肝試しの怪
怖い話と言ってもね、ずっと昔の話になるんだが・・・。正直記憶も曖昧でね。
今でも意味のわからないことはいっぱいあるけど勝手に記憶補正してるだけかもしれないんだがね。
だけど、それじゃ説明がつかないから気味が悪いんだ、これが。
まぁおぼろげだけど、聞いてやってよ。ね。
小学校の頃に夏休みに毎年夕方に一度集まって、みんなでグラウンドで何かワイワイ食べて、夜になったら肝試しをするってのがうちの学校の定番でね。
それ以外にも何かしてた気もするけど、思い出せやしないな。
俺には仲のいい友達が3人いてな。その時もそいつらと行動してたのよ。
俺らはその頃6年生でな、夜の肝試しってのは6年生が怖がらせ役に回るのよ。
5年までのあいだは怖い思いもできるし、最後の6年は怖がらせに回れるぞっ!ってみんな意気込むんだろうな。小学生ってのは単純で。
なんだかんだ言っても、俺も同じようなもんよ。
その日の昼に100円均に行ってな、怖いマスクみたいなのを買ってきたわけよ。持参するやつも多かったから。多分ワクワクしてたんだろうな。
当日になってな、これ持ってきたぜ!って言っても友達は笑ったり、えー!ってな反応よ。
おっかしいなぁって首かしげたもんよ。
本題にそろそろ入らないとね。悪い悪い。
その日の夜、数人で夜の教室を使って怖がらせ役は脅かす準備をする。
もちろん俺らは俺を含めた4人で教室の一室を借りたんだ。
がやがやと低学年の通る声がする。おっ、きたきたとか思ってたら場所が悪くてな。
うちの教室を素通りするのよ。ほとんど。
こりゃ呆れてな、もうみんな気が抜けちゃって。そりゃ準備も張り紙も道具も誰も持ってないわけだがね、結局俺のマスクも途中で外したりなんかしてたしな。
たまーに入ってきた低学年からは、怖くなーいとか馬鹿にされる始末でもう散々だったよ。本当に。
だけど、真っ暗の教室よ。小学生の俺らからしてもちょっと魅力的なわけさ。
いつもの教室もちょっと不気味なわけよ。月明かりにうっすら照らされた机とかもやたら新鮮でねぇ。
なんで暗闇ってのはあんなに人の気持ちを揺さぶったり高ぶらせるんだろうね。
人が来なくて、小道具もない。だから誰かが急に提案したんだ。
この本棚に乗っかって驚かせようぜ。おれが言ったのかもしれないし、他の誰かかもしれない。
でも、みんなそんなノリだったから誰が言い出してもおかしくはなかったね。
扉のすぐ横のその本棚に誰かが言う通り乗っかったんだ。
バキバキバキ!!!!大きな音が静かな教室に響いた。
古すぎた本棚は、そいつの体重に耐えられなかったんだろう。元々、今考えれば乗って壊れないものでもなかっただろう。当たり前の話だが。
あぁ・・・やっちゃったよ。どうするよ、これ。怒られるってほんとに・・・。
みんなそんなことを言ってて焦っていたと思う。教室に不穏な空気が流れた。
なんとか直そうと、俺はしゃがんで折れた木を組む為に棚を動かした。
なんだこれ。そこにおかしなものを見つけた。
おいおい、これなんだ!大きい声を出してみんなを集める。
みんなが覗く中、棚を大きく移動させる。
壁に大きな四角い穴がある。壊れた時に空いた穴とかじゃあない、明らかに作られたような。
真っ黒い穴がずーっと続いているように見える。埃っぽいがどうも体は通りそうだ。
だれか入ってみるか?みんなが思ってたことを誰かが言った。正直みんな好奇心でうずうずしてたと思う。棚を壊したことを忘れる程に。
話し合いの結果、俺が入ることになった。怖さ反面、興味が俺も勝ってしまったんだな。
棚を移動させ、腹ばいになり俺は四角いその穴にほふく前進するような形で潜り込んだんだよ。
穴の中はコンクリートで固められ冷たい風が通ってた。
体が丸々穴の中に入っても、まだまだその穴は先に続く。
何なんだろうこの穴は。ふとした疑問がそこで初めて浮かんだんだ。
すー・・・すー・・・。
暗闇で音一つないそこから、初めて音が聞こえた。
すー・・・すー・・・。
初めは風だと思っていたんだが、どうも違う。どこかから風が通ってて、その音が聞こえるんだと。
すー・・・すー・・・。
すぐに気づく。風というより。
すー・・・すー・・・。
寝ている時の鼻息に近い。
すー・・・すー・・・。
ぺた。
すー・・・すー・・・。
ぺた。ぺた。
コンクリートに何か落ちる音。違う、張り付く音?
