第8幕(最終話):愛の鳥籠と、甘い初夜
「最高の花嫁のための、最高の結婚式を準備しないとね」
ヴィンセントがそう微笑んでから数ヶ月後。
王都の大聖堂の扉が開いた瞬間、私はあまりの光景に息を呑んだ。
ステンドグラスから降り注ぐ光の中、祭壇で待つのは国で最も高位の最高司祭様。そして参列者の最前列には、なんと国王陛下と王太子殿下の姿まであるではないか!
(えええっ!? いくらなんでも規模がおかしくない!? 王族の方々の結婚式よりも豪華な気がするのだけれど……!)
私がガチガチに緊張しながらヴァージンロードを歩き終えると、祭壇で待っていたヴィンセントが、蕩けるような甘い笑顔で私の手を取った。
「なんとか、貴女にふさわしい舞台を準備することが出来ました」
「ヴィンス、これ凄すぎるわよ……!」
私のご満悦な花婿は、王家直轄の事業でどれほど国王陛下から厚遇されているかなど一言も説明しないまま、私の腰を抱き寄せる。
そして行われた誓いのキスは――最高司祭様が咳払いをし、目のやり場に困って天井を仰ぐほど、情熱的で、気が遠くなるほど長いものだった。
◇◇◇
その夜。
侍女たちの手によって完璧に整えられた初夜の寝室で、私はふかふかのベッドに座り、今日の出来事をうっとりと思い返していた。
(あんな素晴らしい結婚式をするなんて、やっぱり公爵家ってすごいのね。ヴィンスも立派になって……)
私がズレた感動に浸っていると、浴室の扉が開き、ヴィンセントが姿を現した。
……なぜか、銀青の髪から水滴を滴らせたまま。
「あら、ヴィンス。まだ髪が濡れているわよ。風邪を引いたら大変、拭いてあげるわ」
私が手招きすると、彼は嬉しそうにこくんと頷き、寝台の横にストンと座った。
彼が「私に警戒されないよう無防備を装うため」、そして「初夜に気が急いて髪を拭くことすらもどかしかった」という二つの理由で濡れ髪のまま現れたことなど露知らず、私は世話焼きの血を騒がせてタオルで彼の髪を優しく拭き始める。
「今日はお疲れ様。とっても素敵だったわ」
情熱的すぎるキスには驚いたけれど、盛装姿の彼は本当に見惚れるほど格好良かった。
しみじみと褒め言葉を口にするが、ヴィンセントからの答えはない。
(※この先に挿絵があります)
「ヴィンス……?」
タオル越しに彼を覗き込もうとした瞬間、視界が反転した。
バサリとタオルが床に落ち、私は彼に、壊れ物を扱うような慎重な手つきでベッドへと押し倒されていた。
見上げた彼の瞳は、深海の底のように暗く、甘く、逃げ場のない熱情で満ちている。
「ルビーナ。……愛しています。ずっと、ずっと昔から、狂おしいほどに」
甘く掠れた声が、耳元を撫でた。
「初めて会った時に、僕は貴女に恋しました。貴女のこの優しい手があったから、僕はここまで生きてこられた」
彼の手が、私の頬を愛おしげに包み込む。
「……アーサーが貴女に婚約破棄を告げた時。正直、僕は嬉しかったんです。ルビーナ、貴女にとって地獄の瞬間だったのに、僕はそれに歓喜してしまった。……貴女が傷つき弱っていることが分かっていて、手を差し伸べた。純粋な救いの手じゃない。貴女を手に入れたいから、手を伸ばしたんです」
懺悔するように紡がれる、あまりにも重い告白。
私は息を呑み、目を見開いた。
(そこまで……そこまで私のことを、慕ってくれていたなんて!)
普通の令嬢なら怯えていたかもしれない。けれど、私の胸を満たしたのは、彼への底知れない愛おしさと感動だった。
私がアーサーに顧みられず孤独だった長い時間、彼は影からずっと、私だけを想い続けてくれていたのだ。
「……それでも、あの時、私を助けてくれたのは貴方の手だったわ。そんなに長い間、私のことを想ってくれていたのね」
私が微笑んで彼の背中に腕を回すと、ヴィンセントは泣きそうな、けれど歓喜に打ち震えるような顔で私の首筋に顔を埋めた。
「はい。……ルビーナ、愛しています。心から、貴女だけを愛しています」
「ありがとう、ヴィンス。私も愛しているわ」
その言葉が合図だった。
触れ合った唇から、すべてを奪い尽くすような深いキスが降ってくる。顔の角度を変え、息をする隙も与えないほど何度も、何度も。
「貴女の全てを、僕に下さい」
「ええ……っ」
甘い痺れの中、私は愛しい彼の腕の中で、身も心も溶かされていった。
◇◇◇
――深夜。
(本当は、このまま朝まで君を抱き潰してしまいたいけれど)
疲れ果て、すうすうと幸せそうな寝息を立てるルビーナを見つめながら、ヴィンセントは彼女の赤髪にそっと口づけを落とした。
欲望のままに振る舞って彼女に嫌われることだけは、絶対に避けなければならない。今日だけは、この辺りで我慢して「優しい夫」でいてやるのだ。
彼女を腕の中にすっぽりと閉じ込め、ヴィンセントは暗闇の中で、これまで誰も見たことがないような昏く、底なしに甘い笑みを浮かべた。
「ルビーナ……これで貴女は、完全に僕のものだ。もう二度と、誰にも渡しはしない」
長かった『木偶人形』の暗い日々は終わりを告げた。
彼が作り上げた完璧な愛の鳥籠の中で、ルビーナはこれからも何も知らず、ただ彼に溺愛されながら、幸せに笑い続けるのだろう――。
最後までお読み頂きありがとうございます。
無口なヴィンスが裏で何を画策しているのか……。
本作、無事に3/1の日曜夜に「完結」しました!
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現在、他作品も連載中です。
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②「「君を愛してる」と脅されても、もうすぐエンディングなので全力で応援します! ~悪役令嬢ですが、ヒロインと婚約者様が結ばれるのを待ってるんですが?~」
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第一部完結しております。
悪役令嬢リリアに婚約者エリアス公爵令息が執着し、ヒロイン聖女アリスまでリリアに横恋慕してしまうラブコメになっております。
③そして、3月2日(月)21:00より、新連載開始します。
『「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢、放蕩王子の管理を行っていたら、なぜか溺愛されています。~どうやら私の無自覚なコマンドは、彼にとって劇薬だったようです~』
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公爵令嬢ベアトリスと、アサシンの顔を持つ放蕩王子フェリクスの物語です。
「Dom/Subユニバース」という支配と被支配の設定を、ファンタジーに落とし込みました。
全14話。
来週の日曜日には、最高の「完結」をお届けできるよう毎日更新してまいります。




