気迫の自爆と、甘く渇く祝勝会
王立アルカディア学園の大闘技場。
タッグマッチで行われた準決勝から数時間後。熱気冷めやらぬ闘技場の舞台には、勝ち上がった青コーナーの二人が、今度は敵同士として向かい合っていた。
「これより、『学内武闘大会』決勝戦! 第1位レオンハルト対、第3位セレスの試合を開始する!!」
実況の教師の声に、観客席からは今日一番の割れんばかりの歓声が上がる。
「レオンハルト様ー! 英雄の力、見せてください!」
「あの平民の娘も凄いぞ! どんな合体魔法が見れるんだ!」
そんな外野の熱狂とは裏腹に、闘技場の中央に立つレオンハルトの顔色は、死人のように青白かった。
(……なんで僕が、こんな目に……)
先ほどの準決勝で、セレスが放った『超絶圧縮された純粋魔力弾』を強引に逸らすため、レオンハルトは全魔力を使い果たしていた。
魔力枯渇による激しい頭痛。全身の筋肉は悲鳴を上げ、立っているのもやっとの状態。杖を握る手は生まれたての子鹿のようにガタガタと震えている。
対するセレスは、満面の笑みでピョンピョンと軽く飛び跳ねていた。
「へへっ、レオンと本気で戦えるなんてすっごく嬉しい! 準決勝の時はレオンが私の魔法をかっこよく包んでくれたけど、今度は一人だもんね。私も『全力』でいかなきゃ!」
「……っ!!」
『全力』という言葉を聞いた瞬間、レオンハルトの心臓がヒュッと縮み上がった。
基礎の基礎である『魔力を練る』ことを覚えたセレスは、今や燃費も威力も跳ね上がっている。その彼女が、手加減なしの全力で魔法を撃ち放てばどうなるか。
(闘技場ごと消し飛ぶぞ……いや、僕の命がもたない!!)
逃げ出したい。棄権したい。しかし、アークライト家の次期当主として、全校生徒が見守る決勝の舞台で背を向けることなど絶対に許されなかった。
「はじめっ!!」
審判の手が振り下ろされる。
「いくよ、レオン!」
セレスは右手を前に突き出し、ダンジョンで教わった通りに、体内の魔力をギュゥゥゥッと一極に圧縮し始めた。
——ヒュンッ!!!
闘技場内の空気が、セレスの指先に向かって渦を巻きながら吸い込まれていく。圧縮された魔力は凄まじい密度となり、空間そのものを歪ませてビリビリと黒い稲妻を走らせた。
(ああ、終わった。死んだ。父上、先立つ不幸をお許しください)
レオンハルトは杖を構えながら、絶望のあまり走馬灯を見始めていた。ボロボロの体では、防御魔法一つ展開できない。
「いっけぇぇぇーーっ!!」
セレスが、その規格外の『特大圧縮魔法』を解き放とうとした、まさにその瞬間だった。
(……あっ!)
セレスの紅い瞳が、レオンハルトの顔色を捉えた。
青白い顔。荒い息。そして、ガタガタと震えながらも、決して逃げ出そうとしないその『気迫』。
(レオン、さっきの試合で私をカバーしてくれたから、すっごく疲れてるんだ……! そんなボロボロのレオンに、私の『ちょっと強い魔法』が当たったら……大ケガさせちゃうかも!!)
セレスは完全に勘違いしていた。
自分が放とうとしているのが「当たれば炭すら残らない極大魔法」だとは露知らず、「疲れてる友達にドッジボールを全力でぶつけるのは可哀想」くらいの感覚で、慌てて魔法の軌道を逸らしたのだ。
「わわっ、あぶなーいっ!!」
セレスは突き出していた右手を、力任せに真下の地面へと向けた。
——ドゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
闘技場の中心で、超新星爆発が起きたかのような閃光と轟音が弾け飛んだ。
頑強な魔法石で舗装された床が、まるで豆腐のように抉り取られ、周囲の空気が一瞬にしてプラズマ化する。
「な、なんだぁぁぁっ!?」
実況も観客も、突如発生した大爆発に悲鳴を上げて頭を抱えた。
そして、その凄まじい爆風と、魔法を真下に撃ち込んだことによる『規格外の反動』をモロに受けたセレスは。
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」
まるで大砲の弾のように、空高くカッ飛んでいった。
闘技場の遥か上空を美しい放物線を描いて飛んでいき、そのまま観客席のさらに後ろ、闘技場の場外である森の中へと、ドスーン!と音を立てて墜落した。
「…………え?」
砂埃が晴れた闘技場。
そこには、唖然として立ち尽くすレオンハルトと、彼の目の前に口を開けた『底の見えない巨大なクレーター』だけが残されていた。
「か、カウンターが決まった!?じょ、場外……! 勝者、レオンハルトぉぉぉっ!!」
審判の裏返った声が響き渡り、訳が分からないまま、観客席からはワァァァァッ!と歓声が上がる。
