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第6話 正義と誠意

俺は仮面をつけて、全力で飛び出した。


「っ……お前は! あのときの!」


リサが俺の姿を見た瞬間、剣を構え直す。

その目には警戒と怒り――完全に俺を敵と見てるな。


「レイフォルスに手をだすな。こいつは無害だ」


「グォォォォ!」


次の瞬間、咆哮と共に、俺の上にレイフォルスの巨腕が振り下ろされた。


ズドォン!


土煙が巻き上がる。


地面にたたきつけられ、世界が揺れる。

骨がきしみ、視界が白くなる。


俺はぐらりと体を起こし、仮面越しにリサを見た。


「……ほらな。無害だろ?」


「いや、顔面血だらけだぞ?」


リサのつっこみが刺さる。いや、痛みも刺さってるけど。


「これは……じゃれあってるだけだ。ただのスキンシップだ」


苦しい言い訳をしながら、口の端から血を拭った。

リサは剣を下ろさずに、訝しげに睨んでいる。


「ふざけるな! あのレイフォルスによってすでに負傷者が何人も出ている。死人が出るのも時間の問題だ!」


「……どうしてもというなら、先に俺が相手になる」


「……いいだろう。今ここでこの間の借りを返してやる!」


リサの瞳が戦士の光を宿す。

鋭い一歩。俺に向けて、剣がきらめいた。


「……一度俺に負けたのを忘れたのか?」


「不意打ちしておいて、調子に乗るな!!」


リサが吠えるように斬りかかってきた。

その剣筋は、並みの冒険者では目で追うことすら不可能なほど速く、正確だった。しかし――

俺はリサの猛攻をすべて紙一重でかわした。


「強いな。かなりのものだ……」


木陰で様子を見ていたマオが、ぽつりと呟いた。


「……だが、あの男の強さは別次元だ」


マオの目が鋭く細まった、その瞬間だった。


俺はリサの剣をすり抜け、一瞬でその背後に回る。


「!?」


リサが完全に俺の姿を見失った。


俺はそっと、リサの背中に手を当てる。


そこへ、体内へ響く一撃――衝撃波を放った。


「ッ!」


リサの体がふっと浮き、そのまま地面へと倒れ込んだ。


レイフォルスがリサの倒れた姿に気づいた。


「グゥゥ……オオオ……!」


怒りとも、警戒ともつかぬ声を漏らし、爪を振り上げる。


「おっと、待った」


俺はすぐにリサの前へ出た。

その爪を片手で受け止め、やわらかく押し返す。


レイフォルスは、戸惑ったように一歩引く。


その隙に、俺はリサの体を抱き上げた。


「もう少し待っててくれ」


レイフォルスにそう言って、俺はゆっくりと後ろへ下がった。


「マオ!」


俺が呼ぶと、木陰からマオが姿を現す。


「……なんだ?」


「悪いけど、リサを街まで運んでやってくれないかな」


「ふん……我は魔王だぞ? 貴様の便利屋ではない」


マオは口をとがらせる。


「頼むよ、マオ」


俺が優しく笑いかけてあらためて頼むと、マオは一瞬たじろぎ、そっぽを向いたまま答えた。


「……は、働いた分の報酬は、ちゃんともらうからな……!」


顔を赤くしてぶつぶつ言いながらも、マオはリサを受け取る。


「気をつけてな。街で待っててくれ」


「……いらぬ心配だ。我は魔王だぞ」


それだけ言い残して、マオはリサを抱え、山道を下っていった。


その背を見送りながら、俺は深く息を吐いた。


……さて。


俺が本当にやらなきゃいけないことは、ここからだ。



 * * *



ゆっくりと、一歩ずつ、俺はレイフォルスに近づいた。


白銀の巨体が低くうなり、鋭い爪で岩を砕いた音が辺りに響く。


まだ、こいつは俺を警戒していた。


「……お前を傷つけたのは、俺なんだ」


俺は仮面を外した。まっすぐレイフォルスを見つめる。


「本当に、すまなかった」


届くかどうかわからない。それでも、俺は謝った。


だが――


レイフォルスは吠えた。


その咆哮とともに、巨大な前足が空を裂いて降ってくる。


俺はそれをかわし、そのままレイフォルスの脇腹に近づいた。


焼け焦げた傷。たぶん、俺が弾き返した隕石の破片が当たったんだ。


「――ヒール」


そっと手をかざし、治癒魔法を放った。


やわらかな光が、焼けただれた鱗に触れた、その瞬間。


「……ッ!」


ぶん、と唸りを上げて、レイフォルスの尾が俺を打った。


ドガッ!


