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不屈の盾と、真っ直ぐなアタック

王立アルカディア学園には、魔法科とは別に、己の肉体と武器の技術を極める『騎士科』が存在する。

魔法科の武闘大会から数日後。今日はその騎士科の『学内武闘大会(1年の部)』の決勝戦が行われていた。


「わぁーっ! 魔法科の闘技場とはまた違った熱気だね!」

「コラ、セレス。あまり身を乗り出すな、落ちるぞ」

「ふふっ、セレスさん、危ないですから私の腕にしっかり掴まっていてくださいね」


すり鉢状の巨大な闘技場。その観客席の最前列には、セレス、レオンハルト、ソフィアの3人が並んで座っていた。

先日のお買い物での出会いをきっかけに、クロエから「ぜひ私の決勝戦を見に来てください!」と熱烈な招待状を受け取っていたのだ。


周囲の観客席からは、騎士科の生徒たちの熱狂的な声援と、ヒソヒソとした噂話が入り混じって聞こえてくる。


「おい、見ろよ。今年の1年の決勝、片方は平民の娘らしいぞ」

「ああ、クロエ・ヴァン・ハルモニアだろう? 盾と剣という基本的なスタイルながら、名だたる貴族の生徒たちを次々と打ち破ってきた大穴だ」

「だが、相手が悪い。対するはあの武門の名門、バルバロス家の御曹司だぞ。いくらクロエでも、あの圧倒的なパワーの前では盾ごと粉砕されるだろうな」


そんな下馬評の中、闘技場の中央に二人の生徒が歩み出た。


一人は、身の丈ほどもある巨大な戦斧バトルアックスを軽々と肩に担いだ、筋骨隆々の巨漢の少年——ガレス・フォン・バルバロス。

そしてもう一人が、燃えるような赤髪をポニーテールに結い上げ、銀色の長剣とラウンドシールドを構えた快活な少女——クロエ・ヴァン・ハルモニアだった。


「クロエちゃーん! がんばれーっ!!」

セレスが身を乗り出して大きく手を振ると、闘技場のクロエはパァァッと顔を輝かせ、セレスに向かってビシッと美しい敬礼を見せた。


「あの余裕……気に入らんな、平民」

対戦相手のガレスが、低い声で唸る。

「貴様のその小賢しい盾捌き、ここまで勝ち上がってきた実力は認めよう。だが、我がバルバロス家に伝わる『剛撃』の前では、小細工など無意味だと教えてやる」

「ご忠告痛み入ります、ガレス殿!」

クロエは一切の怯みを見せず、凛とした声で応じた。

「ですが、私の盾は『護るべきもの』のためにあります! 決して砕けはしません!」


「……はじめっ!!」

審判の鋭い声が響き渡った瞬間。


「おおおおおっ!!」

地鳴りのような咆哮と共に、巨漢のガレスが爆発的な踏み込みでクロエとの距離をゼロに詰めた。

振り上げられた巨大な戦斧が、空気を切り裂きながらクロエの脳天へと叩き落とされる。純粋な身体能力と、武門の血筋が鍛え上げた圧倒的な暴力。


「——っ!」

クロエは盾を斜めに構え、その強烈な一撃を真正面から受け止める……のではなく、斧の軌道に対して滑らせるようにいなした。


ガギィィィィンッ!!!

凄まじい金属音が闘技場に響き、ガレスの戦斧は軌道を逸らされて闘技場の石畳を粉砕した。


「ほう! 今の一撃を殺さず流すか。だが、いつまで持つかな!」

ガレスはすぐさま体勢を立て直し、怒涛の連続攻撃を仕掛ける。

横薙ぎ、斬り上げ、唐竹割り。一撃必殺の重い斧が、息をつく暇もなくクロエに襲いかかる。


「すごい……! ガレス殿の攻撃、一つ一つが岩を砕くほど重いのに、全然隙がない!」

観客席でレオンハルトが驚愕の声を上げた。

魔法科トップの彼から見ても、ガレスの身体能力と技術は一級品だった。まともに受ければ、どんな盾でも数発でへし折られるだろう。


しかし、クロエの真骨頂は『異常なまでの観察眼』と『冷静さ』にあった。


(ガレス殿の攻撃は重いが、大振りゆえに微かな『タメ』がある……! 呼吸、重心の移動、筋肉の収縮……全て見えます!)


クロエは嵐のような猛攻の中、盾の角度をミリ単位で調整し、致命傷になる一撃だけを的確に逸らし続けていた。

ステップを踏み、時には身を屈め、決して無理な反撃には出ない。彼女の赤いポニーテールが、激しい動きに合わせて炎のように舞う。


「どうした平民! 逃げ回ってばかりでは勝てんぞ!!」

「……」

クロエは無言のまま、ただその鋭い瞳でガレスの動きを観察し続けていた。


「魔法を使わない戦いって、すっごくかっこいいね! 二人とも、踊ってるみたい!」

セレスは純粋な感動の声を上げている。彼女にとって、魔力を練らずに純粋な肉体だけでこれほどのエネルギーをぶつけ合う姿は、とても新鮮で輝いて見えた。


やがて、試合が動いた。

「これで……終わりだァァッ!!」

焦りを見せ始めたガレスが、大きく息を吸い込み、全身の筋肉を限界まで膨張させた。武門バルバロス家の奥義——全重力を乗せた渾身の『大上段振り下ろし』。

回避は不可能。闘技場の床ごとクロエを両断せんとする、必殺の一撃。


「クロエちゃんっ!!」

セレスが思わず立ち上がる。


しかし、クロエの唇には、微かな笑みが浮かんでいた。

(……待っていましたよ、その大振り!)