一方のセレスは、森の木に引っかかりながら「いたたた……」と頭を撫でていた。
「ふぅ、ギリギリで魔法を逸らせた……。あんなにボロボロなのに一歩も引かないなんて、やっぱりレオンは凄いなぁ。レオンの気迫に負けちゃったなー、あははっ!」
本気でそう呑気に笑うセレス。
そして闘技場に取り残されたレオンハルトは、足元のブラックホールのようなクレーターを覗き込み、ガタガタと歯の根を鳴らして震え上がっていた。
(……あ、あれが僕に当たってたら……塵一つ残らなかった……っ)
彼は勝者としての歓声を浴びながら、その場に崩れ落ち、ついに安堵と恐怖で気絶するのだった。
その日の夜。
大会の全日程が終了し、学生寮ではささやかな祝勝会(打ち上げ)が開かれていた。
食堂には豪勢な料理が並び、生徒たちがジュースの入ったグラスを片手に談笑している。
「セレスさーん! こっちです、お肉焼けましたよ!」
「わぁっ、ソフィアありがとう! すっごく美味しそう!」
食堂の隅のテーブルで、セレスは山盛りのローストビーフを幸せそうに頬張っていた。
自爆による場外負けという結果に終わったものの、彼女の表情は晴れやかだった。無事に怪我(?)もなく戻ってきたセレスを見て、ソフィアも嬉しそうに微笑んでいる。
「セレスさん、決勝戦は惜しかったですね。……でも、セレスさんなら絶対に優勝できる実力があったはずなのに、どうして……?」
ソフィアが、不思議そうに小首を傾げる。
あの時、ソフィアの鋭い観察眼は、セレスが意図的に魔法を地面に向けたことを見逃していなかった。
「んー? だって、レオンすっごく疲れてたからさ。ケガさせちゃ悪いなって思って。……それに私、ソフィアが一生懸命頑張ってたの知ってるから、その分まで目立てただけで満足なんだ!」
「セレスさん……っ」
打算のない、底抜けに優しい笑顔。
ソフィアの胸の奥が、ギュゥゥンッと音を立てて熱くなった。自分のためにそこまで言ってくれるなんて。可愛くて、かっこよくて、底知れない力を持っているのに、どこまでも純粋なこの少女が、ソフィアはたまらなく愛おしかった。
「あ、ほっぺたにソースついてますよ」
「えっ、ほんと?」
ソフィアはそっと手を伸ばし、セレスの白い頬についたソースを指先で拭い、そのままペロッと自分の口に含んだ。
「ん、甘口で美味しいです」
「ちょ、ソフィア……っ! なにしてるの!?」
セレスの顔が、ボンッと林檎のように真っ赤に染まる。
至近距離で微笑むソフィア。ふわりと香る、甘くて優しい花の匂い。
そして、セレスの視線は、ソフィアの白くて細い首筋へと、吸い込まれるように向かってしまった。
トクン、トクン……。
肌の下を流れる、温かくて赤い命の脈動。
それを見た瞬間、セレスの奥底に眠る『吸血鬼』としての本能が、カッと目覚めたように喉を焼いた。
(……だめ。すごく、喉が渇く……)
魔力循環を覚えて体調は良くなったものの、根本的な『月に一度の吸血』という条件を満たしていないため、渇きは誤魔化しきれなくなっていた。
「……セレスさん? 顔が赤いです。それに、なんだか息が荒いような……またお水、飲みますか?」
心配そうに覗き込んでくるソフィア。
その無防備な首筋がさらに近づき、セレスは生唾をゴクリと飲み込んだ。
(だめだめだめ! 友達を美味しそうだなんて、私どんだけ食いしん坊なの!?)
必死に理性を総動員して、セレスはブンブンと首を振る。
「う、ううん! 大丈夫! ちょっと暑いだけ! あはは、私ちょっと風に当たってくるね!」
「あっ、セレスさん……!」
セレスは逃げるように席を立ち、テラスへと駆け出していった。
夜風に当たりながら、真っ赤になった顔を両手でパタパタと扇ぐ。
「はぁ……はぁ……。びっくりしたぁ……。私、なんであんなにソフィアの首ばっかり……」
一方、食堂に残されたソフィアは、セレスの後ろ姿を見つめながら、その瞳に静かな光を宿していた。
(セレスさん、あの時……私の首を見て、すごく辛そうに喉を鳴らしてた……)
ただの体調不良ではない。もっと根本的な、何か。
あの異常なまでのシミ一つない無傷で綺麗な肌と、キラリと赤く光る瞳。そして、水では満たされない『渇き』。
聡明なソフィアの脳内で、いくつかの御伽話の伝承と、セレスの姿がピタリと重なりかけていた。
(もし、本当にセレスさんが……そういう存在だとしたら……)
ソフィアは自分の細い首筋に、そっと手を当てる。
恐怖はない。あるのはただ、あの脆くて危なっかしい少女の『全て』を受け入れたいという、激重な献身の覚悟だけだった。
「……セレスさん。私、準備できてますからね」
誰にも聞こえないほどの小さな呟きは、祝勝会の喧騒に甘く溶けて消えていった。




