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託された願いと、物理的な魔法戦

帝国の首都に位置する巨大なコロッセオ。

今日は、国内の学園が一堂に会し、最強の座を争う年に一度の祭典『学園対抗武闘大会』の開催日である。


大会のルールは、各校から選出された4名1組のチーム戦。

王立アルカディア学園の代表として選ばれたのは、魔法科のトップ2名であるレオンハルトとセレス、そして騎士科のトップ2名であるクロエとガレスのチームだった。


闘技場の熱狂が壁越しに伝わってくる薄暗い控室で、ソフィアは一人、ギュッと唇を噛み締めていた。

彼女の視線の先には、支給されたお揃いの代表マントを嬉しそうに羽織るセレスの姿がある。


(……私じゃ、ダメだった)


ソフィアの胸の奥で、ドロリとした悔しさが渦を巻いていた。

学内大会で上位に残れなかった彼女には、セレスの隣に立つ資格はない。自分がいくらセレスの体調を管理し、誰よりも彼女を見つめていても、この『戦い』という舞台においてだけは、彼女を守る盾になれないのだ。


「……クロエさん」

ソフィアは、剣の手入れをしていたクロエの前に静かに歩み寄り、深く頭を下げた。


「えっ? ソフィア殿、どうされましたか!?」

「……悔しいですけれど、今の私では、あの闘技場でセレスさんの背中を守ることはできません。ですから……どうか、私に代わって、セレスさんをお守りください」


ソフィアの搾り出すような声。それは、彼女の激重なプライドと独占欲を折り曲げてでも『セレスの安全』を最優先した、切実な願いだった。


クロエは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにパァッと爽やかな笑顔を浮かべ、ソフィアの両手を力強く握り返した。

「任せてください、ソフィア殿! 貴女のその熱い想い、しかと受け取りました! 私の盾が砕けようとも、セレスお姉様には指一本触れさせません!」


「……ええ。もしセレスさんに怪我でもさせたら、貴女を呪いますからね」

「あははっ! 気を引き締めてかかります!」


火花を散らしながらも、どこか互いを認め合い始めた二人の熱い友情(?)のやり取り。

その様子を少し離れた長椅子から見ていたレオンハルトは、ボロボロの胃を押さえながら心の中で全力のツッコミを入れていた。


(いや、あの歩く災害を守る必要、どこにあるんだよ……。むしろ守るべきは相手チームの命と、この闘技場だろうが……)


セレスが怪我をするビジョンなど、万に一つも思い浮かばない。彼女がくしゃみでもすれば、相手チームが木っ端微塵になる。レオンハルトの最大の任務は、敵を倒すことではなく、「セレスがヤバい魔法を撃ちそうになったら全力で逸らす(被害を最小限に抑える)」ことなのだから。


「みんなー! そろそろ出番だって!」

セレスが呑気に手を振り、いよいよアルカディア代表チームが光の差す闘技場へと足を踏み入れた。




「さあ、いよいよ優勝候補の登場だ! 前年度覇者・名門王立アルカディア代表チーム! 1回戦シードからの、2回戦第1試合のスタートだぁぁっ!!」


実況の熱い声援と共に、凄まじい歓声が巻き起こる。

闘技場の中央で向かい合うのは、アルカディア代表の4人と、対戦相手である新鋭の魔法学校『黒狼院』の代表4人だった。


「ふん。アルカディアも地に落ちたな。魔法の名門校が大会に騎士科の野蛮人を二人も混ぜるとはよっぽどの人手不足らしい」

黒狼院のリーダー格の少年が、杖を構えながら鼻で笑う。

「しかも、あんな華奢な平民の小娘までいるじゃないか。おい、怪我をしたくなければ早めに降参することだな!」


「あら、ご心配ありがとう! でも私、頑丈なほうだから平気だよ!」

セレスが悪気ゼロの満面の笑みで答えると、相手は「舐めやがって!」と顔を真っ赤にして怒り狂った。


(頼む、向こうから煽らないでくれ……セレスが本気を出したらどうするんだ……!)

