英雄の凱旋と、すれ違うサバイバル
『ダンジョン実習』から数日が経った王立アルカディア学園は、かつてない熱狂と興奮に包まれていた。
「聞いたか!? 1年のレオンハルト様が、未踏破の最下層で『深淵の覇者』を単独で討伐したらしいぞ!」
「あんな伝説級のバケモノを!? さすがは名門アークライト家の次期当主……!」
学食のど真ん中で、最も声高にその武勇伝を語っていたのは、他でもないレオンハルトの取り巻きの男子生徒だった。
「いやぁ、あの時のレオンハルト様は本当に凄かったぜ! 巨大な魔獣の攻撃を間一髪で躱し、全属性の極大魔法を同時に叩き込んだんだ! 俺は魔獣の咆哮で気絶しちまったが、目覚めた時にはもうバケモノは消し飛んでたのさ!」
「おおおおっ!!」
拍手喝采を浴びる取り巻き。
その喧騒から少し離れた席で、当のレオンハルトは、出された紅茶に一切手をつけることなく、ギリッと奥歯を噛み締めていた。
(……違う。僕じゃない。僕の魔法は、あいつに傷一つつけられなかった……)
膝の上で握りしめた拳が、白く鬱血して震えている。
あの圧倒的なバケモノを、文字通り「デコピン一つ」で消し飛ばしたのは、向かいの席で呑気に山盛りのパンを頬張っている銀髪の少女——セレスだ。
しかし、レオンハルトは真実を言い出せなかった。
『よくやったレオンハルト。さすがは我がアークライトの血を引く自慢の息子だ』
報告を受けた厳格な父からの、生まれて初めてのベタ褒めの手紙。一族の期待、名門の重圧。それらが鎖となって、レオンハルトの口を強固に塞いでいたのだ。
「レオン、すごいね! みんな君のこと英雄だって言ってるよ!」
口の周りにパンくずをつけたセレスが、無邪気な笑顔で身を乗り出してきた。
「お前……本気で言っているのか……?」
「え? もちろんだよ! 君がいっぱい魔法を当てて、バケモノの体力をギリギリまで削ってくれたから、私の最後のちっぽけな魔法で倒せたんだし! それに、『魔力を練る』コツを教えてくれたおかげだよ。私、君の足引っ張っちゃってごめんね。もっと私が強かったらなぁ……」
打算など一切ない。1ミリの皮肉もない。
セレスは本気で、「レオンハルトがボスの体力を残り1まで削ってくれたから、自分の1ダメージでトドメを刺せた」と思い込んでいるのだ。
(これほどの次元の違う力を持っておきながら……どうしてこんなにも無自覚なんだ……!)
レオンハルトは罪悪感と情けなさで、胃が穴の空くような痛みに襲われていた。
一方、そのやり取りを隣で見ていたソフィアは、一人でこっそりと頭を抱えていた。
(あれ……? 私の記憶がおかしいのかな……? セレスさんの魔法で、魔獣が跡形もなく消し飛んだように見えたのは……気絶する直前の幻覚……?)
ソフィアの鋭い観察眼と記憶力は、真実を正確に捉えていた。しかし、常識が邪魔をする。あんな華奢で儚いセレスが、災害級の魔獣を一撃で粉砕するなどあり得ない。
(でも……もしかして、セレスさんって、本当はものすごく強いんじゃ……? いやいや、そんなまさか!)
ソフィアの頭の中では、セレスの「儚くて守ってあげなきゃいけない女の子像」と「超絶無双のバケモノ像」がせめぎ合い、大混乱を引き起こしていた。
そんなソフィアの葛藤をよそに、セレスはゴクゴクと水を飲み干し「ぷはぁっ!」と元気よく息を吐いた。
「あー、最近なんかすごく調子いいかも!」
実は、レオンハルトから「魔力を練って循環させる」ことを教わったあの日以来、セレスの体調は劇的に改善していた。
これまでは垂れ流しだった魔力が体内で完璧に循環するようになり、吸血を怠っていることによる『極大デバフ』の進行が、かなり緩やかになっていたのだ。
相変わらず喉は渇くし、ふとした瞬間にソフィアの首筋を見て生唾を飲み込んでしまうが、以前のような立っているのも辛いほどの倦怠感は綺麗に消え去っていた。
「うん! これなら、明日からの武闘大会も頑張れそう!」
セレスはギュッと拳を握り、やる気に満ちた笑顔を浮かべた。
翌日。
全校生徒が参加する『学内武闘大会』の一回戦が幕を開けた。
ルールはシンプル。学校が所有する広大な演習林に二日間入り込み、狩った魔物の素材(角や牙など)を納品するサバイバル形式。そのポイント【上位4名】のみが、本戦である二回戦への出場権を得るという、非常に狭き門だった。
しかし、このサバイバルには、公然の『裏ルール』が存在した。
「レオンハルト様、こちらを」
演習林の奥深く、人目のつかない岩陰で、アークライト家の息のかかった上級生たちが、ズラリと並べた麻袋を開けた。
中に入っているのは、すでに綺麗に加工された高ランク魔物の素材の山。
「……こんなもの、持ち込むなと言ったはずだ」
