異世界育児奮闘記〜寝ない3歳さんと始める王女教育〜
主人公 立花エミ(26さい)
娘 立花リサ(3さい)
異世界育児奮闘記〜魔の2歳さん(イヤイヤ期)と行く異世界転移〜 の半年後。
灯りを消した。
――それが、彼女にとっての始まりの合図だった。
「よーしっ!」
暗闇の中、娘の元気すぎる声が響いた次の瞬間、
ぼよんっとキングサイズのベッドが揺れる。
「ちょ、ちょっと!?寝る時間だからね!?」
返事の代わりに、
どすん、ばふん。
小さな足音と、明らかに跳ねている気配。
「りぃちゃん、ベッドは――」
「とらんぽらん!」
トランポリン?
いや違う!!
「らーらーらー♪
プニキュアー、つよいー♪」
突然始まる即興ソング。
しかも音程は自由、歌詞はほぼ「つよい」と「かわいい」だけ。
「歌わなくていいから、横になろ?」
「ころーん!ごろーん!」
暗闇の中で、でんぐり返し。
「!?!?!? ちょっと!!」
ベッドの上で転がる気配。
侍女さんが綺麗に整えてくれた布団が蹴飛ばされ、シルクの枕が宙を舞う。
私は慌てて体を起こし、娘を捕まえようと手を伸ばすが――
「にげろー!」
逃げるな。
「もう!さっきお風呂でも遊んだし、絵本も読んだでしょ!」
「まだげんきー!」
そうなんですね。
暗闇の中、娘はまた跳ねる。
ぼよん、ぼよん。
「りぃちゃん、もう3歳なんだから……」
「さんさい、つよい!」
理屈が通じない。
成長が、そのままパワーに変換されている。
私は天井を見上げ、そっと呟いた。
「……OK Google、3歳児の寝かし方を教えて」
「すみません、よくわかりません」
はぁ……。
今日は何時間かかるんだ…。
*
寝たフリをキメること数十分…。
ーーやったか…?
小さな寝息が、規則正しく胸のあたりで上下している。
私はそっと娘の額にかかった髪を払って、布団をかけ直した。
「……おやすみ、りぃちゃん」
ベッドの中で、私はぼんやりと天井を見上げる。
半年前。
スーパーのお菓子コーナーで駄々をこねる娘を抱っこしようとした、
次の瞬間、世界がひっくり返った。
目を開けると、ステンドグラスと魔法陣と知らない大人に囲まれた空間。
初めてみる馬車。
明らかに日本には存在しないお城。
緊張する暇もなく対面する事になった王様と王妃様。
この国の偉そうな人から説明された。
私の夫がこの国の元王太子で、色々あって異世界追放されて日本に飛ばされた事、
この国には後継者問題があり、夫の血を引く娘を召喚したという事、
これから娘を王女としてこのお城で育てたい事。
最初は、そりゃあもう混乱した。
文化も、常識も、見た目も違う。
ドレスは肌に合わなくて、結局着てきたヨレヨレのトレーナーを手放せなかったし。
それでも。
ご飯は美味しい。
お風呂は広い。
ベッドはふかふか。
何より、お城の子育てサポートが手厚すぎる。
「……半年、あっという間だったなぁ」
この土地で、娘のリサは3歳になった。
私は暗闇の中でスマホを手に取り、LINEを開く。
ーーーー
【パパ】
やっと寝ました
ーーーー
シュポッ
すぐに既読がつく。
向こうは、日本。
同じ時間を生きているはずなのに、遠い世界。
返信を待ちながら、私は布団を被りなおす。
「……おやすみ」
返事を見る前に、意識が落ちた。
*
翌朝。
「……ねむい」
完全に、寝不足だった。
朝の光の中、私はふらふらと広間へ向かう。
そこに、いつものように完璧な姿勢で立っていたのは――
「おはようございます、エミ様」
制服をピシッと着こなした白髪の女神。
お城のベテラン侍女のミーナさん。
「エミ様、少しお疲れではありませんか?」
暖かいその一言で、もう溢れ出した。
「……昨夜、中々寝てくれなくて」
ミーナさんは、すべてを察したように目元のシワを深めて優しく微笑む。
「王女殿下、お元気でいらっしゃいますから」
元気すぎるんです。
「体力が有り余ってるというか……、このままだと私の方が先に倒れそうです……」
弱音だったけれど、ここでは許される。
彼女は少し考え、静かに頷いた。
「それでしたら――」
柔らかく、しかし迷いなく。
「体力を使う王女教育を始めましょう」
「……体力、削れます?」
「はい。確実に」
迷う理由はなかった。
私は深く息を吸い、
「じゃあ、それでお願いします」
その時。
「おはよー!」
元気いっぱいの声が、廊下に響いた。
今日も変わらず、全力な一日が始まる。
この選択が、
体力お化け爆誕への第一歩だとは――
まだ、この時の私は知らない。
*
この城のプリンセスは、朝から元気だった。
「ママ!きょうね!
