、佐倉の気配を探して、精神集中を繰り返したのだ。

「……ちょっと『力』を余計に使い過ぎて、手間……かけるけど。でも、死なせないからな……」

 統磨は凍り付いた。『ばかな……』と呟いて。

 騎道は眼を堅く閉じて一心に集中した。信頼できるのは自分の身一つ。すべてをそれに賭ける。

 それを無残に打ち砕く、恐るべき一瞬が訪れた。

「ウァっ!!」

 灼熱の、極少の突風が騎道の右腕をかすめた。腕を伝い始める血に、その意味を理解する。統磨は予測していた。

「……次は外さないぞ。あいつの腕は確かだ」

「あなただって、死にたいわけないでしょう?」

 更に騎道は、握り締める掌に力を込めた。

 青ざめた統磨は静かに告げた。

「手を離せ。次は心臓だ。これで解っただろう? 私はもう見放された。もとより、死ぬ覚悟だ……」

「家か。やっと秋津の本家が乗り出したってことか!」

 うるさいと言わんばかりに騎道は言い捨てた。

「もういい。命が惜しければ手を離せ。お前を殺せと命令したのは、俺だ」

「あんたはどこまで身勝手なんだよ!」

 騎道らしからぬ荒っぽい語気。

「見放されたのなら、ちょうどいいじゃないか。上がってこいよ。嫌気が差していたお荷物が、勝手にむこうから降りてくれたんだ。もう自由だ。家になんか縛られなくていいなら、はじめからやり直せる。欲しがってた自由だろ!? 

 さあ、そっちの手を!」

 統磨の頬に血の気が差した。そこに笑みが、浮かんで。

「!」

 騎道の制服に食い込む指が硬直した。

「統磨!」

 痛みからくる驚愕を頬に、瞳は一筋安らぎを浮かべた。

 騎道の指は、滑り落ちる統磨の指先に触れた。それだけ。

 伸ばしても、風がすり抜けるのみ……。

 込み上げる怒りが、騎道の内部で限界に達していたはずの、超常的な力を振り絞らせた。

 集中する。念じる、堕ちる体を静止させる為に。

「……一体、なぜ……!」

 見えないスナイパーは、騎道の怒りに答えを着弾させた。

 予言通り胸に。一発、二発。

 息を止める激痛が、無念無想の集中を破綻させた。

 意識さえ奪う。統磨の後を追うように、体が支えを失ってのめってゆく。



「キドウサン! キドウサン!」

 無我夢中の呼び声。思い出せないが、懐かしいような声。良く知っていたような名前。

『キドウ……? ダレ…ダ? ボクノナマエハ……』

 虚無の暗闇から、呼応するように沢山の呼び声が木霊してくる。非難、追求、詰問、哄笑、不安、慈愛。根底に信頼を込めて。滝のように彼の魂を揺さぶって、放さない。



 無意識に体を引き、手を確かなものへと付いた。冷ややかな物質も、今は彼を救う寄る辺となる。

 生への直感がみなぎり、その場を転がるように逃れた。

 新たな攻撃が、空しく床を削った。

 本能だけで、騎道は顔を上げた。狙撃者を求める。居るとすれば、向かいの完成しているビル。

「……騎道さん……!」

「来るんじゃない! 佐倉さん!」

 騎道はフロアの奥、闇の中を振り仰いだ。

 危険。危険。危険である! 目覚めた野性が警告する。



 あんまり持たないな……。

 素直に駿河は認めていた。だからといって手を引いて逃げる気も無かった。間合いを取りながら、拳で唇の端を擦り上げる。隠岐は背後で手を出し兼ねて焦れている。というより、半泣き状態だ。

