親バカの潜入と、泥まみれの拷問(パフェ)
あの一振りで魔族の軍勢が「蒸発」した北の激戦から数日後。
王立アルカディア魔法学校は、何事もなかったかのように平和な日常を取り戻していた。
そんな平和な学園の正門に、怪しすぎる二人組の男女が立っていた。
一人は、どこかズレた「平民の服(※やたらとフリルが多い謎のつなぎ)」を着た銀髪の美しい男。もう一人は、同じく銀髪を隠すように大きな帽子を深く被った絶世の美女。
魔界の王ヴラドと、その妻エリーゼである。
「おお……エリーゼよ。ついに我らは、忌まわしき人間どもの巣窟へと足を踏み入れたぞ」
「ええ、ヴラド様。15年……長かったですわ。愛する私たちの娘、セレスは、この学園のどこかで、ボロボロの衣服を纏い、鎖に繋がれ、重い石を運ばされているに違いありません……!」
二人の瞳からは、すでに大粒の涙が滝のように流れていた。
彼らは人間という種族を「極悪非道で残虐な生き物」だと本気で信じ込んでいるため、娘がどれほど悲惨な奴隷生活を送っているかという妄想だけで、胸が張り裂けそうになっていたのだ。
「待っていろ、セレス。今すぐ父様と母様が助け出してやるからな……!」
親バカと天然を極めた最強の吸血鬼夫婦は、涙を拭いながら、学園内へと忍び込んだ。
◆ ◆ ◆
二人が学園の敷地を探索していると、中庭の木陰から、悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「うぅ……っ、もう無理だよぉ……! 頭が割れそう……っ!」
「馬鹿野郎、甘えるな! ここを乗り越えなければ、お前の未来は真っ暗だぞ!」
「ッ!? あの声は……セレス!!」
ヴラドとエリーゼは弾かれたように声のする方へ駆け寄り、茂みの陰からその光景を覗き込んだ。
そこには、涙目で頭を抱えるセレスと、分厚い魔導書を手に鬼の形相で立つ金髪の少年の姿があった。
「あの金髪の人間……! 娘に、脳を破壊する呪いをかけているのですね!」
「なんという残酷な拷問だ! 娘が『頭が割れそう』と泣いて命乞いをしているのに、未来を奪うと脅迫している……! 許せん!!」
ヴラドがギリッと奥歯を噛み砕く。
しかし、実際の光景は全く違った。
「いいかセレス、戦争で休校になっていた分の『補習テスト』が明日あるんだぞ! お前は魔法薬学も基礎理論も赤点スレスレなんだ! この公式を暗記しろ!」
「えぇ〜っ、だって数式見ると眠くなっちゃうんだもん! !」
そう、ただの『テスト勉強』である。
しかし、天然な両親の目には、レオンハルトが極悪非道な洗脳官にしか見えていなかった。
「ヴラド様……っ、助けましょう! 今すぐあの金髪を消し炭に……!」
「待て、エリーゼ。今ここで暴れれば、人質にされている娘の命が危ない。……くっ、血の涙が出るほど悔しいが、ここは機会を窺うのだ」
完全に状況をはき違えたまま、両親はハンカチを噛み締めながらストーキングを継続した。
◆ ◆ ◆
補習勉強の拷問(?)が終わり、セレスたちは学園内のオープンテラスのカフェへと移動していた。
「セレスさん、お勉強お疲れ様でした。さあ、お待ちかねの特大チョコレートパフェですわよ」
「わぁーっ! ソフィア、ありがとー!」
ソフィアが、セレスの目の前に山盛りのチョコレートパフェを置く。そして、スプーンでたっぷりとチョコアイスとブラウニーをすくい上げた。
「さあ、あーん、です」
「あーん! ……ん〜っ! 冷たくて甘い!」
セレスは幸せそうに頬を緩め、パフェを堪能している。
しかし、茂みの中からその光景を見ていた両親は、ついに限界を迎えていた。
「エ、エリーゼ……! 見ろ、あの銀髪の女……! 娘の口に、無理やり『泥』を突っ込んでいるぞ!!」
ヴラドが、血走った目で震え上がった。チョコレートという菓子を知らない彼らにとって、あの黒くてドロドロした物体は、どう見ても『泥』にしか見えなかったのだ。
「あああ……っ! なんて残酷な拷問でしょう! しかも、泥を極限まで冷たく凍らせて、胃袋から娘を破壊しようというのですね!?」
エリーゼが、悲鳴を押し殺しながら泣き崩れる。
「見てみろ! 娘が、泥を食べさせられているというのに泣きそうな顔で笑っている……! 15年間も飢えさせられていたせいで、冷たい泥でさえもご馳走だと感じてしまっているのだ……っ! なんて不憫な子……!」
(※ただ単に「甘くて美味しい〜♡」ととろけているだけである)。
「おまけに、あの赤毛の人間まで、娘の肩をバシバシと叩いて痛めつけているではないか!」
(※クロエ:「お姉様、勉強で肩が凝ったでしょう! 私がマッサージしますよ!」)
親バカと天然が極限まで融合した結果、両親の頭の中で「人間=娘を苦しめる絶対悪」という図式が完全に完成してしまった。
「……もう、我慢ならん」
ヴラドが、スッと立ち上がった。
その瞬間。学園を照らしていた太陽が、まるで墨を流したように真っ黒な雲に覆い尽くされ、昼間だというのに完全な『夜』が訪れた。
——ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォッ!!!!!
