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魔界の秘密基地と、少女たちの日常

人間界から遠く、遠く、気が遠くなるほど離れた別次元。

永遠の夜が支配する魔界の最深部、吸血鬼の王ヴラドの城。

かつては禍々しくも豪奢な静寂が保たれていたその城は、今、かつてないほどの『カオスな活気』に包まれていた。


「——クロエさん! そこに魔界の硬度を誇る『黒曜石』のトレーニング器具を置くのは、絶対に認められませんわ! セレスの安全が最優先です!」

「何を仰いますか、ソフィアさん! 騎士たるもの、武の研鑽は基本! セレスお姉様の強大すぎる力を制御するためには、日々の鍛錬こそが必要なのです!!」


王城の一角にある、セレスの私室。

そこでは、卒業式の直後に次元をぶち割って魔界にやってきたソフィアとクロエが、セレスの部屋を自分たち好みに大改装しようと、バチバチに火花を散らしていた。


ソフィアは「セレスの安全と快適性」を最優先。古代魔導具を用いた超高性能な防犯設備付きの天蓋ベッドや、精神を安定させるハーブティーセットなどを設置しようとする。

一方、クロエは「セレスお姉様の武の研鑽」を主張。部屋の中に魔界テイストでズレたトレーニング器具や武具スタンドを置こうとする。


「部屋が狭くなりますわ! 貴女のその筋肉質な趣味をセレスさんに押し付けないでいただけますか!?」

「鍛錬は基本ですわ! 貴女のその激重な愛こそ、お姉様の負担になっていますわ!!」


「わぁー、二人とも今日も元気だねぇ」


そんな固定パーティのハウジングバトルを他所に、当のセレスは、エリーゼから借りたフリルたっぷりの(しかし魔界テイストでどこか毒々しい)パジャマに身を包み、ベッドの上でゴロゴロと呑気にココアを飲んでいた。

デバフが完全に解除された今のセレスは、魔界の重い重力すら感じさせないほど体が軽く、以前よりも一層、透き通るような白さと真紅の瞳の輝きを増していた。


◆ ◆ ◆


収拾がつかなくなりかけたその時。

部屋の扉がノックもなしにバサァッ!と開かれ、豪奢なマントを翻したヴラドとエリーゼが姿を現した。


「セレス! 我が愛しき姫君よ! お母様が、おばあちゃんの味を再現しようと、試行錯誤した特製スープを持ってきたわよ!!」

エリーゼが、お玉を片手に、黄金色に輝く(しかし瘴気が滲み出ている)スープが入った大鍋を持って、満面の笑みで駆け寄ってきた。


「おばあちゃんのスープ……?」

セレスの瞳が、パァァッと輝いた。森で育ててくれた、おばあちゃんのあの温かい味。


「ええ! 禁書を読み漁り、人間界の料理法を徹底的に研究しましたわ! ……隠し味に、魔界の深淵でしか採れない『冥界の林檎』の瘴気と、三日三晩悪夢にうなされる『悪夢のキノコ』のすりおろしを入れてみましたの!」


「…………え?」

ソフィアとクロエが、同時に青ざめて後ずさる。


「 素晴らしい! ……そしてセレス、父様からは、お前を守るための最強の使い魔をプレゼントしよう!」

ヴラドが、ニヤリと笑いながら手をかざすと、部屋の隅の闇の中から、シュルシュルと何かが這い出てきた。


それは、身の丈ほどもある巨大な蜘蛛……のように見えるが、胴体が心臓のようにドクン、ドクンと脈打ち、八本の脚が全て鎌のようになっている、どう見ても『災害級の魔獣』だった。


「ひ、ひぃぃッ!? なんだこの禍々しい魔獣は!! 瘴気で部屋の壁紙が枯れていってるぞ!!」

ソフィアが、悲鳴を上げてセレスを背中に隠した。


「ふははははっ! これは魔界の最下層でしか生息しない『奈落の守護蜘蛛ネザー・スパイダー』! これを部屋に常駐させておけば、どんな害虫もお前の元へ近づく前に消し去ってくれる!!」

ヴラドは、使い魔(凶暴な魔獣)を撫でながら、親バカ全開の笑顔を浮かべた。


「わぁー、可愛い使い魔さん! おばあちゃんのスープも、すっごくいい匂い! パパ、ママ、ありがとー!」


打算ゼロ。純度100%の無自覚な優しさ。

セレスは、瘴気を放つスープも、災害級の魔獣も、全て「おばあちゃんの味」と「可愛いプレゼント」だと超解釈し、満面の笑みで喜んでいた。


「エリーゼよ……。娘が、こんなに喜んでいる……! 我らの愛情が、伝わったのだ……!」

「ええ、ヴラド様……! これでセレスは、この魔界で幸せに暮らしていけますわ……!」


ポンコツ天然の両親は、娘の無自覚な反応に再び大号泣し、お互いに抱き合って喜ぶのだった。


◆ ◆ ◆


両親が去った後、部屋の中は、さらにカオスな状況になっていた。

ソフィアの古代魔導具、クロエのトレーニング器具、エリーゼの瘴気スープ(大鍋)、ヴラドの凶暴な使い魔(奈落の守護蜘蛛)。


「……どうしてこうなったの」

ソフィアが、額を押さえてため息をついた。

これでは、ハウジングどころか、まともに寝るスペースすらない。


「うーん……みんなの気持ちは嬉しいけど……」

ベッドの上で、カオスな部屋を見渡していたセレスが、ふぅ、と小さくため息をついた。


「私、おばあちゃんの森の小屋みたいに、みんなで一緒に寝られる、おっきくてふかふかのベッドがいいな」


打算ゼロ。純度100%の、純粋な願い。


「…………え?」


ソフィアとクロエの動きが、ピタリと止まった。


「み、みんなで……一緒に?」


クロエは持っていた家具のカタログで口元を隠しつつ、チラリと上目遣いでこちらを見てくる。ほんのり赤く染まった頬と、潤んだ瞳の奥には、明らかにただの『睡眠』とは違うドキドキした期待が揺れていた。


「ええ、そうね……。大きなベッドなら、どんなに寝返りを打っても……ふふっ、色々と『自由』に動けるものね」


ソフィアは艶やかな笑みをこぼし、意味深に指先で自身の唇をなぞりながら、少しだけ距離を詰めてくる。その甘い香りに、なんだか部屋の空気が少しだけ熱を帯びた気がした。


ふかふかの特大ベッドに、手触りの良い高級シルクのカーテン。

新しい部屋の主役は、どうやら満場一致で決まりそうだ。


種族も次元も超えた、変わらない絆。

彼女たちの、温かくて、愛に溢れた、泡沫のような時間。


無自覚な規格外の少女、セレス。

彼女の学園生活は終わっても、彼女を愛し、寄り添い、ハチャメチャで、愛に溢れたドタバタな日々は——。


世界が変わっても、次元が変わっても。

永遠に、終わることはないのだった。

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