第5話 守護竜の咆哮と魔王のため息
山の斜面に、ぽっかりと大きな穴があいていた。
その前で、俺は腕を組みながら立っていた。
「……こりゃ、なかなかの威力だな」
どう見ても、上から何かが落っこちて、ドカンと爆発した跡だ。地面はめくれ、焦げた草のにおいがまだ残っている。
そっと穴の中に降りて、穴の中心に転がっていた石を拾い上げた。
……石、っていうより、何かの欠片か?
指先に、かすかに魔力の残り香を感じる。
「……これ、もしかして──あのときの……」
俺の脳裏に浮かんだのは、以前マオが落としてきた隕石を、全力で空に打ち返したときのこと。その破片の一部が、ここに落ちたんじゃないか?
俺は後ろを振り返る。
木陰で酒をちびちびやりながら、魔導書を読んでいる女──マオがいた。
「……優雅なもんだな」
小さくつぶやいた、ちょうどそのときだった。
「──ここで何をしてるんですか?」
背後から声をかけられて、思わずビクッとする。
慌てて石をカバンに放り込み、そっと振り返ると──そこには、青い目の少女が立っていた。
「……リサ……!?」
思わず声を漏らしそうになったが、なんとか堪えた。
なぜ、勇者であるはずのリサがこんな場所に?
「え、えーと……何かご用ですか?」
平静を装って返す。
けれど、リサはまっすぐに俺を見て言った。
「聞いているのはこちらです。あなたこそ、ここで何をしているんですか?」
そのとき、マオがグラスを揺らしながら、のんびりと口を挟んだ。
「ふむ。この世界では名乗りもせぬまま詰問するのが礼儀なのか?」
「……っ、失礼しました」
リサは咳ばらいし、声のトーンを落とす。
「私はリサ。この山には、レイフォルス制圧の任務で来ています」
レイフォルス……その名前を聞いたマオの目が、すっと細くなる。
「俺はケイゴ。爆発の原因調査でここに来てる。んで、こっちは……ただ酒飲んでるだけで何もしない現場監督のマオ」
「魔王だ」
「……魔王?」
マオがいきなり魔王と名乗ったので俺は慌てて訂正した。
「違います、マオです。マオさんは向こうでアリの行列が曲がらないように監視しててください」
マオはグラスを傾けながら、鼻で笑う。
リサは眉をぴくりと動かしながらも、俺へ視線を戻した。
「この山は危険です。レイフォルスが暴れていて、何が起こるかわかりません。調査が終わったら、早めに下山してください」
「了解です。お気遣いどうも」
リサはくるりと背を向け、山道へ戻っていく……かと思いきや、数歩歩いたところで再び立ち止まり、こちらを振り返った。
「──そういえば、銀髪の魔物と、趣味の悪い仮面をつけた男……見かけませんでしたか?」
(それ、完全に俺らのことだな……)
内心冷や汗だが、表情は崩さず、俺は首をかしげてみせた。
「いやー、知らないなぁ。そいつらが何かやらかしたのかい?」
「はい。人間を罠にかけて、二人がかりで襲ってくる卑劣な連中です。見かけても、絶対に近づかないでください」
(完全に誤解されてるな……)
「ちなみに、その仮面ってそんなに変だった?」
「最悪です」
ピシャリと答え、リサはそのまま立ち去った。
「……最悪すか……」
俺はぼそりとつぶやいた。
──リサの姿が完全に森に消えたのを見届けて、俺は小さく息を吐いた。
「……よし、とりあえず爆発の原因もわかったし……レイフォルスを見に行くか」
その横で、マオがにやりと笑った。
いつもの冷たい笑みに、ほんのわずか……熱が混じっていた。
* * *
リサが森に消えてから、すでに十分が過ぎていた。
「それじゃ、俺たちもそろそろ行こうか」
俺の一言に、マオは無言で手袋をきゅっと締め直して、その感触を確かめていた。
「どうかしたのか?」
「……別に。さっさと行くぞ」
「……?」
マオのドレスがひらりと風をはらみ、まるで森の中に吸い込まれていくように進んでいく。俺もその後に続いた。
先を行くマオ、俺が後ろ。二人は言葉少なに、静かに山を登っていく。枝を避け、足音を立てぬように……。
俺の目は、つい前を歩くマオのお尻に吸い寄せられていた。
(ほほう、これはこれは……)
その瞬間――シュパッ!!
「うおっ!」
頬をかすめるように、鋭い蹴りが顔の横を通り過ぎた。
「……すまんな。見られると緊張して脚が滑るんだ」
マオは振り返りざま、氷のような冷徹な笑みを浮かべていた。
「……こちらこそ、すみません」
思わず顔が引きつって、慌てて謝る。
その様子を見ながら、マオはふん、と鼻を鳴らした。
(……見たいなら見たいとはっきり言え。背後からこそこそと……)
マオは冷ややかな笑みの裏で、わずかに頬を膨らませていた。
(もし正面から「見たい」と言ってくれば──少しは考えてやらんことも、ない……やもしれぬというのに)
言葉にならぬもやもやを胸にしまいこみながら、マオは再び前を向いた。
マオが鼻をひくっと動かし、空気を吸うように顔を上げた。
「こっちだ」
「……匂いで追跡って、魔王は犬系の魔族なのか?」
「くだらん。魔王は魔王。唯一無二だ」
ピシャリと言い切られ、俺は口をつぐんだ。
「……まあ、女は匂いに敏感だからな。私の場合は少しだけ特別かもしれんが」
苦笑しながら、俺は言葉を返した。
「少しだけ、ね」
その後、しばらくは言葉なく、二人は黙々と進んだ。
* * *
山の傾斜が急になり、空気が乾いてきた。頂上が近いのだろう。
──そのとき、突然、耳を劈くような声が響き渡った。
「ギャアアアアアアアオオオオォォォン!!」
地鳴りのような咆哮が、山全体に響き渡る。空が揺れ、大地がひび割れるような音が鳴り響いた。
「……レイフォルスか!」
ケイゴとマオは顔を上げる。
その瞬間、二人は同時に動いた。咆哮の主をこの目で見るため、急斜面を風のように駆け上がる。
音ひとつ立てず、目の前の風景が変わる。草をかき分け、やがて視界が開けた先に──
そこには、リサが剣を構えて立ち、その前に白銀の巨竜が立ちはだかっていた。
巨竜の目は真っ赤に染まり、口からは黒い煙が漏れている。
「……でかい……あれが守護獣レイフォルスか」
巨竜の鱗が日の光を浴びて、淡い光を放っているが……その様子はおかしかった。
本来、守護獣は人を守る存在であるはずだが、今はその姿に怒りの炎が宿っている。
「暴れてるな。しかも……傷がひどい」
その左脇腹の鱗が剥がれ、焼けただれた肉が見える。まるで、何かの爆発に巻き込まれたようだ。
──その傷を見て、爆発の現場で拾った石のことが脳裏をよぎる。
(……まさか、俺が打ち返した隕石が当たったのか……?)
そのとき、レイフォルスの目が、突然リサに向けられ、ギラリと光った。
青い瞳と赤い瞳が、互いに睨み合う。
(……もし、本当に俺が原因なら──俺が、責任を取る!)
俺は仮面とコートを身に着けて、レイフォルスの前に飛び出した。
読んでくださってありがとうございます!
第5話、いかがでしたでしょうか。
ケイゴが仮面を最悪と言われて「最悪すか……」と呟くところがお気に入りです。
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