 一方的に負けているわけではない。手負いの野獣と化した潮田は、すでに駿河の手には負えないだけだった。

 だから、隠岐には手を出すなと怒鳴りつけた。成人している間瀬田に関しても同様だ。素人に下手に手を出されては、逆に命取りだった。

 威勢がいいだけの矢崎は、加勢に入った田崎と隠岐の二人がかりでのされて転がっていた。

「どうした、ボーズ。来いよ」

 挑発だ。乗ってやる気にもならない。

 駿河は冷静に時を計っていた。援護の当てもないのだが、待っていた。

「! 佐倉さんの声だ……!」

 緊迫の中で、田崎は漏らした。待ち構えていた変化が訪れる。

 潮田は構えを解いて、首をねじった。

 駿河も視線の先を追う。

 一番入り口近くに立っていた間瀬田が、視線の先へと走り出していた。予感がした。最悪の予感。

「隠岐っ! 見るな……!」

 潮田が猛然と走り出した。駿河が、隠岐と田崎も遅れて追いかけた。

 街灯の輪からやや離れた場所に、黒い影が横たわる。

 見下ろす間瀬田。威嚇するように潮田が吼えた。

「離れろ! 見るんじゃない!」

 眠る人を庇うように立ちはだかり、ポケットをさぐり小さなスイッチを取り出した。

「近寄るんじゃない! これを見ろ!」

 瞳の色が変貌していた。さきほどまでの、余裕に満ちた残忍さは失われていた。狂気。紅の狂気に染まっていた。

「これは起爆装置だ。押せばビルごと貴様らも吹っ飛ぶ」

「はったりはやめろ。もう終わりだ」

 冷たいアスファルトに横たわるのが騎道であったなら、立場は逆だった。主の死に錯乱する心情は理解できるのだ。

「まだ終わっちゃいない」

 ニヤリとする。

「本当です。駿河さん! 佐倉さんの話では、上にも爆薬らしいものが仕掛けてあるって!」

 顔色を無くした四人を見渡し、潮田は膝を付いた。起爆装置を握る手を突き出したまま、統磨を抱え上げた。

「動くなよ。ガキども」

「どうする気だ。逃げ場はないぞ。

 俺たちは秋津本家を告発する。今度は逃がさないぞ!」

 くくっと、潮田は哂った。

「本家など、どうとでもしてくれ。貴様らに出来るのならな。……あれは、かなり手強いぞ?」

 駿河は、心からの忠告とも思える言葉に戸惑った。

 ビルの奥へと引き返す潮田は、大声で矢崎を叩き起こした。車の用意をしろと告げている。

「先輩、このままでいいんですか?」

「……あんな状態で逃げても。末路は同じだ。統磨の息は無かったんだろ、間瀬田?」

「え、ええ。ただ……」

「何だ? はっきり言えよ」

「……彼は、笑っていたみたいで……」

 潮田の広い背中が闇に溶けようとしている。ふと足を止めた。振り返り、視線を投げる。

 駿河はそれを受け止めた。

 顎を上げて背筋を伸ばし、潮田は勝利を得た者以上に、幸福な、解き放たれた表情を見せた。

 彼等は闇の中へ、消えていった。

「……上はどうなってるのかな?」

 恐る恐る隠岐は口にした。

「佐倉さんを迎えにいかなきゃ!」

「……あいつ、あのままどうする気なんだ……?」

 駿河の呟きは深い思案にあって、一同の気を引いた。

「死人と一緒に逃亡なんて、ゾッとしますね」

「!」

 駿河は間瀬田を見上げた。

「僕、佐倉さんを迎えに行きますから」

「待て、田崎! みんなここを離れろ。速く!」

 首謀者の死。あの解き放たれた顔立ち。ぞっとする静寂。仕掛けられた爆薬。それも、上の階にまで。

「爆破されるぞ! ぼやっとするなっ!」

「……そんな! 佐倉さんがっ!」

 わめく田崎を駿河は引っ掴んだ。

「生き残ってから、その台詞を吐くんだな!」

 潮田が消えてからの長い静寂。突き破るように、ビル一階の中心部が赤化する。爆音と爆風が、同時に四人の背中を突き放した。

 ズンとい重い振動は、車を疾駆させ、今や未完成のツインビルを視界に捕らえた彩子たちにも、不吉に届いた。



 佐倉が駆け走ってくる。暗闇の中、騎道のシルエットだけを目指して。

「だめだ! 佐倉さん、動くんじゃ……!」

 放つ声は手遅れに途切れた。

「!」

 ガタンと渡し板が佐倉の足元で跳ね上がった。くらりと体が揺らぐ。ふわりと浮いたのは、ほんの一瞬。風が吹き上げてくる。周囲も暗いが、下は奈落の暗黒だった。

 あとほんの10メートルだった。騎道の顔の輪郭まで見えるほどに近かった。

 中央部以外にもう一ヶ所、業務用のエレベーター孔がここに開いていた。安全の為のポールもロープも無く、作業用に幅一メートルほどの板が渡してあった。

「…………さん……?」

 佐倉は目を閉じた。彼が生きている。それだけで、幸福だった。落下の中で恐怖が生まれるだろう。ほんの短い一瞬に。

 彼女には耐えられても、ここにはその悲しみに耐えられない一人が居た。

 自然ではない風が、彼の全身を巻き上げた。高く、強く、風は光のほとんどないこの場で色を帯びた。白くなびき、彼の思念にその意を委ねた。その証拠として、再び鮮やかに色彩を変じた。闇に溶けることのない紫光へと。紡錘形に彼を包むその中から、水平に一条の白光が放たれる。

