覇者の宴と、英雄の独白
『学園対抗武闘大会』優勝。
その偉業を成し遂げた王立アルカディア代表チームを祝うため、学園の大食堂は、かつてないほどの盛大な祝賀会場へと姿を変えていた。
会場には、山のように積まれた豪華な料理。生徒たちの熱気と歓声が渦巻き、天井からは色とりどりの魔法の光が降り注いでいる。
「レオンハルト様! ご優勝、本当におめでとうございます!」
「クロエちゃん! 騎士科の誇りよ!」
会場のあちこちで、代表チームのメンバーを称える声が上がる。
特に、完璧な指揮と圧倒的な魔法でフィニッシュを決めたレオンハルトは、女子生徒たちに囲まれ、称賛の嵐に晒されていた。彼はいつもの威厳ある態度でそれに応えつつも、その碧眼の奥には、どこか晴れない影が潜んでいた。
また、騎士科のエースとして爽快な活躍を見せたクロエも、男女問わず多くの生徒に囲まれ、トロフィーを片手に笑顔で応えている。
その一方で。
「……あ、あの……俺も、一応代表メンバーなんだけど……」
巨漢のガレスは、誰からも声をかけられることなく、一人で食堂の隅のテーブルに座っていた。
美女に囲まれるレオン、熱烈なファンがいるクロエ。その様子を、ガレスは崩れかけの石像のような表情で見つめながら、目の前のローストビーフを、涙目でやけ食いしていた。
「……バルバロス家の剛力、全然見せられなかったなぁ……。風に飛ばされて、自分のパンチで吹っ飛んで……。俺、本当に代表なのかなぁ……?」
ガレスの背中からは、食堂の熱気とは正反対の、冬の終わりのような寂しいオーラが漂っていた。
そんなガレスの不憫な姿とは対照的に、会場の注目の中心であるセレスの周りは、とても微笑ましい空間になっていた。
「セレスお姉様! ご優勝、おめでとうございます! 昨日の、あの『魔力譲渡』という名のオーバーフロー攻撃……私、感動いたしました!」
「えへへ、クロエちゃんありがとー! クロエちゃんの突撃も、すっごく早くてかっこよかったよ!」
セレスを挟んで隣り合うのは、クロエとソフィア。
ソフィアは、大会の制服からいつものおしとやかなワンピースに着替え、セレスの腕にしっかりと自分の腕を絡ませていた。
「お姉様! 私が厳選した、この最高級のローストビーフをどうぞ! あーん、です!」
クロエが、お肉をフォークに刺してセレスの口元へ運ぶ。
「えっ? あ、ありがとう……」
セレスが一口食べようとした、その瞬間。
スッ……。
ふわりと甘い花の香りと共に、ソフィアが二人の間に絶妙なタイミングで割り込んだ。
「クロエさん。セレスさんは昨日の試合で莫大な魔力を消費して、胃腸もお疲れなのです。お肉ばかりでは栄養が偏りますわ」
ソフィアは清楚な微笑みを浮かべながら、クロエのフォークを自分のフォークで優しく制した。
「セレスさん。私が栄養バランスを考え、すりおろしたお野菜たっぷりのスープをご用意しました。こちらを、あーん、ですわ」
「えぇーっ!? ソフィア殿、邪魔をしないでください! お姉様はお肉でパワーを補給したいのです!」
「いいえ、今は消化に良いお野菜ですわ!」
バチバチッと、笑顔のソフィアと真っ直ぐなクロエの間に、見えない火花が散る。
「わぁーっ、二人ともありがとー! どっちも美味しそう! いただきまーす!」
セレスは呑気な声を上げると、右から来たお肉をパクッ、左から来たスープをゴクッと、器用に両方同時に頬張った。
「んーっ! お肉はジューシーで、スープは優しくて……どっちも最高! 私、世界一幸せかも!」
幸せそうに頬を緩めるセレスを見て、ソフィアとクロエは一瞬だけ呆然としたが、すぐに顔を見合わせ、ふふっ、と微かに笑い合った。
「……セレスさんがこれだけ喜んでいるなら、今回は良しとしましょう」
「ええ。お姉様の笑顔が一番ですからね」
二人の間に、以前のようなトゲトゲしさはなく、どこか互いの「セレスへの愛」を認め合い始めた、温かい空気が流れていた。
しかし、そんな温かい空気とは裏腹に、セレスの体調は、静かに、だが確実に限界へと近づいていた。
会場の熱気。生徒たちの汗の匂い。そして、隣にいるソフィアの、甘くて美味しそうな匂い。
それらが、月の一度の吸血を怠っていることによる体調不良と、昨日の莫大な魔力消費によって、爆発的に増幅されていた。
(……だめ。すごく、すごく喉が渇く……)
セレスは、テーブルに置かれたトマトジュースをガブガブと飲み干したが、心の奥底にある『渇き』は、1ミリも満たされない。
全身が火照り、呼吸が荒くなる。目の前の生徒たちが、そして隣にいるソフィアの首筋が、美味しそうな「食べ物」にしか見えなくなってくる。
(だめだめだめ! 私、どうしちゃったの!? 我慢しなきゃ……おばあちゃんみたいに、立派な大人になるんだから……!)
