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規格外のお買い物と、火花散る乙女たち

帝都最大の商業区画。その中心に構える、学生御用達の高級魔道具店『銀のふくろう亭』。

落ち着いた照明が照らす店内で、銀糸のローブを纏ったマクシミリアンは、ズラリと並んだ高価な杖を前に腕を組んでいた。その後ろには、従者のようにユリウスが控えている。


「マクシミリアン様。まだお身体の傷も癒えきっていないというのに、よろしいのですか?」

「ふん、この程度の傷、ローゼンベルク家の次期当主たる僕にはかすり傷同然だ!」


強がってはいるものの、マクシミリアンの頬にはまだうっすらとガーゼが貼られている。

武闘大会のタッグマッチで、レオンハルト(と、彼が信じ込んでいる)の合体魔法によって闘技場の壁にめり込み、惨敗を喫したマクシミリアン。しかし、彼の瞳の奥にあるプライドの炎は消えていなかった。


「あのレオンハルトめ……。落ちこぼれの平民を庇いながら、僕とユリウスの絶対零度の魔法を真正面から打ち破るとは。僕の完全な負けだ。……だが、次は必ずローゼンベルクの魔法がアークライトを上回ると証明してみせる! そのために、僕の魔力に耐えうる最高の杖を新調するのだ!」


傲慢だが、己の敗北を潔く認め、さらなる高みを目指そうとする真っ直ぐな向上心。それこそがマクシミリアンの根っこにある「名門貴族の誇り」だった。ユリウスもそんな主君の姿に、眼鏡の奥で微かに満足げな笑みを浮かべている。


「……おや? あちらにいらっしゃるのは」

ユリウスの視線の先。店の入り口のドアベルが鳴り、見覚えのある3人組が入ってきた。


「わぁーっ! すっごいキラキラしてる! 帝都のお店ってなんでも売ってるんだね!」

「コラ、セレス。あまり勝手に触るな。ここはそれなりに値が張る魔道具も置いてあるんだぞ」

「ふふっ、セレスさん、まるで迷子の子猫みたいで可愛いです」


目を輝かせて店内を歩き回るセレスと、胃の辺りを押さえながら付き添うレオンハルト、そしてセレスの腕にしっかりと自分の腕を絡ませているソフィアだった。

大会の打ち上げの翌日、セレスが「お水をたくさん入れられて、ずっと冷たい水筒が欲しい!」と言い出したため、レオンハルトがこの高級店を案内したのだ。


マクシミリアンは、かつての対戦相手であるレオンハルトたちを見て、ツンと顎を上げた。

「ふん、アークライトの御曹司が、平民の小娘の買い物に付き合うとはな。余裕なことだ」


そんなマクシミリアンの視線に気づくこともなく、セレスはガラスケースの中に飾られた一つの水筒に釘付けになっていた。


「ねぇレオン、これすっごくいいね! デザインも可愛いし、お水がいっぱい入りそう!」

「目ざといな。それは『氷精のフラスコ』と言って、中に入れた液体を常に氷点下ギリギリの冷たさに保ってくれる一品だ。値段は金貨10枚……平民の生活費半年分ってところだな」


常識的な金銭感覚からすればかなりの高額商品だが、吸血鬼体質で常に喉の渇きと火照りを感じているセレスにとって「冷たい水が無限に飲める」というのは魅力的すぎた。

彼女は自分のポケットをごそごそと探り、ポンッ、とケースの上に『何か』を置いた。


「店員さーん! これ、ください! お金ならこれで足りるかな?」

「セレス、お前……平民がそんな額を払えるわけ……」


言いかけたレオンハルトの言葉が、ピタリと止まる。

セレスがカウンターに置いたのは、無造作な手のひらサイズの「赤い石ころ」だった。しかし、魔法使いであれば一目でわかる。それが尋常ではない純度の魔力を内包した、天然の『極大火炎鉱石』であることに。


「ひっ……!? お、お客様! それはダンジョンの最深部でしか採掘されない特級の魔鉱石では!? これほどの大きさとなれば、金貨100枚を下らない価値が……っ!」

店主が目を丸くして震え上がる。

セレスがかつて、ダンジョン実習の最下層でバケモノを倒したついでに「なんかキラキラしてて綺麗だから」という理由で拾ってきたものだった。


「ばっ……馬鹿! お前、そんなヤバい代物を街中でホイホイ出すな! 盗賊に狙われたらどうするんだ!」

レオンハルトが血相を変え、慌ててその鉱石をセレスのポケットにねじ込んだ。

「店主! 悪いがこいつは田舎者で相場を知らんのだ! 水筒の代金なら僕が払う。金貨10枚だな!」


レオンハルトが自身の革袋から金貨を取り出そうとした、まさにその時。


「——待てレオンハルト! 相変わらず下品なマネーコントロールだな!」

ズカズカと歩み寄ってきたのは、マクシミリアンだった。

「タッグマッチの勝者が、レディに財布の紐を開かせるなどアークライトの名折れではないか! ここは僕が、ローゼンベルク家の財力でその水筒を買い取って、彼女に献上してやろう!」