学園の敷地全体が、大地震でも起きたかのように激しく揺れ始める。
空には、血のように赤い満月が不気味に浮かび上がった。
「な、なんだ!? 急に夜に……!?」
カフェにいた生徒たちが、パニックを起こして悲鳴を上げる。
「これは……! 北の戦場の時と同じ、いや、それ以上の……魔力の波動だと!?」
レオンハルトが、即座に立ち上がり、杖を構えて冷や汗を流した。本能が、今ここに「絶対に勝てない何か」が現れたと警鐘を鳴らしている。
「ソフィア! セレスを連れて下がれ!」
クロエが剣と盾を構え、セレスとソフィアを背中で庇うように前に出た。
そのテラス席の目の前。
漆黒の闇の中から、豪奢なマントを翻したヴラドと、エリーゼが静かに姿を現した。二人が一歩足を踏み出すごとに、周囲の空気が凍りつき、空間にヒビが入っていく。
正真正銘、魔界のトップに君臨する『王』と『王妃』の、本気のオーラだった。
「ひっ……!」
周囲の生徒たちが、その威圧感だけで次々と気を失い、倒れていく。
「よくも……よくも我が愛しき娘に、これほどの仕打ちを……!!」
ヴラドが、血の涙を流しながら、レオンハルトたちを激しく睨みつけた。
「暗記という名の精神破壊! 冷凍した泥を食わせる肉体拷問! 貴様ら極悪非道な人間どもは、この私が塵一つ残さず消し去ってくれる!!」
「えっ……? お父さん、お母さん……?」
セレスが、パフェのスプーンを咥えたまま、きょとんとして両親を見つめた。
15年ぶりだというのに、自分と瓜二つの顔と気配に、セレスは一瞬で彼らが自分の両親だと直感していた。
「おお、セレス! 哀れな我が娘よ! 今すぐ助けてやるからな! ……さあ人間ども、我が娘を返せェェェッ!!」
ヴラドとエリーゼが、世界を滅ぼさんばかりの真紅の魔力をその手に収束させ、レオンハルトたちに向けて解き放とうとした、その刹那。
「——させないッ!!」
レオンハルトが、圧倒的な恐怖に足の震えを隠せないまま、それでも一歩も退かずに、己の最大防壁を展開して二人の前に立ちはだかった。
「お前たちが何者かは知らないが……セレスは、僕たちアルカディアの大切な仲間だ! 指一本、触れさせるものか!」
さらに、クロエがレオンハルトの横に並び立ち、白銀の盾を高く掲げる。
「その通りです! お姉様に危害を加えようとする悪魔どもめ! 騎士の誓いにかけて、お姉様は私が守り抜きます!!」
そして、ソフィア。
彼女はセレスを背中に隠すように抱きしめ、両親を真っ向から、射殺さんばかりの鋭い瞳で睨みつけた。
「……セレスさんを連れて行く? 冗談ではありませんわ。セレスさんは、私のです。貴方たちのような野蛮なバケモノに、セレスさんは絶対に渡しません!!」
勝ち目がないことなど、3人は本能で理解していた。
相手は、次元の違う魔界の王。息を吹きかけられるだけで消し飛ぶ実力差。
それでも、彼らは一歩も引かず、自らの命を盾にして、セレスを守るために前に出たのだ。
「…………え?」
その光景を見て。
世界を滅ぼそうとしていたヴラドとエリーゼの動きが、ピタリと止まった。
収束させていた真紅の魔力が、シュルル……と情けない音を立てて霧散していく。
「エ、エリーゼ……?」
「ヴ、ヴラド様……?」
魔界の最強夫婦は、完全にポカーンとした顔で、お互いの顔を見合わせた。
「……なんで、極悪非道な拷問官の人間どもが、命懸けでうちの娘を庇っているのだ……?」
「……それに、あの銀髪の娘、セレスを『私のです』って言いましたわよ……? 奴隷宣言でしょうか? でも、それにしては必死すぎませんこと……?」
「泥まみれの拷問」と「洗脳」を受けていたはずの可哀想な娘。
その娘を、極悪非道な人間たちが、自分の命を投げ打ってまで守ろうとしている。
親バカと天然の脳内処理能力を遥かに超えたバグ(矛盾)を突きつけられ、最強の吸血鬼夫婦は、魔法を撃つことも忘れ、ただただ宇宙猫のような顔でフリーズしてしまうのだった。