ぺた。すー・・・。
まるで、今自分が進むために手をコンクリートにぺたりと着けて進んでる、そんな音。
すー・・・ぺた。すー・・・ぺた。
そう考えると、誰かこちらに進んで来ているとしか思えなくなった。
その瞬間、がっ!っと寒気が襲ってきて、自分の動きがぐっと止まった。いや、止まらせた。
ダメだダメだダメだダメだダメだ!
冷や汗がだっと出てきて、心臓が凍りそうになる。
そこでな、まっすぐ前を向いてじっと暗闇を見たんだよ。
暗闇ってのは時間が経つとなれるものでうっすら何かが見えてくるもんさ。
なにかがある。そこになにがある。
それだけ、感じ取った。目に見えるもの以外でも、感じた。
すー・・・すー・・・ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた。
顔のすぐ前にぐっ!っと何かが付き出してきたと思うと、俺の記憶はぷつんと、そこで途切れた。
気がつけば、教室だったよ。目を覚ましたら3人が青い顔してやがる。
だいじょうぶか?みんな口々に心配そうにそう言うが、誰も何がどうなったか自分たちから言いやしない。俺もあまりのショックで何もきけないままだったしな。
みんなでずっと黙り込んでたら、扉がガラガラっ!って空いた。
もう、終わりの時間だぞ。先生が終了の巡回に来た。
あっ、お前ら棚壊してやがる。みんなびくっと肩を震わせる。怒られるから、だけじゃなかったと思う。
仕方ないから、こっちで処理しとくから・・・。すみません、俺らは謝って少しほっとした。
この穴はどうした?先生のその言葉に俺らは心臓を掴まれる思いだった。さっとみんな顔が青くなった。
ここにも色々話があるから、こんなもんいっぱいあってもおかしくないけどなぁ。
先生はこんな話をした。
ここ100年以上の学校だから改装も多いし、知らない通路も探せばいっぱいある。
でも、今日の肝試しにぴったりな女の生き埋めとか、死んだ学生の話とか実はいっぱいあるんだぞ?事実昔生き埋めにされて骨が見つかった事件も大昔にあってだな・・・。
俺らの青い顔に気づいたのか、怖がらせちゃまずいな、と笑いながら一緒に棚を片付けてくれ、俺たち4人を集合場所に戻させてくれた。
それからその話は誰もしないんだよ。でもな、気味の悪いことがいっぱいあったのはみんな気づいてるんだ。そのあとの話が不可解でな。説明がつかないんだよ、どうしても。
あの後、夏休みが明けて先生から、棚を壊したのかと問い詰められてな。
みんなで謝ったんだが、腑に落ちないことが起きた。
そのクラスに4人で謝りに行った時にはもう新しい棚になってたんだが、サイズがちょっと変わって置き場所が変わってたんだ。逆の窓際に大きな新しい棚が置かれてる。
古い、俺たちが壊した棚をどかされたそこには、なにもなかった。
壁、なんだよ。ただの。
四角い穴なんてない。あった形跡さえもない。
みんなで顔を見合わせたよ。だれも口には出さなかったけどな。
それからこういうものを壊したときはちゃんと言ってねっ、てそのクラスの担任が言う。
いいましたよ。先生に。
ここはあの先生がクラスの片付けの時に気がついたの。報告も誰も受けなかったのよ?
見回りの男の先生に僕たち言いましたよ。
誰先生?
4人は首をかしげた。誰先生?誰だったかな。誰ひとりとして名前も出ない、でもあの時は知ってる先生が見回りに来た。でも誰ひとりとして名前が出てこない。
嘘はいけないよ、だって見回りじゃなくて校内放送で先生たちは伝えたのよ?
先生がいたずらっ子を見るように俺たちにそういうんだ。
校内放送なんて誰も聞いて、ない。
つじつまの合わない話がそこに出来上がってしまったんだよ。その夜の。
通った穴はなんだったのか、誰が一体巡回に来たのか、あの穴を通った時何があったのか。
・・・俺が誰にも伝えてない、何を見たのかを話すけどさ。
多分、みんなも薄々何を見たのかわかってるはずなんだよ。
あいつらがどこまで見たかは知らない。
だけどな、俺だけははっきりあの穴で見た・・・。
あの穴でな、女が、俺を見てたんだよ。にへら、って笑ってる女がさ。
赤い目をした女がにへら、って笑って、俺を見てたんだよ。
今も、その小学校は、そこに有る。