ガレスの戦斧が振り下ろされる直前。クロエは逃げるどころか、自らガレスの懐へと深く踏み込んだ。

「なっ……!?」

驚愕するガレス。


ガギィィィッ!!!

クロエはラウンドシールドの縁を、振り下ろされる戦斧の柄の『一番力の入りにくい根元』にピンポイントで叩きつけた。てこの原理と、相手の力を利用した完璧なカウンターの盾撃シールドバッシュ


「ぐあっ……!」

完全にバランスを崩し、ガレスの巨大な体が大きくのけぞる。

その無防備な胸元に向かって、クロエの白銀の長剣が、一筋の閃光のように突き出された。


ピタッ。


ガレスの首筋、わずか数ミリのところで、クロエの剣先が静止していた。


「…………私の、負けだ」

数秒の静寂の後。ガレスは戦斧を床に落とし、潔く敗北を宣言した。

「見事な観察眼と盾捌きだった。平民と侮っていた己を恥じよう。お前の剣、そしてその不屈の盾……確かに、騎士の誇りを見た」

「ガレス殿……! ありがとうございます。貴方の苛烈な一撃、私も背筋が凍る思いでした。素晴らしい戦いでした!」


クロエは剣を収め、ガレスに向かって深く、敬意を込めた一礼をした。


「しょ、勝者! クロエ・ヴァン・ハルモニア!!」

審判の声が響き渡ると、闘技場は魔法科の大会にも負けないほどの爆発的な歓声と拍手に包まれた。

「やったぁぁっ! クロエちゃん、かっこいいーーっ!!」

セレスが飛び跳ねて喜ぶ横で、レオンハルトも「見事だ……」と惜しみない拍手を送っていた。




試合から数十分後。

闘技場の控室前の廊下で、セレスたちは優勝したクロエを待ち構えていた。


「セレスお姉様ーーーっ!!」

廊下の奥から、優勝トロフィーを片手に抱えたクロエが、猛烈な勢いでダッシュしてきた。


「わぁっ、クロエちゃんおめでとー!」

セレスが笑顔で両手を広げると、クロエはその胸に飛び込もうとさらに加速する。


スッ……。


しかし、クロエがセレスに触れる直前。ふわりと甘い花の香りと共に、ソフィアが二人の間に完璧なタイミングで割り込んだ。


「クロエさん、優勝おめでとうございます。素晴らしい試合でした」

ソフィアはニコッと清楚な笑みを浮かべているが、その背中ではセレスをしっかりと自分の領域に囲い込み、ガードを固めている。


「チッ……! 相変わらず鉄壁のシールドですね、ソフィア殿。私の盾捌きより見事かもしれません」

クロエは急ブレーキをかけ、悔しそうに舌打ちをした。


「ええ。セレスさんをあらゆる害虫からお守りするのが、私の一番の役目ですから」

「害虫とは心外な! 私はセレスお姉様に、私のこの勝利を一番に褒めていただきたかったのです!」

「褒めるのは言葉だけで十分でしょう。汗をかいた体でセレスさんに抱きつくなど、言語道断です」


バチバチバチッ!

笑顔のまま静かに威圧感を放つソフィアと、真っ直ぐに闘志を燃やすクロエ。二人の間には、見えない火花が激しく散っていた。


しかし、クロエはただ引き下がるようなタマではない。

彼女は爽やかな笑顔を浮かべ、ビシッとソフィアを指差した。


「ソフィア殿! 貴女がセレスお姉様にとって『一番親密なパートナー』であることは、認めましょう!」

「……あら、やっと理解していただけましたのね」

「ですが! 私は諦めません! 貴女のその鉄壁の絆……ならば、私はそれを超えるほどの『熱い絆』をお姉様と築いてみせます! 騎士の誓いにかけて、いつか必ず貴女に私を認めさせてみせますよ!」


真っ直ぐで、裏表のないポジティブな宣戦布告。

ドロドロとした陰湿な嫉妬ではなく、「もっと親密になればいい!」という彼女らしい真っ直ぐなアプローチに、ソフィアも少しだけ目を丸くした。


(……この人、本当に裏表がありませんのね。少しだけ、調子が狂いますわ)

ソフィアは小さくため息をつくと、ふふっ、と微かに口角を上げた。


「……勝手にすればよろしいですわ。ですが、私の防壁はそう簡単には崩れませんからね」

「望むところです!」


「あはは! クロエちゃんとソフィア、すっごく仲良しになったみたいだね! 私も嬉しいなー!」


二人の高度な牽制合戦など微塵も理解していないセレスが、呑気にパチパチと拍手をしている。


「……あいつ、本当に自分の異常なモテっぷりに無自覚なんだな……」

少し離れた場所でその光景を見ていたレオンハルトは、ボロボロの胃を押さえながら、また一つ深くため息をつくのだった。


「レオンハルト殿! 貴方もセレスお姉様の良きライバルとして、共に切磋琢磨していきましょう!」

「……僕はもう、あいつと戦うのは御免だ」

爽やかに肩を叩いてくるクロエに、レオンハルトは乾いた笑いを返すしかなかった。


こうして、新たな(そして賑やかな)仲間が一人増え、セレスの規格外な学園生活は、さらなる波乱と尊さに満ちていくのだった。

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