友達 ――Luftwaffe――
わたしはなにかしら……?
「……わたしは、誰かしら」
子供の頃からなにもかもを押しつけられて育った。
大人たちの厳しい眼差しを見て育ってきた子供時代。
どうしてこんなに苦しいのかと。
どうしてこんな目に合わなければならないのかと。
「……教えてよ」
冷たい空気の入り込む窓辺に、ザシャは視線を向けたままで窓の向こうに上っている大きな月を見つめている。
初めて操縦桿を握った時、ひどく動揺したのを覚えている。
複座の練習機ではなく、いきなり単座の戦闘機に乗せられた。
そして、自分を見つめていた男たちの眼差しが忘れられない。
まるで検分するかのように。
幼い彼女は、両親と離れて寄宿学校に放り込まれ、厳しい勉強に耐えて、これでやっと解放されると思ったら、今度は父親の意志でミュンヘン大学に進学した。
まわりには同世代の友人など誰ひとりいなくて、いつもひとりだったこと。
――友達はできたか?
――学校は楽しいか?
手紙でいつも問いかける父親の言葉が鬱陶しく感じるようになったのはいつ頃からだったか。
「楽しくなんてなかった……」
そうして、気がついたら軍学校に進学していたこと。
自分の意志など、彼女のそれまでの人生の中にどこにもなかった。
全てが人から強制され、そうして押さえつけられ、抵抗もままならずに押しつけられた人生。
初めて友達らしい存在ができたのはつい最近のことだった。
年齢は自分よりもいくつか年長の男たち。
五歳年上のルッツ・ハーラーと二歳年上のヘクター・デューリング。そして、四歳年上のフロレンツ・ギーゼブレヒト。
同世代の初めての友人。
基地内での生活は、苦労のほうが多いがそれでも楽しかった。
食後に馬鹿な会話を楽しんで、どつきあう。そんなことを、今までの生活でしたことなどなくて、ザシャはそれが楽しい。
「おーい、ヒヨコ」
呼ばれてザシャが振り返ると、ルッツ・ハーラーが小さな天使の人形を手渡した。
「妹からクリスマスの小包が届いてな、その中に入ってたからやる」
手作りだろうか。
毛糸で作られた小さな天使の人形。
ザシャは驚いたようにハーラーを見上げると、一瞬後に破顔して手渡された人形を大事そうに包み込むと緑の瞳をキラキラと輝かせる。
「……ありがとうございます」
「いや、別にそんなに喜ばなくても……、不細工だろう?」
「そんなことありません、かわいいです。とても」
少しつり上がった目が、まるで鷹かなにかを思わせる。少し不細工な天使の人形はまるで彼らが駆るスツーカを思わせてザシャは嬉しそうに目の前の男にぺこりと頭を下げた。
今までの人生の中で、友人ができるのも初めてなら、友人からそんなものをもらうのも初めてだった。
寄宿学校時代は、父親が何度かクリスマスのたびに小包を送ってきていたものだったが、それもいつしか開くことはなくなってしまった。
手のひらに載る程度の小さな天使が嬉しくて、ザシャは胸の前に抱きしめるとにこりと笑う。
人間関係にひどく奥手なところがある彼女の金色の巻き毛をくしゃくしゃとかき回したルッツ・ハーラーはそうしてから笑うと踵を返した。
自分は友達だと思っている。
もしかしたら、相手はそう思っていないのかもしれない。
そんなとりとめもないことを考えながら、ザシャは初めて「友人からもらったプレゼント」に頬をすり寄せると嬉しそうに両目を細めた。