体が宙を舞い、岩にたたきつけられる。息が詰まり、視界がぐらついた。


でも――


「……まだだ」


血を吐きながら、立ち上がる。


立ち上がってはレイフォルスの傷口に治癒魔法を放ち、そのたびにレイフォルスの攻撃を受けた。


傷口の、赤黒く焦げた鱗が徐々に再生し、裂けた肉が閉じていく。


骨が整い、血が止まり、傷が消えた。


レイフォルスの傷が完全に癒えたのを見て、俺はレイフォルスの前に立った。


「……すまなかった」


頭を下げた。


だけど――それでも、レイフォルスの目の奥に残る怒りは消えていなかった。


レイフォルスが咆哮を上げた。


次の瞬間、その巨体が跳ね、鋭い爪が俺めがけて振り下ろされる。


爪が肩を砕き、牙が腹を裂き、尾が胸を叩いた。


何度も、何度も、俺は叩きつけられ、血を吐いた。


それでも――


立ち上がった。


よろよろと、足を引きずりながら、またレイフォルスの前に立つ。


視界はもうぼやけて、何も見えない。でも、俺の中に迷いはなかった。


その姿を、レイフォルスはじっと見ていた。


やがて、爪が止まり、牙が引かれた。


そして――低く、はっきりとした声が、俺の耳に届いた。


「……なぜだ」


あまりに重い、その問いに。


俺は答えようとしたが、もう声が出なかった。


それでも、口元だけが、かすかに動いた。


「……俺はもう、間違えたくないんだ」


そう呟いたあと――俺は意識を失った。


膝が折れ、ぐしゃりと音を立てて地に崩れ落ちた。


風が、山の上を静かに吹き抜けていく。


怒りも、痛みも、すべてが遠ざかっていくようだった。


そのとき。


静かな足音とともに、一人の女が俺のそばに現れた。


黒く長い髪、獣のような鋭い目。誰よりも誇り高い、あの女――


マオだった。


無言で俺の隣に立ち、レイフォルスを見上げた。


しばらく沈黙のあと、レイフォルスの低い声が響いた。


「なぜ止めなかった」


「こやつの覚悟を、邪魔するわけにはいかぬ」


マオの声には、嘘がなかった。


それを聞いたレイフォルスは、視線を落とし、倒れている俺をじっと見つめる。


「……この男は、何者なのだ」


「ただのアホだ。死んでも治らんレベルのな」


マオが冷たく言い放った。


レイフォルスはマオをじっと見つめたあと、静かに、自分の胸から一枚の鱗をはがした。


白銀にきらめくそれは、小さく、手のひらに収まるほどのサイズだった。


「その男が目覚めたら、これを渡せ。……いつか、お前に必要となるはずだ」


マオはその鱗を受け取る。手の中で、かすかに光を放ちながら脈打っていた。


「我に必要? どういうことだ?」


レイフォルスはマオの問いには答えず、最後にもう一度、俺とマオを見て――


「……また会おう」


その一言だけを残し、翼を大きく広げ、空へと飛び立っていった。


白銀の巨体が空を裂き、遠くへ消えていく。


その背を見送りながら、マオはため息をついた。


「……まったく、手間のかかる男だ」


マオはその場にしゃがみ込み、俺の顔を覗き込むように、つぶやいた。


「……勝手に死ぬのは許さんからな……まだ、お前には言いたいことがたくさんあるのだから……」


それは、誰にも届かない、小さな声だった。

読んでくださってありがとうございます!

第6話、いかがでしたでしょうか。

この回は、マオが「ただのアホだ。死んでも治らんレベルのな」と返すところがお気に入りです。

少しでも楽しんでいただけたなら、高評価&ブックマークしていただけると、とても嬉しいです!

よろしくお願いします!

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