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【完結】断罪された悪役令嬢は、不貞腐れの貴族令息の幸せをつかむ  作者: ましろゆきな


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第1幕:夜会での断罪と婚約

(※この先に挿絵があります)



挿絵(By みてみん)


 きらびやかなシャンデリアが照らす大夜会。

 そこには卒業を控えた学生たちの熱気だけでなく、その後ろ盾である親たちの、計算高い視線が幾重にも重なっていた。


「ルビーナ・フォン・アストリード! お前との婚約を破棄し、真に慈悲深い聖女――マリエッタと結ばれることをここに宣言する!」


 アーサーの突き放すような声が、オーケストラの演奏が止まったばかりの静寂を切り裂いた。

 隣で可憐に俯くマリエッタの、計算し尽くされた仕草。

 直後、会場は蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれる。


「まあ、やはりあの噂は本当だったのね」

「アストリード家も終わりだ。あの派手な娘、実家にも泥を塗って……」


 扇の陰から漏れる貴婦人たちの冷ややかな笑い声。

 真っ青になって震える私の父。

 注がれるのは、好奇と蔑みの視線。

 床に散らばったグラスの破片のように、私の誇りは無残に砕け散っていた。


(……ああ。もう、私の味方はどこにもいない)


 その時だった。

 会場の入り口で、給仕たちが慌てふためく気配がした。


「……随分と、品のない茶番ですね」


 低く、しかし驚くほどよく通る声。

 現れたのは、いつも図書室の隅で古びた魔導書に顔を埋めていた、影の薄い義弟ヴィンセントだった。


 もっさりとした前髪で顔を隠し、猫背で歩いていたはずの彼。

 だが、そこにいたのは、最高級の漆黒の正装に身を包み、冷徹なまでの覇気を纏った「見知らぬ美青年」だった。


「え、誰……? あの美男子は……」

「嘘でしょう、ヴィンセント様……?」


 驚愕のざわめきが波のように広がる。

 彼は、呆然と立ち尽くすアーサーの横を、まるで路傍の石でも避けるかのように通り過ぎた。

 そして、泥沼に落ちた私を見下すのではなく、ただ一人、敬意を込めて私の前に跪いたのだ。


「遅くなりました、ルビーナ。あなたを、こんな浅はかな男の隣に置いておくのは、もう限界だ」


 跪いたヴィンセントが差し出した右手。

 私の手を取ろうとするその白く細い指先が、微かに、けれど確かなリズムで震えていた。


「……僕と、婚約しませんか?」


(ヴィンス……?)


 いつも図書室の隅で、置物のように静かだった義弟。

 無口で何を考えているか分からない彼が、今、この社交界という戦場で、家を、そして私を救うために、全身の勇気を振り絞ってここに立っている。


「僕では……不満ですか?」


 縋るようなその声と、隠しきれない指先の震え。

 それを見た瞬間、私の胸の中に「お世話焼き」の火が灯った。


 私がここで彼の手を取らなければ、勇気を出した彼は、この残酷な夜会の中で一生の恥をかくことになる。

 それだけは、絶対にさせてはいけない。


「……いいえ。喜んで、ヴィンセント様」


 私は彼の震える手を、包み込むようにギュッと握り返した。

 その瞬間、ヴィンセントの瞳の奥で、微かに何かが揺れたのを、私はまだ「安心」だと思い込んでいたのだ――。


「はっ、笑わせるな!」


 感動的な静寂を切り裂いたのは、アーサーの嘲るような大声だった。


「ルビーナ、お前にはその『木偶でく人形』がお似合いだ! 感情もない役立たずと、精々日陰で惨めに暮らすがいい!」


 アーサーの負け惜しみのような暴言に、隣のマリエッタも勝ち誇ったようにクスクスと喉を鳴らす。


(なんて酷い言い方なの……!)


 言い返そうとした私の手の中で、いつの間にかヴィンセントの指先の震えがピタリと止まっていた。

 私は彼を庇うように、その大きな手をギュッと強く握り返す。――大丈夫よ。周りが何と言おうと、この人は私が支えるから。


 すると、ヴィンセントがゆっくりと立ち上がり、私をかばうように半歩前に出た。

 繋がれた手には、私を安心させるような、けれど絶対に逃がさないというような、熱く強い力がこもっている。


「……兄上」


 その声は低く、そして驚くほど冷徹だった。

 彼がアーサーへ向けたのは、怒りですらない。まるで足元の石ころでも見下ろすような、絶対零度の一瞥。


「先ほどご自身で婚約破棄を宣言し、彼女を突き放したのはあなただ。にもかかわらず、未だ親愛を込めた呼び捨てを続けるとは……ヴォルカリス公爵家の教育を疑われますよ」


「なっ……」


「今この瞬間から、彼女は貴方の婚約者ではない。礼儀を弁え、『アストリード侯爵令嬢』と呼ぶべきではありませんか?」


 氷のように研ぎ澄まされた正論の刃。

 アーサーは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で言葉を失い、怒りと屈辱で顔を真っ赤にして口をパクパクとさせている。隣のマリエッタも、ヴィンセントの放つ圧倒的な冷気に気圧され、青ざめて身をすくませた。


 ヴィンセントは、言葉を失った兄にそれ以上の興味を示すことはなかった。

 私の方へ向き直ると、先ほどの冷たさが嘘のような柔らかな微笑みを浮かべる。


「行きましょう、ルビーナ。マナーすら忘れた方の相手をするのは、時間の無駄です」


 彼は一度も振り返ることなく、私をエスコートして堂々と歩き出した。

 背後でアーサーが何かを喚き散らそうとして、あまりの屈辱に声を詰まらせる気配がしたけれど、私はもう、隣を歩く彼の横顔しか見ていなかった。

挿絵としてAIイラストを1枚挿入しました。ルビーナとヴィンセントのイメージを形にしてみましたので、楽しんでいただければ幸いです

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