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泡沫のパジャマパーティーと、別れの戦鐘

あの大魔族の復活イベントから数日。

旧校舎は完全に破壊され、学園内には不穏な空気が流れていたが、セレスたちのいる女子寮の一室だけは、別世界のような甘い空気に包まれていた。


「お姉様! そのパジャマ、とってもお似合いです! 銀髪にパステルピンクが映えて、まるで妖精さんのよう……!」

「えへへ、クロエちゃんありがとー! クロエちゃんのポニーテールじゃない髪型も、すっごく新鮮で可愛いよ!」


ソフィアの部屋で開催されていたのは、セレス、ソフィア、クロエの3人による、内緒の『パジャマパーティー』。

ソフィアは紺色のシルク、クロエは動きやすそうなTシャツにショートパンツ、そしてセレスはソフィアから借りた、フリルたっぷりの可愛らしいネグリジェに身を包んでいた。


「ふふっ、二人とも、あまり騒ぐと先生に見つかってしまいますわ」

ソフィアはお玉でココアをかき混ぜながら、優しく嗜める。

「さあ、特製のホットココアができましたわ。セレスさん、どうぞ」

「わぁーっ! ソフィアのココア、甘くて大好き!」


セレスはココアを受け取ると、幸せそうにゴクゴクと飲み干した。

ソフィアの血を口移しで飲んで以来、セレスの体調は万全だった。1年近く彼女を苦しめていた極大デバフが完全に解除され、本来の力が全身に満ち溢れている。

陶器のように滑らかだった肌は、さらに透き通るような白さを増し、紅い瞳は月光を浴びて宝石のように輝いていた。


「……セレスさん、本当に綺麗になりましたわ」

ソフィアが、うっとりとした表情でセレスの頬に触れる。

デバフが解除されたことで、セレス本来の『吸血鬼としての洗練された美貌』が完全に開花していたのだ。


「えへへ、ソフィアに褒められると照れちゃうなー。……でもね」

セレスは自分の全身を見回すと、ふぅ、と小さくため息をついた。


「力はいっぱい溢れてるのに……ここだけは、1ミリも成長してないんだよね」

セレスは、自分のぺったんこな胸元を悲しそうに見つめた。

(おばあちゃんはあんなに豊満だったのに、デバフが解除されてもここは『100分の1』のままなのかなぁ……)


「そんなことありませんわ、セレスさん!」

ソフィアが、セレスの手をギュッと握りしめる。

「セレスさんは、そのままで完璧です! 儚くて、可憐で、守ってあげたくなるような……その、つつましやかな胸元も、私は大好きですわ!」


「つつましやか……って、やっぱり小さいってことじゃん! ソフィアのはあんなにふんわりしてるのに! クロエちゃんだって、Tシャツの上からでも分かるくらいあるのに!」

セレスは、ソフィアとクロエの豊かな胸元を恨めしそうに見つめ、ギリィッと唇を噛んだ。


「お、お姉様! 私なんて全然です! ソフィア殿に比べれば、微々たるもので……!」

「いいえ、クロエさんこそ、騎士らしい引き締まった形をしていて素晴らしいと思いますわ」


謎の謙譲合戦を始める二人。

「うぅっ……! もういいもん! 私だって、本気出せば……!」

セレスは悔しさのあまり、上半身を大きく逸らし、思い切り胸を張った。


パチンッ……!


「「「え……?」」」


至近距離で、何かが弾けるような音がした。

セレスが着ていたネグリジェの、胸元のボタンが、彼女の無自覚な身体強化の力と、溢れ出る魔力の圧力に耐えきれず、勢いよく弾け飛んだのだ。


「ひゃあっ!?」

セレスのネグリジェの襟元が大きくはだけ、月光の下に、透き通るような白い肌と、鎖骨、そして『つつましやか』ながらも美しい曲線を描く、彼女の胸元の全てが露わになった。


「あばばばばばっ……!!!」

ソフィアが、鼻血を噴き出しながら卒倒した。


「セ、セレスお姉様ァァァッ!! なんという……なんという気高きお姿……!!」

クロエが、顔を真っ赤にして鼻血を流しながら、その場に跪き、祈り始めた。


「わわっ、ごめんね二人とも! ソフィア、大丈夫!? クロエちゃん、なんで祈ってるの!?」

セレスは慌てて襟元を押さえるが、自らの力がもたらしたハプニングに、羞恥心よりも先に「またやっちゃった」という呑気な感想を抱くのだった。


泡沫のような、甘くて、少しセクシーで、尊い夜。

しかし、彼女たちのそんな平和な時間は、この夜を最後に、唐突に終わりを告げることとなる。


◆ ◆ ◆


場面は変わり、北の国境。

かつてない規模の『魔族の軍勢』が、漆黒の雲と共に人間界への侵攻を開始していた。

国境を守る騎士団の砦は一瞬にして黒炎に包まれ、無数の魔物が咆哮を上げて人間界へと雪崩れ込んでいく。全面戦争の幕開けであった。


翌朝。

王立アルカディア魔法学校には緊急事態宣言が発令され、全校生徒が講堂へと集められた。

教壇に立った学園長は、いつもの温和な表情を消し去り、厳しい面持ちで全校生徒を見下ろしていた。


「……生徒諸君。緊急の凶報である。昨晩、北の国境にて魔族による大規模な侵攻が開始された。帝国は直ちに、全土に戦時体制を発令した」


学園長の言葉に、講堂内は一瞬にして静まり返り、次の瞬間、恐怖と動揺の悲鳴が巻き起こった。


「嘘だろ……戦争……?」

「魔族が……攻めてくるの?」


「静粛に!!」

学園長の声が、魔法の拡声器で響き渡る。

「本校は、本日を以て休校とする。生徒は、それぞれの実家に帰省、あるいは騎士団の補助に回ってもらう。……しかし。1年生の一部においては、その異例の実力を鑑み、帝国軍からの『特別徴兵』が通達された」


