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お釣りの出ない金貨と、勘違いの実技試験

帝都の中心にそびえ立つ、国内最高峰の学び舎『王立アルカディア学園』。

その入学受付テントの前で、セレスは絶望的な表情を浮かべていた。


「ですから……っ! この硬貨はお釣りが出せないと言っているのです!」


受付係の中年男性が、額に大量の汗を浮かべながら声を荒らげた。

彼の手の中には、セレスがポンと無造作に出した一枚の金貨が握られている。だがそれは、ただの金貨ではなかった。


「これは『古代星王の金貨』! 現在の流通貨幣の数千倍……いや、歴史的価値を含めれば城が一つ建つほどの金貨ですよ!? 試験料の銀貨3枚に対して、こんなものを出されても困ります!」

「ええ〜……? だって、私これしか持ってないし……」


セレスは困り果てていた。

おばあちゃんの『無限収納の指輪』には、このピカピカの大きな金貨が山のように入っているのだが、それ以下の細かいお金という概念が存在しなかったのだ。


(どうしよう。お金がなくて困るって、こういうことなんだ……。このままじゃ試験受けられないよぉ……)


シュンと肩を落とし、どうにか手持ちのガラクタ(※伝説級の魔道具)で払えないか交渉しようとした、その時だった。


「あの……っ! もしよかったら、私が代わりにお支払いしましょうか?」


ふわりと甘い花の香りがして、鈴を転がすような可愛らしい声が鼓膜を揺らした。

振り返ると、そこには先ほど広場でぶつかった小柄な少女——ソフィアが立っていた。彼女は自分の試験料のついでとばかりに、銀貨を数枚、受付のトレイにコトリと置く。


「えっ? でも……」

「さっき、お金がなくて困っていると聞こえたので……。こんなに熱心に魔法学校に入りたいのに、試験料が払えなくて諦めるなんて悲しいですから」


ソフィアはニコッと、聖母のように優しく微笑んだ。

彼女はセレスの「(使える細かい)お金がない」という言葉を、「(物理的に生活費すらカツカツで)お金がない」のだと完全に勘違いしていた。身なりの良い貴族も多い王立アルカディア魔法学校であんなに古そうな質素な服(※実は神話級の防具だが、見た目が簡素)を着ているのに、健気に夢を追っているんだわ、と。


セレスの紅い瞳が、パァァッと輝く。


「あ、ありがとう! 君、すっごく優しいね! 天使みたい!」

「て、天使だなんて……っ。私、ソフィアって言います」

「私はセレス! ねぇソフィア、助けてもらったお礼に、これ受け取って!」


セレスはごそごそとポケットを探り、コロンと出てきた銀色のシンプルな指輪を、ソフィアの小さな両手にキュッと握らせた。


「え……っ? ゆ、指輪……!?」


ソフィアの顔が、ボンッ!と音を立てるように真っ赤に染まる。

出会って数十分の、息を呑むほど美しい少女からの、突然の指輪のプレゼント。ソフィアの心臓は早鐘のように打ち鳴らされ、頭の中がぐるぐるとショートしそうだった。


「サイズ、合うかな? ずっと持っててね!」

「は、はいぃっ……! 大切に、肌身離さず持ってます……っ!」


二人が尊い空間を作り上げている横で、指輪の真の価値に気づいた試験官だけが、顔面を蒼白にさせていた。


(ば、馬鹿な……!? 今、あの娘が渡した指輪……模造品かもしれないが……伝説に伝わる『絶対防壁の指輪』に酷似しているぞ!? 竜のブレスすら無傷で弾き返すアレを、ただの親愛の証みたいに渡しおった……!? 一体何者なんだ……っ!)


試験官の胃痛をよそに、セレスは意気揚々と試験会場へと足を踏み入れた。




入学試験は、午前が「筆記」、午後が「実技」に分かれていた。


結果から言うと、午前の筆記試験で、セレスはボロボロに打ちのめされた。

『問3:基礎的な火炎魔法の構成術式と、その詠唱を答えよ』


(詠唱……? 術式……? なにそれ、魔法って「燃えろ」って思いながら気合を入れるだけじゃないの? おばあちゃんはいつもそうしてたけど……)


『問7:魔力枯渇時の主な症状と、その対処法を述べよ』


(喉が渇くから、お水をいっぱい飲む……でいいのかな?)