きしのおにいちゃんとかくれんぼするの!かちたい!」
騎士様方、本日も被害確定である。
廊下に響く、弾む声。
もう着替えも終わっている。有能な侍女さんたちは仕事が早い。早すぎる。
「……朝から全力だね」
私が目を細めていると、すっとミーナさんが一歩前に出て、しゃがんでリサと視線を合わせる。
「リサ様」
その声は、柔らかく、しかし確信に満ちている。
「以前、プリキュアは“かわいくて、つよくて、ダンスが上手”とお話しくださいましたね」
娘の目が、きらっと光った。
「うん!」
食いついた。
「それでしたら――
今日から、ダンスのお稽古を始めてみませんか?」
「だんす……!」
ミーナさんは畳みかける。
「たくさん動けますし、広い場所で思いきり跳べます」
「やる!!」
即答だった。
*
朝食後。
朝の光が差し込む広いホールに、ピアノの生演奏が優雅に流れる。
「……え?」
私は目を見開き、思わず声を漏らした。
リズムを取る足。
重心のブレないステップ。
腕の動きは大きく、指先まで迷いがない。
ポニーテールに結ばれたリサのミルクティー色の髪の毛が、朝日を受けてキラキラ輝きながら跳ねる。
――上手い。
いや、上手いなんてレベルじゃない。
「……これ、国宝級なのでは?」
私はこの芸術的瞬間を逃してはならないと、慌ててスマホを構え、動画を撮り始める。
ーーーー
【パパ】
ウチの子天才かもしれない
【動画送信:ダンス】
ーーーー
娘は楽しそうに跳ね、回り、止まる。
息も切らさず、笑顔のまま。
その様子を――
少し離れた柱の影から、二人の影が見ていた。
「……」
国王は、無言。
王妃は、口元を押さえている。
「……あの子」
ぽつりと、王妃が呟く。
「誰に似たのでしょうね」
国王は、厳しい表情のまま視線を逸らし、咳払いをした。
だが、その眉は――
ほんの少し、下がっていた。
曲が止まり、
娘が、くるっとこちらを向く。
「ママ!みてた?」
「見てた!見てたよ!」
私は笑って、親指を立てた。
「最高だったよ、プニキュアみたいだった」
その言葉に、娘はぱっと笑った。
「ほんと!?」
「ほんとほんと」
すると、娘は大きく胸を張り――
「じゃあ、もういっかいやる!」
「……え?」
返事を待たず、再び音楽に合わせて跳ね始める小さな背中。
さっきよりも高く。
さっきよりも勢いよく。
「……あれ?」
私は、嫌な予感とともに呟いた。
「これ、体力削るやつじゃなくて……」
柱の影で見ていた国王が、
「……増えていくであろうな」
と.呟く。
その声には、どこか誇らしさが混じっていた。
王妃が、静かに頷いた。
「ええ。確実に」
侍女は、穏やかな笑みのまま言う。
「ご安心ください、午後にも他のレッスンを入れますので」
私は、スマホを握りしめたまま、遠い目をした。
*
午後。
「では次は――乗馬の稽古です」
侍女の一言に、私は思わず聞き返した。
「え、乗馬って……あの、お馬さんに乗るやつですよね?」
「はい」
……3歳に出来るのか?