徴兵。その重い言葉に、1年生のフロアがどよめく。


「……名を呼ぶ。騎士科1年、クロエ・ヴァン・ハルモニア。ガレス・フォン・バルバロス」

「はいっ!!」

クロエとガレスが、凛とした声で応じ、前へ出た。


「魔法科1年、レオンハルト・ヴァン・アークライト」

「……はっ」

レオンハルトが、複雑な表情を浮かべながら一歩前へ出た。支配者であることを証明してみせろという父の言葉が脳裏をよぎる。


「……そして」

学園長の視線が、講堂の隅でソフィアの手を握りしめているセレスへと向けられた。


「——魔法科1年、セレス」


「以上4名は、学生の身ではあるが、その規格外の実力を以て、北の国境へ派遣される帝国軍第10師団へと配属する。……諸君らの武運を祈る」


「お姉様と一緒に戦場へ……! 光栄です!」

クロエが瞳を輝かせる横で。


(……来るべき時が来たか。だが、このセレスの規格外の力を……。僕が、完璧にコントロールしてみせる……!)

レオンハルトが、胃の辺りを押さえながら静かに闘志を燃やす中。


「…………え?」


ソフィアだけが、その場に崩れ落ちた。


セレスの名前が呼ばれた瞬間、世界が色を失った気がした。

セレスは徴兵され、自分は置いていかれる。

セレスの本来の力を理解しているソフィアには、彼女が戦場でどれほど恐ろしい力を振る舞うことになるか、想像するだけで怖かった。そして、そんな危なっかしい彼女を、傍で支えることができない。


(……どうして? どうして私じゃないの!? 私が、セレスさんを守らなきゃいけないのに!)


これまで何度も感じてきた、自分の『無力さ』。

しかし、今回は次元が違った。愛する人が、死と隣り合わせの戦場へ行き、自分は安全な場所に残される。これ以上の生き地獄が、あるだろうか。


(私が……弱かったから。セレスさんの隣に立つ資格が、なかったから……っ!)


ソフィアは、自分の弱さへの激しい怒りと、セレスへの独占欲、そして彼女を戦場へと送り出すことへの恐怖で、心が砕けそうになっていた。


「ソフィア……?」

セレスが心配そうにソフィアの顔を覗き込む。

「大丈夫だよ、ソフィア。私、すっごく元気になったから! クロエちゃんもレオンもいるし、すぐに戻ってくるからね!」


打算ゼロ。純度100%の無自覚な優しさ。

その笑顔が、今のソフィアにはたまらなく愛おしく、そして辛かった。


(……セレスさん。貴女は、自分がどれほど特別で、どれほど危険な存在か、まだ分かっていない……!)


講堂を出た後。

出発の準備をするセレスの元へ、ソフィアが駆け寄った。


「セレスさん! これを……!」

ソフィアは、自分の指先を少し切り、そこから溢れる血を、小さなガラスの瓶にたっぷりと詰めてセレスに手渡した。


「ソフィアの血……?」

「はい。もし、もし戦場で喉が渇いたら、迷わずこれを飲んでください。……私の血が、セレスさんの力になりますわ」

ソフィアは、セレスの真っ直ぐな紅い瞳を、涙ながらに見つめた。


「ソフィアを置いていきたくないよぉ……!」

セレスは小瓶を受け取ると、ソフィアにしがみついて泣きじゃくった。

「私、ソフィアと離れるの、初めてだもん……! 寂しいよぉ……!」


「セレスさん……っ」

ソフィアは、セレスの震える体を、正面からしっかりと抱きしめた。

自分の弱さ、無力さ。それを全て飲み込んで、ソフィアは、セレスの背中に回した手に、さらにギュッと力を込めた。


「寂しくなんてありません。私の血が、貴女の中でずっと流れていますわ。……セレスさん、約束してください」


ソフィアは、セレスの顔を自分の方へ向け、かつてないほど真剣な表情で、彼女の紅い瞳を見つめた。


「——必ず、生きて帰ってきてください。もし、少しでも傷ついて帰ってきたら……私、貴女を一生許しませんからね」


ソフィアの、芯のある、力強い言葉。

それは、愛する人を戦場へと送り出す、無力な少女の、せめてもの抵抗であり、祈りだった。


「……うん。約束する。私、絶対生きて帰ってくる! ソフィアに、かっこいいところ報告するね!」

セレスは、涙を拭うと、満面の笑みでソフィアに小瓶を掲げた。


戦鐘が鳴り響く中。

規格外の吸血鬼少女と、彼女を全て受け入れた無力な少女は、再会の約束を胸に、それぞれの『戦い』へと足を踏み出すのだった。


そして、戦場へ向かう馬車の中で。

セレスの隣に座るレオンハルトは、セレスから漏れ出る、デバフ解除によって以前とは比較にならないほど強大になった魔力の奔流を感じながら。

改めて背筋も凍るような恐怖と、得体の知れない期待を抱くのだった——。

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