常識ゼロ、知識ゼロ。魔法の基準が全て「おばあちゃん(賢者)」であるセレスにとって、現代の体系化された魔法理論など、異次元の言語も同然だった。

白紙に近い解答用紙を提出し、セレスはどんよりと落ち込んだまま午後の実技試験場である屋外の訓練場へと向かった。


実技試験の内容はシンプルだった。

50メートル先に設置された頑丈な魔封石の的に向かって、自分の得意な魔法を放つ。評価基準は「威力」と「コントロール」の二点。

受験生たちが次々と魔法を放つが、威力を求めすぎて的を大きく外したり、逆にコントロールを意識しすぎて威力がしょぼくなったりと、苦戦する者が多かった。


「次、レオンハルト・ヴァン・アークライト」


試験官に呼ばれ、金髪碧眼の少年——レオンが前に出る。

彼は美しく洗練された動作で右手を前に突き出し、短く鋭い詠唱を紡いだ。


「——灰燼に帰せ、『爆炎の槍』」


轟ォォォッ!!

空気を焼き焦がす音と共に、レオンの手から放たれた極太の炎の槍が、一直線に的の中央へ突き刺さり、凄まじい爆発を起こした。

的は粉々に砕け散り、周囲の受験生から「おおおっ!」という感嘆の声が上がる。


「さすがは名門アークライト家の御曹司……威力、コントロール共に満点だ!」

試験官も興奮気味にメモを取る。


それを見ていたセレスは、こくりと唾を飲み込んだ。


(すごい……! あんなにまっすぐ、綺麗に当てちゃうなんて! でも、試験官の人は『コントロールを評価する』って言ってたよね……)


セレスの脳内で、かつて森でおばあちゃんに言われた言葉がフラッシュバックする。

『セレスや。一流の魔法使いなら、最小の魔力でも離散させることなく、ハエが飛ぶように軌道を曲げて急所を狙う事も可能なのじゃよ』


(——そうか! わかったぞ!)


セレスは完全に勘違いしていた。

この試験の真の目的は、「全力の魔法を真っ直ぐ当てる」ことではなく、「可能な限り極小の魔法を、わざと蛇行クネクネさせながら的に当てる」という、超絶技巧のコントロールテストなのだと。


「次、セレス」


名前を呼ばれ、セレスは意気揚々と所定の位置に立った。

遠くの席で、レオンと取り巻きたちが冷ややかな視線を送っている。


「ふん、さっき受付で騒いでいた田舎娘か。どうせ大したことはできまい」

「ええ。あいつ、歩いてるだけで魔力がダダ漏れで、全然練れていませんからね。コントロールなんて皆無でしょう」


そんな声はセレスには届かない。

彼女は右手を前に出し、目をギュッと瞑って、自分の中で「これ以上ないくらい、極小の、ホコリみたいなサイズの魔法」をイメージした。


(小さく……もっと小さく……! そして、クネクネ曲げる……!!)


「えいっ!!」


——ボウゥゥゥゥンッッ!!!!


セレスの手のひらから放たれたのは、小さな火の玉などではなかった。

それは、先ほどのレオンの『爆炎の槍』と全く同等、いやそれ以上の質量を持った、バチバチと荒れ狂う「巨大な紅蓮の火球」だった。


「なっ……!?」

レオンが思わず立ち上がり、目を見開く。


(うわあっ! 失敗した、大きすぎた!? せめてクネクネさせなきゃ!!)


焦ったセレスは、放たれた巨大な火球を、無理やり空中で蛇行させようと気合を入れた。

しかし、元々魔力操作が苦手な上に、生み出した質量が大きすぎる。巨大な火球は、まるで暴走する巨大な竜のように、右へ左へとメチャクチャな軌道を描き始めた。


「ひぃっ!? こっちに来るぞ!!」

「避けろぉぉっ!!」


ギュルンッ! グルルンッ! と、不気味な唸り声を上げながら、受験生たちの頭上スレスレを飛び交う恐怖の火球。

悲鳴を上げて逃げ惑う生徒たち。試験官すら地面に這いつくばって頭を抱えている。

さんざん会場をかき回した火球は、最終的に的に「カスッ」と掠り、その背後にあった小山に着弾して、山頂を綺麗に吹き飛ばした。


ズドドォォォォン……!!!


地響きと共に巻き上がる土煙。

静まり返った会場の中で、セレスだけが「あーあ、やっぱりコントロール下手くそだなぁ……」としょんぼりしていた。


試験官は震える手で、採点表に書き込んだ。

『威力:測定不能(満点)。コントロール:軌道が常軌を逸して危険すぎるため70点』


結果。

最悪の筆記試験の点数と、実技の点数がギリギリで相殺され——セレスは、首の皮一枚で合格通知を手にするのだった。

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