「はぁ!? お前には関係ないだろマクシミリアン! これは僕の奢りだ!」

「いいや僕だ! 金貨15枚出そう!」

「なら僕は金貨20枚だ!」


なぜか意地を張ってオークションを始める名門貴族の二人。

「わぁ、帝国の人はみんなお金持ちで優しいねぇ」と呑気に笑うセレスの横で、ソフィアだけが「無駄遣いはよくありませんよ」と呆れ顔をしている。


その時だった。


「——見つけましたわ! セレスお姉様!!」


店内に、場違いなほど元気で甲高い声が響き渡った。

バンッ!と勢いよく扉を開けて飛び込んできたのは、燃えるような赤髪をポニーテールにした、快活そうな少女だった。制服の胸元には、騎士科の1年生であることを示すエンブレムが輝いている。


「えっ? 私?」

セレスがきょとんとする間もなく、赤髪の少女——クロエは、一直線にセレスの元へ駆け寄り、その両手をガシッと握りしめた。


「私、騎士科1年のクロエ・ヴァン・ハルモニアと申します! 昨日の武闘大会、観客席で拝見しておりました! 決勝戦での、あのお姿……!」

「あ、あれ? 決勝戦って私、魔法の反動で空に飛んでいって負けちゃったんだけど……」


「いいえ! 私は真実を理解しております!」

クロエは感極まったように、キラキラとした瞳でセレスを見つめた。

「あの圧倒的な魔法を放てば、対戦相手であるレオンハルト様が重傷を負ってしまう……! それを瞬時に悟り、自ら魔法を地面に撃ち込んで場外へ飛び去るという『自己犠牲』! なんて美しく、気高い騎士道精神なのでしょうか! 私は感動いたしました!!」


「え……?」

レオンハルトとマクシミリアンが同時に固まる。

(違う、ただの自爆だ……!)とレオンハルトは心の中で全力で突っ込んだが、いつもの胃痛で声が出ない。


「セレスお姉様! 私、お姉様のように強くて優しい方に憧れています! どうか、私を妹分にして……いえ、次の実習で、私と『パートナー』を組んでいただけませんか!?」


クロエの熱烈なアピール。顔を真っ赤にしてセレスの手に頬擦りする彼女の姿は、まるで憧れの英雄に出会った熱狂的なファンのようだった。


「えへへ、お姉様だなんて照れるなぁ。私なんかでよければ……」

セレスが、持ち前の呑気さでクロエの頭を撫でようとした、その瞬間。


スッ……。


ふわりと甘い花の香りがしたかと思うと、クロエとセレスの間に、小柄な影が割り込んだ。

ソフィアだった。


「……あの、クロエさんと言いましたか」

ソフィアはいつも通りの清楚な微笑みを浮かべている。しかし、その頬はぷくっと微かに膨らみ、セレスの腕を自分の胸にギュゥゥッと強く抱き寄せていた。


「申し訳ありませんが、セレスさんの『一番のパートナー』は、この私です。昨日も、今日も、そして明日も。……ですので、セレスさんをお貸しすることはできません」


「むっ……!?」

ソフィアの静かだが譲らない態度に、クロエがピクッと眉を上げる。

「私は騎士として、お姉様の背中をお守りしたいのです。魔法科のサポートも重要でしょうが、前衛でセレスお姉様の盾となるのは私の役目かと!」


「盾なら必要ありませんわ。私がセレスさんの体調管理からお買い物のサポートまで、全て完璧にこなしておりますもの。貴女が入り込む隙間なんて、ありません」


ソフィアの「私が正妻ですが何か?」と言わんばかりの堂々たる宣言。

バチバチッ!と、二人の少女の間に火花が散る。


「……ぐぬぬ。さすがはお姉様の一番のパートナー、隙がありませんね」

クロエは悔しそうに唸った後、パァッと爽やかな笑顔を見せた。

「ですが、私も諦めません! いつか必ず、ソフィア殿にも認められる立派な騎士になり、お姉様の隣に立つに相応しい存在になってみせます! それではセレスお姉様、また学校で!」


嵐のように現れ、爽やかな風のように去っていくクロエ。


「わーい、クロエちゃんって元気だね! 学校でお友達が増えたみたいで嬉しいな!」

「……もう。セレスさんは、誰にでも無防備すぎます」

ソフィアは小さくため息をつきながらも、セレスが自分の頭を「よしよし」と撫でてくれたことで、すぐに機嫌を直してえへへと嬉しそうに笑った。


そんな乙女たちの華やかな(?)やり取りの裏で。


「だから僕が金貨30枚払うと言っているだろうが!!」

「いいやローゼンベルク家が金貨50枚出す!!」

「君たち、もうその水筒の定価の数倍になってるんだけど……」


レオンハルトとマクシミリアンの意地の張り合いは、セレスが呆れ顔でツッコミを入れるまで延々と続くのだった。

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