セレスが無自覚な吸血衝動と、必死に理性を総動員して戦っている間にも、祝賀会は進行していく。
「それでは、今大会の真の英雄、アルカディア代表チームを壇上へ!!」
学園長の言葉と共に、レオンハルト、セレス、クロエ、ガレスの4人が、スポットライトを浴びて壇上へと呼ばれた。会場は地鳴りのような歓声に包まれる。
壇上に立ったレオンハルトは、観客席の最前列に、厳格な父が、自分の勝利を誇らしげに見つめている姿を捉えた。
生まれて初めて父に認められた。アークライト家の名誉は守られた。
しかし、レオンハルトの心の中の虚無感は、かつてないほどに深くなっていた。
(……英雄。真の英雄、か)
ダンジョンで命を救われ、手柄を譲られた。学内大会で豆粒ほどの魔法で助けられ、手柄を譲られた。そして昨日の決勝戦、己の『絶対吸収陣』に溺れていた敵を、彼女はただの力技でオーバーフローさせ、僕に最後の一撃を譲った。
(僕は……いつまで、あいつの優しさに甘えて、虚像の英雄を演じ続けるつもりだ?)
レオンハルトの脳裏に、ボロボロになりながらも一歩も引かなかった、昨日の自分の気迫。そして、セレスが自分の放った魔法の威力に無自覚なまま、キラキラとした尊敬の眼差しを向けてくれた姿が蘇る。
(あいつは、僕のことを『英雄』だと信じている。だが、僕自身が己を欺いていては、真の英雄になど、一生なれるはずがない……!)
父の期待、一族の名誉。それらを全て、己のプライドのために踏み躙る。
それは、アークライト家の人間として、あってはならないことだ。
だが。
(……僕は、僕自身の力で、父上に、そしてお前に認められる英雄になりたいんだ!!)
レオンハルトの碧眼に、かつてないほど熱く、揺るぎない炎が灯った。
学園長が、代表チームを称える挨拶を終え、マイクをレオンハルトに渡そうとした。
「レオンハルト様、アルカディアの司令塔として、トップとして、一言お願いします!」
レオンハルトは杖を置き、マイクを受け取った。
会場が静まり返り、全ての視線が彼に集中する。
レオンハルトは深く息を吸い込み、父を、そして全校生徒を真っ直ぐに見据えた。
「……まず、この勝利を、僕たちアルカディア代表チームに贈ってくれた全ての人に感謝する」
レオンハルトの声は、震えていた。だが、それは恐怖ではない。己の虚像を打ち破るための、熱い決意の震えだった。
「……だが。この勝利は、僕一人の力ではない。いや……僕は、主役ではない」
会場が、ざわざわとざわめき始める。
「……僕は、アークライト家の次期当主として、常にトップであるべきだと教えられてきた。己の実力で、名誉を勝ち取るべきだと。……だが、僕は弱かった」
レオンハルトはマイクを強く握りしめ、自分の弱さを、初めて大衆の前で打ち明けた。
「……僕は、一人の少女の、圧倒的な力に惹かれ、そして恐れていた。……彼女の放つ魔法は、僕のそれとは、次元が違った」
レオンハルトの視線が、隣でキョトンとしているセレスへと向かう。
「……ダンジョンで。学内大会で。そして、昨日の決勝戦で。……彼女は常に、己の力を無自覚なまま、僕を、僕たちを助けてくれていた。……そして、その手柄を、いつも僕に譲ろうとしてくれていたんだ」
レオンハルトの声が、涙声に変わる。
「……僕は、その彼女の、底抜けに優しい優しさに甘えていた。……己の力で勝てない現実から目を逸らし、英雄としての虚像を、守ろうとしていただけだった。……僕は、アークライトの名に相応しくない、己の小ささに、苦しんできた……!」
会場は、静まり返っていた。誰もが、レオンハルトの突然の独白に、言葉を失っていた。
来賓席にいたレオンハルトの父は、顔を蒼白にし、震える手で来賓席の椅子を握りしめていた。
「……だが! 僕は、もう己を欺くことはしない!」
レオンハルトは、己の小ささを認め、そしてそれを乗り越えるための漢気を、会場全体に解き放った。
「……僕は、お前たちに、真実を伝えるために、この場に立った! ……本当は、彼女がすごいんだ」
レオンハルトは、震える手でセレスを指差した。
「……彼女こそが、アルカディアを、いや、この帝国を背負って立つ、真の規格外のバケモノ……いや、真の天才魔法使いだ!! ……僕は、彼女の力に救われ、そして彼女の優しさに、真の強さとは何かを教えられた!」
「…………え?」
指を差されたセレスが、完全に空気を読まない無自覚な発言を漏らした。
「レオン、何言ってるの? 私、泥んこ遊びとか、ご飯あげただけだよ?」
打算ゼロ。純度100%の無自覚。
彼女は本気で、「自分の魔法はただの失敗作で、レオンたちの魔法こそが最強だ」と思い込んでいるのだ。
「…………お前は、本当に…………」
レオンハルトは、セレスの無自覚な反応に呆れ返りながらも、打ち明けたことによる、かつてないほどスッキリとした顔をしていた。
己の弱さを認め、虚像を打ち破ったことで、彼の心には、真の英雄へと成長するための、確固たる土台が築かれたのだ。