娘は既にやる気満々だった。
「おうまさん!」
厩舎に連れて行かれると、白くて小さい馬がゆっくりと鼻を鳴らす。
小さいといえども、3歳児からは見上げるほど大きい馬。
普通なら、怖がる。
泣く。
近寄らない。
……はずだった。
「こんにちはー!」
娘は迷いなく馬の鼻先に手を伸ばした。
「!?」
周囲の騎士が息を呑む。
「リサ様、まずは距離を――」
「のる!」
早い。
侍女が補助に入り、ひょいっと鞍に乗せた、その瞬間。
――姿勢が、いい。
背筋が自然に伸び、視線は前。
手綱を持つ手に、無駄な力が入っていない。
馬が歩き出す。
揺れに合わせて、娘の体が、ぴたりと馴染んだ。
「……安定しているな」
見学していた国王が、ぽつりと呟く。
「初乗りとは思えませんわ」
王妃も、声を潜めた。
娘は、楽しそうに笑う。
「おうまさん、はやい!」
速度を上げても、ぶれない。
むしろ――楽しそう。
「……これ、完全に才能では?」
私は、再びスマホを構えた。
⸻
【動画送信:乗馬(無双)】
⸻
さらにその後。
「次は、音楽の時間です」
私は思わず侍女を見る。
「……休憩は?」
「必要ございません」
ある意味、スパルタ。
広い音楽室。
壁際に並ぶ、見たこともない楽器の数々。
その中で、娘が興味を示したのは――
「これ!」
バイオリンに似た弦楽器。
サイズ的に、完全に子ども用……ではない。
「それは少し難しいかと――」
侍女の制止をよそに、娘はぽろん、と弦を弾いた。
――音が、綺麗に鳴った。
偶然?
もう一度。
ぽろん。
今度は、音程を探るように、指が動く。
沈黙。
「……」
音楽担当の教師が、目を見開いた。
「……耳が、いい」
試しに、と教師がリサに弓を渡して、正しい持ち方を教える。
次の瞬間。
娘は、覚えたてのリズムで、適当に弾き始めた。
――フォーン。
誰にも予想出来なかった、澄んだ音色。
適当な旋律なのに、心地いい。
柱に隠れていたはずの国王さまが、うっとりと目を閉じて音に合わせて揺れている。
「……これも?」
私は、呆然と呟いた。
柱の影
王妃は、静かに微笑む。
「あぁ。あの子の小さい頃を思い出しますわ」
*
夕方。
私は、廊下の壁にもたれ、魂が抜けかけていた。
「……体力削る予定だったのに」
侍女が、にこやかに告げる。
「削れましたよ」
「え?」
「大人の体力が」
完全敗北である。
そのとき。
廊下の向こうから、元気すぎる声。
「ママ! つぎなにやる?」
ニッコリと笑う娘に
私は、天井を仰いだ。
そしてこの日。
王女教育とは、体力を消費するものではなく、才能を解き放つものだ
と、私は知った。
なお。
夜。
「りぃちゃん、まだ、ねむくない!」
……オーバーワークでテンションの振り切れた、史上最強に寝ない3歳さんが爆誕しました。
深夜。
私はベッドの上でスマホを開き、短く打った。
『今日の王女、無双してました』
写真と動画を添えて送信。
既読。
秒で来た。
『無双とは』
『ダンス・乗馬・楽器』
『全部?』
『全部』
沈黙。
『馬は暴れなかったか?』
『むしろ懐かれた』
『……うちの王女は怪我していないな?』
『ピンピンしてる』
『疲れて泣いたりしていないか?』
『泣いた』
『!?』
『「もっとやる!」って』
沈黙、再び。
『……その』
『パパに会いたい、とかは』
来た。そこ。
私は隣をちらっと見る。
布団を蹴飛ばし、大の字で寝ている娘。
『今日は一回も言ってない』
『…………』
『でも』
『撮った動画は全部パパに送ってってお願いされたよ』
即レス。
『全部がわいがっだ!!!』
『ふふふ、そうであろう』
『こちらから行く方法は本当にないのか』
『今のところ、こころあたりは近所のスーパー経由のみ』
『スーパーか……』
しばらくして。
『辺境伯夫人には会えそうにないか?』
『打診はしてるけど、まだお返事来ないね』
『そうか……』
私はスマホを伏せた。
「……パパ、会いたいな」
ぽつりと呟く私の隣で、この城最強の三歳児が、寝返りを打った。