レオンハルトが胃薬を噛み砕きながら冷や汗を流す中、無情にも試合開始の銅鑼が鳴り響いた。


「ゴオォォォォンッ!!」


「いくぞお前ら! 初手でアルカディアの陣形を崩す! 詠唱を合わせろ!!」

黒狼院の4人が同時に杖を掲げ、恐るべきシンクロ速度で魔力を練り上げる。

闘技場の空気が灼熱に変わり、彼らの頭上に直径10メートルを超える『灼熱の火球』が形成された。4人の魔力を完璧に融合させた、特大の合体魔法だ。


「消し飛べっ! 『メテオ・ストライク』!!」


轟音と共に、巨大な火球が一直線にセレスたちへと迫り来る。


「おおおっ! なんという威力! アルカディア、これをどう防ぐ!?」

実況が叫ぶ。

巨漢のガレスが一歩前に出ようとした、その時だった。


「わわっ、なんかすごい熱いのが飛んできた!」


セレスが、ポンッと軽く手を叩いた。

そして、ダンジョンで習得した『魔力を練る』技術を無意識にフル稼働させ、極限まで魔力密度が高まった右腕を、迫り来る特大の火球に向かって、ただ無造作に振り抜いたのだ。


「えいっ!」


——パァァァァァァァンッ!!!!!


魔法陣も、術式も、詠唱も、何もない。

ただの『純粋な魔力と物理』。

しかし、セレスの体内で超圧縮・循環している魔力は、彼女の細い腕を『神話級の兵器』へと変貌させていた。


セレスの裏拳が火球に直撃した瞬間。

4人がかりで放った特大の魔法は、まるで飛んできた風船を割るかのように、いとも容易く物理的に弾き飛ばされ、空の彼方へと霧散した。


「…………は?」

黒狼院の4人が、杖を構えたまま間抜けな声を漏らす。


しかし、真の恐怖は魔法を弾き飛ばした『後』にやってきた。

セレスの「えいっ!」という腕の振りが引き起こした風圧と、弾け飛んだ魔力の余波が、闘技場というすり鉢状の空間で逃げ場を失い、凄まじい『超暴風』となって吹き荒れたのだ。


ゴオォォォォォォォォォォォッ!!!!


「うわあああぁぁぁっ!?」

「な、なんだこの嵐はぁぁっ!?」

黒狼院の生徒たちが、悲鳴を上げながら次々と宙に舞い、闘技場の壁に叩きつけられていく。

完璧だった陣形など、一瞬にして崩壊した。


その暴風は、味方であるアルカディアの陣営にも容赦なく襲いかかっていた。


「ぬおおおおおっ!? ま、前が見えん! 斧が、重装鎧が風に持っていかれるぅぅっ!?」

パワーと重量が自慢のガレスでさえ、その規格外の暴風に為す術もなく翻弄され、闘技場の端でゴロゴロと無様に転がっている。


誰もが立っていることすら困難な、魔の暴風域。

しかし、その圧倒的な混沌の中で、たった一人だけ、猛禽類のような鋭い瞳を光らせている少女がいた。


「……見えました! ソフィア殿の想い、そしてセレスお姉様が作ってくれたこの『最高の追い風』……乗ります!!」


クロエだった。

彼女は暴風に逆らうのではなく、自分の赤いポニーテールがなびく方向に身を任せ、風のベクトルを完全に読み切った。

そして、盾を斜めに構えて空気抵抗を極限まで減らすと、暴風を『加速装置』として利用し、一瞬にして敵陣のど真ん中へと滑り込んだのだ。


シュバッ!!