「そうは仰いましても。他の貴族の連中も、外部の業者から買い付けた素材を大量に持ち込んでおります。アークライト家の御曹司が、彼らに後れを取るわけにはいきません」
そう、この一回戦は「名ばかりのサバイバル」だった。
財力と権力を持つ貴族の生徒たちは、あらかじめ用意させた素材を持ち込み、圧倒的なポイント差で平民を蹴落とすのが恒例となっているのだ。
レオンハルトは自身の魔法で仕留めた魔物の死骸を見下ろした。彼自身の実力だけでも十分に上位を狙えるはずだ。しかし、「確実な1位」でなければ、父は納得しないだろう。
「……わかった。置いていけ」
屈辱に唇を噛み切りそうになりながら、レオンハルトは自分の実力で得た3割の素材に、持ち込まれた7割の素材を上乗せした。
英雄としての虚像が、また一つ彼を重く縛り付けていく。
一方、その頃。
森の反対側では、セレスが泣きそうな顔で地面に這いつくばっていた。
「ああっ……! また粉々になっちゃった……!」
セレスの目の前には、巨大なクレーターができている。
魔力を練ることを覚えた彼女は、燃費が良くなっただけでなく、魔法の威力が以前の5倍に跳ね上がっていたのだ。
「小さく、優しく当てようと思ったのに……素材、どこに飛んでったのぉ……?」
魔物に遭遇するたびに、セレスが指先から放つ極小の魔法(※のつもり)が、魔物を木っ端微塵に吹き飛ばしてしまう。角も、牙も、毛皮も、全てが弾け、消え去り、納品できる状態の素材がほとんど残らないのだ。
「あ、あった! 尻尾の先っぽだけ!」
セレスは泥だらけになりながら、消し飛んだ魔物のわずかな残骸を拾い集め、小さな袋に詰めていく。圧倒的な討伐数を誇りながらも、納品できる素材はその1割にも満たなかった。
そして、二日間のサバイバルが終了し、結果発表の時が訪れた。
「第1位! レオンハルト・ヴァン・アークライト! 獲得ポイント、ぶっちぎりのトップです!」
歓声が湧き上がる中、レオンハルトは表情一つ変えずに腕を組んでいた。
「第2位! マクシミリアン・フォン・ローゼンベルク!」
名前を呼ばれ、銀糸の刺繍が入った豪奢なローブを纏うプラチナブロンドの少年が一歩前に出た。ローゼンベルク家は、アークライト家と並ぶ帝国屈指の名門魔法貴族。彼もまた、持ち込みの素材でこの順位を勝ち取っていた。
「……そして第3位! セレス!」
「えっ、私!?」
泥だらけの顔を上げて、セレスが驚きの声を上げる。
納品した量は少なかったものの、彼女が木っ端微塵にして持ち帰った素材の欠片は、どれも深層にしか生息しない超高ランクの魔物のものばかりだったのだ……本人は森を歩き回りすぎて深層に入っていたことに気づいていないが。それが異常な高得点を叩き出していた。
「第4位! ユリウス・フォン・クラウス! 以上の4名が、本戦出場となります!」
「やったぁ! ソフィア、私3位だって! ……ソフィア?」
振り返ると、ソフィアが掲示板の前でポロポロと涙をこぼしていた。
「ソフィア……?」
「ごめんなさい、セレスさん……。私、本戦に残れませんでした……。セレスさんと一緒に、もっと戦いたかったのに……っ」
ソフィアは外部からの持ち込みなど一切せず、自身の闇魔法と地道な罠猟で奮闘したが、上位4名という狭き門にはあと一歩及ばなかったのだ。
「ソフィア……」
セレスは胸が締め付けられるような思いで、泣きじゃくるソフィアをそっと抱きしめた。
「謝らないでよ。ソフィアは誰よりも頑張ってた! 私、知ってるもん。泥だらけになって、一生懸命罠を仕掛けてたの……すっごくかっこよかったよ」
「セレスさん……っ、うわぁぁぁん……っ!」
セレスの細くも力強い腕に包まれ、ソフィアは子供のように声を上げて泣いた。
その背中を優しく撫でながら、セレスは自分の内にふつふつと湧き上がる、温かくて真っ直ぐな思いを感じていた。
(ソフィアは、こんなに一生懸命だったのに……。よしっ、決めた。本戦に出られなかったソフィアの悔しさの分まで、私が絶対頑張る! ソフィアに、かっこいいところ見せなきゃ!)
純粋な決意を胸に宿すセレス。
「それでは発表する! 明日の本戦、二回戦は……上位4名による特別タッグマッチだ! 第1位のレオンハルトと、第3位のセレス! この二人がタッグを組み、第2位・第4位タッグと対戦してもらう!!」
実況の声が響き渡り、闘技場がどよめきに包まれた。
「よろしくね、レオン! また一緒に戦えるなんて嬉しいな!」
無邪気に笑いかけるセレス。
一方のレオンハルトは、青ざめた顔で己の胃の辺りを強く押さえていた。
(この規格外のバケモノとタッグだと……!? 頼むから、マクシミリアンたちを殺さないでくれよ……!)
英雄の凱旋から一転、レオンハルトの新たな胃痛の種が、パチンと音を立てて弾けたのだった。