 彼はがくりと手を付いた。限界にきている。傷付いた右肩を自分の左手で鷲掴みすることで、意識を保つ。

 放たれた白刃が、落下する佐倉の中に消えた。

 佐倉は切るような風が止んだことに気付いた。もう一つ、忘れもしない温もりが体に触れていた。手を包み取られた。

 永遠のような時が過ぎたような気がしていた。もう目を開けてもいいのだろうか。自問していた頃だった。

「……さん…? ……騎道さん、なんですか……?」

 かすれた声が他人のもののようだった。白い輝きを透かして、稜明学園の制服が見える。制服の腕が、佐倉を胸の中へ引き寄せた。頭を押し当てて、彼女は確かめた。

 暖かい、規則正しい鼓動を感じる。涙が、溢れた。

 腕の強さは確かでも、爪先の下は完全に不確かだった。心無しゆっくりと降下してもいた。

 降下が停止し、水平移動を感じた。爪先に堅い床。ぺたりと二人は座り込んだ。

 そこに、ズンという鈍い振動とともに、エレベーター孔を爆風が垂直に登っていった。

 佐倉はもう一度、庇われた。辺りが再び静けさを取り戻した頃、彼方のサイレンがはっきりと聞こえた。

「わかっただろ? 僕は、普通の人間じゃない……」

 彼を包む全身の輝きは、ぼんやりと辺りを照らし出して、弱まる気配もなかった。

「どうして? どうしてそんなことを言うんですか?」

 佐倉は顔を上げて、目を大きく見開いた。

「これが、僕」

 短く、なんでもないことのように告げる騎道。佐倉は首を振った。彼の瞳は物寂しく、全てを言い尽くしている。

「とっても素敵だと思います。一番騎道さんにぴったり」

 柔らかく流れるくせをそのままに、優雅な細い金髪が輝いていた。長めの前髪の下で、蒼い瞳が弱く笑う。

 彼の顔立ちは、血糊が乾き壮絶な闘いを物語っていたが、闘争とは無縁な厳しい陰りがあった。

「私、騎道さんのような人に初めて会いました。一生懸命で強くて、どんな人でも否定しないで、統磨さんを信じてくれました。騎道さんはとっても優しいわ。他の人と違うのはそれだけです。なのになぜ自分のことをそんなふうに言うんです?

 わたしが大好きだったのは、そんな人じゃない……」

 騎道がどうしても隠し切れない痛みを、佐倉は悟ってしまっていた。悔いても、騎道にはどうすることも出来ず、知られてしまった真実を晒すしかない。

「統磨さんみたいに、自分に嘘をつくのはやめて下さい……」

 泣きじゃくる佐倉に、どう今の感情を伝えられるか、騎道はしばらく考えて、試みた。

「本当は、学校に通うつもりはなかったんだ。僕には通う必要もなかったし、そんな時間も惜しかった。第一、この姿やいろんなことを、ずっと偽って過ごさなくちゃならないからね。だから、全然考えないでここに来た。

 だけど、手配をしてくれてもいいと言う人が居て……。

 僕ね、学校ってほとんど行ったことなかったんだ。どんなふうだったのかも、もう忘れてた。

 行ってもいいと言われた時、初めて、学校に興味が湧いた。おもしろそうだな、って」

 子供のような好奇心を抱いた自分を照れるように、目を細くした。

「面白かったな。毎日楽しかった。初めの頃は窮屈でどうしたらいいのかわからなかったけど。自分を抑えなくなってからは楽になった。佐倉さんにホームランをプレゼントしてからだよ」

「ダメです! どこにも行かないで下さい。このまま、一人で行ったりしないで。みんな悲しみます。

 私、誰にも言いません。だから……!」

 佐倉は、騎道の制服を握り締めた。

「ありがとう……。本当はよくないんだけど、まだここに居たいから。佐倉さんに嘘を言わせることになるけど」

「いいんです。そんなこと。……居て、下さい」

「……うん。そうするよ」

 心底安堵したように、騎道は無邪気な笑みを作った。

 ふっと、彼の体が傾きかけ、輝きが失われた。

「騎道さん……!」

「……大丈夫。少し疲れただけ。平気だよ」

 闇の中では彼の表情は読み取れない。声は無理に平静を装っている。

「……誰か下から助けに来てくれるでしょうか?」

「いや。さっきの爆発で、向こうでも何かあったようだから、無理かもしれない。二人でここを降りよう」

「でも、騎道さんは……」

 言いずらくて口ごもる佐倉に、自分で言った。

「髪の色はもう元通りに変えたから大丈夫。ただ、目だけは眼鏡がないと、黒目にはできないんだ。仕方ないから、目をつぶっているよ。行こう」

 あっさりした答えに佐倉は慌てた。

「だ、だって、こんなに真っ暗なんですよ?」

 不注意な自分では、また転落するかもしれないのだ。

「みんなの所に行くまでは、ちゃんと目を開けて歩きますからご心配なく」

「そうじゃなくって。もう、騎道さん無茶なんだから」

 ぱたぱたと手を振る。

「あ、それペンギンみたい。かわいいな」

「は?」

 ……何のことだか。佐倉にはさっぱりだ。

「僕を信じて。ちゃんと下まで連れていってあげますから」

 騎道は『見えている』かのように、ためらわず佐倉の右手を取った。

「……はい」

 本当に見えているのである。彼の、蒼い瞳は。



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