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真紅の厄災と、遠き血の共鳴

「——開けっ!!!」


セレスが、自らの内にあった『魔力の元栓』を力任せにこじ開けた瞬間。

極寒の北の国境を覆っていた分厚い暗雲が、まるで巨大な見えない手によって円形に抉り取られるように、一瞬にして吹き飛んだ。


ゴァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!


「な、なんだこれは……ッ!?」

上位魔族の精鋭たちが、一斉にその場に膝をついた。

彼らの頭上から、物理的な『重力』と錯覚するほどの、圧倒的で濃密な真紅の魔力がのしかかってきたのだ。闘技場や旧校舎で見せたものとは、根本的に次元が違う。


これまで、分厚い扉の隙間から「滲み出た結露」だけで、山を吹き飛ばし、災害級の魔物を粉砕してきたセレス。

その扉が全開になった今、彼女の細い体から溢れ出しているのは、途方もない熱量と脈打つ生命力を伴った、まさに『無限の魔力の海』だった。


「あはは……っ。なんだか、すっごく体が軽い! 魔力が、いくらでも湧いてくるよ!」


セレスの銀糸の髪が、重力に逆らうようにふわりと舞い上がる。彼女の紅い瞳は、世界そのものを照らすかのように、深い真紅の光を放っていた。


その神々しくも恐ろしい姿を背後から見ていたレオンハルトは、咄嗟に杖を構え、血を吐くような絶叫を上げた。


「ガレス!! クロエ!! セレスの後ろから絶対に離れるな!! 僕の結界の中に隠れろ!!」

「えっ!? レオンハルト殿、敵は前方ですよ!?」

「馬鹿野郎、敵の心配をしてるんじゃない!! あの歩く超新星セレスの『余波』で、僕たちが消し飛ぶぞ!!」


レオンハルトは、己の残された全魔力を振り絞り、自分たち3人を覆うように何十層もの『絶対防壁』を展開した。魔族から身を守るためではない。味方であるはずの少女が引き起こすであろう『天災』から、己の命を守るためである。


「レオン、みんな! ちょっとだけお掃除するから、耳塞いでてね!」


セレスは、無邪気に振り返ってウインクをすると、再び前方の上位魔族の群れへと向き直った。


(えーっと、魔力がいっぱいあるから、少し遠くまで届くように……『風』と『火』を混ぜて、えいっ!)