「なっ……騎士科の女が、この嵐の中で!?」

壁に叩きつけられ、辛うじて立ち上がろうとしていた黒狼院のリーダーが目を見開く。


しかし、クロエの突撃だけでは、まだ敵を完全に無力化するには足りない。相手は腐っても代表、咄嗟に防御魔法を展開しようと杖を構え直した。


その時。

「——お前ら、それもう『魔法戦』じゃねえだろ……っ!!」


闘技場の後方で、突風に耐えながら両足を踏ん張っていたレオンハルトが、血を吐くようなツッコミと共に杖を突き出した。

セレスの物理弾き。嵐に乗る騎士。もはや魔法大会の体を成していないメチャクチャな戦場。

だが、レオンハルトの『トップとしての意地』が、完璧なフォローを紡ぎ出した。


「灰燼に帰せ、『連弾の雷撃』!!」


レオンハルトの杖から放たれた数筋の雷撃が、暴風の隙間を縫うように正確に飛び、クロエに魔法を撃とうとしていた敵の足元と杖をピンポイントで打ち抜いた。


「ぎゃあっ!?」

痺れで防御がガラ空きになった敵の懐。

そこへ、クロエの白銀の長剣が、一切の慈悲なく叩き込まれた。


「ハァァァァッ!!」


ドスッ! バキィッ!

クロエの鮮やかな連続攻撃と、レオンハルトの死角からの的確な雷撃サポート。

セレスの暴風で陣形を崩された黒狼院の代表たちは、反撃の糸口すら掴めないまま、わずか数十秒で全員が白目を剥いて闘技場に沈んだ。


「し、勝負ありぃぃぃっ!! 勝者、王立アルカディア代表チーム!!」

審判の絶叫と共に、観客席から地鳴りのような大歓声が沸き起こる。


「おおおおおっ! なんだ今の連携は!? 魔法を弾き飛ばし、その風を利用した騎士の突撃! そしてトップの完璧なフォロー魔法!」

「すげぇ! これが前年度覇者の、計算し尽くされたタクティクスか!!」


観客たちは、全てが『アルカディアの高度な作戦』だったと勘違いし、熱狂の渦に包まれていた。


「ふぅ……。セレスお姉様! 素晴らしい追い風でした!」

クロエが剣を収め、額の汗を拭いながら満面の笑みで振り返る。

「えへへ、クロエちゃんすっごく早くてかっこよかった! レオンの魔法もピカピカで凄かったね!」

セレスは自分がただ「えいっ」とやっただけだという自覚のまま、呑気に拍手をしている。


そしてその後ろで。

「……胃が……砕ける……」

レオンハルトは、魔法を『物理で弾く』という魔法使いの常識を根底からぶち壊したセレスの所業に、一人で絶望の涙を流していた。


「あ、あれ……? 俺は……一体何を……」

ようやく風が止み、闘技場の端で目を回して起き上がったガレスだけが、一人置いてきぼりになっているのだった。




試合後。

控室に戻ってきた代表チームを、ソフィアが出迎えた。


「セレスさん! お疲れ様でした。お怪我はありませんか?」

ソフィアがすかさずセレスに駆け寄り、甲斐甲斐しく汗を拭う。

「うん、平気! クロエちゃんとレオンがいっぱい頑張ってくれたから!」


ソフィアはセレスの無事を確認すると、小さく息を吐き、クロエの方へと向き直った。


「……クロエさん。見事な突撃でした。セレスさんを守り切ってくれたこと、感謝します」

ソフィアの言葉には、先ほどまでの刺々しさはなく、純粋な敬意が込められていた。


「ふふん! 騎士の誓いですからね! これでソフィア殿も、少しは私のことをセレスお姉様の隣に立つ者として認めて……」

「それはそれ、これはこれです」

ソフィアは即座に真顔に戻り、セレスの腕をガッチリとホールドした。

「セレスさんの一番は私です。そこだけは、天地がひっくり返っても譲りませんから」


「あははっ! 望むところです!」


再びバチバチと火花を散らす二人を見て、セレスは「やっぱり二人ともすっごく仲良しだねぇ」と呑気に笑う。

レオンハルトは胃薬を水で流し込みながら、「頼むから、次はこのバケモノを暴れさせないでくれよ……」と、これからの過酷な対抗戦に思いを馳せて、深く、深く絶望の溜息をつくのだった。

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