セレスは、ただ右手を軽く振り抜いただけだった。

呪文もない。魔法陣もない。彼女の中の「お掃除」という極めて日常的なイメージが、元栓から溢れ出た超絶的な魔力によって、暴力的なまでの『物理現象』として具現化する。


——ピカッ。


極寒の雪原が、真夏の日中のように白く染まった。


次の瞬間、音は遅れてやってこなかった。音そのものが、規格外のエネルギーによって完全に飽和し、消滅したのだ。


セレスの右手から放たれたのは、直径百メートルを超える、真紅と黄金が混ざり合った『極大の熱線』だった。

それは、迫り来る上位魔族の精鋭部隊を「焼く」のではない。空間ごと「消去」しながら、真っ直ぐに北の地平線へと突き進んでいった。


「あばばばばばばばばッッ!?」


熱線が通過した軌道上。

そこにいた数万の魔族の軍勢は、悲鳴を上げる間もなく、一瞬にして光の中に溶けて消え去った。

堅牢な氷の大地がドロドロのマグマに変わり、雪山の山頂が綺麗な半円状に抉り取られ、空の彼方まで一直線に『新しい巨大な谷』が形成されていく。


「…………」


熱線が止み、後に残されたのは、オレンジ色に焼け焦げた数十キロに及ぶ一直線の荒野だけだった。

魔族の軍勢は、文字通り『蒸発』していた。


「ふぅ! 綺麗にお掃除できた!」

セレスは、額の汗を拭う素振りを見せながら、満面の笑みで振り返った。


その後方、レオンハルトの何十層にも及ぶ結界の中で。

「……神よ。私は今日、剣を置きます。農業を始めます」

ガレスが、巨大な戦斧をポロリと落とし、両手を合わせて遠い目をしていた。


「セレスお姉様……!! ああ、なんという美しさ、なんという圧倒的な力!! やはり私がお慕いした方に間違いはなかったァァッ!!」

クロエは、結界の壁に張り付きながら、鼻血を流して感動の涙を流していた。


そして、レオンハルトは。

「……地形図が、変わった。これ、後で誰が帝国軍の上層部に報告するんだ……? 始末書じゃ済まないぞ。いや、他国から戦略兵器の使用を疑われて国際問題に……」

彼は、もはや目の前の現実を処理しきれず、完全に『政治的な胃痛』へとシフトしてブツブツと呟き始めていた。


「どうしたのレオン? なんか難しい顔してるけど、魔族さんたち、みんないなくなっちゃったよ?」

「……ああ、そうだな。お前が、文字通り『世界地図から消し去った』からな」


レオンハルトは、ガックリと膝をついた。

もう、誰もこの少女を止めることはできない。彼女の元栓が開かれた今、この人間界に彼女を脅かす存在など、何一つとして残されていないのだ。


戦場は、一人の少女の無自覚な一振りによって、開戦からわずか数時間で、唐突な『完全勝利』を迎えることとなった。


◆ ◆ ◆


しかし。

セレスが放ったその規格外の『真紅の魔力』の波動は、人間界の北の国境を越え、遥か遠く、分厚い雲に閉ざされた魔界の最深部へと届いていた。


そこは、永遠の夜が支配する地。

切り立った絶壁の上にそびえ立つ、豪奢で禍々しいゴシック様式の巨大な城。その最上階にある『玉座の間』。


「……ッ!」


豪奢な玉座に腰掛けていた、銀色の長髪を持つ壮年の男が、突如として目を見開いた。

彼の瞳は、吸い込まれるような深い真紅。そして、その整いすぎた顔立ちは、恐ろしいほどの威圧感と、どこか冷たい美しさを漂わせている。

吸血鬼の王であり、夜の眷属を統べる大公爵。


パリンッ……!

彼の傍らで、血のように赤いワインが注がれたグラスが、ひとりでに見事に砕け散った。


「あなた……? どうされましたの?」

王の異変に気づき、玉座の隣から声をかけたのは、絶世の美女だった。

彼女の髪もまた、月光を紡いだような美しい銀色。そして、セレスと瓜二つの、少しだけつり上がった勝気で可憐な紅い瞳を持っていた。


「……感じないか、エリーゼ。この、空気を震わせる『波動』を」

王は、玉座からゆっくりと立ち上がり、城の巨大なバルコニーへと歩み出た。

彼の視線は、遥か南——人間界のある方角へと向けられている。


「波動……? いえ、私には何も……」

妻であるエリーゼが首を傾げたその時、彼女の胸の奥底で、血が逆流するような奇妙な共鳴が起きた。


ドクンッ。


「あ……ッ!」

エリーゼは思わず胸を押さえ、その場に膝をつきそうになった。

魔法の気配ではない。これはもっと根源的な、魂と血脈に直接響く『絶対的な同位体』の気配。


「この魔力の波長……。圧倒的で、無垢で、そして何より、我々と同じ『真祖の血』の匂いがする」

王の声が、微かに震えていた。


「そんな……まさか……ッ!」

エリーゼの紅い瞳から、大粒の涙がポロポロと溢れ出した。彼女は両手で口を覆い、信じられないものを見る目で南の空を見つめた。


「15年前……。忌まわしき人間に連れ去られ、死んだとばかり思っていた……私たちの、愛娘……!」


15年。

吸血鬼にとっての15年など、瞬きのような時間だ。だが、奪われた我が子を想い、狂いそうなほどの絶望を抱えて生きてきた両親にとって、それは永遠にも等しい地獄だった。

人間に復讐するため、何度人間界を焼き尽くそうとしたことか。だが、娘の生死が分からないまま動くことはできず、ただ玉座で血の涙を流し続けてきたのだ。


「生きている……。我らが娘は、人間界で生き、そして今、本来の力を完全に『覚醒』させたのだ!」

王が、夜空に向かって高らかに叫んだ。

その声に呼応するように、城の周囲を飛んでいた無数の使い魔のコウモリたちが、一斉に歓喜の羽ばたきを上げる。


「あなた! すぐに迎えに行きましょう! 憎き人間どもの手から、私たちのかわいいセレスを取り戻すのです!!」

エリーゼが、涙で顔を濡らしながら王の腕を強く掴む。


「ああ。当然だ」

王の真紅の瞳に、冷酷で、しかし娘への底知れない愛に満ちた炎が灯った。


「我らが愛しき娘が、南の地で目覚められた! 人間界に侵攻している下等な魔族どもを蹴散らし、我らが娘を迎えに行くぞ!!」


王の咆哮が、魔界の夜空に轟き渡った。


無自覚な規格外の少女、セレス。

彼女が『魔力の元栓』を開き、人間界を救ったその力は、皮肉にも、彼女の実の両親である『真なる厄災(ヴァンパイアの王族)』を人間界へと呼び寄せる、最大の狼煙となってしまったのである。


レオンハルトの胃痛は、人間界という枠組みを飛び越え、いよいよ「種族間の存亡」という新たなステージへと突入しようとしていた——。

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